ここ最近の湊とレイナーレと言えば、実に微笑ましい様子であった。
レイナーレは自販機の前のベンチで湊が通りかかるのを今か今かと待ち遠しく待っており、湊はレイナーレが待っているだろうと思い笑みを口元に浮かべながらベンチに向かう。
そして合流した二人は実に楽しそうに会話を始める。
内容は何てこと無い日常の話や愚痴など。だが、それでもこの二人にとっては楽しかった。
そして会話の合間にレイナーレは最近ハマっているお菓子作りで作ったものを湊に差し出し反応を見る。本人としては上手に出来た方だと思っているが、それでもあくまでも自己評価。部下にして教師役でもあるカラワーナに比べれば圧倒的に差がある。
その不安と期待に揺れる瞳は湊を捕らえて放さず、若干ながら潤んでいる。
そんなに見つめられている湊は視線を感じつつそれを一口食べ、そして思った通りの感想を素直にレイナーレに伝える。
それを聞いたレイナーレはとても喜び、そして湊はそんな彼女が内心可愛くて仕方なかった。
姿は見えない。どんなふうに笑っているのかわからない。
だが、その心は声と視線から伝わってくる。
彼女が凄く喜んでいることを。その声を聞いて、その雰囲気を感じて、湊は彼女のことが可愛いと感じた。
そんな彼女ともっと一緒に居たくて、もっと一緒に楽しい時間が過ごしたくて、だからこそ今この時間を大切にする湊。
その気持ちはレイナーレも同じであり、二人とも心の底からこの時間を楽しんでいた。
ぱっと見初々しい恋人のような二人。既に心も通じ合っていることに気付けば直ぐにくっつくんじゃないだろうかと誰もが知れば思うだろう。少なくともレイナーレの部下であるカラワーナは初見でそう思った。
だからと言ってとっととくっつけよ、このリア充がッ! などと言ってはいけない。
彼と彼女はお互いに初恋の感情をどうして良いのか持て余しているのだから。
そこは暖かい眼差しで見つめてもらいたい。
そんなわけで如何にも青臭い、もとい初々しい感じな二人。
そんな二人だが、今日はいつもとは少しばかり変わった話をしていた。
ことの発端はレイナーレのこの発言からだ。
「ねぇ、蒼崎君。蒼崎君ってお休みの日とかはいつもどうしてるの?」
それは良ある質問。
休日の過ごし方を人に聞かれるというのは良くあることだろう。聞かれた人物が言えない物でない限りなら普通誰だって答える。良く寝ていたというのは多い意見だ。
だが、レイナーレにとってこれは世間話であってそれだけではない。
彼女の恋心は自覚したと共に着々と成長している。
そして湊と会う度にあることを思っていたのだ。
(出来れば、お休みの日も……彼に会いたい。どんなふうに過ごしてるのか知りたい……)
そう、いつもレイナーレが湊と会うのは平日の夕方、下校中の湊とだけだ。
休みとなれば湊は学校に行かないのでこの自販機の近くを通らないので会えない。その上湊の家も知らないので、レイナーレは土日や祭日といった休みは湊と会うことは出来ないのだ。
勿論、そこで湊に家を教えて欲しいなどと聞ける訳も無い。
女子が男子の家を教えて欲しいなどと、そんなはしたなく恥ずかしいことをレイナーレは聞けないのだ。これがまだ図太い精神の持ち主なら出来たのかも知れないが、湊と接しているときは随分と少女らしくなっているレイナーレに出来るわけが無い。
だからこそ、レイナーレはまずは外堀から埋めるべくそう質問をした。
当然質問自体も本音であり、休みの時間を湊がどう過ごしているのか気になったというのも確かだ。
恋する少女は意中の相手のことなら何だって気になるらしい。
それに対し、湊は苦笑を浮かべながら答えた。
「休みの日ですか? う~~~ん……あまり言って良いのか微妙ですけど……」
そこで一旦切ると、湊はレイナーレの方に顔を向けてさらに苦笑いを浮かべた。
「あまり笑わないで下さいね」
「えぇ、勿論」
やけに言い辛そうにする湊を見て、レイナーレは少しワクワクしていた。
普段素直に物を言う湊が此処まで言い辛そうにするというのは彼女が彼と接してから初めての事だった。だからこそ、気になるし楽しみになる。
一体彼からどんなことが出るのだろうかと。
そして湊はゆっくりと口を開いた。
「そのですね……よく散歩をしているんですよ。目が見えないんで家に籠もりがちになってはいけないと思って。それで休みは家で掃除をしたり散歩に出てゆっくりと町を散策したりしてます。この歳でそれが趣味だって言うと、皆そろってジジ臭いと言うんでどうかと思っていたんですけど、それ以外この身体じゃ出来ませんからね」
そう言って少しおどけてみせる湊だが、その自虐にレイナーレは少しばかり悲しい目をする。
もう慣れていると言って湊は気にしていないようだが、レイナーレはそんなことはないと思う。心の何処かではやはり気にしているのだろう。
どうにかしてあげたいと心の底から思うが、それをどうにか出来る術を持たないレイナーレは自分の無力を感じながらも湊の代わりに悲しむ。
だが、それを察すれば湊は絶対に心配するだろう。だからこそ、次の瞬間には彼に笑顔で笑いかける。
「そんなことないわ、散歩だっていいじゃない。健康には良いし、籠もりがちになるのを防止するために自発的にやってるんだから寧ろ偉いわよ。ジジ臭いだなんて、そんなこと全然ないと私は思うわ」
レイナーレにそう言われ、何だか気恥ずかしくてくすぐったそうに湊は笑う。
だが、同時に嬉しかった。自分の唯一の趣味とも言える散歩を褒めて貰ったことが嬉しかったのだ。
そして今度は湊がレイナーレに問いかける。
「ありがとう、レイナーレさん。ちなみに聞きますけど、レイナーレさんはどうしてるんですか? お休みの日とか」
その質問に対し、レイナーレはニッコリと笑って答えた。
「いつもと一緒かな。人間界に来て街中であっちこっち見て、買い物を楽しんだり色々な物を見たりして。そういう点で言えば私のも散歩かな」
「そこはウィンドウショッピングって言った方がいいんじゃないですか? 女の子なんですし」
「いいの。だって…………うぅん、なんでもない。(そっちのほうが蒼崎君と一緒だから……)」
二人でにこやかに笑いながらそんな会話をする。それが楽しくて二人は更に笑う。
そこでレイナーレはある名案を思いついた。
それは成功すれば、確かに休みでも湊と一緒に居られるかも知れない案。
その事を考えた途端顔が真っ赤になり始め、喉が緊張で妙にからからに渇く。
だが、それでもレイナーレはその案を提案したかった。だからこそ、決意を固めて湊の手を無意識とはいえ握りながら湊に言った。
「そうだ、だったら明後日のお休み、私と一緒にこの辺りを散歩しない! 蒼崎君が普段行かないような所でも私となら行けると思うし……どうかな?」
自然と上目使いになってしまい、湊の様子を窺うレイナーレ。
それは男が見たら誰もが胸をときめかせてしまうくらい可愛らしかった。
いくら見えないとはいえ、その雰囲気を感じ取った湊は少し緊張しつつもレイナーレに聞き返す。
「その……いいのかな……僕がレイナーレさん一緒に出掛けるの……」
その言葉にレイナーレは微笑みながら強く気を持って湊に言う。
「いいの! 私が蒼崎君が知らないことを一杯教えて上げる。これでも私、この町には色々と詳しいんだから」
その言葉に湊は笑顔で応じることにした。
そしてその時の笑顔を見て、レイナーレは嬉しさのあまり顔が真っ赤になって仕方なかった。
これが彼女が初めて異性を誘った『デート』であることは意識していた。
その夜、カラワーナにどうしたらよいのか相談しにいき悶えていたことは言うまでも無く、そんな上司をカラワーナも暖かい目で見ていた。
だから気付かなかった。
レイナーレは浮かれすぎていたせいで、カラワーナそんな彼女を見て微笑ましい気持ちでいたせいで。
(うっしっし……面白いこと聞いたっすよ。さて、あのレイナーレ様をゾッコンにした奴がどんなやつなのか、楽しみっすね~。それに……寝取るってのも、それはそれで……ぐふふふ……)
そんな彼女の様子を見て、悪どい笑みを浮かべ良からぬ事を考える堕天使がいた。