ある晴れた日の午後、彼女は子供達に向かって手を振る。
「「「「「かわはらせんせ~、さようなら~~~~~~」」」」」」
「はい、さようなら。ちゃんと気を付けて帰るのよ」
小さな子供達に手を振り帰りの挨拶を行うのは、青い髪をした成人女性。顔立ちは美しく、ジーパンにTシャツという服装の上からでもスタイルの良さが窺える美女であった。
そんな彼女に向かって声がかけられる。
「川原さん、今日はもう上がっていいわよ」
声をかけてきたのは妙齢の女性であり優しそうな顔をしている。
その声を聞いて彼女は頭を下げた。
「すみません、無理を言ってしまって」
「いいのよ。最近はあなたのような人なんて中々いないもの。勉強頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
彼女はそう言って礼をすると、その場所から引き上げる。
彼女の名は川原 青奈。保育師を目指す大学生であり、アルバイトとして幼稚園に仮の保育師として雇われている女性だ。
だが、皆彼女の本当の姿を知らない。
彼女、川原 青奈という名は仮の姿。本当の名は……カラワーナ。
堕ちた天使、堕天使のカラワーナ。それこそが彼女の正体である。
何故彼女がこのような事をしているのかと言えば、正直自分の欲望のため。彼女は堕天使らしく倒錯した性癖を持っていて、それが所謂ペドフィリア。簡単に言えばショタコンである。
彼女は小さい子供が大好きで仕方ないのだ。普通に好きだし性的にも大好きだしと色々と駄目な大人だ。
そんな彼女だが、その偽りの姿も実は嘘では無く、一応人間界の大学には所属しているし、ちゃんと学部も教育学部である。ちなみに就職の希望は小学校だ。彼女にとってドストライクの年齢の少年がそこにしか居ないので。
そんな彼女は実益と趣味を兼ねて近くにある幼稚園にバイトをしている訳なのだが、今日に限り早く上がってしまった。
園児が全員帰るのを見送れば、後は片付けやら何やらとあるものだが、今日は人が揃っているので大丈夫なのだと。
故に時間を持て余し始めるカラワーナ。
そこでふと、あることを思いだした。
それは自分の上司であるレイナーレのこと。
ここ最近、件の気になる人間の男にお菓子を褒められたのが心底嬉しかったらしく、更に彼女にお菓子作りを教わりに来ていた。
上司からの命令というのもあるが、恋する女の子で謂わば妹のようにも感じる彼女のことをカラワーナは応援したいと思い、一生懸命教わる彼女に色々と教えているのだ。カラワーナ自身、子供が大好きということでお菓子作りには精通している。
彼女が人間界に来るのはレイナーレと同じくらい頻繁で、大学やらバイトやらと様々だ。だからこそ、少し遠くに足を伸ばしてみようと思った。
そう、上司が夢中になる相手がどんな人間なのかを見るために。
少し遠出して約30分くらい歩いた後、カラワーナはレイナーレが言っていた待ち合わせ場所になっている公園の自販機とベンチを見つけた。
そしてそこには彼女の上司であるレイナーレが真っ白いワンピースに麦わら帽子を被って座っていた。
彼女に気付かれない様遠くから見るカラワーナだが、それでもレイナーレが浮かれていることが分かった。
顔を赤らめつつ、大切そうに紙袋を胸に優しく抱き、目を外の道路に向けてそわそわと何度も向けている。
その様子ときたら、気になる相手がいつ来るのかが待ち遠しいといった感じだ。
その様子にカラワーナは軽く笑ってしまう。
堕天使としての上司は威厳を持ち、堕天使らしく非情に振る舞い仕事を熟す。だが、今の上司は年頃の少女にしか見えないのだ。それが何やら可笑しく、それでいて見ていて微笑ましい気持ちになる。
(レイナーレ様、随分と楽しんでいるようで)
暖かい眼差しをレイナーレに向けて見ていると、レイナーレに変化があった。
道路の辺りで待ち人を見つけたらしく、その目が輝きをみせる。
その視線に従ってカラワーナも見ると、そこには白と赤の色をした杖を使って前を探りつつゆっくりと歩く青年がいた。
(あぁ、彼がレイナーレ様の恋の相手の。確かに目が見えなさそうだ。足取りが危うい)
その少年はぱっと見、普通だった。
特に美しいというわけでもなければ、格好いいというわけでもない。
だが、どこか普通の人間とは違う雰囲気を感じさせた。
きっとこの雰囲気に上司は惹かれたのかも知れない。そう思いながら彼等を観察するカラワーナ。
その心情は妹の恋人がどんな人間か知りたがる姉に近い。
そしてレイナーレが心底嬉しそうな微笑みを浮かべて青年に声をかけると、青年はニッコリと笑って挨拶を返す。
そして二人はベンチに座って仲良く会話を始めた。
中身は日常のことや上司の事、青年の学園生活についてと様々。
青年の話を聞くレイナーレは本当に楽しそうに良く笑い、青年もレイナーレの話を聞いて楽しそうだ。
ぱっと見でも分かる。二人ともとても仲が良さそうだった。
青年との会話の最中、レイナーレは頬を赤らめ幸せそうに笑う。そんな年相応の表情が見れて、カラワーナはほっこりとしてしまう。
(レイナーレ様が楽しそうで何よりだ。しかし、あのように可愛らしく笑うとはな………恋は人を変えると言うが、堕天使も例外ではないのかもしれないな)
そして会話の中には、部下である自分達のことも上がる。
特にカラワーナについてはお菓子作りの先生だとレイナーレは青年に胸を張りながら言っていた。
「最近ね、お菓子作りが楽しくなってきて。それで部下なんだけどお菓子作りを教えて貰ってる先生みたいなのがいるの。彼女の御蔭で色々作れるようになったわ」
「そうなんですか。きっと素敵な人なんでしょうね。レイナーレさんがここまで嬉しそうにいう人なら、きっと」
そんな会話を聞かされては流石に恥ずかしくなってきてしまうカラワーナ。
自分の事を上司がどう思っているのかを知り、そして上司に感謝の気持ちを抱く。ここまで部下思いな上司、堕天使ではまずいない。そんな上司と巡り会った自分は幸せ者だと。
(しかし、本当に普段のレイナーレ様からは考えられないくらいデレデレ……いや、楽しそうだ。きっと彼方が年相応の彼女なのかもしれないが……あの青年、実はすごいのか?)
そんな考えを抱きつつ見ていると、更に事態は進展を迎える。
レイナーレは持っていた紙袋を開けて、中から一つお菓子をとりだして青年の手に乗せた。
「これ、その部下のカラワーナに教わって焼いたマドレーヌなの。よかったら食べて欲しいかな……」
期待と不安が入り交じった視線で青年を見つめるレイナーレ。
そんなレイナーレに青年は礼儀良く頭を下げると渡されたお菓子に口を付けた。
「………うん、やっぱり美味しいですね。何て言うか、レイナーレさんが作るお菓子はみんな優しい味がします。きっと、レイナーレさんが優しいからですね」
「そ、そんなことないわよ! 部下の教え方が上手だっただけで」
「料理は人を映す鏡、だそうですよ。だからこのお菓子は、レイナーレさんの優しさが映ってるんだと思います」
「っ……あぅ……そんな、恥ずかしいわ……」
「恥ずかしがらなくても。そんな優しいレイナーレさんのお菓子をいただける僕は幸せ者ですね」
「はうっ!? っ~~~~~~~~~(もう、蒼崎君、たら~~~~~!)」
何とまぁ臭い台詞を平然と吐けることか。
青年はまったく気取った感じもせず、素でそんな臭い台詞を上司に言う。
それを聞いた上司は嬉しさのあまり顔を真っ赤にして俯いてしまうが、その顔は凄くにやついていた。
その様子を見たカラワーナは何となくだが思った。
何故こうも上司があの青年に夢中なのか。
それは、あまりにも……純粋だからだ。穢れを知っていても尚、心は綺麗といった感じである。自分が思ったことを恥ずかしがりはするが素直に口に出来るのは、かなり勇気がいることだ。それを行える青年はきっと心が美しいのだろう。
その心に上司は惹かれたのだろう。
そして二人は更に会話に華を咲かせるが、レイナーレは顔が真っ赤なままであり、青年もどこか幸せそうだった。
その様子は初々しい初恋が叶った恋人同士のようで、青臭さが凄まじい。
これ以上二人の様子を見るのは目に毒だとカラワーナは判断し、その場から去る。
上司がしている恋愛が成功することを祈って。
「あ、そう言えばレイナーレさん?」
「どうしたの、蒼崎君?」
「さっきまでこっちを見ていた人がいたんですが、多分気配からしてレイナーレさんと同じ堕天使だと思います。何となく優しい視線だったので、年上かもしれませんけど、心覚えはありますか?」
この後レイナーレに覗いていた事がバレ、カラワーナは思いっきり怒られた。
その際、ばれた理由を聞いて改めて、上司が恋している人間が只者でないことを知った。