改めて部下に相談を持ちかけようとして後悔の念が絶えないレイナーレ。
そもそも、何で皆異常性癖なことは知っていたのに相談しようなどと思ったのか、それを考えていた自分が恨めしくて仕方ない。
だが、それでも仕方ないではないかと彼女は思う。
身近に相談出来る相手はいない。同僚に恋愛に興味を持っている者などいないし、自分の交友関係の狭さのあまり疎遠になりすぎて友人らしい友人はいない。まさか親に相談するようなことではないだろう。流石にそれは恥ずかしすぎる。
もしそんな相談をしてしまったら、きっと彼女の親は大層喜びで浮かれてはしゃぐに違いない。レイナーレが変わり者なのも親の影響が強く、彼女の両親は穏やかな性格なので種族の違いなど気にしそうにない。寧ろ、娘のそんな話を聞いて結婚式やら何やらと騒ぎ立てるだろう。ちなみに彼女の両親は共に堕天使だが、結婚等は人間界で行ったらしい。
今のご時世、ちゃんとした教会でなくても結婚式は出来るし、纏めて式場を予約するのも意外と容易だ。
堕天使なのに教会とはこれ如何に? と思うが、そんな信仰の欠片もない張りぼてに一々天界側が関わってくることもない。だからなのか、両親の結婚式は寧ろノリノリで行われたとか。その際に幹事を務めたのがアザゼルというのだから、中々どうして洒落が効いている。
レイナーレから見て、両親は理想の仲と言える。彼女が憧れたのもそんな関係。
出来れば湊とそんな関係になりたいと思ってしまうレイナーレだが、流石にそれはハードルが高すぎる。
ともかく、親にそんな早合点をされるのは困るレイナーレ。挙げ句はそのまま挨拶をしに来かねない。だからこそ、両親には相談など出来ようが無いのだ。
故に残った選択肢が比較的に仲が良い部下達。
皆アレだが仕事はちゃんとするし、決して能力だって低くない。性格がちょっと拗れているが、それでも意見はしっかり返してくれる。
それを期待して呼び出したわけだが、改めて聞くとやっぱり精神が削られていくのを感じるレイナーレ。聞かなければ良かったと速くも後悔している。そして湊との心休まる安らぎの時間が恋しくなった。
だが、それでも彼女は進む。
性格はアレな彼等だが、恋愛に関しては自分よりも何百歩も先を行く玄人達。そんな彼等に少しでも助言を貰えればと。
「皆、ありがとう。改めて集まってくれたことに礼を言うわ」
へこたれそうな精神を奮い立たせ、レイナーレは部下達に声をかける。
そして改めて呼んだ理由を皆に言う。
「その………ね……貴方達は所謂恋愛や色事に精通しているらしいじゃない。だから……その、少しばかり参考に聞こうと思ってることがあるのよ……」
言い辛そうに顔を顰めるようにするレイナーレ。
だが、その表情は顔が真っ赤であり、その瞳は潤み始めている。誰が見ても恋をしている少女の顔になっていた。
それを見て部下達三人は直ぐに察し、またある意味喜んだ。
『やっと上司が年相応な事に興味を持った』
ミッテルト以外は年上な部下達。
歳下に使われているというのは如何な物だが、能力がものを言う堕天使社会ではそんなことはない。それに彼女自身は所謂良く出来た上司のため、寧ろ彼等は進んでレイナーレに従っている。
ともすればそれなりに親しくなり、ドーナシークは娘のように感じ、カラワーナは妹、そしてミッテルトは姉のように感じ始めていた。
そんな家族のような情を抱きつつある部下達だが、自分の性癖を除いて心配事があった。
それがレイナーレの『色事の無さ』。
年頃で凄い美少女だというのに、そういった話が一つも上がらないというのは如何な物だろうか。
自分達がその性癖を対象に向けて性春を謳歌しているというのに、レイナーレはそんな事が一切無い。だからこそ、心配していた。最初は単に自分達と似たようなものかと思ったのだが、ミッテルトに言い寄られ怒りのあまりに壁に叩き着ける様子を見る限りそうではない。本当に恋愛に興味がないようだった。
そんな上司の彼女がまさか自分達に恋愛について相談しようとは……そう思った部下達は嬉しかったのだ。
だからこそ、彼等は胸を張ってレイナーレの言葉に応える。
「えぇ、是非聞いて下さい。私のこの経験が活かせるようでしたら、使って頂いてけっこうですので」
「はい、レイナーレ様からのご相談を受けて断るような愚か者はこの場に居ません。私達に話して少しでも解消の糸口になれば良いかと」
「で、で、レイナーレ様は誰が好きになったんすか? もう食べちゃったんすか? 勿論性的な意味で」
「な、な、なっ、何言ってるのよ、ミッテルトッ!? そんな、食べるだなんて……まだ手を繋いでもらったばかりだし、そんなこと………あ、あぅ……」
ミッテルトにそう言われ顔を真っ赤にして慌て始めるレイナーレ。その頭は蒸気が沸き噴き上がっているかのようであった。
そんな様子を見て部下達は思う。やっと上司に春が来たと。
もう上司の威厳などまるっきりなくなったレイナーレは恰好つけるのを止めて正直に話し始める。部下達の性格はアレだが、三人とも頼りになる事は知っているから。
そしてレイナーレの口から語られる蒼崎 湊という男の話。
出会いから始まり、彼に心惹かれていった彼女のこと。そしてその思いが発覚した出来事に関して。
流石に悪魔の本拠地に単独潜入したことは皆から驚かれたが、湊のおかげで助かったことを話すと寧ろ湊を凄いと感心していた。
人間が悪魔を説き伏せるなど夢のようにしか思えない所行だからである。
御蔭で部下達の間の認識では、湊は『かなり出来る人間』と過大評価されてしまっていた。
だが、話以上に彼等がレイナーレのその感情を本物だと感じ取ったのは、レイナーレの表情だ。
湊のことを話す彼女はまさに年相応の恋をした少女の顔をしていた。
好きだけど、どうして良いかわからないという困惑と喜びが混ざった何とも言えない顔。だが、幸せそうに語る彼女の顔は確かに彼に恋していた。
だからこそ、上司の事を本気で応援したくなる部下達。こんな良い上司がした初恋、是非とも成就してもらいたいものである。
そしてレイナーレは改めて湊とこの間あったことを話すことにした。
「助けてもらった後なんだけど、その時のお礼をしたくて聞いてみたのよ。何かして欲しいことはないって? 私に出来ることなら、その……少しエッチなことでも……寧ろそれはそれで少し嬉しいような………」
もうカバーが剥がれ恋する乙女全開なレイナーレを微笑ましい表情で見る部下三人。それは見ていて実に可愛らしかった。
そんなレイナーレだが、湊の返答に対して少し困った顔になった。
「そうしたら蒼崎君、笑顔でこう言ったのよ。『あの時はレイナーレさんを助けたい一心だったから。そんなお礼を言われることなんてしてませんよ。寧ろこうして一緒にお話してくれることが、僕にとってお礼だと思いますしね』って。そんな嬉しいこと言われたらどうしていいかわからないじゃない! もう、蒼崎君ったら欲がないんだから……でも、そんなところも格好良くて……好き……」
普段お堅い上司がここまで暴走しているあたり、相当にのめり込んでいるのだろうと思う部下達。そうなってくると余計に気になってくるのがそのお相手だが、ここで聞いてもレイナーレからまともな答えが返ってくるとは思えなかったので気にしないことにする。
「でも、そう言われても困っちゃうじゃない。恩人にお礼の一つも出来ないなんて、人としてどうかと思うし。だから何とかして蒼崎君に喜んで欲しいんだけど、こういうときに男の子って何をしてあげれば喜ぶのか分からなくって」
堕天使が人としてと言うのはどうかと思うが、感謝の気持ち伝えたいということはよく伝わって来た。
だからこそ、彼等は上司の恩返しのために意見を出す。
まずは男としてドーナシークがレイナーレに自分の案を言った。
「レイナーレ様、話を聞く限りはやはり、プレゼントでどうでしょうか? 形に残るものですから、レイナーレ様の感謝の気持ちをずっと感じられるかと。私も良くデートをした後に女性にはプレゼントを贈りますし(セクシーランジェリーや卑猥な下着等)」
「だけど、蒼崎君は目が見えないから渡した物がどんな物なのかわからないかもしれないし……それに物で感謝を伝えるなんて、少し軽い感じがしないかしら? 確かに蒼崎君なら大切にしてくれると思うけど、もっと喜んで貰いたいというか………」
その案は悪くはないが、目が見えない湊には伝わり辛い。彼は優しい人間だ。受け取ればきっと大切にするだろう。だが、レイナーレはもっと彼に喜んで貰いたいのだ。彼の笑顔をもっと見たいのだ。
そうなると、目が見えない人にプレゼントというのは少し甘い。もっと五感に直接響くような物がよいだろう。
そして今度はミッテルトが案を出す。
だがこの少女、見た目の割に結構エグい性格をしているので、言う案がまともだとは思えない。
そしてその予感は的中する。
「いっそのこと、レイナーレ様がそいつの童貞頂いちゃうのはどうっすか?
目が見えないってのも、それはそれで興奮するプレイっすからね。初々しい童貞をレイナーレ様が優しく卒業させてあげる……うぉ~、興奮してきたっす。正直下着が濡れ………」
「っっっっっっっ!?!? 何馬鹿な事言ってるの、ミッテルト!! そんな、まだ恋人にもなってないのにそんないきなり。そういうのにはちゃんと順番があって、告白して付き合い初めてからキス、それでそれに慣れ初めてきたらもう少し深く付き合って、それからするものでしょう! そんなエッチなこと出来るわけないじゃない、ミッテルトのエッチッ!!」
両刀な上にビッチなミッテルトの意見に対し、レイナーレは顔をトマトのように真っ赤にさせて慌てながら否定する。
彼女の貞操観念は堕天使らしくなく、とても純情で青臭い。だからこそ、この恋心は純粋なのだろう。
そして二人の同僚の意見を聞いたカワラーナが最後に意見を出した。
「レイナーレ様、ここは一つ……手作りのお菓子を贈ってはどうでしょう?」
「お菓子?」
その意見があまりにも意外だったのか、不思議そうな顔をするレイナーレ。
そんなレイナーレにカラワーナはお姉さんのように説明を行う。
「目が見えない件の人物に物を贈っても、その気持ちは半分くらいしか伝わらないかもしれませんし、ミッテルトのような突飛な行動はその後の関係に於いて罅を入れかねません。だからこそ、もっと年相応の彼にふさわしく、それでいて彼の判断出来る感覚の一つである味覚に訴えるものならば喜ばれるかと思います。私も良くバイト先の子供達にお菓子を作ってあげますし(カラワーナは良くバイトで保育園の先生のような事をしている)」
「それ、いいわ! 確かにそれなら蒼崎君も喜びそう」
まさかカラワーナからそんな意見が出るとは思わなかったからか、レイナーレはその案に大いに賛成を示す。
手作りのお菓子を贈り、そして喜んで貰う。
それはまさに、彼にはうってつけと言えた。そしてレイナーレの恋愛知識は少女漫画が多いので、その案は良く出て来る。彼女の中でお礼の形が決まった。
しかし、浮かれている彼女はまったく気付いていない。その事に、カラワーナは確認のために聞くことにした。
「あの、レイナーレ様……その、料理をしたことはありますか?」
「え、ない……けど……お菓子って簡単じゃないの?」
そう、レイナーレは料理などしたことがなかったのだ。
こうして彼女の恩返しは決まったが、そのお礼のためにまずすべきは、カラワーナに教わることであった。