五月の新緑もそろそろ更に深みを増し、日差しの暑さに夏の到来を感じつつある今日この頃。湊とレイナーレはとあるショッピングモールの中にあるお店に来ていた。
別に普段一緒に行動している二人なら、そこまで緊張することなど無かっただろう。だが、今の二人はそんなことはないと言わんばかりに緊張に身体を強ばらせていた。
それというのも、来た店が原因である。
それは店の前に色とりどりの布を並ばせ、店内にあるショーウィンドウには女性型のマネキンが露出の激しい恰好で飾られていた。
この店は主にこれからが忙しくなる店であり、夏が一番忙しくなる店である。
そう、その名は………水着ショップ。
何故二人がこの時期にこのような店に来ているのか? それを語るには、少し前にあった出来事を語る必要があった。
それはある意味において天界と冥界と人間界を巻き込みかねない大騒動があった後のこと。
本来なら生徒会がやるべき仕事だったのだが、その騒動で生徒会に迷惑を大いに掛けたので今回はオカルト研究部が引き受ける事となった。
その内容がプール掃除。駒王学園には水泳部もあり、立派なプールが設けられているのだ。
そこまでは良い。なのに何故二人がここに居るのかは、その後の内容が原因だ。
リアス曰く、
「生徒会の仕事をこっちで請け負う代わりに、先にプールで泳がせて貰えるように話をつけたのよ。だから皆、水着を用意するように」
とのこと。
これにより、急遽二人は水着を用意する必要が出て来た。
だからこそ、こうして買いに来たのだ。
しかし、ここで問題なのが二人の心境。湊はそれまで泳ぐということが出来なかったこともあって水着など持っていなかったからどうして良いのか分からない。またレイナーレはそれまで泳ぐということがなかったので、これまたどうして良いのか分からず困っているというわけだ。(冥界に海はないので、あまり水着というものは浸透していない)
二人でそのように困りつつも、取り合えず笑ってしまう湊とレイナーレ。気恥ずかしくて、でも新しいことに何やら胸が高鳴っていた。
「あはははは、何か緊張しちゃいますね」
湊がレイナーレにそう笑いかけると、レイナーレはそんな湊が少し可笑しかったのか、クスクスと笑いつつも嬉しそうに頷いた。
「そうだね。こういうお店に来るのは初めてだから。それに……」
そこで一旦言葉を切ると、頬を赤らめ恥じらいつつも湊を言う。
「こういうお店に湊君と来るのは、初めてだから………」
二人での初めて。
その言葉が湊の心にジッと染み渡り、そして嬉しくなってしまう。
だからなのか、幸せを感じつつも湊はレイナーレに微笑みかける。彼女を不安に感じさせないように、包むような暖かな微笑みを彼女に向けた。
「そうですか……なら、一緒に楽しみましょうか。この二人の初めてを」
「湊君………うん!」
湊の気持ちが嬉しくて、レイナーレはそんな彼に嬉しそうに返事を返す。
このバカップル、ただ店に行くだけでこの騒ぎだ。何かにつけて二人だけの『初めて』というのに反応するのは、少しばかり反応し過ぎなのではないだろうかと思われる。そんなのではこの先初めての〇〇〇の際に下手したら噴死するんじゃないだろうか。
まぁ、そんなわけで二人で店内に入る。
店員の挨拶を受けつつ、二人は早速水着を観て廻る。
最初に見るのは湊の水着から。それというもの男の水着というのはそこまで種類が多くなく、また湊自身に好みというものがないからだ。
「あ、この水着、湊君に似合いそう」
「え、そうですか?」
レイナーレが手に取った蒼色のハーフパンツタイプの水着を見て、湊は軽く聞き返す。彼自身自分に似合うか似合わないかというのがイマイチ分からないため、それがイマイチ良いのか分からないようだ。
そんな湊に対し、レイナーレは自分だけが分かっているという優越感を感じつつ、湊に楽しそうに語る。
「うん。だってこれ、湊君の細身な身体に合いそうだし、何よりも湊君の色だもの」
「僕の色?」
そう言われても本人は分かっていない様子である。それが尚、レイナーレには面白かったのか、湊を愛おしいそうに見つめつつ顔を赤らめる。
「そう、湊君の色……澄んだ空の色、蒼……湊君みたいに全てを優しく包み込む空みたいな、そんな色。だから……湊君の色なんだ」
「そ、そうですか……(そんな風に思われてたなんて……何かこそばゆいけど、嬉しいな)」
レイナーレの想いを聞いて嬉しいやら気恥ずかしいやらとあたふたする湊。レイナーレはそんな彼が可愛くて仕方なく見える。
そんな愛おしい彼に似合う水着が選べたことが嬉しくて、彼女は上機嫌になる。湊もそんな彼女に気恥ずかしくも嬉しく思い彼女が選んだ水着を買うことにした。
そして彼が決まったのなら今度は彼女の番である。
ここでの選択はそれこそ男の比ではない。女性の買い物は男とは圧倒的に違うものなのだから。
と言っても湊自身が彼女の水着を選ぶということはない。何せ湊は彼女のスリーサイズなど知らないのだから。分かっていることは女性の中では群を抜いてスタイルが良いということだけである。逆に恋人のスリーサイズを知っているというものそれはそれで気味悪いので、それぐらいが丁度良いだろう。もし知られていたら、きっとレイナーレは恥ずかしさのあまり気絶しているだろうから。
では湊のやるべき事は、と言えば…………。
「も、もう少し待っていて。あと少しで着替え終わるから」
「は、はい、わかりました! 急いでないのでゆっくりでいいですから」
現在、湊は更衣室の前でレイナーレを待っていた。
そう、水着を選べるわけでもない彼に出来る事は、彼女が選んだ候補から似合う物を選ぶくらいである。
湊はレイナーレがどんな水着姿を見せてくれるのかをドキドキしつつ、その場で待つ。傍から見れば変質者にしか見えないものだが、湊の保護欲を誘う印象に誰が見ても恋人を待っているようにしか見えないというのだから不思議だ。
周囲の視線とこれから見るであろう恋人の艶姿にモジモジしつつ待つ湊。
そして少しして、そのカーテンは開かれた。
「湊君、これはどうかな?」
最初に目に映ったのは、彼女が好きだと言っていた蒼。
それが身体にフィットしており美しいラインを際立たせる。彼女が最初に見せたのはスポーティーな感じのワンピースタイプの水着だった。
フリルやリボンといった飾りはないが、その分彼女の肉体のシャープさを際立ている。
湊はそんなレイナーレに見入りつつ、感想を述べる。
「その、すっごく似合ってます。何かレイナーレさんの綺麗な身体が良く栄えるというか、格好いい感じです」
「そ、そう? そう褒めて貰えると嬉しいかも」
湊に褒められて顔を赤らめるレイナーレ。
しかし、それは直ぐに収まり次の水着を着るべく再び更衣室へと消えた。
そして少し待つと、再び更衣室のカーテンが開く。
「こ、これはどうかな…………」
湊の目に今度入ったのは、ピンクと白のワンピースタイプの水着だった。
それもリボンとフリルをふんだんに使った、所謂甘ロリ系のワンピースだった。
それを見た途端に湊は頬が熱くなるのを感じた。
似合っていないわけではないが、何故か合わない。綺麗な彼女に幼さを感じさせるこの組み合わせはアンバランスだ。しかし、それ故に妙な魅力を醸しだし、それが湊を刺激する。
「そ、その………可愛いですよ」
湊がそう言うと、レイナーレは顔を真っ赤にして思いっきり恥じらった。彼女もこれはどうかと思っていたからだろう。
「つ、次の奴着てくるね!」
恥ずかしさに耐えきれなかったのか、彼女は急いで更衣室のカーテンを閉めて次の水着に着替え始めた。
そして待っていたのだが、少し時間が掛かっていたようなので心配になり湊は声をかける。
「あの、大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫! もう出るから」
中からレイナーレの焦った声が聞こえてきたが、彼女の事を信じて待つ湊。
そしてカーテンが開くと共に、彼は言葉を失った。
「ど、どうかな、この水着……頑張ってみたんだけど………」
湊の目に映ったのは黒。真っ白な彼女の肌に栄える黒が、局部を隠すが露出が多い。それは今までの選択にはなかった黒いビキニだった。彼女のようなスタイルが良い女性にはとても良く似合い、その美しさを際立たせている。
湊はそんなレイナーレの姿に言葉を発さずに魅入ってしまう。大きな胸がビキニによって強調され、真っ白でくびれたお腹が線の細さを教え、キュッとしまったお尻はまるで芸術心のように滑らかに見える。
その姿は妖艶で、男なら誰もが魅入ってしまうだろう。それぐらい美しかった。
だから湊は答えるのが遅れてしまう。
「そ、その……凄く綺麗で艶っぽくて、魅入ってしまいました」
「そ、そうなんだ……頑張ってみてよかったかも」
「その、凄くレイナーレさんに似合ってます。スタイルが良いから凄く栄えるし、その何だか大人っぽい感じがして綺麗です」
「そ、そう? えへへへ」
湊の言葉にレイナーレは喜び身体をギュッと縮める。その結果、胸の谷間が深まり湊はそれを見て顔を真っ赤にした。
そしてレイナーレ自身、もう買う水着は決めた。湊の反応を見れば一目瞭然だから。
大好きな恋人が自分に夢中になって魅入ってしまう、それは女なら誰もが嬉しいことだから。だからコレに決めた。
そして一緒に会計を済ませて帰る二人。
その帰り道、湊は腕を絡めて隣を歩くレイナーレに顔を赤くしながらこう告げた。
「僕の色が蒼なら、黒はレイナーレさんの色だと思います。全てを等しく包み込む夜の闇の黒。安寧と安らかな眠りを告げる黒、レイナーレさんの姿を初めて見たときのあの翼の色の黒。だから僕にとって……レイナーレさんの色は黒です。僕の大好きな人の大好きな色です」
その言葉にレイナーレは顔を真っ赤にしながらも湊にくっつきながら彼に伝えた。
「私も大好きだよ……蒼色。湊君の色。大好きな湊君の大好きな色だから」
そして二人はくっつきながら帰路に付いた。
たかが水着を買うだけなのにこの始末。きっと周りの人達は大変なことになっていたのだろう。それに気付かないのは、本人達がきっと幸せだからに違いない。