「え………ご両親!?」
レイナーレの驚愕の表情と声を聞いて、目の前の二人組が彼女の親であるということを知った湊だが、当然いきなりそう言われても信じられるわけがない。
いや、最愛の恋人の言うことが信じられないのではない。どう見たって目の前の二人は20代前半にしか見えないのだ。湊も良く童顔に見られて歳下扱いされることはあるが、それでも精々3つ下程度。いくら何でもあの見た目の年齢でレイナーレのような年頃の娘がいるとはどう考えたって無理だろう。
だから彼女の声が湊には信じられなかった。
そんな湊の心情を知ってか知らずか、その二人組はニコニコと笑いながら改めて湊に話しかけた。
「どうも、レイナーレちゃんのママで~す」
「あははは、彼女の父です」
そう改めて言われ、湊は目を白黒をしつつ困惑した様子でレイナーレの方を向く。
そんな湊を見て、
(あ、驚いてる湊君、可愛い……)
と思いつつもレイナーレは湊に答える。
「その………本当のことです。この二人が、その………私の両親です」
幾ら信じられなくても、ここまで言われれば流石に信じざる得ない。
だからこそ、湊は驚きが退かない状態であろうとも、二人に向かって軽く頭を下げた。
「その、ようこそ、おいで下さいました」
恋人の両親にまず、そう挨拶をした。
朝からの突然の出来事に対処が追いつかず戸惑ってばかりの湊とレイナーレだが、まずは来てくれたご両親を歓迎すべくテーブルへと案内する。
まぁ、彼と彼女が住む部屋は広くないので、四人も入れば結構狭く案内も何もないのだが。
ニコニコ笑い座るご両親にレイナーレは慣れた手つきでお茶を淹れ始めた。来客がある際、いつもこうしてお客にお茶を淹れるのはレイナーレの仕事となっている。
普通なら家主たる湊がすべきなのだが、目が見えなかった事もあって家事が苦手な彼では客人に出せるようなお茶は淹れられないので、代わりにレイナーレが淹れると言ってきたのだ。勿論、これは建前。確かに湊が家事が苦手なのは事実で、客人に出せるような程のお茶を淹れられないもの確かだ。だからレイナーレが自分が淹れるといったのはいったのは当然のことだと言える………のだが、実の所その理由は……『その方が新婚さんっぽい』からだったりする。
夫のタメに率先して家事を行うのは理想の妻である、とまぁ実に古風というか、漫画の影響をかなり受けたというか、そんな感じなのが本音なのだ。
ここは謂わば湊との二人っきりの新居。客人が来たのなら、妻として夫を立てなくては…………と、実にお花畑が満載な考えなのだ。
まだ結婚どころか〇〇〇(自主規制)もしていない恋人同士が何を考えているのやら。
お茶を淹れてもらい、女性の方……つまりレイナーレの母親は凄く感心した様子でレイナーレに笑いかけた。
「あらあら、随分と上手になったわね、レイナーレちゃん。私達と一緒に暮らしていた頃はお湯ですら満足に沸かせなかったのに」
その言葉に羞恥心を煽られ顔を赤くするレイナーレ。そんな彼女に更に男性、つまり彼女の父親は感動が籠もった声を上げる。
「まさか君がこうしてお茶を淹れてくれるようになるとは………感動するよ」
両親からの感動の言葉を聞いて、湊にそれを聞かれた事もあって羞恥心が一気に膨れ上がった彼女は、顔をトマトの様に真っ赤にして涙目になりつつ両親に軽く当たる。
「もう、それは昔のことです! 今はこうしてちゃんとお茶だって淹れられますよ」
「あら、そんな風に言うなんて、やっぱり女の子は少し見ない内に成長するわね~」
「そうだね~。少し前はまだよちよち歩きでおねしょばかり……」
レイナーレの反論に両親二人は娘の成長を喜びつつ、昔を懐かしむ。
だが、大好きな恋人にそんな『己の恥ずかしい話』を聞かされるのを黙っていられるほど、彼女の精神は成熟していない。
特に父親が言い出した話など、殊更に恥ずかしい事である。
それが出た途端、レイナーレは顔を真っ赤にして湊の耳に入らぬよう声を荒立てた。
「わぁああああああ、わぁあああああああ、何でいきなりそんな赤ん坊の時の事なんて思い出すんですか、お父様! いくら何でももうそんなもの治っています!! 湊君、あのね、それはまだ小さい頃、それもまだ赤ん坊の頃で自意識なんて無かった頃の話しだから!」
急に慌てるレイナーレに驚く湊だが、逆に普段では見られない彼女の顔に少しドキドキした。
(何かいつもとはまた少し違って可愛い………)
何、このバカップル…というのはさておいて、レイナーレの慌てふためく様子をのほほんと眺め、両親は楽しそうに笑う。
そんな両親に頭が上がらないのか、レイナーレは羞恥で顔を真っ赤に染め瞳を潤ませつつも大人しく湊の隣に座った。
そして改めて向かい合う両者。傍から見たら交友関係のあるカップルにしか見えないが、その実片方が湊の恋人の両親というのだから驚きだ。
だからなのか、両親と違い湊は少し緊張した様子で失礼がないよう心がけ、レイナーレは文句が大ありだと言わんばかりに膨れている。
「それで……何で急に人間界に来たんですか、お父様、お母様」
少し不機嫌になりつつそう問いかけるレイナーレ。そんな彼女の質問に両親は笑顔を絶やさずに答える。
「そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。そんなの勿論決まってるじゃない……レイナーレちゃんの恋人を見に来たのよ」
「君が選んだ相手なのだし、是非一度会って見たくてね。何せ『義息子』になるかもしれないのだから、『親』としては是非挨拶しなくてはね」
その言葉に『結婚』の二文字が意識させられ、湊とレイナーレの二人は互いに顔を真っ赤にしてしまう。今更何恥ずかしがってるのやらと思うが、やはりこうして直に言われると意識してしまうらしい。
「そ、そんな、まだ結婚は早いって…あ、でもでも、勿論湊君となら絶対に嫌じゃないし、できれば早い内に結婚したいけど…あぅあぅ……」
「ま、まさかこんなに早くご挨拶出来るとは思っていなかったから、どうしたらいいんだろう」
慌てたり妄想を膨らませたりする二人。
そんな二人を見て両親二人は『若いねぇ~』と温に二人を見つめていた。
そして少しして、未だに悶えているレイナーレよりも先に湊が改めて動いた。
「そ、その………蒼崎 湊と申します。レイナーレさんにはその……本当にいつもお世話になっていて……僕にはもったいないくらい綺麗で可愛い女性です」
緊張のあまり言葉が途中から可笑しくなる湊。いつもの湊ならもっと冷静に話すはずなのだが、流石にこの事態には彼も手をこまねいているようだ。
「あぅ……そ、そんな綺麗で可愛いだなんて、湊君ったら………」
褒められて嬉しいのか、濡れた瞳で湊を見つめるレイナーレ。
そんな両者を見て両親はどれほど親密なのかが知れて嬉しいようだ。
そのことを軽くからかうと、二人で顔を真っ赤にして下に俯くのが両親二人には微笑ましく見えた。
そしていつまでもそうしては居られないというわけで、湊は改めて両親に話を振ることに。
「あの……お二人とも、随分とお若いですよね? 失礼ですが、お母様はとてもレイナーレさんを生んだようには見えないというか、どう見ても姉妹の姉にしか見えないのですが? それどころかお父様も同じように兄にしか見えないのですが……」
かなり疑問に思っていたことを問う湊。その様子は少しばかり慎重であり、失礼があったかどうかが気になって仕方ない様子だ。
そう問われ、母親は嬉しそうに微笑んだ。
「あら、お上手ね。まさか若い子からそんなに褒めて貰えるとは思わなかったから、嬉しいわ」
「君はいつだって若々しくて美しいよ。何せ今でも僕の鼓動は高鳴っているのだから」
「あら、あなたったら……うふふふふ」
目の前に広がるドピンクな雰囲気とイチャつく二人。
湊はそんな二人を少し顔を赤らめつつ見てしまう。この男、やっと普段自分達が何をしているのかを、その片鱗を理解したのかも知れない。
そんな『濃い雰囲気』を放った両親二人は少しイチャついた後、レイナーレが恥ずかしさと怒りから爆発する前にその答えを言うことにした。
「堕天使や悪魔は寿命がかなり永いのよ。それこそ永遠に近い程に。だから私達の見た目はそんな直ぐには変わらないの。それに持っている力で姿を固定したり変えたり出来るから、いくらでも若々しく出来るのよ。私の実年齢はね~………あれ? 300を超えた辺りから覚えてないわ」
確か以前にアザゼルからも同じような話を聞いたような気がすると湊は思い出し納得した。それと共に、確かレイナーレが自分と同い年なのだということも。
そうだとすれば、確かに先程言っていた少し前は云々は両親二人からすれば直ぐの事だったのかも知れない。
そんな事を考える湊に、レイナーレは補足を入れる。
「お父様とお母様はアザゼルおじ様と同期らしいから、堕天使の中ではかなりの古参なの。酷い話だけど、娘の私でも二人の実年齢は分からないわ」
その言葉に改めて種族差を感じさせられる湊。
でも、まぁ、それを気にする気はなく、彼は彼で大好きな彼女と共に生きようと直ぐに思う。自分に出来るのはそれだけなのだから。
その決意を察してなのか、両親は湊を見て優しく微笑んだ。
そして緊張が少し解れた辺りで改めて色々と話す事に。
「でも、レイナーレちゃんが迷惑を掛けて無くて良かったわ」
「親馬鹿と言われるかもしれないけど、僕達はかなり甘やかして育てたから、ミナト君に迷惑が掛かっているんじゃないかと少し心配だったんだよ」
両親にそう言われ、レイナーレは歳相応の膨れ面をしつつ反論する。
「いくら何でも湊君に迷惑なんて掛けられないし、我が儘だって言いません。もう、お父様もお母様も子供扱いして~」
楽しげに語るその様子に、湊は少しだけ両親と共に居た頃の記憶を思い出したが、悲しくはならなかった。寧ろそんな輪に自分が淹れて貰えることが嬉しく感じた。
「あ、そう言えば、レイナーレさんって随分と口が上品というか、言葉遣いが綺麗ですよね。やっぱりご両親の教育で?」
色々と話しつつ思ったことを口にする湊。
よくよく考えてみれば、レイナーレは部下以外の親しい人達には皆、かなり丁寧語だ。アザゼルのことをおじ様と呼び、父親母親のことをお父様お母様と言う。それはまるでお嬢様のようで、湊はレイナーレにピッタリだと思う。
その言葉に嬉しくて真っ赤になるレイナーレ。そんな彼女を見つつ父親が苦笑しながら答えてくれた。
「うん、そうだね。これでも冥界ではそれなりの屋敷に使用人と共に暮らしているから、彼女にはそれなりの教養を身に付けさせようと思ってね。別に悪魔の上級貴族ほどプライドが高いわけじゃないが、それなりの地位には居るつもりだよ。それを強いるつもりはサラサラないけど、必要なときに出来ないと困ることは多いから」
「それってつまり…………」
「そう、レイナーレちゃんは堕天使でも有数のお姫様なのよ」
湊はそれを聞いて驚いた。
確かに上品な所作は所々に見られたが、まさか本当にお姫様だとは思わなかった。
そんな湊にレイナーレは慌てながら話しかけた。
「べ、別にお父様とお母様が偉いんであって、私は何もないからね。だから湊君、そんなことで、その……嫌いにならないで」
「いや、別に嫌いに何てなりませんよ。ただ、少し驚いただけですから」
「湊君……」
慌てるレイナーレの頭をそっと撫でつつ湊が答えると、レイナーレは顔を赤らめつつ嬉しそうに微笑んだ。
まるで先程の仕返しにしか見えないが、この撃甘な夫婦の前にはノーダメージらしい。
寧ろ二人の恋人らしさを見れて嬉しい様だ。流石は夫婦、恐るべし。
そして結構な時間を四人で会話で愉しみ、レイナーレの色々な事が知れて嬉しい湊。レイナーレは両親に認めて貰えたことを喜びつつも(既に分かりきっていたが)自分の赤裸々な話をされて恥ずかしい思いをした。
両親は両親で娘の恋人のことを知れて大いに満足したようだ。彼になら充分に任せられると。
そしてそろそろ帰ると言いだし、二人を玄関まで見送る湊とレイナーレ。アザゼルではないが強力な堕天使が二人も同時に人間界の一カ所にいるのは色々と不味いかも知れないとの配慮からだ。
「それじゃぁ、僕達は帰るね」
「ミナト君、レイナーレちゃんをこれからもよろしくね」
その言葉に頷き見送る二人だが、扉が閉まる前に両親が爆弾を置いていった。
「あぁ、そうそう。〇〇〇(自主規制)の時はちゃんと中で出さなきゃ駄目だよ。勿論、宗教的な意味でなくて、そのままの意味で」
「胸とか口とかお尻に出して貰うのも凄く気持ち良いけどね、堕天使とか悪魔は出生率が低いから、数を多くしてやらないと。えへへへ、早く孫の顔が見たいな~、私」
「帰ったらもっと頑張ってレイナーレの妹か弟、頑張ろうか。娘の初々しい所をみたらもっと頑張りたくなってきた。今から数日間、ずっと寝かせないよ」
「はい、喜んで!」
その言葉を最後に閉まる扉。
そして湊とレイナーレは互いに意識してしまって顔を真っ赤にし、しばらくギクシャクしてしまったのは言うまでも無い。
幾ら周りを砂糖テロに巻き込むバカップルでも、更にその上にいるバカップルには敵わないのだった。