自分達の子供に恋人が出来たのなら、それがどのような人物なのか知りたくなるのが親というものだ。別段可笑しなことではない。何せ大事な自分の子供の将来を決める相手なのかも知れないのだ。気にならない方が可笑しい。どのような人物なのかは話を聞けばある程度分かりはするが、それでも百聞は一見にしかず。実際に見てみたいと思うのが当然のことである。
つまり…………。
「ねぇ、あなた。レイナーレちゃんの恋人ってどんな子なのかしら」
冥界にあるとある豪華な屋敷、その屋敷の中にある大きなベットの上で扇情的な姿をした美しい黒髪の女性が側に寄り添っている男性にそう問いかける。
問いかけられた男性は女性の肩を抱きながら彼女に笑いかけた。
「アザゼルからとても良い子だと聞いているよ。聞いた限りではとても素直で純粋な子らしい」
「それは知ってるわ。アザゼルくんも気に入ってるらしいし。あ、確か目が見えないって言っていたわね。少し可哀想かも」
「それはもう治ったらしいよ。アザゼルがあの子に命じて怪我を治せる神器持ちの少女を保護したんだって。それでその子に直して貰って今は普通に見えるらしいよ」
「そう、それはよかった! 多分レイナーレちゃん、そのことをずっと気にしていそうだから。もし、私だったらあなたの目がそうなってたらと思うと気が気じゃないもの」
ベットの上でそのように会話をしつつイチャつく二人。
恰好から察するに、所謂情事の後だということが窺える。そんな状態で語り合うのが愛の言葉ではなく、とある人物の恋人の話というのはどういうものだろうか。
そんな話をある程度した後、二人は何か思いついたようで彼等の友人であるとある人物に連絡を取ることにした。
「あ、もしもしアザゼル」
男がニコニコ笑いながらそう念話をかけると、その先にいる人物……堕天使のトップたる総督、アザゼルがそれに応じた。
『ん、あぁ、お前か。どうしたんだよ、いきなり? 今、オレは仕事で忙しいんだが』
何故堕天使の頂上にいる存在に気軽に連絡をとれるのか? それはこの二人が、そのトップと旧知の仲だからである。まぁ、旧知といっても今も充分付き合いはあるのでただの友達なのだが。
男はそうアザゼルに言われると、軽く笑いながら楽しそうに話し始めた。
「どうせ仕事をサボってシェムハザに怒られて逃げてる最中だろ」
『うっせーよ、悪いか! アイツが毎回毎回五月蠅いからだっての。一応総督なんだからもう少し大目に見たって良いだろ』
「仮にもトップが言っていい台詞じゃないよ、それ」
軽く話す男とアザゼル。その様子から実に親しげな様子が見て取れる。
そして男はアザゼルの状態を考えて本題を話すことにした。
「あぁ、それでなんだけど……あの子の恋人を見てみたいんだけど、一緒に人間界にいかないか?」
それが彼等の本題である。
彼等の『娘』に恋人が出来た。だから、その恋人がどんな人物なのか一目見に行こう。これはそういう話だ。仮にも娘が選んだ相手なのだ、決して良からぬことを考える輩ではないと信じている。でも、やはり気になるのだ。
それに……将来は自分達の『義息子』になるかもしれないのだから、親としては顔を見ておきたいというのもある。だからこそ、二人は人間界に……娘がホームステイしている家に行こうと思い立ったわけだ。
その誘いに対し、アザゼルは乗り気で上機嫌に答えようとした。
『あぁ、ミナトを見に行こうってことか。いいんじゃねぇか、この間アイツんところにちょっとしたイタズラをしてきたから、その後のことを聞きたいしな』
しかし、その先の言葉は紡がれない。
何故なら…………。
『何を勝手に遊びに行こうとしているんですか、アザゼル。駄目ですよ、まだまだ書類は溜まっているのですから』
『げっ、シェムハザ! 撒いたと思ってたのに』
『申し訳ありません、アザゼルはこんなわけで行けませんので、お二人で行って下さい。許可は出しておきますので。あ、それとあの子によろしく言っておいて下さい。親善大使の任で苦労をかけていますから』
そして切れる念話。そのことからアザゼルがどうなったのかは容易に想像出来る。
それを想像して苦笑した男は、隣で身を寄せている女性に笑いかける。その笑みは久々に娘に会える喜びで満ちあふれていた。
「アザゼルは無理みたいだけど、許可は貰ったし……一緒に行こうか」
「えぇ、そうね。あ、久しぶりの人間界だし、何を着ていこうかしら?」
「君ならどんな服を着ても美しいよ」
「まぁ、あなたったら」
人間界に行くことでハシャぐ二人。
そして二人は衣服を着替え、そして屋敷の扉を開けて外へと出た。
「それじゃ行こうか、人間界に」
「えぇ、あの子とその恋人さんを見に」
そして彼等は背中に漆黒の翼を広げ、大空へと飛び上がった。
所変わってここは人間界。
駒王町にあるマンションの一室にて、若い男女が仲睦まじく寄り添っていた。
「湊君の身体、温かいね。その……何か気持ち良いかも」
「どうしたんですか、レイナーレさん。今日はいつもより甘えん坊ですね」
最愛の恋人に甘えられ、それが嬉しくて微笑む蒼崎 湊。そんな彼に彼女……レイナーレは甘い声を出しながら彼の身体に身を預ける。
お互いの温もりと香りを感じ、ドキドキする二人。その鼓動が互いに感じられ、それが更に心臓を高鳴らせる。
本日は休日であり、二人は学校がないのでこのように恋人らしく過ごしていた。
普段ならここまでくっついたりはしないのだが、何故か今日は甘えたい気分らしい。いつもは恥ずかしがってしまうことが多いが、こうして甘えて貰えるのは素直に嬉しい。だから湊は彼女が幸せそうに微笑んでくれるように彼女の好きなようにさせていた。
まぁ、彼自身こうして彼女とくっつけて嬉しいのだが。
まさにそこにあるのは新婚夫婦の熱々で甘々な雰囲気か、もしくはバカップルのドピンクな雰囲気か。
幸いこんな二人を見ている者は誰も居ない。もし見て居たら皆口から何かを吐き出して倒れていただろう。
「あ、湊君。ここにおべんとさん付いてる………ちゅ………えへへ、ごちそうさま」
「れ、レイナーレさん、嘘言っちゃ駄目ですよ。さっきレイナーレさんの指にお米がついてるのが見えましたよ」
「キャッ、ばれちゃった」
「もう、嘘つきにはお仕置きです」
「キャ~~~~~、湊君が怒った~~~~」
心底思う。本当に人が見ていなくて良かったと。
もし見て居たら発狂していたかもしれない。それぐらい二人はイチャついていた。
そんな二人の耳に、その雰囲気を切り裂くかのように呼び鈴の音が聞こえた。
急に鳴った呼び鈴になんだろうと首を傾げる二人。この家には結構人が来ることが多いので、きっと誰か来たのだろうと思い、二人は動き出した。
別に新聞の勧誘なら断れば良いだけだし、お客様ならちゃんともてなさなければならない。だからレイナーレは先に台所に向かっていつでも動けるようにする。
そして湊はそんなレイナーレの家庭的な部分にドキドキしつつ、待たせては悪いと扉を開けに行く。
「あ、お待たせしました。すみません、遅れてしまって」
「いえいえ、そんな待ってないよ」
「あぁ、君が………」
玄関に向かった湊が少し遅いので心配になり始めるレイナーレ。
別にいつもより少し遅いだけなのだが、彼女はそれでも心配になるらしい。少し過保護なのかもしれない。
そんな不安に焦らされる彼女だが、湊が部屋に戻ってきたことでホッとする。
「湊君、遅かったけど何かあったの?」
レイナーレのその言葉に、湊は少し困ったような顔をしつつ答えた。
「あの、レイナーレさんの知り合いの方らしいので、取りあえず来てもらったんですが……」
その湊の言葉と共に部屋に入ってきたのは、二十代前半に見える美男美女。
白いワンピースを着て、服越しでもわかるくらいスタイルの良い黒髪の美しい女性と、スーツを見事に着こなす男性の二人組だ。
湊は女性を見る限り、最愛の恋人であるレイナーレに似ていると思った。見た目からして多分親戚の人ではないかと考える。レイナーレから姉妹が居るという話は聞いていないので、多分そうだと思った。
しかし、その予想は覆される。
その男女はレイナーレを見ると、親しそうな笑みで彼女に話しかけてきた。
「やっほ~、レイナーレちゃん。元気」
「うん、君が元気そうで何よりだよ」
そう言葉をかけられ、レイナーレは驚きのあまりに固まりながら、顔を真っ赤にしてあらん限りの力で叫んだ。
「な、な、なな、何で………何でお父様とお母様がここにいるの~~~~~~~!!」
彼女が言った言葉に今度は湊が固まり、そして男女………レイナーレの『両親』は楽しそうに笑った。