突如湊の爆弾発言により凍り付く空間。
その発言を聞いた一誠達変態3人組は開いた口が塞がらないと言った表情になり、レイナーレは湊が何を言ったのか理解が出来ず、表情が固まってしまっていた。
(さ、さっき、蒼崎君は何て言ったの? た、大切? 一番大切って……誰のこと? って、そこで間抜けな顔を晒してる3人が言っていたのって……私じゃない!? それじゃあ、蒼崎君が一番大切って言ってたのって……私ッッッッッ!! いや、そんな、でも、そんないきなり……別に私は蒼崎君のこと…………)
湊が言ったことを理解した途端、顔から蒸気が噴出するくらい真っ赤になるレイナーレ。その思考は同じ所をぐるぐると回り始めている。
通常、こう言った時に指す『一番大切な人』というのは、勿論思慕の念を抱いている者。単純に言えば好きな異性の事を指す。勿論likeではない、Loveの方である。
つまりレイナーレの頭の中では、湊が自分が好きだと告白してくれたと言うことになってしまっているのだ。
それを理解した途端に彼女は思考の海に沈んでしまう。
告白され、自分が彼の事をどう思っているのかと。
勿論、嫌いでは無い。出会ってからそこまで時間は経っていないが、彼女は湊と充分に親しくさせて貰っている。それこそ、彼女の中では一番仲が良いと言えるほどに。あまり褒められたものではないが、彼女に友人らしい友人はいない。
組織内ではギスギスした同僚に囲まれ、友人と言えるような存在はいない。確かにそれなりに砕けた付き合いが出来る部下達がいるが、それでも部下と上司の関係である。
その点で言えば、湊は彼女にとって久しくいなかった気兼ねなく付き合える親しい存在であった。
彼女の所属する組織『神の子を見張る者(グリゴリ)』の堕天使レイナーレとしてではなく、ただの堕天使の女の子として見てくれる存在。
それが彼女には心地良かったのだ。
彼女は人間では無い堕天使。だが、堕天使だろうと悪魔だろうとその精神はあまり変わらない。彼女だって年相応に悩んだりするのだ。
だからこそ、彼女にとって湊は特別であった。自分という存在をそのまま見てくれる、堕天使である前に年相応の女の子として見てくれる人。
そんな気兼ねなく付き合える相手からの告白という衝撃の事態に、彼女の思考処理能力はオーバーヒートを起こし始める。
(私、蒼崎君のこと、どう思ってるんだろう……)
嫌いじゃない。寧ろ気になって仕方ない。逆境に負けずに一生懸命で可愛らしい。さっき悪魔との話し合いでは寧ろ説き伏せて自分を助けてくれたのは格好良かった。
異性としてどうだろうか? 素直で純粋、それでいてとても優しくしっかりとしている。
今もこうして自分のために学校内を一生懸命してる姿を見る度に嬉しさがこみ上げてくる。
それらを全て考えれば、答えなど直ぐに出るものだった。
(え、まさか、そんなッ!? 私、蒼崎君のこと………)
意識した途端に一気に膨れ上がり溢れ出す感情。
顔から火がでるんじゃないかと思うくらい熱くなり、胸が高鳴って仕方ない。レイナーレは湊から目が離せなくなり、自分が熱病にかかったかのように感じた。だが苦しくはない。いや、訂正しよう。胸が苦しくて仕方ないが、それすらも愛おしさを感じてしまう。
頭の中が湊のことで一杯になり、湊の事を思うと胸が何だか温かくなる。
それすなわち………。
『恋』と言う。
自覚してしまったからにはもう戻れない。隠すことも消すことも出来ない
それまでうすうす気付きつつはあったが、それを自分で認めることは無かった。だが、もう認めてしまった。意識してしまった。
ならば後は、加速するのみ。
レイナーレは破裂するんじゃないかと思うくらいドキドキとする心臓を感じつつ、喉の渇きを覚えながらも湊に聞こうとする。
それはつまりそう言うことなのかと。
だが、その口から言葉は出ない。
言葉を出そうにも緊張してしまって上手く口が動かないのだ。何とか声をだそうとしても、口だけがパクパクと動くのみ。
聞きたいけど少し恐い。そんな感情が渦巻き、それがさらに彼女を焦らせる。
傍から見たら黒髪の清楚は女性が顔を真っ赤にして俯いているようにしか見えないのだが。
そんなレイナーレを置いて、一誠達は意識を取り戻し湊に食い付く。
「なぁ、蒼崎! それってつまり………」
「そんな……まさか………」
「何で蒼先ばかりなんだよ………」
その様子はまさにこの世に絶望したといった感じであり、泣き崩れる3人の様子を見て周りに居た生徒達が引いていた。
そして3人は存分に悲しんだ後、妬みを丸出しにして湊に更に食らい付く。
「こんな美少女と付き合ってるのかよぉぉぉぉおおぉおおおおおおお!!」
「羨ましいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「おい、どうやってこんな可愛い彼女作ったんだよ! 本当に恋人かよ!!」
血涙を流す元浜と松田、そして未だに信じられないと聞き返す一誠。
3人は本当に湊がレイナーレと付き合っているのか聞きたがっていた。
それはレイナーレも同じであり、隣に立っている湊に期待の籠もった眼差しを送ってしまう。
計4人の視線、それと周りの真偽がしりたいという意思の籠もった複数の視線を感じ、湊はいつもはあまりしないような笑みを浮かべた。
それはまるで子供がイタズラをするような笑み。相手を困らせて楽しもうとしているかのような笑みだ。
「ふふふ、さぁ、どうだろうね。僕は普通にそう思ってるから言っただけだよ。それをどう取るかは、君達次第かな」
それを聞いて沸き立つ周り。
駒王学園は基本女子ばかりの学園。そしてそんな告白紛いのことを聞けば、それがどのような意味なのかはついつい妄想してしまうもの。
その事実を聞いてさらに床に倒れ伏せる3人。その様子はこの世の終わりを感じ取ったかのようだ。
そしてレイナーレもそれを聞いて、さらにその白熱した思考に拍車が掛かる。
その言い方からすれば、つまり湊の発言は本人の思う通りに捕らえて良いと考えてもいいのだ。
その言葉に、レイナーレはさらに湊の事を意識してしまう。
(あ、蒼崎君も私のことをっ!? そんな、あぅ…………ど、どうしよう、どんな顔していいかわからない!)
もう彼女の心は暴走寸前であり、湊の事を考えすぎて顔が真っ赤になったままである。嬉しさのあまりに顔がにやけてしまいそうになり、それが恥ずかしくて必死に隠そうとするも漏れ出しかけてしまう。
その時折漏れる息に艶が差し妙に艶めかしさを放ち始め、彼女は誰が見てもバレバレなくらいわかる状態になっていた。その潤んだ瞳は湊から離れない。
その光景にいつもなら真っ先に食い付く3人だが、この時ばかりはショックが大きすぎたのか床で呻いていた。
これが他の男子なら容赦無く関節技でもかけているところだが、流石に視覚障害者相手にそのような真似など出来ない。すれば自分達は本当の意味で最低の烙印を押されるだろう。ただでさえ最底辺だというのに、さらにその床を壊してまで怒りをぶつけようとは思えないのだった。
そのどうしようもない怒りに身を焦がされている3人。
傍から見れば湊が恋人自慢をして優越感に浸っているようにも見えるかも知れない。だが、実際は湊には3人の様子は見えていないのでどうなっているのか分からない。
だからだろうか。湊は怒りに悶えている3人に気付かずに普通に話しかける。
「ごめん、兵藤君達。まだ案内したいところがあるから、そろそろ行くね」
そう行ってレイナーレの手を引き歩き始める湊。
レイナーレはそんな彼に引かれ、繋いだ手が更に熱く感じていた。
そして再び湊による学園案内が再開されるのだが、レイナーレの耳にはまったく入らない。
その頭はさっき聞いた言葉の真意が知りたくて仕方なくなっていた。
あの場でああ言ったのは本当なのかと。
だとすれば、どうすれば良いのだろうかと。
自分の答えにたどり着いた彼女にとって、それ以外に考えられる余裕など無くなっていたのだ。
だが、それでも気になって仕方ないレイナーレは、人気が少なくなってきた廊下で湊に問う…………先程の言葉の真意を。
「ねぇ、蒼崎君………さっきのアレって、やっぱり、その……」
彼女にとって今までで一番緊張した瞬間だったかも知れない。
堕天使の総督の姿を初めて見たときよりも、悪魔達に襲われたときよりも精神が張っていた。
やけに時間の流れが遅く感じられ、緊張のあまり唾を飲み込む音が大きく聞こえた。
その問いに対し、湊はレイナーレに笑いかける。
それは少し申し訳なさそうな苦笑だった。
「ごめんね、レイナーレさん、あんなことを言ってしまって。あの3人がレイナーレさんのことを、その……エッチな目で見てるって知って、何だか無償にイライラしちゃって。だからああ言えば少しは悔しがるかなって。僕なんかがレイナーレさんの恋人だなんて、そんな大層な嘘を付いて……」
それを聞いた途端、レイナーレは悲しくなった。
その言葉が意味することは、つまりあの言葉は告白ではないということ。
それまで浮かれていた自分が急に惨めに感じ始め、彼女は心は落ち込んでしまう。
それを感じ取ったのか、湊はレイナーレの顔にそっと手を伸ばした。
その手に落ち込んでいたせいで反応に遅れた彼女はいきなり頬を触られて驚いてしまう。
「え、え?」
驚くレイナーレの頬をゆっくりと触り、自分の顔の方に湊は向かせると口を開いた。
「僕は……あまり大切な人に順番とかを付けたくないんだ。お祖父ちゃんもお婆ちゃんも、僕のことを温かい目で見守ってくれるみんなも大切なんだ。だから、レイナーレさんも大切なんだよ。だからみんな全部『一番大切』なんだ」
それを言われて決定的になり、彼女の心はどん底まで落ちかける。
湊の発言は自分は異性として見られていないということだから。
そんなことを言われてしまっては、流石にそれまで盛り上がっていた気持ちも冷えてしまう。正直泣きそうになるレイナーレ。
だが、そこから先は少し変わっていた。
泣きそうになってしまったレイナーレだが、未だに湊の手は彼女の頬から離れていない。
そして湊は少し時間を空けた後に、顔を真っ赤にしながら言い辛そうにしつつレイナーレに言った。
「でも、その………レイナーレさんは、その……初めて女の子として意識した人なんだ。だから、その………僕の願望でも、あったのかな? レイナーレさんが大切な人なのは、確かにそうだし……ね……て何恥ずかしいこと言ってるんだろう、僕は……」
恥ずかしさとどう言い表したら良いのか分からずに困り、何とか分かる範囲で一生懸命に自分の心を伝える湊。
その言葉を聞いた途端、レイナーレの顔はボンっと爆発したかのように真っ赤になった。
まさかここに来てそれはないだろう。
それはあまりにも反則だ。下げてから一気に持ち上げるとは誰も思わなかった。
まさか湊の意識してます宣言をされるとは思わなかったレイナーレは、それまでの悲壮感が一気に消し飛んでしまい、嬉しさのあまり笑いが抑えられなくなっていた。
(私だけじゃなかったんだ。蒼崎君も私のこと、意識してくれたんだ………その、やっぱり………嬉しい……)
お互いにそれで恥ずかしくて真っ赤になり、何も話せなくなってしまう。
ただひたすらに嬉しい気持ちと恥ずかしさがごちゃ混ぜになり、どう表せば良いのかわからない。
気まずくて仕方ないのだが、この沈黙は二人にとって少しも苦しくはなかった。
そしてそれは二人が一緒に話す自販機までの帰り道まで続き、その間ずっと湊とレイナーレの手は繋がれていた。