ミュージックショップで一頻りイチャつき……もとい、楽しんだ二人は店を出ると、次は何処に行こうかと話し合いをしながら歩くのだが、土曜日ということでこの日も街は活気に溢れ、往来は人がごった返していた。
それ故に通行するに当たっては少し気を付けなければならず………。
「レイナーレさん、こっちに」
「あ、ありがとう、湊君……」
自分達が歩く道の向こう側から来た自転車を見て、湊はレイナーレに危険が無いように彼女の身体を軽く抱きそっと引き寄せる。急に引き寄せられたレイナーレは驚いたが、それ以上に湊が自分のことを身を挺して守ろうとしてくれたことが嬉しかった。
別に彼女は堕天使であり、たかだか自転車如きでは傷一つ付かないのだが、それはそれ。恋する乙女としては大好きな男の子に守って貰えるというのはまさに憧れなのである。
そんな憧れのシュチュエーションを体験し、彼女は湊の腕を軽く抱きしめながら頬を赤らめる。そして昔の事を思いだし、懐かしむように微笑んだ。
「あの時とは違うね」
そう言われ、湊もまた懐かしみながらレイナーレに微笑みかける。
「そうですね。あの時は目が見えなくてレイナーレさんに手を引いて貰っていましたよね。今にして思うと申し訳無い気持ちで一杯になります。でも、今は違いますよ」
湊はレイナーレ微笑みかけながら繋いだ手をぎゅっと軽く握った。レイナーレはその感触に胸がドキドキと高鳴り湊から目が離せなくなる。
「今はこうして……レイナーレさんのことを、少しでも助けてあげられます」
「湊君………」
湊の温かく包まれるような笑みを向けられ、レイナーレは胸がキュンとなった。
まだ少し幼さを感じさせつつも何処か大人びた雰囲気を放つ微笑みにレイナーレは複雑な愛情を感じる。可愛いとも格好いいとも思えるその微笑みに彼女の心は魅了された。
その大好きという気持ちを少しでも伝えたくて、レイナーレは昔を思い出しつつ湊の腕をギュッと抱きしめた。
それにより、湊の腕は豊満な彼女の胸の深い谷間へとめり込んでしまう。
マシュマロのように柔らかく、それでいて張りのある感触を服越しとは言え感じた湊は途端に顔を真っ赤にした。昔なら確かに戸惑ったが、今はその比ではない。何せ目が見える様になったのだから現在の彼の腕がどのようになっているのかが丸わかりなのだ。それは男の夢にして視界の暴力とも言える。男にとってまさに嬉し恥ずかし苦しい、そんな感情が湊を駆け巡った。
「あの、レイナーレさん、その……腕が……」
真っ赤になって慌て始める湊に、レイナーレは火が出るくらい顔を真っ赤にして恥じらいながらも彼にくっついた。
自分の心臓の鼓動が直接彼に伝わってしまうかもしれないと思うと、それだけで意識が消し飛ぶような気がする。でも、その気持ち以上に心地良い温もりを感じる。
「その、あの時と同じで危ないから、こうしていた方が危なくないでしょ?」
「そ、そうですね……」
イタズラをするような感じにそう言われ、湊はレイナーレの小悪魔な感じにドキドキした。堕天使なのに小悪魔というのも可笑しな話だが、女性のそういった面に男は胸をときめかせるものなのである。それは年頃である湊も一緒だ。
二人とも身を寄せるその姿は、傍から見れば抱き合っているようにしか見えない。
ドキドキと胸の鼓動が高鳴り、湊とレイナーレは互いの顔を見つめつつも真っ赤になる。
そしてレイナーレは湊に甘えるようにお願いをしてきた。
「湊君、その……もうちょっとくっついても良い?」
直ぐ近くにある上目使いで見つめる愛しい恋人。その存在に湊は見入ってしまいそうになりつつも返事を返す。
「えぇ、いいですよ」
「ありがとう」
湊に許可をもらい、レイナーレは彼の身体に身を寄せる。
湊の温もりと彼の香りを感じ、胸がキュンと締め付けられた。その甘い刺激に酔いしれそうになりつつ彼女は湊に甘えた。
そして彼女は昔にあったことを思い出しつつ、湊に笑いかける。
「こうして湊君の懐に入れば、どんな人混みでも絶対にはぐれないでしょ」
「は、はい…」
それは初めてデートをした時にあった出来事。
一緒に手を繋ぎ、レイナーレに手を引いてもらいながら歩いたあの時。人混みに巻き込まれてもみくちゃにされてしまい、脱出した後には二人ともボロボロだった。
その時の事を思いだし、湊は顔がカァッと熱くなるのを感じた。
あの時は見えなかったから分からなかった。でも、今はもうあの時に何があったのか分かる。
そう、湊がレイナーレの胸を触ってしまったということが。
彼だって思春期の男子だ。それを思い出しては色々とモヤモヤするかもしれない。
何よりも、彼女に恥ずかしい思いをさせてしまったかもしれないことが心に痛い。
だからこそ、言葉が出辛い。きっと言えば彼女は許してくれるだろう。だから言えない。これは自分の中でずっと終っておくべき事だと。
そんなことを考えながらもレイナーレと共に人混みに突入する湊。
彼は彼女がはぐれないよう、彼女に害が及ばないように守りながら人混みをかき分けていく。
そして人混みを出ると、湊は少し疲れたような感じがして少し呼吸が荒かった。
そんな湊の顔をレイナーレはハンカチで丁寧に汗を拭き取った。
「お疲れ様、湊君」
「あ、ありがとうございます」
急に拭かれたことに湊は驚いたが、レイナーレのハンカチから香る優しい香りと彼女の慈しむような笑みに心が華やぐ。
レイナーレはそんな湊に少し身を寄せつつ、彼の胸に顔を埋めながら湊に恥じらい照れつつも言う。
「湊君が守ってくれた御蔭で、こうしてはぐれないで済んだよ。ありがとう、湊君。私を守って歩く湊君の姿……格好良かった」
その言葉に湊は何やら気恥ずかしさを覚え、慌てながらそれを否定した。
「そ、そんなことないですよ。寧ろあんな風に巻き込まれてもみくちゃにされて、レイナーレさんに申し訳無いです」
「そんなことないよ」
湊の言葉にレイナーレはそうじゃないと言った。
そして彼女は湊を見つめながら、真っ赤になり熱くなっていく頬の熱を感じながらこれから言う自分の言葉が結構恥ずかしいことだと分かった上で彼に伝える。
「湊君が一生懸命私のことを守ってくれてることが分かるから……そのね、私には湊君がね……私を守ってくれる騎士様のように見えたの。だからその……湊君はかっこ悪くなんか無い。寧ろ凄く格好良かったよ」
「レイナーレさん………」
恥じらいつつもそう言われ、湊は何とも言えない気持ちになった。
胸が温かく幸福感が満ちるような、そんな気持ち。それを少しでも感じたくて、それでいて彼女から貰ったその気持ちのお礼を感謝とともに伝えたくて、彼は人前だと知っていても行動に移した。
「レイナーレさん」
優しい声で呼ばれ、レイナーレは微笑みながら湊に顔を向ける。
湊は向けられた顔にそっと手を伸ばし、彼女のスベスベの頬に手を添えると、彼女の頬に軽くキスをした。
「キャッ、湊君!?」
驚く彼女に湊は気恥ずかしくも微笑んだ。
「こんな僕でもレイナーレさんを守ってあげられるって言ってくれてありがとうございます。これはその……感謝のお礼です……」
そう言われた途端、彼女は顔を真っ赤にした。
「そ、そういうわけじゃないけど、その………ありがとう」
そして顔を真っ赤にした二人は、今度の目的地へと歩いて行く。