あの頃を辿るようにデートを始めた二人。その心はあの頃を懐かしみつつも、今一緒にいることが嬉しくて二人とも笑顔になる。
しかし、その笑顔とは違い胸中はドキドキとして仕方なかった。
改めて始まったデート。過去の時は湊の目が見えないことから彼をエスコートするように手を引いて歩いた。しかし、今は違う。
今の二人は恋人同士、そしてその手は互いに密着するように絡められて繋がれているのだ。互いの身体の感触と温もりを感じ、その心は温かくなる。
そんな幸せを感じながら二人は歩く。
「まずはあそこに行きましょうか」
湊は少し気恥ずかしそうにしつつレイナーレにそう問うと、レイナーレは湊の身体に自分の身体を預けつつ顔を赤らめながらそれに答える。
「そうね、最初はあのお店に行きましょう」
昔のデートをなぞるのなら、最初に行くのはミュージックショップ。
彼の目が見えないことから通常のことでは楽しめないと判断した彼女が案内したのは、耳でも楽しめるこの場所である。
二人はそう言い合い互いに微笑みながら一緒に最初の目的地へと向かった。
そして店の前で湊は少し目を輝かせながら彼女に話しかける。
「ここがミュージックショップですか………何だか凄いですね」
傍から見れば何てことない店にしか見えない。だが、湊にとっては新鮮らしい。
感動する湊の顔を見て、レイナーレは少し可笑しかったのかクスっと笑い彼に微笑んだ。
「まだお店に入ってないのにそんなに感動してたら、この先疲れちゃうよ」
そう言われ、湊は少し恥ずかしくなりそれを誤魔化す様に頬を掻く。
「あははは、そうなんですけど、その……嬉しくて。ここがレイナーレさんと一緒に来たお店なんだと思ったら、何だかドキドキして」
そう言われレイナーレは頬を桜色に染めつつ湊に笑いかけた。
「うん、私もそう。湊君と初めて一緒に来たお店なんだって思うと、ドキドキする。ここが最初の場所なんだなって」
レイナーレの昔を懐かしみつつも今を楽しんでいる様子に湊の頬も綻ぶ。
互いに胸の高鳴りを感じつつも一緒に店内に二人は入った。
目の前に広がるのは湊にとって初めて見る光景だった。明るい店内に様々なジャケットのCDが並ぶ様はまさに彼にとって新鮮に感じる。過去に来ているはずなのに、湊には初めて来るような場所である。
そして湊はレイナーレと共に一緒に店を回る。
彼自身何か好きな曲があるわけではないが、店内に流れる様々な曲は湊に様々な感動を与え、彼の瞳を輝かせた。
そんな中、二人が足を止めたのは試聴コーナー。これは機械にそのCDのバーコードを読み込ませることによって短いながらもその曲を聴くことが出来るというものだ。
そこにレイナーレが持ってきたのは、何かしらの歌手の写真がプリントされているCDケース。彼女はそれを湊に、まるで宝物を見せる子供のように見せてきた。
「湊君、これがあの時聞いたCDだよ」
それを聞いて湊は思い出したかのように頷いた。
「あぁ、これがレイナーレさんのお気に入りの曲ですね」
「うん、そう……あの時は湊君に少しでも楽しんで貰いたくて」
そう笑顔で言うレイナーレはその言葉を言った後、顔を赤らめて少し俯きつつ湊の腕の裾を軽く引いた。
「少しでも湊君に私のこと、知って貰いたかったの………」
恥じらいながらもそういうレイナーレに、湊は胸が締め付けられるような感情を抱いた。それも悲しみではない、彼女への愛情故に。
それを少しでも伝えたくて、湊は裾を引いた彼女の手を優しく包み込むように掴んだ。
「えぇ、あの時のレイナーレさんの気持ち、確かに伝わりましたよ。僕もあの時、凄く嬉しかったですから。大好きな女の子の好きなものを一つ知れて、それだけで心が舞い上がってました」
「湊君………」
レイナーレは湊にそう言われ、嬉しくて彼の身体にその身を預けた。
その温もりを感じ、湊は微笑みながら彼女を受け止める。受け止められたレイナーレは湊を上目使いで見つめ、彼に甘える様に問いかけた。
「湊君、今はその……どうなの?」
何がどうなのかと聞かれ、湊はその返事を頬が熱くなるのを感じつつレイナーレの目を見つめながら答えた。
「今も凄く舞い上がってますよ。レイナーレさんのこんな可愛い姿が見れて、こんな風に甘えて貰えて。それだけで僕の心は満たされます。その証拠に…」
湊はそこで言葉を切ると、レイナーレの頭を包み込むように抱きしめた。
そしてレイナーレは急に抱きしめられた事と、湊の胸の顔を埋めたことで驚き顔を真っ赤にした。
「聞こえますか? 僕の心臓の音」
湊のその言葉にレイナーレはバクンバクンと自分の心臓の音が高鳴っているのが聞こえる中、確かに彼の鼓動を聞いた。
そして嬉し恥ずかしがりつつ、彼女は湊の胸に顔を埋めつつ言う。
「うん、聞こえるよ……湊君の鼓動。ドクン、ドクンって高鳴ってる」
「はい、そうですよ。レイナーレさんと一緒に居て、レイナーレさんが大好きだからこんな風になっちゃうんです」
胸の抱かれて甘い囁きをされる。それだけでレイナーレの心はトロトロにとろけかけた。
傍から見たら店内で何やってるの、お前等と突っ込まれそうなものだが、何故か今現在、この店の客は二人だけだった。店員の姿も何故か見当たらない。ご都合主義といえども限度がありそうな感じである。
レイナーレはそんな幸せに浸りつつ、湊に提案した。
「湊君、あの時みたいに聴いてみない?」
「えぇ、そうしましょうか」
そしてレイナーレは機械にセットされているヘッドセットを湊へとさしだした。湊はそれを受け取ると少し何かを思ったのかヘッドセットを弄り始める。そしてそれを見つけたらしく、ヘッドセットのフレーム部分を伸ばしながらレイナーレに笑いかけた。
「でしたら、一緒に聴きましょうか」
「え?」
急にそう言われ不思議そうに小首を傾げるレイナーレ。
そんな彼女に湊は顔を赤くしつつ答えを見せた。
「こうするんですよ」
そう彼女に言うと湊はレイナーレの身体を抱き寄せ、彼女の頭と同じ位置まで顔を下げるとフレームを伸ばしたヘッドセットを彼女の耳へと持ってきた。
耳に急に何かが触れ、レイナーレは驚き声を上げてしまう。
「ふぁ、湊君!?」
その声が妙に艶っぽかった所為か、湊は更に顔を赤くしつつも自分の方にもヘッドセットを付ける。
それはまるで二人で一つのヘッドセットを使っているようであり、その顔はキスが出来るくらい近い。
互いの顔を間近で見つめ、ドキドキする二人。
それはキスするのとはまた違ったドキドキだった。
「こうすれば……一緒に聴けますよ」
「う、うん………」
真っ赤な顔で頷くレイナーレ。そんな彼女を可愛いと思いながら湊は機械を操作し音楽を流し始めた。
聞こえ始めたのはあの時聴いたのと同じ曲。その曲に二人は身を任せる。
レイナーレは曲を聴きながら、当時に感じた気持ちを湊に告白した。
「あの時の湊君、曲を聴くのに集中してて可愛かったよ」
「そ、そうなんですか?」
可愛いと言われ戸惑う湊。何度でも言うが、男は可愛いと言われても戸惑うものである。何度言われようともだ。
そんな戸惑っている湊もまた可愛いと彼女は思う。それを見透かされたのか、今度は湊が反撃してきた。
「でも、こういう音楽が好きなレイナーレさんは本当に女の子っぽくて可愛いですよ。今はもっとその………可愛いと思います」
「あ、あぅ………」
そう言われ、レイナーレは顔を真っ赤にしながら慌てる。その顔からは軽く湯気が噴き出しているだろう。
そして湊の追撃は止まない。
彼はそんなレイナーレの頬に軽く手を添えつつ、彼女を見つめながら言葉を掛けた。
「ほら、可愛いです」
「っ~~~~~~~~~………湊君の……イジワル」
更に湯気を噴き出すレイナーレはそう言うことでしか対抗出来ない。
しかし、それでも…嬉しさのあまりに彼女は湊の身体に身を任せつつ答えた。
「でも……大好き……」
二人で最初から飛ばすデート。
今だに店内に客がいないのが気になるが、はっきりしていることが一つだけ。
店員はどうやらバックヤードで何かをぶっ叩きまくっていた。