あの時のデートをもう一回やりたい。
その思いは決して過去の払拭などではない。あの時、彼は確かにドキドキした。彼女と共に出掛け、彼女と共に楽しみ、そして彼女の様子と心にドキドキとときめいた。
今思い出しても楽しい良い思い出である。
だからこそ、このデートは払拭などではない。寧ろ逆であり、彼女との想いをより深めるためのデートだ。
目が治ったことで今までと違う世界を知った湊が新たに愛おしい彼女との思い出をつくるためのものである。
まぁ、そう小難しいことではない。
単純な話、要は湊とレイナーレで再びデートするというだけの、恋人同士ならよくあることなのだから。
デート当日になり、湊は一人でベンチに座る。
その場所は今まで彼が世話になっていた公園前の自販機のベンチ。レイナーレと出会う前はいつも来ていた彼にとって馴染み深い場所である。
ただし、そこから映る光景は彼にとって初めてのもの。それ故に彼はその光景に感動を覚えつつ、彼女を待つ。
今回のデートは前に行ったものと同じ流れを辿るもの。故に待ち合わせ場所を此処にし、湊は先に家を出てここで待ち合わせをしたのだ。
一緒に住んでいるのだから一緒に出ればいいんじゃないかと思われるが、これはデートなのだ。待ち合わせをして一緒に出掛けるのも醍醐味である。だから余計な事は言わないのが華だ。それに湊自身、過去の記憶と同じ状況に過去以上にドキドキしていた。
あの時は初めての異性とのデートだった。初めて尽くしで不安を感じつつも、気になる女の子とのお出かけに胸に期待を膨らませた。
今は少し違う。愛している恋人とのデート。目が見える様になったことで世界が広がった湊にとって、愛おしい彼女と一緒の光景を見て一緒に笑い合い楽しめるということがたまらなく嬉しい、そんなデートなのだ。
過去は過去で良い思い出。でも、今は最愛の恋人と共に過ごす幸せな時間。
だから彼はドキドキして仕方ない。正直、落ち着かない。
だからなのか、彼女が来る前に何度も自分の恰好を気にしてしまう。服装はいつもより少しオシャレを意識しつつも変にならないような物を選んだ。元から湊の持っている服自体少ないのでそこまで選択肢などなかったが、その中でもデートにふさわしいものを彼自身で選んだつもりだ。目が見える様になって服装に意識を向けるようになったわけだが、彼自身の感性は常人と変わらないようなので実際問題変ではない。それでも多少の不安は残るものなのである。それ故にそわそわする湊の様子は年相応の青年に見えるだろう。
「変な恰好だって思われないといいけど、大丈夫かな……」
今日のために敢えて彼女とは着替えて以降会っていない。
過去に同じ台詞を言ったことすら忘れ、湊は不安と期待に胸を膨らませる。
そして待ち時間にしておよそ15分。湊には一時間以上も永いような、それでいて僅か一分しか経っていないような、もどかしいが待ち遠しい、そんな時間を楽しむと共に彼女はやってきた。
「湊君、お待たせ! 待った?」
「いいえ、今来たとこ………ろ……」
別にそこまで待っていない。そのことを笑顔で返そうとベンチから立ち上がる湊だが、声のした先にいる最愛の女性であるレイナーレの姿を見た途端、言葉を失った。
湊が見たレイナーレの姿、それは彼女が湊と一緒に出掛けた時と同じ服装だった。黒いミニのワンピースに薄桃色のボレロ、そして小さなバックを提げている。顔もいつもに比べれば僅かだが化粧が施されていた。彼女のような元から美人の場合、薄化粧でもその美しさは格段に表れる。
それは誰が見ても見惚れるほどの美少女であった。そして湊も又、その魅力に当てられた一人と言うわけだ。
言葉が途中で途切れ目を見開く湊を見て、レイナーレは少し不安そうな目で湊を心配する。
「湊君、大丈夫?」
そう声をかけられ気を取り戻した湊は、彼女の不安を感じそれを包み込むような笑みで少し興奮したように答えた。
「す、すみません、その………レイナーレさんがあまりにも綺麗でしたから、それで見惚れてしまって……」
「そ、そうなんだ………その、そう言ってもらえて………嬉しい……」
湊にそう褒められ、レイナーレは顔を赤くしつつも嬉しそうに微笑む。その笑みが一際可愛らしいものだから、湊は更に顔を真っ赤にした。
「その………湊君も……似合ってるよ…格好いい」
「ど、どうも……僕自身、似合ってるかどうか不安だったので、そう言ってもらえると嬉しいですよ」
彼女に褒められて嬉しそうに笑う湊。その微笑みを見てレイナーレは胸がキュンとした。
(ッ!? 湊君、格好いいのに可愛い! ど、どうしよう、もっと見たいけど………うぅ~~~~~~)
互いに見つめ合い顔を赤らめる二人。
それは気恥ずかしくも何処か幸せな雰囲気を発していた。
そんな中で湊は彼女に問いかける。
「あの、レイナーレさん……その服装はもしかして……」
彼が何を問いたいのか分かったレイナーレは、嬉しそうに笑い頷いた。
「うん、そうだよ。この服は前に湊君とデートした時の服装よ」
それを聞いて湊は少し申し訳なさそうな顔をした。
「何だか申し訳無い気持ちで一杯です。あの時の僕は目が見えなかったから、レイナーレさんのこんなにも綺麗で可愛らしい姿を褒められなかったのかと思うと後悔で一杯になりそうです」
「それは仕方ないわ。あの時の湊君は目が見えなかったんだから」
湊にそう言われ、レイナーレは湊に仕方ないと宥める。過去の時はまさか目が治るとは思ってもみなかったのだ。最初から見えていなかったのだし、この件に関してはどうしようもない。
だからその分、湊は彼女に微笑んだ。
「だから……だから今は、一生思い出せるくらいその目に焼き付けます……レイナーレさんの綺麗な姿を。見惚れる程に綺麗です……深窓の令嬢と言う言葉はこういうことなんだって思いました。レイナーレさん、お姫様みたいです」
そう言われレイナーレは頬が一気にカッと熱くなるのを感じた。
大好きな恋人に褒められているだけでも嬉しいのに、その上更にお姫様のようだと言われる。それだけで彼女の頭の中は花畑に早変わりだ。
まるでのぼせ上がるかのように顔を真っ赤にして湯気を出し始めるレイナーレ。そんな彼女に湊の追撃は止まない。
「僕、今までお姫様ってどんな感じか分からなかったんです。服装やら身分やら何やらは話で聞いていましたけど、それでもどう言うのかは分からなくて。でも、やっと分かった気がします。レイナーレさんみたいな綺麗で可愛らしい人がお姫様みたいなんですね」
素直にそう語る湊。彼自身の顔は赤くなっているが、それは今話している事が恥ずかしいからではない。そんな綺麗な人が恋人だと思うと、彼自身ドキドキするからだ。
レイナーレはそこまで言われると、もう駄目だ。
顔はポストよりも真っ赤になり、瞳は潤んで俯いてしまう。
そしてモジモジとしながら視線を彷徨わせつつ、湊を見つめる。
「そ、そんなに褒められると、その……どうしよう…嬉しくてどうにかなっちゃいそう………あぅ~」
真っ赤になった顔で嬉しさのあまり困惑するレイナーレ。
その様子はとても初々しく可愛らしい。だから湊はレイナーレを見つめながら彼女に言う。
「レイナーレさん、可愛いです」
「っ~!? 湊君ったらもう~……でも…凄く嬉しい。ありがとう」
湊にかなり褒められて顔から湯気を出しつつも幸せそうに笑うレイナーレ。そんな彼女はまだデートが始まったばかりだというのに、もう幸せで一杯になっていた。
そしてもっと湊と一緒に居たい。もっと二人で幸せを感じたいと思い、彼女は湊の手を取った。
「それじゃあ一緒に…………デートに行こう」
彼女の心をふやかすような甘い声でそう言われ、湊は彼女の手を握り返しながら微笑んだ。
「はい、行きましょう……デートに」
そして二人のデートは始まったわけだが、これだけでのっけから幸せ一杯な二人。
この後どうなるのかまったく予想が付かない。言える事はただ一つ。
二人によって少なからず、雰囲気の犠牲者が出ることだろう。
そんなことを考えもしない二人は、恋人として腕を組み身体を密着させながら歩き出した。