どうしてこうなってしまったんだろう。
湊は現在における状況に於いて、そう思うことしか出来ない。
別に悪いことや酷いことが起きたわけではないのだ。
ただ、目の前で起こっている現象に対し、湊はそれを解決する手立てがない。故に彼は困っているのである。
「にゅふふ~、みなとくん♪ えへへへへ~」
彼の目の前にいるのは、彼の最愛の恋人であるレイナーレ。
いつもは美しくも可愛らしく恥じらう姿が愛おしい彼女だが、現在においてその様子は少しばかり違っていた。
朱がさす頬はリンゴのように赤く、いつもの優しい瞳は垂れ下がり濡れている。口から出る吐息は艶めかしく、その身体はいつもより若干熱く感じられる。
そんないつもと違う様子を見せる彼女は今現在、湊の膝に跨がりその身体を彼に密着させ幸せそうに笑っていた。
その笑顔もいつもの物とは毛色が違く、ぽややんととろけているような、そんな笑顔だ。
湊はそんなレイナーレにくっつかれドキドキと心臓が高鳴って仕方ない。
太股に感じるレイナーレのキュッとしたお尻の感触、胸に押しつけられた柔らかくも張りのある大きな胸、そしてキスが出来るくらい間近にある彼女の艶やかな顔。
それらを感じ、湊は男としての性を刺激される。
彼だって年頃の男なのだ。女性の身体には興味があるのは当然のこと、それが目の前にあるのだから無理も無い。
ここで兵藤 一誠ならば、そのまま目の前で自分にくっつく彼女のおっぱいを揉んだりしたのかも知れない。
しかし、湊はそういうことが出来るような人間ではない。それに何よりも、今の湊はそれどころではなかった。その精神は酷く困惑していたのだから。
「どうしよう……レイナーレさん、酔っちゃてる」
それはレイナーレが夕飯の支度をしている際に鳴り響いた。
「あれ、こんな時間に誰だろう?」
人工的な機械音であり、来客を知らせる鐘。それを聞いてレイナーレは不思議そうに首を傾げた。
既に時間は7時過ぎ。人が訪れる時間にしては遅く、夕刊の時間などとっくに過ぎている。だからこそ、不思議に感じるのだが、確認したくても今は出来ない。
何せ今は台所で火を使っている最中なのだ。普通なら火を消していけばそれで済むのだが、彼女としては湊に美味しい料理を食べて貰いたいため、ここで火を消して料理に影響を与えることはしたくない。だから少し迷うのだが、そんな様子を見た湊が彼女に声をかけた。
「あ、僕が行きますよ」
「いいの?」
湊の言葉にレイナーレは少し申し訳なさそうに聞く。彼女は普段からこの家のことを進んでやっている。その心はもうすっかりこの家の奥さんだ。
そんな彼女に対し、湊は少し苦笑しつつ答える。
「いつも僕のために美味しいご飯を作ってくれるのですから、これぐらいしますよ。それに僕がこの家の家主なんですから、自分で進んでこういうことに対応しませんと。だからレイナーレさん、今日も頑張って御夕飯をお願いします」
そう言われ、レイナーレは顔を赤くしつつも素直に頷いた。
別に今のやり取りに赤くなるような要素はない。だが、彼女にとって今のやり取りまさに、新婚夫婦のように感じられたのだ。
(湊君、何だか……お、夫みたいで格好いい………キャッ)
乙女の恥じらいを見せ、嬉しそうにハシャぐレイナーレ。
そんな彼女はいざ知らず、湊は客人を待たせまいと玄関に向かった。
「はい、どなたですか?」
そう声をかけながら扉を開けた先に居たのは、彼の知っている人物であった。
「よ、ミナト、久しぶりだな。その様子だと本当に治ったらしいじゃねぇか。いや、何よりで結構だ」
声をかけてきた人物を見て湊は嬉しそうに笑うと部屋へと案内し、それに応じその人物は部屋へと上がることに。
湊は扉の前で待つようその人物に言い、先に部屋に入りレイナーレに声をかけることにした。
「湊君、どうだったの?」
顔を出した湊にレイナーレは少し心配した感じで声をかける。
その様子を見て湊は少しだけ可笑しそうに笑うと、彼女に用件を伝える。
「お客さんが来たんですよ。だから申し訳ないんですけど、お茶をお願い出来ますか?」
「お客さん!? ごめんなさい、急いでお茶を淹れるね。あぁ、お茶菓子とかあったかな?」
急にお客だと言われ慌てるレイナーレ。
この家の家事担当として、客人をちゃんともてなさなければと思っているからだ。通常、こういうのは家主の仕事なのだが湊は家事が殆ど出来ないということもあるし、何より湊の恋人(奥さん)としては、彼の恥になるようなことがあってはならない。
だからこそ、ちゃんともてなそうと張り切るレイナーレなのだが、彼女の気合いは突如かけられた声によって霧散してしまう。
「すっかりミナトの嫁してんじゃねぇか、レイナーレ」
「あ、まだ早いですよ。もう少し待ってくれても良いのに」
扉を開けて入って来た人物のニヤニヤとした笑みを見て、レイナーレの顔が固まる。
そして驚きながらその人物の名を叫んだ。
「お、おじ様!? 何でおじ様がここに来るんですか!!」
「おう、大事な大事な娘分とその婿殿の様子を見にな」
そう、客人として来たのはレイナーレにとって第二の親であり、堕天使陣営のトップであるアザゼルだった。
アザゼルはレイナーレに入れて貰った茶を啜りつつ、二人の生活を聞いては冷やかし茶々を入れて二人を赤面させていく。
そのことにレイナーレは顔をトマトの様に真っ赤にしながら必死に怒るのだが、この大人に勝てたためしがなく、寧ろ余計に恥ずかしいことを言われて赤面することに。
何しろ最初に出た言葉が、
「もうお前等……ヤってんのか?」
なのだから、年頃の純粋な二人には刺激が強すぎた。
それからも二人はそういったネタで弄くられ、レイナーレは恥ずかしさのあまり顔から蒸気を噴き出し、湊は湊でどうすれば良いのか困ってしまう。
なのだが、レイナーレはその割りに湊を見てはもじもじとする辺り、意識していることが丸わかりだ。
それが湊も分かり、それ故に彼も気まずさと嬉しさが入り交じった何とも言えない感情を持て余す。そんな二人が更にツボに入ったのか、アザゼルは実に面白そうに笑っていた。
そんなわけで、アザゼルは一頻りそんなネタで二人を弄くると、急に思い出した様に懐から箱を差しだした。
「あぁ、そうそう、こいつはオレからの土産だ。夕飯を食った後に食べると良いぜ」
そう言ってレイナーレにその箱を渡し、
「んじゃ、オレは帰るわ。あまり二人の愛の巣にいるのも悪いしな。どうせこの後、二人でイチャつくんだろ?」
そう言って帰って行った。
「もう、おじ様~~~~~~!」
「アザゼルさん、これ以上弄くらないで下さいよ」
言葉では否定するが、それでもやはりそうなってしまうことは予測出来るので、湊とレイナーレは赤面しつつ互いを見つめてしまっていた。
急な来客に驚かされた二人だが、その後は平常運転。
レイナーレが作った夕飯を食べることにし、二人で美味しいと喜びながら夕飯を楽しんだ。
そして食べ終えた後、アザゼルから貰った箱を開けることに。
「何が入ってるんでしょう?」
不思議そうにそう呟く湊。その様子は単純に気になると言った感じだ。
それに対し、レイナーレは少し警戒した様子で答える。
「何か嫌な予感がするわ………」
そして意を決して封を開ける二人。
その二人が箱の中を見ると、そこには………。
「「チョコ?」」
その中に入っていたのは、少し変わった形をしたチョコ。『酒瓶』のような形をしており、普通のチョコとは少し違った香りを発していた。
「これ、何か変わった形ですね」
「そうだね。でも、美味しそうよ」
そしてそのチョコを食べた結果が……………。
今に至るというわけだ。
すっかりと目が据わっているレイナーレは、まるで愛撫するかのように湊の身体に指を走らせる。
その感触にぞくりとしつつも、湊は声が出ないように堪えるつつレイナーレに声をかける。
「レイナーレさん、大丈夫ですか?」
明らかにいつもと違う様子に戸惑う湊だが、その原因は直ぐに分かった。
その原因であるチョコの名前と、そして裏の成分表を見て直ぐに気付いた。
「ウィスキーボンボン?………ウィスキーって確か……お酒!?」
そう、二人が食べたのはウィスキーが入ったチョコレートだ。それも結構度数の高い代物。
それを食べて酔ってしまったと直ぐに気付いたわけで、こうして心配しているわけだ。
そんな心配をされていることに彼女は気付く事はなく、彼の身体に身体をすり寄せる。
「みなとくんのからだ~、あったかくて気持ちいぃ~」
「れ、レイナーレさん、その、胸がっ!」
胸を擦りつけられる感触に湊は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに言う。
(うわっ、柔らかいのに張りがあって、何これ! こんな感触、知らない!)
内心で胸の感触の感想を思いつつ、湊は混乱する。
しかし、レイナーレはそれを聞いても止まらない。いつもならそんなことになれば真っ先に恥じらい離れるレイナーレなのに。
寧ろ彼女は更に身体を押しつけながら湊に甘く囁く。
「うふふふふ、だって~、みなとくんともっとくっつきたいんだもん。いつもいつもみなとくんがあまえてくれないから、わたしがあまえるの~。えへへ、どう、おっぱい気持ちいい?」
「ちょ、レイナーレさん!?」
湊は止めようとするのだが、レイナーレは全く止まらない。
お尻を微妙に動かして湊の足の根元を刺激しつつ、その身体を湊に密着させて両腕を湊の背中に回して抱きしめる。
酔っている所為で暴走しているレイナーレに湊はどうして良いのか分からない。ただ、彼はレイナーレの香りと感触に頭が沸騰しかけていた。
そんな湊を見て、レイナーレは少しふやけた笑みを浮かべる。
「みなとくん、顔がまっかだよ? えへへ~、可愛いなぁ、みなとくん♡ みててぎゅっとしたくなっちゃう」
「もがっ!?」
胸に顔を埋め込まされて声を出す湊。
(うわぁぁぁああああ! 顔に胸が、レイナーレさんの胸がッ! こうして思うけどやっぱり男とは違うなぁ。それに甘くて良い香りがする……はっ!? いや、そうじゃないだろ、僕!! 今はレイナーレさんをどうにかしないと!)
正直思考がショート寸前な湊。気持ちよさと心臓のドキドキはヒートアップし、既にオーバーヒートを起こしている。
そんな湊を愛おしいと言わんばかりにレイナーレは胸に抱きしめた。
「本当はね、もっといっぱいこうやってだきしめてほしいの! もっとみなとくんに色々なことしてほしいの! エッチなこととかエッチなこととか」
すでにエッチな状態で湊の頭は沸騰寸前であった。そこにこれではもうノックダウンも間近である。
しかし、レイナーレの追撃は止まらない。湊の胸元に今度は顔を寄せると、甘い声でこんな事を言い出した。
「みなとくん、良い匂い~………」
「ひゃぁっ!? レイナーレさん!」
とろけるような声でそう言うと、レイナーレは湊の胸元の匂いをすんすんとかぎ始めたのだ。
その感触のムズ痒さから湊は更に困惑する。
「それに美味しそう………いただきま~す、ん………ちゅう~~~~~」
「くぁ、レイナーレさん、やめて……(何、この感じ!? 少し痛いけど、何かぞくぞくして身体が熱くなる!)」
更には湊の胸元に唇を付けて吸い付くレイナーレ。その痛い気持ち良い感触に湊は少し喘いでしまう。
「にゅふふ、これでみなとくんはわたしのもの~! ちゃんとしるしもつけたんだからね」
見事なキスマークをつけられてしまった湊。彼はその感触に息が途切れ始めていた。
そして湊の身体を好き勝手に弄ると、一頻り弄って満足したのかレイナーレは湊を潤んだ熱の籠もった眼差しで見つめる。
「湊君……だぁいすき♡ 好きで好きでしょうがないの。いつもはね、けっこうがまんしてるの! ほんとうはぁ~、学校でももっとぴったりくっついて~、もっともっと湊君と一緒にいたいの。それでね、もっとキスして欲しいし、キスしたいの。だからね…………もっと愛して、みなとくん♡」
「レイナーレさん………(いつもと違う様子だけど、何だか……可愛いいのに艶っぽくてドキドキする……僕、今レイナーレさんと……キスしたい)」
そして二人の唇は重なり合う。
それはいつもより少し大胆なキス。啄むような、そんなキス。
そしてあと少しで舌が入ってしまいそうになるが、意識がふやけてきた湊にはそれを防ぐことは出来ない。
だが、それはなかった。
「みなとくん……だいしゅき……」
気が付けば胸の中で眠り始めたレイナーレ。
そんな愛おしいお姫様に湊はふやけた頭でも優しく声をかける。
「僕も大好きです、レイナーレさん……」
そして湊も又、意識を手放し眠りについた。
「え? 何でこんな所で? それに……な、なんで……何で湊君に抱きしめられて寝てるの、私ぃ~~~~~~~~~~!?」
翌日、湊はレイナーレの悲鳴で目を覚ますことに。
そしてその朝、二人はぎくしゃくしていたのは言うまでも無い。