3月14日。
それは一ヶ月前の決戦にて勝者となった者達が負うべき義務を果たす日。
そう、一ヶ月前のバレンタイン、そこでチョコを貰いし勝利者がチョコを渡してくれた者へとその恩義や想いを返す日。
それすなわち……。
『ホワイトデー!!』
勿論、由緒正しい歴史的行事などではない。
バレンタインをお菓子の宣伝に使った某お菓子企業が考えた物で有り、決して海外由来のイベントではない。
しかし、日本人とはお祭り騒ぎが好きな人種。バレンタインと対を成し、お礼を返すということもあってか、気が付けばあっという間に日本全土に広がり挙げ句は世界規模にまで発展した。
バレンタインも凄いが、この日もある意味凄いと言えるだろう。
その内容はお菓子が絡んでおり、チョコをくれた相手にビスケットやマシュマロ、キャンディなどを渡すのがこの行事の趣旨だ。少し踊らされている気がしなくもないが、まぁ、それを気にする者は少数だろう。誰だってお礼を返されれば嬉しいものなのだから。
そんなわけで、この行事の日はこの駒王学園も賑わいを見せていた。
クラス内でチョコを貰った者がお返しにお菓子を渡す様はある意味ほんわかさせられる。
男子は勿論、女子同士でもお菓子の渡し合いが行われ、教室内は甘い香りで満たされていた。
そんな中、二人の男だけが奇妙な顔をする。
「ハッ、まったくいい気なもんだぜ! 業者に踊らされて菓子買わされてよぉ!」
「あぁ、全くだ。その点、俺達は一切買ってない。故に財布の中身も温かい! クックックック」
その男子、元浜と松田。
この学園における悪い意味での有名人であり、もう一人の男子を加えて変態三人組の名で有名である。
彼等は如何にも悪そうな笑みを浮かべて周りに居る幸せを感じている者達を見下す。
確かに周りの者達は幸せなのだろう。しかし、それはお菓子業者によって踊らされている道化でしかないと、そう言いたげな様子だ。
そんな表情をする二人だが、それも少しだけであった。
僅か三分後、二人は声を押し殺して涙を流し始めた。
「くっ………決して、決して負け惜しみなんかじゃないんだぞ……」
「そ、そうだ……貰えなかったからお金が掛からなくて済んだんだ。だから浮いた金で紳士の聖書や円盤の方に金が回せるんだ。だから俺達は勝ち組のはず……なんだ」
そう口で言うが、その表情は実に苦しく悲しそうだ。
そして周りが驚くくらい大きな声で急に叫びだした。
「畜生ッ!! 何で、何で俺達はこんな思いをしてるのに、アイツは……イッセーはァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!」
「俺達と同じ変態のくせに何でアイツは貰ってるんだよ! 何が『あ、実は俺、バレンタインにチョコ貰ってるから。あぁ、勿論義理だぜ。本命は残念ながら貰えなかったけどさ。でも、ちゃんと貰ったからには返さないとな。だから俺はお菓子、渡してくるよ。んじゃ』……だよ! クソ、クソがっ! あの変態の恥さらしめッ!!」
今まで同類だと思っていた仲間の裏切りに彼等は憤怒と憎悪を燃やし、周りはそんな二人を見て心の底から退いていた。
所変わってここは屋上。
既に放課後に入っており、辺りに人気はない。
そんな中に、二人の人影があった。
一人は美しい黒い長髪をした可愛らしくも綺麗な少女。もう一人は物静かな雰囲気を漂わせる青年だ。
彼等は互いに向き合い、頬を赤く染めながら見つめ合っている。その二人から放たれる雰囲気は淡く甘い。
「湊君、屋上に行こうって言われたときは少し驚いたけど、何かあるの?」
彼女……レイナーレは最愛の恋人である蒼崎 湊に明るい声でそう問いかける。その声は問いかけているというのに、何かを期待している声だ。
それに対し、湊は軽く笑いつつ答える。
「はい、実は渡したい物があるんですよ」
そう答えると懐からとある物を取り出した。
それは綺麗な包装がされた小袋。
それを取り出すと湊はレイナーレにそれを差し出す。
「受け取って貰えますか」
それを見た途端、レイナーレの頬に朱が挿し嬉しそうな笑顔になった。
そして彼女は幸せそうに返事を返す。
「はい、喜んで」
レイナーレはそう答え、まるで宝物を触るかのように丁寧にそれを受け取ると、それを大事そうに胸に抱いた。
その様子は誕生日にプレゼントを貰った子供のように幸せそうであり、それを見た湊もまた胸が温かくなった。
そしてレイナーレは少し興奮気味に湊に話しかける。
「ねぇ、もう開けてもいい?」
「えぇ、勿論」
湊が微笑みながらそう答えると、レイナーレは袋を丁寧に小袋を開ける。
そして中から出てきたのは……。
「マシュマロね」
白くふわふわとしたマシュマロである。ホワイトデーに於いて定番であるお菓子だ。
レイナーレは初めて貰った『ホワイトデーのお返し』に感激し、どう喜んで良いのか困惑してしまう。
結果、目から涙が流れ始めてしまった。
勿論嬉し泣きなのだが、湊はそれを見て慌ててしまう。
「大丈夫ですか、レイナーレさん!? もしかしてマシュマロ、嫌でしたか!」
そんな湊にレイナーレは首を軽く横に振り、涙を拭いつつ答える。
「うぅん、そうじゃないの。その……初めて貰ったホワイトデーのお返しが湊君からのだったから、その……嬉しくて嬉しくて…そう思ったら涙が出てきちゃったの。だから嫌しゃないよ。寧ろその………大好き」
涙を見られ羞恥で真っ赤になるレイナーレ。
そんな彼女が上目使いながらに一生懸命に湊にお礼を言う。
湊はそんな彼女を見て胸が高鳴った。
(レイナーレさん、可愛い…………)
彼女のそんな可愛らしい姿をずっと見て居たくなる。
最愛の恋人のもっとそんな一面を見てみたい。そんな思いが湧き起こり、それ故に湊はレイナーレに少し申し訳なさそうに言った。
「こんなもので申し訳無いです。レイナーレさんはバレンタインに手作りのチョコを作ってくれたのに、僕のは買った物で……。だから、その……他で補いたいと思います」
「補う?」
湊の言葉にレイナーレは不思議そうに首を傾げる。
その様子は美しい彼女には不釣り合いに幼く、それ故にギャップ差があってより可愛らしさを醸し出す。
湊はそんなレイナーレを見て顔を赤らめつつ、彼女に提案した。
「その……いつも甘えてばかりですから、今日はその……レイナーレさんの好きな事を出来る限り叶えたいと思います」
「それって………」
レイナーレはその言葉に口元を手で覆う。そして頬は真っ赤に変わっていた。
湊はそう言い終えると共に、羞恥の念で真っ赤になりつつもレイナーレのお願いを聞くように待つ。
この提案、要はレイナーレに好きなだけ湊に甘えて良いというもの。
普段でも甘えているとは思うが、相手への気遣いやら何やらで多少は自制しているのだ。それを今回は無しにするというものであり、湊が出来る限りなら何でもレイナーレのお願いを聞こうというもの。
それを理解出来るからこそ、レイナーレは顔を真っ赤にして考えているのだ。
何をしてもらおうかと、一生懸命に考える。その中には年相応にエッチなものも含まれており、それを考えた後に羞恥で顔から蒸気を出したりする。
そんな彼女の様子を可愛いと思いながら湊は待つこと数分、レイナーレは真っ赤な顔で早速お願いを伝えることにした。
「そ、それじゃ湊君……そこのベンチに座って」
「ベンチですか?」
座れと言われただけに少し肩透かしを喰らう湊。もっと凄いことをお願いされるのではないかと思っていただけに、少し呆気にとられてしまう。
そして言われた通りに座ると、レイナーレは湊の前に近づいてきた。その顔はこれからするであろう行為が如何に破廉恥ではしたないことなのかを理解し真っ赤に染まっているが、それでも湊に甘えても良い免罪符もあることで踏ん切りを付けてレイナーレは声を出しつつ行動した。
「えいっ!」
そして湊の膝にまるで吸い付くかのように柔らかな感触がのしかかった。
その正体は勿論彼女、レイナーレ。彼女は湊の膝の上に座ったのだ。
キュッとしつつも柔らかなお尻の感触に湊は顔が熱くなるをを感じる。
それはレイナーレも同じだろう。彼女の後ろ姿を見ても、耳まで真っ赤なのが湊には見えた。
レイナーレは湊の膝に座ると、身体を湊に預ける。
そして湊に向かって甘える様に話しかけた。
「湊君、その……マシュマロ、食べさせて」
甘い声でのおねだり。
それを至近距離で聞いた湊の脳はとろけるかと思うくらいの心地よさを感じた。
そしてその返事は決まっている。元より、湊自信がそう言ったのだから。
「はい、レイナーレさん……あーん」
湊は彼女の香りと柔らかさにドキドキしつつ、彼女の両手に持たれた小袋からマシュマロを取り出して彼女の口に近づける。
「あ~~~~ん………んふふ、おいふぃい♡」
そして彼女はマシュマロを口に入れるとそれを咀嚼し飲み込む。その味をしっかりと味わい、恋人の想いと共にそれをしっかりと心に刻み込んだ。
顔を赤くしつつ甘える様な答えを返す。普段の彼女を知っている者が見たら何事かと想うだろう。それぐらい今のレイナーレは『甘甘』だった。
それを見られる恋人である湊は幸せを感じ胸がキュンとする。
「レイナーレさんは本当に可愛いですね。見てて胸がドキドキしてしまいますよ」
「ふふふ、私だってそうだよ。湊君の顔、真っ赤で可愛い……」
互いに見つめ合い、可愛いと言い合うと気恥ずかしさを感じてしまう。
でも、それが心地良い。
そしてレイナーレは何を思ったのか、マシュマロを取り出すと口に咥えた。
そのまま食べるかと思われたが、どうやら違うらしい。
「ひなほふん、んぅ(湊君、これ)」
レイナーレは潤んだ目を細め、湊の目を見つめながらゆっくりと湊の顔にそれを近づける。
それが何を求めているのかわかり、湊は顔から火が出るんじゃないかというくらい熱く感じた。
しかし何度でも言おう。今回言い出したのは湊。そして出来うる限り応じると言ったのも彼。故にこの行為を不定する権利はない。
だが、それ以上に………。
湊もまた、『それ』がしたくて溜まらなかった。
目の前にいる最高に可愛く愛おしい恋人にその想いを伝えたい気持ちで一杯だったのだ。
故に彼は躊躇せずに行動する。
「はい…………んぅ……」
そして二人の唇はマシュマロに触れる。そのままゆっくりとマシュマロを双方口の中に収めていき、やがては唇が合わさる。
その感触は至福。口の中に広がるのは、マシュマロの甘みとそれ以外の甘さ。
それが何と心地良いことか。ドキドキと高鳴りを感じつつも夢見心地にその快楽に浸る。
そして二人の唇が離れると、顔を真っ赤にしたまま二人は見つめ合う。
「えへへへ、どうだった?」
真っ赤な顔でイタズラをする子供の様に笑うレイナーレ。
そんな彼女に更に頬を赤らめ、湊は恥ずかしそうに答える。
「その……とても柔らかくて甘かったです」
「どっちが?」
更に迫る追撃。
その意味はもう分かりきっている。
故に湊は再びレイナーレの唇に自分の唇を合わせた。
「んぅ……」
そして唇を離すと、彼は彼女に先程の答えを返した。
「両方ともです。でも、僕はその………レイナーレさんとのキスの方が甘くて好きです………」
それを聞いたレイナーレは真っ赤な顔で実に幸せそうに微笑んだ。
「私もだよ……大好き♡」
この二人が幸せなのは言うまでも無い。
こうして二人のホワイトデーも無事、甘く終わった。
「うわぁ、あの二人、またあんなことに………クソォ、羨ましい!」
「もう、イッセーったら、チョコのお礼を貰って私は嬉しいわよ」
「私もうれしいですわ、イッセー君」
そんな二人を物陰から見て居たオカルト研究部の三人。
しかし、上の二人は同じ事を口にした。
「「でも、やっぱり羨ましいわよねぇ、あれ」」
「ですよねー」
イッセーは勝ったはずなのに何処か負けたような気がした。
くそ、作者だってお返ししたことないんだぞ!
勝ち組は金を消費していないこっちなのに……何でだろう、お財布が温かくて心が寒いなぁ……。