本当にもう、感謝が絶えません。そして、皆さん、本当に青春に餓えているんですね(笑)
湊に手を引かれ事務所に一緒に行くことになったレイナーレ。
それまでは種族間における対立によって命を危険に晒されていたわけだが、湊の扱く真っ当な正論によって誰も傷付く事なく事態は収拾された。
これが他の悪魔だったらそうはならなかっただろう。普通の悪魔なら人間を見下し聞く耳など持たない。それを聞き入れてくれたのは、彼女が悪魔の中でも情愛に溢れているからだ。
そんな常識ある悪魔の御蔭で無事に事が済んだ二人。
その事態に困惑を隠せないレイナーレだが、現在は別の意味で困惑していた。
(まさか蒼崎君に手を引かれるなんて……意外に蒼崎君の手、大きいなぁ…)
突如として握られ、そしてエスコートするかのように引かれている手にレイナーレは顔を真っ赤にしてしまう。こうして改めて握っている手を意識すると、やっぱり湊も男の子なのだと思った。
気になっている男の子に窮地を助けて貰い、しかもそれで今は優しく手を引いて貰っている。そんな状況はレイナーレにとって、自分を助けてくれた白馬の王子様のように湊の事を見てしまっての仕方ないのかも知れない。
そんな盲目の王子様に手を引っ張られ、レイナーレは赤面しつつも何処か嬉しい気持ちを持ち遊びながら湊と一緒に事務室へと行く。
そして湊の説明の元、事務員から来賓の書類を書くことに成功して来賓としてレイナーレは扱われることとなった。
改めて校内を歩くレイナーレ。だが、その心境はそれまでとは全然違っていた。
何せ今は隣に湊が一緒に歩いているからだ。それまでは遠くから見ていたが、今は隣にいる。それが凄く彼女の心を落ち着かなくさせる。
そんなレイナーレの事を知ってか知らずか、湊は笑顔をレイナーレに向ける。
その屈託ない笑顔にレイナーレは尚胸をドキドキとさせてしまっていた。
「あ、そういえば……どうしてレイナーレさんはここに?」
それは湊が思った単純な事。
確かにここにレイナーレがいることは可笑しい。彼女の立場からすれば悪魔の本拠地に単身侵入しているわけなのだから。そんなことは考えていなかったが、湊は単純にそう思ったのだ。
それに対し、レイナーレは更に顔を真っ赤にして言い辛そうに口籠もる。
まさか湊の事が気になって様子を見に来ました、とは口が裂けても言えない。彼女にだって意地はあるし、それにそんなに素直にはなれない。
だからこそ、レイナーレは返答に困って少しだけ言葉を濁しつつ答えた。
「そのね……蒼崎君が通ってる学校ってどんな所なのか気になって。私は学校なんて行ったことが無いから、どんな風なのかなって思って」
決して間違いでは無い。レイナーレ達堕天使には教育機関は存在しないので、彼女達は学校というものを知らないのだ。知識としてどういう場所なのかは知っているが、実際に体感したことは無い。基本、そういった教育は親から学び、ある程度の知識が付いたら組織に入ってそこで仕事をしつつ学ぶ。
だからこそ、彼女が学校について知りたいという言葉は間違いでは無い。
だが、あくまでもそれはおまけ。本音は先程言った通り、湊の学校での様子を見たいというものだ。
少しだけ本音を隠したレイナーレの返答に湊は笑みを浮かべて返す。
「そうなんですか。僕も実際に学校の中を見た事があるわけじゃないから何とも言い切れないけど、きっと良い場所だと思いますよ。だから出来る限り、僕が案内しますね」
「あ、ありがとう………」
純粋な善意でそう言ってくれる湊に感謝をするレイナーレだが、同時に少しばかり後ろめたくもなる。決して嘘は言っていないが、それでもちゃんとは言っていないから。だが、そんな恥ずかしいことを言えるわけが無い。
だからこそ、レイナーレはトマトのように顔を真っ赤にしながら頷くしかなかった。ここで彼女は不謹慎だと思いながら、少しばかり湊の目が見えないことに感謝した。
今の顔を……あまりの羞恥と嬉しさで真っ赤になった顔を彼には見られたくないから。
そして始まった湊による学校案内。
目が見えない湊にとって、そこがどんな場所なのかは具体的には伝えられない。だからこそ、彼が学園生活で利用した記憶を元に説明を行っていく。
例えば、美術室では絵を描くところだと説明し、その際は自虐ネタで自分は書けないことを言ったり、他の教室ではどんな風に授業を受けているのかを説明したりなど。
湊は見えない分を経験と感じ取った情報を元に出来る限りレイナーレに伝わるよう一生懸命に説明していく。
その様子を見てレイナーレはついつい微笑んでしまう。
確かに彼女は行ったことが無いとは言え、その施設における知識はある。だからこそ、一生懸命に説明する湊が可愛らしく見えたのだ。
自分のために頑張っている彼が愛おしい。そう感じるのはさっきリアスのせいでより意識させられてしまったからだろう。
彼の厚意を受けて有り難く思い、彼女は説明を受ける度に返答を返す。
時には感心し、または彼の話に笑い、または喜ぶ。
それが湊には嬉しかったのか、彼はとても楽しそうだった。
そんな風に案内をされていくレイナーレだが、それでも恥ずかしくて仕方ない事があった。
それは移動の最中、常に湊に手を握られていることだ。
別に湊に下心は無い。目が見えない彼にとって、はぐれてしまったら大変なことになる。だからこそ、はぐれないように手を握っているわけだ。
その理屈は分かる。だが、意識している相手に手を握られ続けている身としては、レイナーレはドキドキが止まらなくて仕方ないのだ。
それも周りの人達から見られているというのであれば尚のこと。
まだ学校内には多くの生徒が残っているのだから、当然二人の姿は見られてしまう。周りの生徒達は湊の事を知っているだけに、その関係を邪推はしないだろう。だが、それでもそう見られてしまう状況がレイナーレには恥ずかしかったのだ。
彼との関係をそう見られることがではない。そう見られてしまう自分が喜んでしまうことがだ。
だからこそ、レイナーレは湊にそれを気付かれない様に注意しながら案内を受ける。
そして湊が普段からいるクラスの教室を案内した時、それは起こった。
「あぁ、その子は例の!」
「スタイル抜群の白ワンピの女の子!」
「おい、蒼崎、何で手なんて握ってるんだよ!」
かけられた声は男子の物。それが三つ。そしてこのクラスと言えば、決まっているには変態3人組である一誠、松田、元浜である。
3人はこれからどうするか教室内で話していたところ、湊とレイナーレを見つけて飛びついたのだ。
その勢いがあまりにも凄まじいものだからレイナーレは若干引いてしまう。
堕天使だろうが悪魔だろうが、気味が悪いものには引くものだ。
それが手から伝わったらしく、レイナーレの手は優しくぎゅっと握られる。
それは勿論湊の手。湊なりに彼女の不安を感じ取り、安心させようとしたのだ。
そして3人をどうにかすべく、湊は笑顔で素直に答えた。
「彼女はね……僕の一番大切な人なんだ」
その言葉を聞いた途端、レイナーレの頭の中は真っ白になった。