提督が鎮守府にイーグルダイブしたようです。   作:たかすあばた

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胸糞注意。


第6話 急転

建物にはこれでもかというくらい、下手をすれば大本営よりも厳重なのではと思わせる警備が張り巡らされていた。建物を隙間なく取り囲む警備員に、絶えず飛び交う無数の瑞雲。それを遠くから眺め、リンヒルは失笑を漏らす。愚かな、これではいかにも怪しいですよと言っているようなものだ。

建物の周りに広がる雑木林に身を潜めながら、トラックの運転手がいつも使っていたという搬出口に向かう。瑞雲はまだしも凡人がいくら警備にあたろうが、リンヒルにとっては大きな問題ではない。裏口から、建物に入っていく。広く、天井の高い搬出口は死角が少ないが、おあつらえ向きに天井を支える鉄骨が通っていた。壁に掛けられた変電盤や骨組みを伝い、天井の鉄骨に上っていく。

「あー、痛ぇ」

「まだムチウチ治らねぇの?」

扉を開けて入ってきた二人の声に、リンヒルは息を潜める。そっと腰につけたボイスレコーダーのスイッチを押した。

 

「あのガキ急に暴れ出しやがって…」

「薬が切れたんだろ?イイ兆候じゃん。もうきっと薬以外のことどうでも良くなってるよ」

「馬鹿、一歩間違えると興奮し過ぎて艤装召喚するの忘れたか?殴られてムチウチで済んだだけ良かったんだ…」

 

殺してやりたい。今、ここで。アサシンブレードを装備した両腕が疼くのを、精一杯押さえつける。ここはリンヒルのいた時代では無いし、海軍である以上は奴らを裁くのは自分ではなく法であり、玲元帥だ。

更に鉄骨を伝って窓にたどり着き、しばらく外を観察した。あれだけ飛び回っている瑞雲だが、箱庭のようになった建物より内側までは監視していないようだ。窓を開けて建物の屋根に降り立った。瑞雲はいないが、窓から他の職員に見られてはならない。

しかし。と思ってリンヒルは事前に受け取った、この建物の見取り図を広げながら、窓を眺めた。予想してはいたが、随分と部屋の配置が違う。どこが違うかは色々とあるが、特筆すべきは見取り図に記された艦娘達の宿舎が無く、物置になっている。そして、階段は見取り図に存在しない地下へ続いていた。間違いなく、地下に何かがある。

今すぐに地下へ向かいたいが、その前にやるべきことがある。

気絶させた職員の服を奪い、この建物の執務室のある三階へ向かう。曲がり角に身を潜めて執務室のある廊下を覗き見ると、資料で確認した最高責任者の男を職員が部屋を連れて出る所だった。

「何者かが侵入した形跡があります」

「なんだと!?まさかあのことがバレて…閉じ込めた艦娘を確認してくる、お前はここを見張っていろ」

「はい」

そう言って男は護衛らしき職員を部屋の前に残して去っていく。男が階段を降りて行った音を確認し、リンヒルは職員に近づいていく。

「なんだ貴さっ…」

腕を捻り落とし、首を絞める。ものの数秒で職員は気絶した。執務室の鍵をアサシンブレードでこじ開け、職員を引きずりがてら侵入する。怪しい資料は、鷹の目ですぐに見つかった。そこにはしっかりと、胸糞が悪くなるような悪業の証拠が記されていた。資料をポーチにしまい、内側のドアノブを破壊してからリンヒルは執務室を後にした。

仄かに慌ただしくなり始めた建物の中を警戒しながら、先ほど当たりをつけた階段へ向かう。10数段ほど降りた階段の先は台車やパイプ椅子などが置かれ、その先の壁には普通の扉よりもひと回りほど小さな扉が設けられており、一見すると水道管や電気設備を点検するためのものにも見えた。リンヒルが扉に手をかけようとした時、向こう側から何者かが扉を開いてきた。出てきたその男の顔面を掴んで押し込み、鳩尾に膝を2発、そのまま床に頭を叩きつけて部屋に入っていった。

「な、なんだ貴様は!」

そこにいたのは、先ほどの最高責任者の男と、数人の銃を持った職員だった。

「撃て!殺してしまえ!」

職員たちは銃を構えようとするが、それよりも先にリンヒルの放った投げナイフがその握力を奪った。

「な、ば、馬鹿な」

蛍光灯に照らされた部屋に立ち入ると、いくつもある檻に、下着姿の少女が閉じ込められていた。間違いない、先ほど確認した資料に載っていた艦娘達だ。

憎悪に満ちた目で睨んでくる摩耶、鈴谷、荒潮。怯えた表情の神通、大潮、清霜、天津風。そして、既に正気も言葉も失い、虚ろな顔で、小便なのかなんなのかを垂れ流す鳥海。

「…ひでぇなこりゃ…」

もう一度男を見据え、口を開く。

「玲元帥の命でこいつらを救出しに来た」

「なんだと!?」

リンヒルが腰のポーチから令状のコピーを取り出し、男の足下に放ると、男はこの世の終わりのような表情でそれを眺めていた。

「もう証拠も手に入れた。諦めるんだな」

檻の一つの鍵をアサシンブレードでこじ開けようとする。

「や、やめろ!」

男がたるんだ腹を揺らして走ってきたが、その顔面に肘鉄をお見舞いするといとも簡単に崩れ落ちた。

すべての檻を開けるが、皆リンヒルにお礼の口を開こうともしない。

「脱出するぞ、俺の側を離れるなよ。…その死体みたいになってるやつも、連れて行ってやれよ」

皆恐る恐る、信用していない表情ながらもリンヒルに従うようだ。鳥海を肩に担ぎながら、摩耶がこちらを睨みつける。

「今は仕方がなく従ってやるけどな、もうアタシは人間なんざ信用しねえからな」

そう言いながら、慈愛に満ちた目で鳥海を見つめた。

「妹をこんなんにしやがって…」

鳥海は相当にひどい状態らしく、摩耶が体に触れるだけで呻き声を上げ身悶えていた。

「…行くぞ」

途中襲撃してくる職員や警備の人間を、投げナイフや武器を奪うカウンターなどであしらいながら進んでいく。この程度の敵なら大した問題ではないが、それにしても殺さずに足止めというのは神経を使う。時間をかけ、ようやく出口に辿り着く。

「出口だ…!」

「!待て!」

安心した大潮が駆け出したその時、砲撃が小さな体を襲った。

「大潮ちゃん!」

「大潮!」

心配する神通と荒潮が声を上げる。その時、背後から不快なしゃがれ声が聞こえてくる。

「ははは、いいぞ日向!そいつらを逃がすな!」

「はい提督、御命令通りに」

先ほどの最高責任者と、リンヒルたちを挟んで、戦艦日向。瞳から表情が感じられず、腕にはいくつか注射の痕が見える。思考の自由を奪う薬物でも投与されたか。

「日向、あんた…」

天津風が絶望の表情を浮かべる。かつての仲間だろうか。リンヒルは静かに、籠手に隠されたピストルの撃鉄を引く。

「!ちょっと待って!あいつは…!」

「心配するな、殺しゃしない。行動不能にはなってもらうけどな」

リンヒルは勢い良く一歩前に出、こちらを向いた日向の砲塔に向かって銃撃した。すでに装填されていた弾丸はピストルの衝撃を受けてその場で爆発、日向の艤装を破壊した。

「なっ…!」

「戦闘…続行不能です…」

アタシは今日、信じられないものを二つ見た。もう、助からないのだろうと思っていた。時々檻から連れ出されては、薬を嗅がされて無理やり興奮させられ、男たちの慰み者にされ、飽きたらまた檻に閉じ込められる。いずれは自分も、あの妹のように何も考えられなくなるのだろうと思っていた。

そんな時に、助けが来た。自分たちを散々弄んできた男たちを殴り倒していく様子は最高にスカッとした。でも、まだその男ことは信用していなかった。ただ、その男は強かった。幾人もの警備を物ともせずにアタシたちを守り、建物を進んでいった。そして男は、艦娘すらも倒して見せた。それも、艦娘の中でも特に強力な力を持つ、戦艦日向。気がつけば、少なくともこの男の側にいて、命の危険はない。そう信じる自分がいた。そして今、男はアタシたちと一緒に、へたり込む糞野郎を睨みつけている。一歩、また一歩と、男が糞野郎に歩み寄っていく度にビクビクと体を震わせて、とても滑稽だった。

「ま、待ってくれ!アタシが悪かった!この通りだ!だから助けてくれ!」

惨めに、命乞いを始めた。

「そ、そうだ、金をやる!いくらでも出す!だから許してくれ!」

「ふざけんな!許すわけねえだろ!」

男もそう言うだろうと決めつけ、アタシは糞野郎を睨みつける。だが、男は少し考える素振りの後、ニッと微笑んで糞野郎に語りかけるようにしゃがみ込んだ。

まさか、そんなハズは…

「へえ?幾らくれるんだ」

アタシも、鈴谷たちも、絶望の表情をしていた。逆に糞野郎は、救われたような晴れやかな顔をしていた。ここまできて、この男は金で裏切るのか…?結局アタシたちは助からず、このままなのか…

「ひ、100万やる。どうだ?」

「んー、足りない。もっとどうにかならないか?」

こちらの気など知らず、男と糞野郎は楽しそうに交渉を始める。悔しい…なぜ、一瞬でもこの男を信用しようなどと思ったのか。

「500万。どうだ」

「まだ足りないな」

しかし。

「い、1億。これで手を打たないか…?」

「足りない」

そんな予想もまた、裏切られることになる。

「5億!これ以上は出せん!」

「全然足りない」

この男は。

「20億!こ、これが限界だ!」

「足りない」

最初から許す気などない。

「あのさあ」

男は籠手のついた腕で糞野郎の顔を掴み、撃鉄を引く。

「人の命弄んで、『それっぽっちの』金で許されると思ってんのか?」

「そこまでだ、フィル提督」

聞き覚えのある声に振り向くと、そこには背は低いが…純白の制服を身に纏い、襟元に輝く勲章がその階級を示す。海軍元帥とその艦娘、武蔵が立っていた。

「良くやってくれた。証拠も掴んでくれたか?」

「ここに全部」

フィル提督と呼ばれたその男は、腰のポーチから紙の束を取り出してヒラヒラと見せびらかす。武蔵は艤装を持っていないアタシたちと大破して倒れている日向を見た後、フィル提督に視線を向ける。

「まったく、志庵提督といい、宿毛の提督といい、近頃の提督はどうなっているんだ…」

呆れたように喋りながら、武蔵は糞野郎に歩み寄って行き、見下ろす。

「大本営までご同行願おう」

「…くそぅ…」

「こいつの処遇はどうする?」

フィル提督が日向を指し示しながら元帥に問いかけた。

「命令とは言え人間と事を交えたからね…提督のところに異動処分ってところでどうだい?」

「お、いいね。それ最高」

「おい!」

余りにサラサラっと交わされる会話に、アタシは思わず割って入った。

「そんなんでいいのか!?つーかさっきからお前何なんだよ!人間のくせに艦娘を倒したり!変な金額交渉してアタシらのこと不安にさせたり!自分を殺そうとした艦娘を引き取ったり!」

「何って言われても…日向(コイツ)に関しては初めからそういう予定になってたし」

「心配しなくても、君たちについては本営で責任をもってケアをすることになってる。車が来ているから、乗って」

「いきましょう、摩耶さん」

気絶した大潮を抱きかかえて神通が立ち上がり、残りの艦娘もそれに従う。

「チッ」

アタシはもう一度フィル提督を睨み付ける。

「おい、アンタ」

「あ?」

「助けてもらったことには礼を言う。だが、妹をこんな風にした『人間』をアタシは信用しねえからな」

「そうかい。それじゃあな」

フィル提督はヒラヒラと手を振り、あとはそっぽを向いてしまった。

「…フン」

アタシはもう一度鳥海を担ぎなおして、車に向かった。小型バスのような車の前に並んだリムジンには、先程の糞野郎と日向が縛られた状態で乗せられていた。

「あれ?あいつ、あの提督の所にやるんじゃなかったのか」

「その前に色々と聴取するんですって」

見張れるようにだろうか、糞野郎と日向の後ろの席に元帥と武蔵、フィル提督もいる。先程はそこまでの余裕がなかったが、改めて観察するとまるで子供の様な背丈と顔立ちだ。

「摩…耶…姉…」

担がれていた鳥海が、何日ぶりかの意味のある言葉を発した。

「鳥海…?」

「摩耶…姉…いるの…?」

思わず、目頭に熱いものがこみ上げてくる。

「ああ、姉ちゃんはここに居るぜ」

「いる…のね…摩耶姉が…いる…」

二台の車がうなりを上げ、魔窟を後にした。

 

 

 

 

日向の聴取が済むまでの間、リンヒルは横須賀で待機することになる。という訳で初めて、この時代の都会に繰り出していた。決して、東京のように馬鹿高い高層ビルが立ち並んでいるわけでもない。が、この時ばかりは、リンヒル・フィリプス。完全にお上りさんである。

灰色の石で平らに慣らされた道を自動車が無数に駆け巡り、その上には赤、黄色、緑の明かりが点いたり消えたり。無機質な四角い建物には色鮮やかな看板が張り付き、数え切れないほどの人、人、人が絶え間なく出入りする。周りをキョロキョロ見渡しながら歩くリンヒルの姿は、さぞかし滑稽に、初々しく見えた事だろう。

そんなリンヒルの心を落ち着かせるのは、道端で弦楽器を弾き歌を歌ったり、音楽に合わせてクネクネと舞う若者。ちょっとした段差に座り込み、会話に耽るいい年の者たち。そして、言葉たくみに人々を誘い込もうとする客寄せ。

文明が幾ら進歩していても、人の本質という者はそうそう変化する者では無いらしい。

「あら〜、カッコイイ男の人!」

こう言った者たちもまた…

「ねえねえ、私、カラダには結構自信あるんですよ?…ドキドキ、しちゃいません?」

長い黒髪が美しい女性が、腕に絡みついてくる。

「かわい子ちゃんに抱き着かれてときめかない男なんてこの世にはいないさ」

この時代の娼婦か、それとも盗人か。普段であればそつなくやり過ごす事など訳無いが、この時のリンヒルは別の事に気を取られてしまった。

女性が抱きついてきたところに肌色の粉が付着し、粉が剥がれた腕には驚くほどに白い肌が覗いていた。女性が血色よく見せるために、頰に肌色の粉を塗りつけると聞くが、この肌の色はそれどころでは無い。

その時、腰の辺りから全身に掛けて感じた事の無い衝撃を感じ、リンヒルは意識を失った。

 

 

 

 

「フィル提督はまだ戻ってないのか…」

玲は、なぜだか嫌な予感が収まらなかった。

「なれない都会で迷子になっているのでしょうか?」

「あれ程の男が、道に迷ったりするものだろうか…」

「それほど凄いの?フィル提督は」

執務を手伝ってくれている大和と武蔵が、フィル提督の話題で華を咲かせる。そんな時、大淀が部屋に入ってきた。

「玲元帥、志庵鎮守府の大淀さんから入電です」

「回してくれ」

「提督からでなく大淀が?」

玲と同じ疑問を、武蔵も持ったようだ。不安がさらに強くなる。玲は恐る恐る電話を取り、聞こえてくる声に耳を傾けた。内容は、想像するに余りあるものだった。いつになく深刻な表情のまま受話器を置いた玲に、大和や武蔵にも緊張が走る。

「…玲?」

「大和。武蔵」

席を立ち、怒りのこもった瞳で言い放った。

「連合艦隊を編成するぞ」

 




そして物語は繋がる…
みたいな。

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