提督が鎮守府にイーグルダイブしたようです。   作:たかすあばた

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第4話 エラー

「あ!おはようなのです、司令官!」

仲良さそうに廊下を歩いているのは、暁型4姉妹だ。

「これはこれはお嬢様方。本日も大変お美しい限りで」

リンヒルはわざとらしいくらい丁寧なお辞儀をする。三人は、ジョークだとすぐにわかり、それぞれのリアクションで返す。

「ふふっおはよう、司令官!」

「おはよう司令官。今日も、元気にやりますか」

そして、一人は大変気分を良くする。

「当然よ!何てったって、レディなんですもの!」

余りに予想通りのリアクションで、三人の妹達は思わず苦笑い。

「おはよう、レディちゃん。ピーマンは残さず食ったか?」

「も、もちろん!一人前のレディなんですもの!ちゃーんと全部平らげたわ!」

だが、リンヒルのこの質問には何の意味もない。何故なら…

「暁、朝ごはんにピーマンは出ていないけれど…」

「え!あれ?じゃ、じゃあなんでそんなこと聞いたの!?」

「レディなら、このくらい適当にあしらえないとなぁ?」

「何よそれ!?」

「暁、完全に司令官に遊ばれてるわね」

「響と雷、今日は第1艦隊に混ざって海域進むからな、腹づもりしとけよ」

「わかった」

「雷に任せなさい!」

鼻歌交じりにリンヒルは廊下を歩いて行った。次に通りかかったのは、演習場が見える廊下。誰かが射撃訓練をしていた。ピンクの髪。不知火だ。リンヒルは近くのドアからコッソリ演習場に出ると、身を隠しながら射撃の的に近づいていく。不知火が次弾装填を終え、次の射撃を始める前に、的をヒョイと抱え上げた。

「司令官?」

煽るようにとぼけた表情で、リンヒルはチョコマカと走り始める。

「…上等です」

そのまま不知火は動く相手に対する射撃訓練を始めた。が、撃てどもやれども、的には命中しない。リンヒルは走りながら少し速度を緩めたり、急加速したと思ったらまた緩めたり、緩急を巧みに織り交ぜた動きで全く的を絞らせない。

「お、なんか面白そうなことやってんじゃん!」

「あれ、なんで提督が的持ってるの?」

「さっきから1発も当たってないっぽい!」

ぞろぞろと、艦娘が不知火の訓練を覗きに来る。いつの間にやら、いつもの不知火が居る第1艦隊の射撃訓練の様相を呈していた。

「はぁ…これだけやって当てられないのだからこれ以上は無意味ね。終わりにしましょう、皆さん」

「えー、なんだよ!もう少しで当てられるかと思ったのに!」

天龍が全く見当はずれな文句を言う。

「相変わらず規格外ね、クソ提督は」

「でも、私達もあの動きができるようになれば…この先もっと戦えるってことだよね」

「もういいかー?俺、飯まだなんだけど」

「はい。訓練のご協力感謝します、司令官」

「…これくらい朝飯前だってか…」

 

 

「ふう」

朝のお通じを済まし、リンヒルは腹を撫でながらトイレを出る。と、すぐに異変に気付く。

「ん?」

ヤケに、静かだ。

「おい、第1艦隊の奴らー、出撃だぞー」

その時々に艦隊に組まれていない艦娘がグループを作り、食事を作っている食堂。負傷した艦娘がいない時には浴場として利用される入渠施設。艦娘たちの健康管理から装備の点検までを行う工廠。人っ子一人いない。

「どうなってる?」

放送で呼びかけてみようと思い、執務室に向かう。途中、何かの気配を感じた。気配の正体は、アッサリ見つかる。足元に猫が擦り寄ってきていた。

「猫だ」

ヒョイと抱き上げて、正面から見据える。

「…ただの猫だ。どこから入った」

猫をその辺に放り、執務室に入って放送機材を繋げる。が、スピーカーから流れたのは耳障りなノイズだけ。頭が痛くなりそうで、リンヒルはすぐにスイッチを切った。そこで、廊下の方に再び気配を感じる。そこには、扉の隙間からこちらを伺う、先ほどの猫がいた。猫はぷいとそっぽを向くと、廊下を走っていく。リンヒルはそれに意味ありげな何かを感じ、気がつけば席を立って猫を追いかけていた。

廊下に出て、目の前に異変はあった。廊下の途中に大きな溝が幾つもできていた。少ない足場を、猫はそのしなやかな動きで走っていく。それを追いかけ、リンヒルも足場を伝っていく。その先には、この建物には無かったはずの2m程の段差。猫がひとっ飛びで超えた段差を、壁を蹴って段差の淵に手をかけ、登る。次は一本橋だった。

「無茶苦茶だ」

「タカの目」を使うと、猫と一緒に走る少女のようなシルエットが浮かんだ。「タカの目」を解くと、猫の側には誰もいない。「再びタカの目」で見ると、やはり少女が一緒に走りながら、時々立ち止まり、誘うようにこちらに手を振る。

「オバケか?」

その先も、壁の装飾を伝って底の見えない崖を渡ったり、3メートルは続く溝を幅跳びさせられたり。少女はそんなリンヒルを楽しそうに見ながら、先を走り続ける。そして、明らかにそれまでとは雰囲気の違う内装の空間に辿り着く。日本家屋の縁側のようで、そこに日本水兵のような服装の少女が座り、その隣に先ほどの猫が丸くなって寝ている。

「道案内ご苦労さん」

リンヒルは、彼女が先ほどの少女だと確信していた。

「ここまで付いて来れちゃうなんて、おじさん凄いね」

「まだ、『お兄さん』って呼んでくれ。『おじさん』はせめて30過ぎてからだ」

「ふふっ」

少女は正面に広がる景色に向き直る。

「綺麗でしょ、ここの景色」

「ん、いつも部屋から見てる景色だな」

それは、リンヒルがいつも執務室から見ている、海、海岸、遠くに見える島影。ただ、今いる場所だけが違う。

「なあ、ここはどこだ?なんで鎮守府のみんながいなくなった」

返事はすぐには帰って来なかった。少し空いた間の後、少女は寂しげにこちらを向く。

「また追いかけっこしてくれる?」

「…ああ、今度は捕まえてやる」

「じゃあ、その時に教えてあげる」

「上等だ」

少女は立ち上がり、いま自分がいた場所へ来るようにリンヒルを呼ぶ。それに従ってリンヒルは縁側に立つ。下に地面は無かった。ただどこまでも深く、広い穴。その底の方から、聞きなれた少女達の話し声が響いてくる。

「お前、名前は?」

「…エラーって、みんなはそう呼ぶ」

「ふぅん。またな、エラーちゃん」

リンヒルは両手を広げ、その穴に飛び込んでいった。

 

 

「さあ、今日はどこに行けばいいんだ?」

目の前には、天龍、龍田、不知火、響、雷がいた。机を挟み、リンヒルは座っていた。

「お?」

机には海図が広げてある。リンヒルはしばらくその光景を眺め、そして、今日の職務を開始した。その日は、羅針盤の調子がとても良かったという。

 


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