提督が鎮守府にイーグルダイブしたようです。   作:たかすあばた

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第3話 天龍型の優しい方

朝。リンヒルはカーテンから洩れる日の光で目を覚ます。布団もたたまず、寝巻のまま部屋を出ようとするが、腕には何故か籠手を着けていく。扉を開けると、剣を振り上げた天龍がいた。

「おりゃああああ!」

振り下ろされる腕を片腕で払い、もう片腕を天龍の喉元に突き立てる。小手に付いたピンを指で引くと、籠手の先から刃が――飛び出さなかった。点検のために、刃は取り外してあった。しかし、籠手には刃が仕込まれていると思い込んでいた天龍は、深海棲艦と見間違いそうなほどに顔を白くしていた。

「甘いな、嬢ちゃん」

「…クソ、不意打ちなら一本取れると思ったのに…」

 

その日の1回目の出撃の後。

 「おい、俺を戦線離脱させるな!死ぬまで戦わせろよ!」

中破して帰投した天龍が、入渠を拒んで喚き散らしていた。

 「いいから、早く入渠してきなよ。そんなに怪我してたら戦えないよ」

 「うるせえ!お前は入渠してくればいいだろ!俺はまだ戦える!」

一緒に出撃から帰ってきた川内や不知火も困り果てた様子だった。秘書官として執務室にいる龍田は、ただ微笑ましそうにそれを眺める。リンヒルはおもむろに椅子から立ちあがった。

 「おぉ、我が艦隊の勇敢なる戦士、天龍君。君のような人間がいてくれることを俺は誇りに思うよ」

突如雄弁に語り始めたリンヒルを、艦娘たちは黙って見つめていた。

 「天龍君、『死を恐れるな』という言葉があるな。これはどういう意味だと思う?」

 「そりゃあ…」

相討ちも厭うことなく戦う決意のこと。そう口を開こうとしたが、それを遮ってリンヒルは続ける。

「そう、命の危険が伴うような事態に瀕しても冷静さを失わずに的確な判断を行えば、命拾いするし戦果を得られることもあるということだ」

天龍の意見とは全く違う内容。しかし、言われてみればその通りだとも思える言葉。

 「さて、天龍君。そういった場面に直面した時、艦隊の状況や仲間たちの『その後』を見据えて最善を尽くすことができる賢い兵士か、それとも目の前の空気に頭を支配されて自ら火の海に飛び込んでいく勇猛な兵士か。お前は果たしてどっちだ?」

すでに、天龍の顔に反抗の色はなかった。リンヒルは天龍の背中をポンと叩く。

 「まだ戦いは続くんだ。これからも、よろしく頼むよ天龍」

 「…わかったよ」

ムスッとしたまま、天龍は執務室を出ていった。

「ありがとう提督」

「良いからお前らもチャッチャと入渠しろ。そんなカッコで居られたら気が散る」

「はーい」

川内たちは執務室を後にした。

「アレで、天龍ちゃんなりの思いやりなのよ。わかってあげてね、提督」

先程まで黙っていた龍田が、ここでようやく口を開く。

「随分回りくどい気遣いだな。周りが駆逐艦ばかりなんだから、もっと対象年齢は低くしてやらなきゃ」

 「そ~いう不器用なところも、天龍ちゃんの可愛いところなのよ~」

 

 昼になり、リンヒルたちは食堂で昼食をとっていた。リンヒルにとって幸いなところは、大きなジェネレーションギャップにより、自然と周りとコミュニケーションをとる機会が増えたことだった。性格や考え方の把握なども、スムーズに行える。

 「ねえねえ提督提督!」

高いテンションでリンヒルの隣に座るのは、川内。彼女は日本の「忍者」に興味があるらしく、「西洋の忍者」ともいえるアサシンに対しても高い関心を持っていた。

 「提督ってさ、アサシンとしてどんな仕事をしていたの?いろいろ聞かせてよ!」

 「お食事中に話すようなもんじゃないな。沢山の人間を殺したさ」

 「でも、殺してたのは悪い人なんじゃないの?」

 「俺たちは正義のために戦っていたさ。だが殺していたのは必ずしも悪人ばかりでもなかった」

 「どういうことなのです?」

電が純粋な瞳をリンヒルに向ける。

 「俺たちは、人々の自由を守るために、それを奪おうとするやつらと戦っていた。だが、奴らには奴らなりの正義があった」

 「どういう?」

 「過ぎた自由は、秩序の崩壊を招く。やつらは人々を思うままに統制することで、安定した秩序を保とうとしていた。その結果、中には人々を苦しめるような方法を取ろうとするやつもいた」

 「戦争なんてそんなもんよね。お互い正しいと思い込んでるんだもの」

霞がその見た目に似つかわしくない、達観した意見を述べる。そして、電がぽつりと漏らす。

 「深海棲艦の皆さんにも…何か理由があって戦っているのでしょうか」

 「何言ってんだ電?」

 声を這って反論したのは天龍だった。

 「あいつらは海に出た人間を無差別に攻撃してんだぜ?そんなやつらが何か考えてるわけねえだろ」

 「で、でもなのです…」

 「いい、いい。お前がそういう変わったやつなのは知ってるからさ。ただ、戦ってるときにそういう気持ちは持ち込むなよ?戦いっつうのは殺るか殺られるか、だ」

 「その通りだな」

 「司令官?」

 「少なくとも戦いのその場において、攻撃の意思を持つ敵に対しては身を守るために戦う他ない」

食べ終わった食器を重ねていく。

「迷うなんてのは生き残った後でいくらでもできる」

食堂がどこか重い空気に包まれてしまった。

 「さて、食い終わったらしっかり休んどけ。今日はもう一回くらい出撃するぞ」

それだけ言うと、リンヒルは食器を下げて食堂を後にした。

「さっすが提督だぜ。良いこと言いやがる」

昼食から二時間ほど置き、この日二度目の出撃だった。

「敵が見えたよ!軽巡が二体に駆逐が三体!」

『よし。単縦陣』

「突撃よ!」

「天龍様の攻撃だぁ!」

「徹底的に追い詰めてやるわ」

「電の本気を見るのです!」

「ウザイのよ!」

いつも通り、距離感を計りながら主砲で削っていく。そう、いつも通りのはずだった。しかし意識していないだけで、天龍の頭の片隅には先程の食堂での会話が残っていた。そして、目にする。同じ軽巡の肩を持ち、沈まないよう抱えている深海棲艦を。

 

ここで追撃するのは正義なのか?

 

「天龍さん!」

「え?」

鈍い衝撃。天龍は水の上を転がっていた。そして今天龍が居た場所には、電。その小さな体が、爆風に包まれる。

「電ああぁぁ!!」

『どうした!』

「電が!天龍を庇って大破した!」

少し離れたところにいた川内が応答する。

「天龍は無事なのか!」

「無事みたいだけど…」

「天龍!?天龍!」

「あ、ああ…」

満潮が声をかけるも、反応は朧げ。完全に自失の状態だった。敵は、大破した仲間を引きずり撤退を始めていた。

「進撃しようにも、電も天龍もこんな状態じゃ戦えないわね」

『わかった、帰投しろ。気をつけてな』

 

銭湯の休憩所のような入渠施設にリンヒルが入ってくる。

「提督」

先に入渠を済ませた川内と霞が椅子に座って牛乳を飲んでいた。

「電はこの奥か?」

リンヒルは暖簾の掛かっている方を指差すと、フラフラっと入っていこうとする。

「ちょちょちょ、ストップ!提督、何しようとしてんの!」

「何って、容態を確かめに来たんだ」

「あ、待っ、中はお風呂みたいになってるのよ!あんたが入っちゃダメ!」

「風呂?風呂で怪我が治るのか?」

「お湯みたいに修復材が張られてるのよ!とにかく、そこから先には行ったらダメ!電の怪我はちゃんと治るから!」

「ならいい」

リンヒルは 入っていかないよ。という風に両手を上げ、満潮が服を引っ張っていた力を緩める。

「天龍は何してる」

「電のお陰で、無傷よ。ただ、帰投したら真っ直ぐ部屋に戻って行っちゃった」

「自分が忠告したミスを自分でやらかしたんだ。そりゃ誰だって凹むさ」

「ちゃんと声かけてあげてよ。きっと、電がずっと向き合ってきた悩みに、初めて自分もぶつかって混乱してるから」

「それなら妹がいるだろう。俺がすることっつったら、イジるくらいだ」

手をピロピロと振り、リンヒルは入渠施設を後にした。

「何よあいつ…」

 

コンコン。扉がノックされる音が廊下に響く。

「いるか?天龍」

返事はない。が、呼ばれてるよ、と言う龍田の声が微かに聞こえる。

「いるな。入るぞ」

軽く開いた扉からスルリと部屋に入り、すぐ近くの壁にもたれかかる。扉は自重で自然に閉められた。視線の先には、リンヒルと目を合わせようとせず、テーブルに向かったままの天龍がいた。

「俺の名は天龍」

ニヤニヤしたリンヒルの突然のモノマネに、思わず天龍は顔を上げる。

「…で、なんだっけ?」

「は…?」

「俺の名は天龍…の後だよ。初めて無線で挨拶した時、なんか言おうとしてたろ」

「…提督さん?何をしているのかしら」

「いい、龍田」

リンヒルに殺気を向けようとした龍田を、天龍が制する。

「俺の名は天龍。フフ、怖いか?」

「そうそう、それだ。何言おうとしてたのかずっと気になってたんだ」

「ハッ…笑っちまうよな」

「その通りだな。敵への攻撃を躊躇った…ありゃ致命的だ。怖いかどうかって言ったら、ハッキリ言って電以下だ」

天龍の顔がどんどんうつむいていく。龍田は困った眉毛をして天龍とリンヒルを見ている。

「第1艦隊は天龍を龍田と入れ替える。良かったな龍田、練度を上げるチャンスだぞ」

「え?アタシ?」

崩れつつある笑顔の仮面を、リンヒルに向ける。

「アタシなんて…」

「自分が攻撃を躊躇ったのは何でか、頭冷やしてよく考えろ」

龍田のセリフも、天龍の返答も待たずにリンヒルは部屋を出て行ってしまった。

「提督も、何か考えがあってのことよ」

「…」

「だから、一緒に考えよう?どうして攻撃を躊躇ったのか」

「俺のことは気にするなよ」

「天龍ちゃん…」

「龍田は自分の出撃に集中してろよ。今の俺になんか構ってたら、お前も俺みたいになっちまうぜ」

 

「司令官…」

執務室で、私室に備え付けてあるウォシュレット式トイレの説明書を読むリンヒルのところに、電が訪ねてきた。

「おお電ちょうど良かった、この本わかりづらいんだ。ここどういうことだ?」

「え?あ、はいなのです」

トテトテと、リンヒルの横に近寄っていく。

「ほらコレ、何…」

「確かにわかりづらいですね…多分、水の温度を調整するダイヤルのことです」

「ダイヤル?」

「えっと、司令官がいつも使ってる無線の、音量を調整するツマミみたいなものなのです」

「こんなので水の温度も調整できるのか」

へぇー、とリンヒルは感心している。

「あの、司令官」

「どうした?オヤツでも食いたいか?」

「いえ、天龍さんのことなのです…」

「アイツなら今頃氷にでも頭突っ込んでるんじゃないか?」

「なのです!?」

「頭冷やしてるって話だよ」

「ああ…あの、天龍さんに、電は大丈夫だから気にしないでって、伝えて…」

「そんなことは自分で伝えろ。その可愛らしい口は何のためについてる?」

むにっ、と、電の頬を軽くつまむ。

「今のアイツはいじけてる。お前は気にしない様に気にしちまってる。そんなんじゃ艦隊行動に支障が出る。しばらくは、龍田が第1艦隊に加わる」

「え?」

「ちょうどいいだろ?誰と組んでも柔軟に戦える様に慣れておかなきゃ」

「でも」

「今日はもう寝ろ。明日も出撃なんだ、人間、睡眠は大切なことだ」

説明書を閉じ、電の頭をポン、と叩いてリンヒルは執務室を後にした。困った表情の電だけが、1人取り残されていた。

 

 

 

 

 

「よし、出撃すんのはいつもの海域だ。突破できそうならそれに越したことはないし、まあ、しっかり練度を積んで来られるなら別に勝ちにもこだわんないから」

「「はい!」」

川内を旗艦に、龍田、不知火、電、満潮が出撃していく。

 

「敵を視認したわ!重巡、軽巡が1、他駆逐が2!」

『複縦陣。迎え撃て』

「いくよ!今日こそここ突破するわよ!」

 

私も、同じことを考えたことがあるわ。彼らは、何のために向かってくるのか。彼らにとっては、私たちの方が悪なのではないのか。結論は出せなかった。でもそんな時、私はダメージを受けた。私はそれで、頭が冷えた。どんな大義があれど、ここは戦場。殺らねば殺られる。正義がわからないなら、せめて自分が思う、悪ではないことをやれば良い。

だから、私は言う。

「死にたい船はどこかしら〜?」

殺される覚悟がある子だけ、かかってきて。

 

 

 

 

 

「艦隊が戻ったわ〜」

「おーう、お疲れ」

「お出迎え、感謝します」

「龍田と不知火がまず入渠な。そのあと電と満潮」

「あ、私寄るところがあるの〜。電ちゃん、先に入ってて〜?」

「え?龍田さん、どこに行くのです?」

笑い声だけ残し、龍田は建物に入って行ってしまった。

「おまえら、そんな格好でここにいたら風邪ひくぞ」

「わかりました。行きましょう、皆さん」

「さて、えむぶいぴー、おめでとう川内」

「ふっ、なんか年寄り臭っ」

「うるせ、文句あんなら25m三連装機銃、やらねえぞ」

「え、ウソ!ヤダヤダ、ゴメン提督、冗談だって〜カッコいい!よ、アサシン!」

「…フフン、悪くないな」

 

静かな廊下に、扉を開く微かな音が響く。

「ど〜お、天龍ちゃん?頭は冷えたかしら〜」

「…龍田!お前怪我…」

「うん、やっぱり天龍ちゃんの様にはいかないわね。少し食らっちゃった」

自責の念か、天龍はうつむく。

「なあ…こんな俺を、お前は蔑むか?」

「そおねえ…確かに、今のガツガツしてない天龍ちゃんは少し詰まらないけど…」

優しく微笑む。

「でも、そういう甘くて優しい所があるの知ってるし、好きだもの」

しばらく、天龍は龍田を見上げていた。そしてまた俯くと、何かを嘲笑う様に息を吐いた。

「優しい?…誰だよ、戦場でそんな生ぬるいこと考えてるのは。なあ、俺は誰だ?龍田」

「さ〜あ?誰なの?」

「へっ、天龍様だぜ?泣く子も黙る、世界水準を超える軽巡洋艦だ」

愛刀を手に取り、力強く立ち上がる。

「慈悲は無ぇ。『向かって来るやつ』は全員敵だ」

 

細く、しかし鍛え抜かれ引き締まった腕が、1日振りにその扉を押し開く。そこにいるのは、アサシン、リンヒル・フィリプス、提督。

「よう、腰抜け。ケツの穴は締めて来たか」

「どこだ。俺が倒すべき敵は」

椅子から立ち、ゆっくりと天龍に歩み寄る。

「流石よくできた妹だ、アイツならお前がいなくても攻略に何の問題もないだろうな」

天龍は言い返さず、黙って言葉を受け止める。天龍の横まで来て、リンヒルは横目で見つめながら言い放つ。

「お前がいりゃもっと楽ができる」

気が抜けた様に、天龍は表情を崩した。

「へっ」

 

朝。リンヒルはカーテンから洩れる日の光で目を覚ます。布団もたたまず、寝巻のまま部屋を出ようとするが、腕には何故か籠手を着けていく。扉を開けると、剣を振り上げた天龍がいた。

「おりゃああああ!」

振り下ろされる腕を片腕で払い、もう片腕を天龍の喉元に突き立てる。小手に付いた引き金を引くと、そこに隠された銃口が――豆を吐き出し、天龍の額で乾いた音を立てた。

「まだまだだな、嬢ちゃん」

ふと、鼻をつく異臭に気づく。スンスンと臭いの元を辿っていくと、視線は天龍の足元の水溜りで止まった。

「ぞ…雑巾。バケツと雑巾!誰か!」

「う、うわ、待て!人を呼ぶな!頼むから−−」

「お呼びですか、司令官」

「どうしたの!?」

「なのです!」

「私に頼っていいのよ!」

ざわざわと、人が集まってくる。

「あ…」

漏れたのは、世界の終わりかの様な天龍のか細い声。その直後。

「うわあああぁぁ!!」

 

結局また1日、天龍は部屋から出てこなかった。


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