病みつきフェイト   作:勠b

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病みつきキャロ

彼女、キャロルルシエと出会い共に過ごすことになった。

今は2人で住むことになる家……つまりは俺の家に車で向かっている。

助手席に座っているルシエは静かに顔を伏せている。

そんなルシエと何かを話そうと考えるも、話題がない。

彼女の事は既に聞いたし、これ以上聞きたいこともない。

何か話し合おうにも、話題がない。

子供の相手は苦手だ。

車を運転していると、周りの雑音が車内に響く。

ふと外の景色を見ると、アイドル達がテレビに映ってるのを見た。

 

「キャロは、何か音楽とか聞かないの?」

「特に聞きません」 

 

終わった。

早かった。

恐らく、俺の中でも最速に近い会話だった。

ルシエは会話を終えると顔を更に伏せる。

どうやら、今の会話に思う所があったらしい。

子供に気を使わせちゃった。

軽い罪悪感を得てしまう。

よし、じゃぁ他の話題にしてみよう。

 

「好きなテレビ番組とか」

「余りテレビ見ません」

「好きな雑誌とか」

「雑誌とかは余り……」

「好きなアイドルとか」

「テレビも雑誌も見ないんで、余りわかりません」

 

……少し泣きそうだ。

自分がここまで雑談が苦手とは。

仕事の休憩時間は仕事の話をするか1人で過ごすかしかしない。

最近は友達とも付き合い薄い……というか、ないから雑談の仕方もわからない。

やばい、思い出してかなり泣きそうになった。

そんな雰囲気を察したのか、ルシエは慌てた顔をする。

だが、何も言わないあたり、ルシエも雑談の類は苦手なんだろう。

ここにテスタロッサさんがいたら……。

あの人は、コミュニケーション能力が高い。

きっと、こんな場になることもないんだろう。

軽くため息をつくと、それを切欠にルシエが話しかけてきてくれた。

 

「あの、何か音楽は聴くんですか?」

「余り、聞かないな」

「好きなテレビ番組とかありますか?」

「ごめん、テレビ見ないんだ」

「雑誌とかは……読むんですか?」

「雑誌は読まないな」

「好きなアイドルとか……?」

「テレビも雑誌も見ないから」

 

重い沈黙が流れる。

何だろう、話し始める前よりも空気が重い。

こういうとき、サブカルチャーにもっと触れておけば良かったと軽く後悔してしまう。

……そうだ、この手の話がだめなら。

真面目に考えていると、ルシエが笑い出す。

楽しそうに笑うルシエを横目で見てると、視線に気づいたのか両手を横に振り、慌て出す。

 

「ち、違うんです!!馬鹿にしたとかじゃなくて」

 

もし、このタイミングで俺を馬鹿にするために笑ったのだとしたら、俺はきっとルシエと生活することは出来ないだろう。

 

「その、真面目なんだなって」

「真面目?」

「ただのお話なのに、こんな真面目になってくれる人なんて今までいなかったから」

ルシエは嬉しそうに笑う。

「だから、真面目で言い人なんだって思ったんです」

幼い子供らしい可愛らしい笑みに思わず手が伸びた。

その手を見てルシエは肩を少し振るわせる。

手が頭の上に乗り、ゆっくりと撫でると震えも止まった。

 

「これから、よろしく」

 

ルシエはとても嬉しそうに笑うと━━━

 

「はい!!」

 

その可愛らしい笑みを見ると、2人で過ごすのも悪くないのかな。

そう、思うのであった。

 

 

 

 

━━━━━━

「小さいけど、ここが俺が住んでるアパートだよ」

 

何処にてもある小さめのアパートにルシエを案内する。

管理局からは少し離れているけど、それでも歩いていける距離にはあるし交通の便はそれなりに整っている。

結構お気に入りの場所だったりする。

ルシエが着いてきているかちょくちょくと確認しながら俺の部屋へと向かう。

 

「あぁ、それと」

 

歩きながら俺はルシエに申し訳なさそうに話す。

 

「部屋には、余り物がないから何か欲しいものとかあったら言ってね今度買ってくるから」

「そんな、欲しい物なんてとく━━━」

 

家に着いたため、部屋のトビラを開ける。

すると、ルシエは言いかけた言葉を止める。

しかたがないのかな?

そう内心苦笑する。

 

俺の家は、一言で言えば空っぽ。

必要最低限のものがあるぐらいだ。

テレビや冷蔵庫、洗濯機のような日常生活で必要なもの。

それも、自分で買った物ではなくアパートを契約するときに着いていた借り物みたいなものだ。

用は、私物がほとんどない。

そんな、空っぽの部屋。

 

そんな部屋を見て黙っているルシエに申し訳なさを感じつつも部屋にはいる。

「ルシエの荷物は明日には来るらしいし、俺達は明日明後日は休みになったし、とりあえず少しゆっくりしてから必要な物を買いにいこうか」

「は、はい」

ルシエは恐る恐る言うと、扉を跨ぐ。

 

「おかえり」

そのタイミングで言う。

家族なら当たり前の会話を

初めは驚いたルシエも、少しすると、軽く笑みを見せる。

「ただいまです」

ゆっくりと、仲良くなろう。

これから一緒に過ごすんだから。

そう思いつつ俺はルシエに部屋の説明を始めた。

 

 

 

 

━━━━━━

ルシエに部屋の案内を終え、2人で必要な物を話し始めてたのは帰宅してから一時間程過ぎた頃だ。

衣類や私物は明日来るけど、明日の着替えや今日の寝間着が無し衣類なら幾らかあっても困らないから数着。

ルシエ用の食器類を幾つかと、ベッド。

「とりあえず、これぐらいでいのかな?」

確認をとると、嬉しそうに首を縦に振る。

「はい!!」

「なんか、嬉しそうだね」

「あっ、す、すいません」

別に攻める気は無かったけど子供を謝らさせてしまった。

「その、こうやってお買い物の話をするの久しぶりで嬉しくてつい……」

「……そっか」 

申し訳なさそうに話すルシエの頭を軽く撫でる。

なんというか、癖になる。

病みつきというやつだり

サラサラとした髪に、ちょうどいい位置にある頭。

まるで撫でてくださいと言われてる気にもなってくる。

それに……

「……っん」

こうすると、ルシエは凄く嬉しそうな顔をする。

あぁ、和むな。

俺自身、子供と余り接する事がなかったからか彼女の笑みを見るとうれしくなる。

家族がいれば、こんな思いになるのかな。

……やめよう、無い物ねだりは虚しいだけだ。

撫でるのを止めてルシエに視線を合わせる。

 

「さぁ、買い物に行こうか」

「はい!!」

 

嬉しそうに笑うルシエと共に買い物に行く準備をする。

すると、ルシエはキョロキョロと部屋を見回す。

「その、……」

「うん?」

ルシエは何かを言いたそうにしている。

「どうかした?」

「あっ、あのこんな事を聞くのはどうかと思うんですけど」

ルシエはタンスの上に置かれた水族館のチケットを指さす。

「……あれって」

水族館のチケット

ただのチケットなら、別に興味を示さなかったのだろう。

普通と違うのは、チケットが飾られているのと、日付が数年前ということ。

「あぁ、俺が家族に施設に預けられる時にあれを渡されてたんだ」

「えっ?」

不味いことを聞いたと思ったのか、ルシエの顔が強張る。

「別にいいよ、昔話だしね」

「……すいません」

「だから、別にいいって」

そうは言うものの、ルシエは何故か泣き出しそうな顔をする。 

 

「わ、私も家族に捨てられたから」

あぁ、そっか、だから思い出したのかな。

「だから、すいません」

悪いことしちゃった。

「辛いこと思い出させちゃって」

……ごめん。

本当は、俺が謝るべきなのだろう。

嫌な思い出を思い出させちゃった。

「……じゃ、俺の話を聞いてもらおうかな」

ルシエは涙目で俺を見る。

「ルシエの話を聞いたから、今度はルシエが俺の話を聞いてよ」

そう言うと静かに首を縦に振ってくれた。

……ひさびさだな、自分の昔話するの。

そう思いつつ、準備を終えた俺は外にでる。

「じゃ、行こうか」

俺がでると後を追うようにルシエも出る。

鍵も今度渡さないとな。

そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

━━━━━━

車に乗り込むと、静かな沈黙が俺達を出迎えてくれた。

ルシエは真っ直ぐ俺の顔を見る。

程なくして俺はルシエに語る。

下らない昔話を。

 

「俺の母さんは俺を生んですぐに亡くなったんだ」

「お母さん」

ルシエは更に悲しそうな顔をする。

罪悪感を感じるけど、そんな事言ってられないかな。

「父さんはすぐに新しい母親を見つけて結婚、それから直ぐに俺は施設に預けられた。あそこに置いてあったチケットは、親は俺に水族館に行くからって言ってチケットを渡して施設に送った。初めは、おかしいと感じたよだって、明らかに施設が違ったんだから。でも、何も言えなかった。子供ながらに悟ってたのかもしれないね捨てられたんだって」

そう、悟っていた。

だから、何も言えなかった。

「新しい母さんは俺を相手にしないし父さんは母さんに夢中……そんな中にいたから、俺はべつに何も感じなかったし、思わなかった。だから、むしろ施設での生活の方が幸せだったかな」

最も、施設でも基本一人ぼっちだったけどね。

……なんて言わなくていいか。

「まぁ、簡単になっちゃうけどこれが俺の家族との話かな」

正直、それ以上に話せない。

あまり覚えてないし余り興味がない。

だから、これだけ。

「……一緒なんですね」

「そうだね、ただ俺はルシエとは違って魔力がなかったから管理局じゃなくて施設だった。それだけだ」

魔力があるかないか。

俺とルシエの違いだ。

「……私達、なんで捨てられたんですかね」

ルシエは涙を流す。

大粒の涙を堪えても、溢れてきている。

ゆっくりと落ち、膝に落ちる。

「捨てられた側の気持ちを考えてくれない」

ルシエは今が一番辛いんだろう。

捨てられて直ぐの今が。

━━━だから

 

「でも、今は幸せだよ」

俺はルシエの頭を撫でる。

「……新しい家族が出来たから」

自分で言うのもあれだが、歯がゆい台詞だ。

相手が子供だから、言える。

「……家族?」

「そうでしょ、だって一緒に暮らすんだから」

ルシエはそれを聞くと満面の笑みを浮かべる。

「家族……家族」

嬉しそうにこの言葉を何度も呟く。

数十回呟くと、ルシエは静かに俺を見つめる。

「家族なら、ルシエじゃなくて━━━」

満面の笑みのまま、ルシエは続けた。

「キャロって、読んでください」

ルシエはそう言う。

でも、否定されるのが怖いのか肩は小刻みに震える。

両目には必死に堪えた涙を溜めて。

可愛らしい、笑顔で。

「キャロ」

その名を言うと、なんだか俺も嬉しくなった。

家族が出来たら、こんな気持ちになるのか。

暖かい、心地よい気持ちだ。

……ふと、あの人のことを思い出す。

他人のために身を投げ出す危なっかしい上司。

きっと、あの人はこうやって人を愛して愛されるから強くて、あぁなれるんだな。

なんとなく、そう思ってしまう。

 

上司のことを思い出してると、キャロは上目遣いで聞く。

「わ、私は、その……」

キャロに視線を向けると、少し間を空ける。

覚悟を決めたのか、声を荒げた。

「わ、私はお兄ちゃんって読んでもいいですか!?」 

キャロの言葉に、少し驚いた。

キャロなりの家族になりたいという思いが、願いが伝わった。

なんとなく、それが嬉しくて━━━

「いいよ」

━━━それが、幸せに感じる

「お兄ちゃん」

大切に、大事そうにキャロは呟く。

キャロにも伝わってるのかな、この幸せを。

そう願いながら、再び沈黙に包まれた車内で過ごす。

沈黙は、重く苦しく感じなかった。

 

 

 

 

 

━━━━━━

「お兄ちゃん、次は何処に行きましょう?」

俺達は都内のデパートで買い物をしている。

先ずは、簡単に決められる食器類を買ったところだ。

「幾つか服を買おうか、今日の寝間着もいるしね」

「わかった、お兄ちゃん」

キャロは嬉しそうに言うと、俺の片手に抱きついてくる。

子供特有の無邪気さからか、その嬉しそうな顔を見ると不思議と心が暖まる。

「私に似合う服、お兄ちゃんが選んでくれますか?」

おねだりするような上目遣い。

止めてくれ、そんな顔をされると断れない。

「余りセンスに期待しないでね」

「お兄ちゃんが選ぶなら、何でもいいです」 

2人で楽しそうに歩くデパートは、楽しい。

なんというか、幸せをかみしめれる。

近くの子供用の衣類店に行くとキャロと一緒に色んな服をみる。

とりあえず、無難にキャロが今着ている服を選ぼう。

そう思いつつ、周りを見渡しながら歩いていると一つのコーナーに目がいく。

フリフリのドレスのような、服。

所謂ゴスロリとかいうのだ。

あまり興味はないが、似合いそうだ。

コーナーに近づいて、すぐに離れる。

 

……高い。

なんだ、あれ。

貯金はそれなりにあるから別に買えないわけではないけど、それでも手は出せない。

高いのは、ごめん。

内心謝りつつ、俺は隣に立つキャロを見る。

嬉しそうに目の前のコーナーに目がいっていた。

……そっか

「このピンクのやつとかどう?」

「えっ!?いいんですか!?」

「うん、今日は俺達家族が出来た記念日だから」

「……お兄ちゃん」

嬉しそうな笑みを浮かべるキャロ。

……まぁ、たまには良いか。

そう思いつつ、服を買う。

まぁ、余りお金も使わないしいいか。

そう、思うことにしよう。

幸せそうに笑うキャロを見ながら、そうおもう。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━

キャロが来てから俺の1日は変わった。

一緒に話ながら、食事をして、お風呂は流石に別々にした。

キャロは少しだけ残念そうな顔をしていたけど、まぁ諦めてもらおう。

今は2人でベッドの中にいる。

キャロ用のも買おうとしたがベッドを2つにしたら部屋は大分狭くなるし、何より「私、お兄ちゃんと一緒に寝たい」と言われてしまった。

まぁ、今はこどもだしいっか。

……成長したら新しいのを買おう。

きっと、自分からそういう話もするだろう。

そう思いつつ、目の前のキャロの顔を見る。

狭いベッドに2人で寝ているせいか近い。

可愛らしい顔がすぐ傍にある。

キャロは既に寝てしまった。

俺の手を取って、愛しそうに繋ぎながら。

絶対に離さない、そんな意志を感じる。

「……お兄、ちゃん」

「んっ?」

寝言か。

わかってたけど、反応してしまう。

何でだろうか、きっと、家族と思われて嬉しく思ってるんだろう。

可愛らしく嬉しそうな笑みを見ると俺までつられて笑顔がこぼれてしまう。

 

小さい手で力強く必死に握る手を、握り返す。

そうすると、えへへっと可愛らしい声を上げる。

たった一日で大分好かれたな。

それだけ、家族の愛情に飢えてたのかな。

なんとなくキャロの頭を撫でる。

……楽しい日々になりそうだ。

そう、思いながら。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━

狭い部屋にかけておいたアラームが響きわたる。

それを合図に目を覚ますと、すぐに慣れた違和感を感じた。

キャロがいない。

部屋を見回すとすぐに気づく。

キッチンで鼻歌を歌いながら楽しそうに料理をしている人物に。

アラームを消して気だるい身体に鞭を打ち彼女に近づく。

「おはよう、キャロ」

「おはようございます、お兄ちゃん」

そう笑顔で言うキャロは俺が普段使っているエプロンを着ていた。

案の定大きすぎるエプロンはキャロが着たら違和感が凄かったが、申しわけなさそうに顔を伏せ「ごめんなさい、私のエプロンがなかったんでお兄ちゃんの勝手に借りちゃいました」と謝る姿を見ると不思議と可愛らしく見えた。

あぁ、可愛い。

「別にいいよ」

 

そのままキャロの頭を撫でると嬉しそうに笑う。

「もうすぐ朝ご飯が出来るから待っててね」

「ありがとう」

朝ご飯はキャロに任せて俺は寝間着から着替える。

今日は何をしようかな。

そんなことを考えながら。

 

 

 

 

 

━━━━━━

キャロの作った朝ご飯を食べると直ぐに荷物が届いた。

大きめの段ボール箱の中に入れられていたのは可愛らしい服や小物類だった。

そう、キャロの私物だ。

朝食後の運動とは言わないが、俺はキャロと2人で荷物の整理をする。

といっても量も少なかったためすぐに終わりそうだ。

小物類を段ボールから出し私服類をキャロに渡す。

渡された私服類は昨日買ったキャロ用のタンスやクローゼットの中に仕舞われていった。

そんな作業をしながら、俺達は今後の話をする。

 

「私、お兄ちゃんがいる部署に行きたいです」

「今の部署いや?」

「嫌って訳じゃないですけど」

ばつの悪そうな顔をされる。

「お兄ちゃんの傍にずっといたいから」

嬉しそうに甘い言葉を言われるが、俺としては少し困る。

急な環境な変化はキャロとしても困惑することが多いだろうし、何よりもキャロと一日中ずっと入るって言うのはキャロのためにならないんじゃないのか?

俺が傍にいるとキャロが甘えてくるかもしれない。

家に居る時なら別に良いけど仕事中に甘えられると周りの眼もあるし…‥

「キャロは子供だけど、それでも管理者の職員なんだ公私混同はだめだよ」

「だめ……?」

上目使いで少し涙目になられる。

そんな眼で言われると困ってしまうけど、仕事のことはしっかりとしないと。

「だめ。それと、職場ではお兄ちゃんは余り言わないでね」

「お兄ちゃんもだめなの?」

「周りに見られたら仕事を何だと思ってるんだって思われそうだし、何よりも」

俺は少しためると、頬をかく。

「恥ずかしいしさ」

「……わかりました」

残念そうな顔で言われると、心が少し痛んでしまうな。

「でも、家では一緒にいてね」 

「いいよ、仕事が終わったら幾らでもお兄ちゃんって呼んでもいいし甘えても良いからね」

一転して嬉しそうに笑うと俺に抱きついてくるキャロ。

朝から慌ただしい子だな。

「えへへ、お兄ちゃん」

嬉しそうに言うと俺の胸に顔を埋める。

そんなキャロの頭を撫でようとした時━━━

 

俺のデバイスに通信が入る。

キャロは俺から渋々離れると私服の整理に戻っていった。

また後で甘えさせてあげようかな。

そう思いつつ、俺は通信相手を見る。

それは、俺のよく知る上司からだった。

何かあったのかな?

 

「ごめんね、こんな朝から」

「大丈夫ですよ、テスタロッサ執務官」

 

彼女、テスタロッサ執務官は少しそわそわとした様子で画面に写る。

「何かあったんですか?」

普段の凛々しい彼女からは想定できないぐらい挙動不審な様子に思わず疑問の言葉を出してしまう。

「えっ!?あ、あのね……」

今度は両手をバタバタとし、明らかに動揺される。

なんだ?なにかあったのか?

「え、えっとね、その……用事……はね……?」

落ち着いたと思ったら目を泳がす。

……もしかして。

「キャロの様子が気になったんですか?」

「ふぇっ、そ、そうだよ!!」

やっぱりだ

と言いたいけど、たぶん違うだろう。

優しいこの人のことだきっと━━━

きっと、2日間もの連休を急に撮ってしまった俺に対して小言を言おうとしたけど、いざ本人を前にすると言えなくて困った。

そんなところだろう。

小言を言われるのも嫌だし、ここはキャロの話でもして誤魔化そうかな。

 

そう、考えていた時だ。

「お兄ちゃん、どうかしました?」

昨日今日の中で最も甘く、優しい口調で話されると俺の片腕に抱きつかれる。

「き、キャロ?」

「……?どうかしたのお兄ちゃん?」

「いや、なんっていうかさ」

「……ふーん」

上目使いで甘い声で語る少女と冷たい目でどこか高圧的な感じを出す上司。

どうしてこうなったんだろう。

とりあえず、話を逸らそう。

「そうだ、この子がキャロです」

「お兄ちゃん、この人誰ですか?」

「この人はテスタロッサ執務官、俺の上司だよ」

「お兄ちゃんの上司」

「へー、名前で呼ぶなんて仲がいいんだね」

「いや、まぁ、なんと言いますか、家族ですから」

「お兄ちゃんの家族になりました、キャロです。よろしくお願いします」

家族を強調しながら礼儀正しくお辞儀をするキャロ。

そんなにも家族になったたこもを嬉しく想ってくれるのは、俺としても嬉しいことだ。

「私は……彼の上司のフェイトだよ、よろしくねキャロ」

どことなく余所余所しい笑顔で返される。

なんというか、初対面で仲が悪くなってる気がする。

ここは、俺が2人の仲をもたないとな。

「テスタロッサ執務官、キャロは少し甘えん坊な所はありますが、礼儀正しくて良い子なんですよ」

そう伝えながらキャロの頭を軽く撫でる。

すると、キャロは何時も以上に嬉しそうに微笑み、頬を赤く染める。

「お兄ちゃん、恥ずかしいよ」

そうは言っても眼では俺にもっとやってほしいと語りかけてる気がする。

上機嫌になるキャロとは反比例して、テスタロッサ執務官は徐々に不機嫌になる。

「そう、あなたが楽しそうにしてるならそれでいいです」

冷たくそう言い放つと一方的に通信を切られた。

なんだろう、仲をもとうとしたら失敗した。

俺はもう少し雑談のスキルを上げないとな。

そう思ってしまうと思わずため息をついてしまう。

 

「お兄ちゃんあの人とは付き合ってるんですか?」

「はぁっ!?」

思いもしない発言に変な声が出てしまった。

「仲が良さそうに見えたから、付き合ってるのかなって思って」

「い、いや。あの人とは付き合ってないよ。というか、付き合ってる人なんていない」

「……そうですか」

何故か満足そうに笑うと俺の腕に顔をうずめる。

……そっか。

キャロには今、俺しか家族がいない。

だから、もしかしたら。

 

「キャロ」

俺は名前を優しく呼び、彼女の小さな体を抱きしめる。

小さくて、少し力を入れたら壊れてしまいそうな体を。

「大丈夫、俺が誰かと付き合って、結婚したとしてもキャロとは家族だ。傍にいる」

「ずっと傍にいてくれますか?」

「あぁ、ずっと」

「……ほんとうに?」

「本当だよ。ずっと、ずっと傍にいるから」

キャロは嬉しそうに微笑むと俺を抱きしめ返してきた。

「……なら、私は二番でも良いです」

「二番?」

疑問を口にすると、キャロは顔を上げ綺麗な瞳は俺を見つめる。

綺麗な瞳に夢中になっていた。

だからだろうか。

急に近くなる瞳に反応が遅れて、唇に柔らかい感触が伝わる。

綺麗な瞳は閉じられ、頬を真っ赤に染めた顔が視界一面に広がると、自分が何をされているのかをやっと実感した。

俺は、それに何も反応を示さない。

示しかたがわからないから。

だから、キャロの好きなようにさせる。

自分の大きな体を彼女の小さな体に預ける。

背に回された手から押すように力を込められた。

だから、俺も彼女をもう少し強く抱き寄せる。

 

キャロは子供だ。

だから愛情に飢えているのかもしれない。

親からの愛情に。

なら、俺が愛せばいい。

それが、俺の……

お兄ちゃんとしての、できる事だ。

そう、思うから。

何時までだろうか、かなり長い間キスをしていた気がする。

でも、時間を見るもほんの数分だ。

長く感じた数分間を終えたのは、キャロが唇を外したからだ。

数分間もキスをしていたからか、少し呼吸が苦しそうだ。

 

「私は、二番で良い」

キャロは話を続ける。

「お兄ちゃんに愛されるなら二番でもいいよ。

 うんうん、何番だって別に良い。

 お兄ちゃんが私の傍にいてちゃんと愛してくれるなら、それだけで幸せだもん。

 家族として、愛してくれればそれで良い。

 お兄ちゃんに彼女が出来ても、奥さんが出来ても別にいいよ。

 私は、お兄ちゃんさえ傍にいたらそれでいいんだもん。

 だから、お兄ちゃん━━━

 だからね、お兄ちゃん━━━

 私の家族でいてね。

 私の最愛のお兄ちゃんでいてね。

 私の最愛の家族でいてね。

 私は、我が儘は言わないから。

 愛してなんて言わないし、私だけの家族でいてなんて言わないから。

 だから、だから。

 私の傍にずっといてね」

 

精一杯の告白なんだろうか。

力強く懸命さを感じる彼女の言葉は俺に重くのし掛かる。

愛情に飢えてるのだろう。

家族の愛に。

それを、俺に求めてる。

だったら、簡単だ。

 

「ずっと傍にいるよ。キャロが俺から離れる間でね」

「そっか、じゃあ永遠だね」

永遠って。

冗談混じりに言われた言葉だが、彼女の眼は真剣そのもの。

まだ、子供だ。

だから、戯れ言だと思おう。

俺はキャロの頭を撫でながらそんな事を考える。

 

嬉しそうに微笑む彼女。

その綺麗な瞳に映るのは、最愛の家族。

それでいい。

そう思うから。

だから、俺は間違ってないですよね。

ふと心の中に浮かんだ上司に尋ねてみる。

目の前の幼い彼女を守る。

そう決意すると、心の中が温まる。

あなたはきっと、この思いが好きだから色んな人を守ろうとするんですよね。

力があるから、傲慢だから、守ってるわけじゃない。

この思いを、この温かさを守るために人を守るんですよね。

……テスタロッサ執務官。

 

心の中の彼女がふと目の前の彼女と被る。

見た目も性格も違うのに、被った彼女達は共に、嬉しそうな微笑みを俺に浮かべてくれた。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━

後日談というか、その後の彼女話。

 

キャロとの生活は問題なく過ごしている。

少し過保護になりすぎたのか、よく愛情を求めてくるようになった。

言葉だけではなく、行動を。

といっても、キスとかハグとかだけど。

もしもこのまま大人になったら……。

いや、その時はきっと俺から離れていくのだろう。

そう思うしね。

思うことにしておこう。

 

仕事の休憩中に、キャロ向けにメールを送る。

内容は簡単だ。

今日の夕食は何が食べたいか。

メールの返信を待ちながら、ゆっくりと休憩を過ごす。

あぁ、何事もなく今日も過ごせてたらいいけど。

手が開いたときはキャロの事を考えてしまう。

俺も、彼女に気を許しすぎてるな。

思わず笑みがこぼれてしまう。

でも、嫌な感じはしない。

だって、俺達は━━━

思考を遮るように携帯が震える。

最愛の家族から、囁かない返信だ。

彼女の要望を聞き入れたことと、仕事が遅くなりそうなら早めに連絡することを伝えて俺は立ち上がる。

 

さぁ、俺も頑張ろう。

最愛の家族が頑張ってるんだから。

俺も負けないように、頑張ろう。

━━━最愛の家族と共に過ごすために。


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