Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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十九話

迷子の少女―――外見年齢から考えるに幼女と表現するのが正しいだろうか―――に助けを求められた一方通行は、当初の予定通りひとまずセシリア達と合流することにした。

 

子供に直接声を掛けられて無視を決め込めるほどのクズになったつもりはないが、かといって子守りが出来るのかと聞かれても首を横に振るしかない。そもそも人付き合いが得意ではない彼が、ある種何を考えているのか分からない子供の相手など出来る訳がなかった。

 

「さっ、さっきまでは、一緒にいたの。お母さんがトイレに行っちゃったから、ひとりでお洋服見に来てっ、はぐれちゃって、それで……っ」

 

「オイ待て。落ち着け。……とりあえず、オマエの親探しは手伝ってやる。オマエの口振りから察するに、はぐれてからそう遠くへは行ってねェハズだ。運の良いコトに人手はあるし、探す手段も豊富にある。だから泣くンじゃねェ」

 

必死に状況の説明をしようとする辺り、思ったよりもしっかりしているようだ。しかし、話しているうちに感情の抑えが効かなくなり始めたのか、上擦った声が交じる。目尻にはうっすらとだが涙も滲んでおり、いつ決壊してもおかしくはない。

 

慌てて宥めにかかる一方通行。優しい言い回しなど出来ないので、口から出てくるのは事実を列挙しただけの拙い励まし。最後に付け加えられた一言が紛うことなき本心だった。

 

「ぁぅ……お母さん、探してくれるの……?」

 

「あァ」

 

「私、ちゃんとおうち帰れる……?」

 

「あァ」

 

そこまで聞いてようやく安堵したのか、きゅっと唇を引き結ぶと涙をぐしぐしと袖で拭った。そのせいで目元が赤くなっているが、どうやら今の一連の流れは彼女の中で『泣いてない』判定のようだ。

 

なんとか音響兵器の炸裂を防いだ一方通行は、安心と疲労を半分ずつ混ぜ合わせたような溜め息をつく。

 

ほんの僅かなやり取りだけでこの有様である。分かっていたことではあるが、やはり自分には荷が勝ちすぎている。早く誰かに対応を任せなければ、そのうちにこちらが心労でぶっ倒れそうだ。

 

携帯電話を取り出し、数少ない連絡先の中からセシリアへと電話をかける。動き回って人目につくのも避けたい所であり、もしも母親が探しに来た際入れ違いになるのを防ぐにはこれがベストだろう、という考えからだった。

 

「オルコット、聞こえるか」

 

『セシリアとお呼びください』

 

コイツも面倒臭ェなオイ、と一方通行は思った。

 

「……、セシリア。急ぎの用だ。迷子のガキを保護したンだが、俺じゃ手に余る。頼めるか」

 

『わかりました、すぐに向かいます』

 

きっかり1分後、戻ってきたセシリアに事の顛末を説明する。とは言ってもインフォメーションセンターまで送り届けてもらうだけなので、大したことでは無いのだが。

 

説明の最中、件の幼女は一方通行の服の裾を握り締めたまま彼とセシリアとで視線を往復させていた。正確には、絹糸のような美しい金髪に、だが。

 

「きれい……」

 

思わず、といったような感想だった。

 

幼い少女は皆、美しいものに心惹かれる。それが物であれ人であれ、純粋な心で美しいものを美しいと思える年頃だからこそ、金髪碧眼のセシリアがまるで童話のお姫様のように見えたのだろう。

 

惚けたような表情で眺めていた幼女だが、2人分の視線が集中したことを感じたのか慌てて俯いてしまう。その様子を見ていたセシリアは優しく口元を緩ませ、幼女に歩み寄ると膝を折って目線を合わせた。

 

「お褒めに預かり光栄ですわ、小さなお姫様。よろしければ、貴女のお名前を教えてくださいませんか?」

 

「……みずき、です」

 

「では、みずきさん。わたくしと、こちらのお兄さんとで貴女のお母さんを探すお手伝いをいたします。ですが、そのためにはみずきさんの協力がなくてはいけません。まずは、受付で呼び出しのアナウンスをしてもらいましょう。さ、お手をどうぞ」

 

「っ、うん!」

 

落ち着いた雰囲気と柔らかい声色で、あっという間に幼女―――みずきの顔に笑顔が戻る。差し出されたセシリアの手を握ると、そのまま腰辺りに突撃するかのように抱き着いた。空いた手でみずきの頭を撫でるセシリアは、実に『お姉さん』と呼ぶに相応しかった。

 

普段は……否、一方通行が絡むとポンコツになるだけであって、素の彼女こそ教養のある落ち着いた令嬢なのだ。まあ、ポンコツになっている割合の方が多い訳だが。

 

「では行きましょう透夜さん。ラウラさん達には一夏さん達と合流して頂くようにお伝えしてありますので、みずきさんの対応はわたくしたち2人で十分かと」

 

「あァ? オマエが居ればむしろ俺は要らねェだろ。せっかくオマエに懐いてンだからそのまま―――」

 

そこまで言いかけた一方通行の動きが止まった。

 

片方の手でセシリアの手を握ったみずきが、もう片方の手を一方通行へ向けて突き出しているのだ。彼が手を取ってくれることを信じているのか、その瞳には一点の曇りもない。

 

そんな視線から逃れるようにセシリアを見るが、彼女も彼女で優しく微笑むだけだ。

 

たっぷりと逡巡してから恐る恐る右手を伸ばすが―――しかし、その手は小さな掌に触れることなく宙を彷徨った。

 

脳裏に過ぎるのは、かつての記憶。

 

自分のチカラが初めて他者を傷付けてしまったあの日。

 

確かあの時も、同じような光景だった。ボールを取ろうとして突き出された誰かの手が、数秒後には捻くれた粘土細工のようになっていた。まだ悪意も敵意も知らなかった頃に起きた惨劇だからこそ、心の柔らかい部分に棘のように引っかかっている。

 

今の自分に能力はない。ISだって意図しなければ展開できない。だから、この手を握ったところで何も起きないはずなのだ。それでも、自分が手を触れることで、幼い命を傷付けてしまわないかと、心のどこかで二の足を踏んでいる。

 

臆病だと、考え過ぎだと言われてしまえばそれまでだ。しかし、彼にとっては決して軽んじることのできぬ可能性の話。

 

頭では分かっている。けれど、あの日の光景と眼前の掌がどうしようもなく重なってしまって――

 

 

 

 

そんな彼の懊悩を、掌に触れた暖かな感触が吹き飛ばした。

 

 

 

 

ハッとして視線を落とせば、みずきの小さな手が自分の手をしっかりと握っていた。彼の冷たい指先を融かしていくように、子供特有の高い体温がじんわりと伝わってくるが、それだけだ。恐れていたことは、何も起こらない。

 

無言で繋がれた手を眺めていると、みずきと視線がかち合う。一方通行の心中など知るよしもない彼女は、手を繋いだまま無邪気に笑っていた。まるで陽だまりのような笑顔だった。

 

「おにいちゃんの手、つめたいね」

 

「……そォかよ」

 

告げられた、あまりにも無垢な言葉に対し。どう反応を返して良いのか分からないままに紡がれた返答は、結局いつもと変わらないぶっきらぼうなものだった。

 

「ふふっ。お兄さんが迷子にならないように、しっかりと握ってあげていてくださいね?」

 

「うんっ!」

 

引っ張られるままに足を踏み出す。

 

先程までの恐怖はもう、いつの間にか消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばいばい、おねーちゃん! おにいちゃんも!」

 

ぶんぶんと大きく手を振るみずきが、こちらへ向けて何度も頭を下げる母親に手を引かれていく。セシリアは胸の前で小さく手を振って応え、一方通行は居心地悪そうに首を鳴らした。

 

インフォメーションセンターまで来てみれば、同じく呼び出しをしてもらおうとしていたらしいみずきの母親と出会したのだ。最初こそ猜疑の視線を向けられはしたが、提示したIS学園の学生証と、みずき本人の証言もあって誤解は直ぐに解けた。何か謝礼をしたいという母親の申し出をセシリアがやんわりと断り、そうして迷子事件は特に何事もなく幕を下ろしたのだった。

 

ようやく面倒事から解放された一方通行は大きなため息をつく。それを見たセシリアは微笑を苦笑に入れ替えつつも「お疲れ様でした」と労をねぎらう。どちらかと言えば巻き込まれたのは彼女の方なのだが、そんなことで目くじらを立てるほどの器量ではない。むしろ、一方通行と2人になれる口実が出来て丁度良いとさえ思っていた。

 

「意外とは思いませんが、小さな子供が苦手なのですね」

 

「……あの純粋さが苦手ってだけだ。ちっとばかし喋っただけで、どォしてあそこまで信頼し切った目を向けられンのかが分っかンねェ」

 

「まだ善悪の区別もつかない年齢ですが、それ故に偏見というものを知りません。みずきさんは、透夜さんの本質的な優しさを見抜かれたのでは?」

 

「優しさだァ? 俺にそンなモンが備わってるよォに見えンのか?」

 

胡乱気な表情で隣の少女に視線を移すが、彼女は真面目な顔で続ける。

 

「透夜さんが偽悪的に振る舞うのは、他人を自分から遠ざけることで、強過ぎる力によって他者を傷付けないためだとわたくしは思っています。そして、その力を求めて寄ってくる者たちに巻き込まれないようにするためでもあると。そうやって周囲の人を守ってきた貴方が優しさを持ち合わせていないなどと、果たして誰が言えましょう」

 

「……、」

 

「悪意を持って接すれば、同じだけの悪意が跳ね返ります。それが善意であってもまた同じ。無論、全てがそうであるとは言いませんが、かつて透夜さんが傷付けてしまった人々もそうだったのではないかと、わたくしは思うのです。ですからどうか、今一度……信じてみてはどうでしょう。貴方の優しさは、きっと誰かに届くはずですわ」

 

学園都市(あの場所)には、悪意しかなかった。

 

向けられる感情はすべからく彼を害するものだったし、そうでなくても自分から歩み寄ろうとする者は居なかった。馬鹿共が一方的に貼った『悪』というレッテルが彼らの鏡写しであることも無視して、さも自分たちは被害者なんですといった顔で喚き散らす。

 

だが、この世界はどうだろう。

 

向けられる敵意がまったくのゼロというわけではない。が、向こうと比べればほんの些細なものであり、一方通行という個人に向けてというよりも『男性』というカテゴリに向けてのもの。

 

彼が怯える理由など、今はどこにもありはしないのだ。

 

押し黙る一方通行を見て何を思ったのか、セシリアはバツが悪そうに視線を逸らし、そのまま腰を折った。色素の薄い金髪が一拍遅れてしなだれ落ちる。

 

「ぁ……っ、申し訳ありません。わたくし、勝手なことを……」

 

「……いや。オマエは間違っちゃいねェよ」

 

彼とて、それが勝手なエゴでしかないことはとっくに気付いている。一夏を始めとした学園の人間たちは、学園都市の腐った人間達とは違うのだと。そんな彼ら彼女らを信じ切れず、いつまでも疑心暗鬼になったまま拒み続けている自分こそがガキなのだと。

 

過去にケリをつけるなどと口にしながら、最も過去に怯えている。未練を断ち切ったつもりの哀れな人間。それが今の自分だ。

 

(……どいつもこいつも、簡単に人の心ン中を読むンじゃねェっつの。それでいて強制はしねェ、変わるのは俺次第だとか言いやがる。チッ、やりにくいったらありゃしねェ)

 

心中でぼやいてから、不安そうな色を碧眼に載せたセシリアに向き直る。真っ向から言うのは抵抗があったので、顔だけはあらぬ方向へと向けたまま、ぼそりと告げる。

 

「……善処はする。期待はすンな」

 

「っ、はい!」

 

ぱっと咲いた笑顔の花を眺めながら、一方通行はぼんやりと思考する。今でこそこうして談笑している彼女も、入学したての頃は自分を敵視していたのだ。案外、人が変わる切っ掛けはその辺に転がっているのかもしれないな、と思った。

 

そこへ、着信を知らせる小さな電子音が響いた。音の出処はセシリアの携帯らしい。こちらへ一言断ってから携帯電話を取り出した彼女は何度か画面に指を滑らせると、やがていつものように微笑んだ。

 

「皆さんのお買い物が済んだようです。どんなコーディネートをしてくださるのか、楽しみですわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんというか、見後に真っ白になってしまったな……」

 

「でも、ちゃんと似合ってるから不思議なもんよね」

 

「……戦隊もののホワイトみたいだね?」

 

雪原迷彩(スノーデジタル)か。確かにこれからの季節には実用的だな」

 

「うん、ラウラはもう黙ってようか」

 

「とても良くお似合いですわ。着心地のほうは如何でしょうか?」

 

一方通行とセシリアが迷子の相手をしている間に、他のメンバーはしっかりと服を選んでいたらしく。再度試着室に放り込まれた一方通行の姿を見て、それぞれ感想を口にする。一部は感想にすらなっていなかったが。

 

そんな一方通行の格好はといえば、フード部分にファーの付いた白いコートの中に、ダークグレーのタートルネックニット。コートと同じく白い細身のボトムスにスニーカーと、全体的に真っ白だった。

 

着込んでいる枚数は少ないものの、素材が良いのか思ったよりも暖かい。腕を回してみても窮屈さはなく、冬物にありがちな重たさもほとんど感じない。デザインも性能にも文句はないため、さっさと購入して終わらせたい一方通行は曖昧に頷くと財布を取り出した。

 

「幾らだ」

 

「ん? ああ、支払いは俺たちが持つから大丈夫だぞ。日頃から世話になってるし、感謝の気持ちってことで遠慮なく貰ってくれ。まあ、こんなので返し切れるほどの恩じゃないんだけどさ」

 

そう言って、一夏は快活に笑う。一方通行とて、別段金に困っている訳ではないので払う分は払う、と口にしかけて、やめた。先程セシリアにああ言った手前、これは素直に受け取っておくのが吉なのだろう。

 

「……、悪ィな」

 

「気にすんなって。さっ、それじゃあ飯でも食いに行こうぜ! 皆もそろそろ腹減ってきたんじゃないか?」

 

「でしたらこの近くに丁度いいカフェがありますわ。食事も出来ますし、なによりマスターの淹れるコーヒーは絶品でしてよ。わたくしも淹れ方を教わっておりますが、あの技術ばかりは盗める気がしませんもの」

 

「セシリア、そんなことしてたの? 道理で如月さんが『コーヒーはもう飲みたくない』って言ってた訳だよ……」

 

「え? ていうかアンタ、ちゃんとコーヒー淹れられるの? 実は泥水でしたとかいうオチじゃないわよね」

 

「喧嘩なら買いますわよ鈴さん」

 

笑顔のまま額に青筋を浮かべたセシリアが鈴音を締め上げ、慌てて仲裁に入るシャルロットと箒。それを呆れた視線で眺めるラウラと苦笑いの簪、財布を見てちょっと顔を青くしている一夏。

 

そんな騒がしい休日の一幕は、秋晴れの雲のようにゆっくりと流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「―――うーん、これぞ青春ってやつかな? 束さんには縁のないものだったけど、キミは学生らしい生活を存分に謳歌するといい。なにせキミにはその権利があるんだからねぇ」

 

モニターの光に照らされた美貌が、薄らと笑みを形作る。

 

「さて、あっくん。キミは今、ようやくスタートラインに立った訳だ。キミを『一方通行(アクセラレータ)』たらしめていたチカラも、過去の楔も無くなった。一方通行……ううん、キミはもう『鈴科透夜』だ。キミの物語はここから始まる。キミだけの、キミが描く物語が」

 

彼女は詠う。

 

どこまでも無邪気で純粋な、まるで夢見る少女のように。

 

「舞台は私が整えよう。役者は既に揃っている。台本(シナリオ)は勝手に組み上がるし、後は開演を待つばかり。少し手を加えさせてもらうけれど、私の役目はこれでおしまい。ここから先はしがない観衆(オーディエンス)として、特等席で楽しませてもらおうかな」

 

彼女は想う。

 

願わくば、その夢の先を魅せて欲しいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――期待してるよ。とびっきりの幸福な結末(ハッピーエンド)ってやつをさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無垢なる悪意が、胎動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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