アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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オーバーロード

 ”赤”のライダーの肉体にはテティスによって不死という、英雄にとっては実に強力な能力が宿っており、そのうえ凄まじい膂力と、才能と、ケイローンによって与えられた様々な武術や知識が宿っていた。それらは、英雄である彼を構成していた。これらによって、彼はまさに無敵といってもいい程の強力さを誇っていた。

 しかし、今や”黒”のアーチャーによって、星座から放たれた必殺の一射は”赤”のライダーの背から霊格を砕き、そのうえ腹を貫いていた。矢は彼の肉体に刺さったままであった。

 

「ぬかった!」と”赤”のライダーは苦しげに呟く。「まさか、そのような宝具があるとはな。いいや、言い訳はするまい! 今のは、油断した俺が悪いのだから!」

「”赤”のライダーよ。今の攻撃によって、私は紛れもなく霊格を破壊した」と”黒”のアーチャーは警戒を顕にしながら言う。「だが、お前がこうしてすぐに消滅していないのは、根性か……それとも、執念か……それはともかく、こうして消滅していないのならば」と彼は弓に矢を番え、それを”赤”のライダーへと向けて言った。「素早く、それでいて慎重に追い打ちをかけさせていただきます。手負いの獣というやつは、最後に何をするのかわからないのでね」

「なるほどな」と”赤”のライダーは血を手のひらに吐き出しながら、息も切れ切れといった調子で言った。「確かに、貴方は生前、俺に狩りを教えるときにそう言ったな。追い詰められた獣は何をするか分からないと。聖杯によれば、日本とかいう国に『窮鼠猫を噛む』ということわざがあるそうだが、全くそれと同じだ」

 

 彼は戦車を消し、そして馬上槍を構えた。

 その構えに一切の隙といったものは見られず、そしてその目には、今すぐにでも”黒”のアーチャーの首元に噛み付こうといった、実に激しい意志が見て取れた。

 

「さあ、かかってきやがれ! 我が名はアキレウス! 例え、腹を貫かれ、霊格を砕かれた程度で、我が走りを止められると思うなよ!」

 

 まさに威風堂々といった調子で叫びながらも、”赤”のライダーは冷静に自分の体の状態を観察する。

 

(持って、あと数分、いや、十分はいけるか? いいや、そんなことはどうでもいいだろう。俺がやることは、ただ英雄のように暴れるだけだ! そう、やることは生前となんら変わらねえ。それまで、決着を付けようぜ。ケイローン!)

 

 ”黒”のバーサーカーは、耳にするもの全てが恐怖によって体を震わせる、あるいは泡を吹いて倒れるようなおぞましい叫び声をあげながら、”赤”のライダーへと戦鎚(メイス)を振るう。

 僅かに電撃をまとった鎚は、まさに雷霆の如く、素早く、それでいて正確無比に”赤”のライダーの脳天へと振り下ろされた。

 しかし、彼はそれを槍で弾き返した。”黒”のバーサーカーは再び鎚を振るい、”赤”のライダーは再びそれを迎え撃った。そういった攻防が、僅かのうちに数回行われ、”赤”のライダーは”黒”のバーサーカーに違和感を覚えた。

 というのも、彼女の体捌きや、武器の振るい型といったものが、狂化され、理性を失った人物のものではなく、達人といった領域のそれであったからだ。

 

「どういう事だ?」と”赤”のライダーは呟く。「バーサーカーにしては、随分と武芸を身につけているじゃねえか」

「ナ──ォォォォオッ!」

 

 ”黒”のバーサーカーは咆哮し、更なる攻撃を加える。

 そんな彼女の背後にて、”黒”のアーチャーは矢を、彼女の体に当たらないように、それでいて”赤”のライダーを牽制するかのように、正確無比な射撃を次々と行っていた。そういった彼の援護射撃によって、”赤”のライダーは”黒”のバーサーカーに決定的な一撃を与えることができなかった。そして、”黒”のバーサーカーは、援護射撃によって、己に決定的な隙が生じても、そこを攻撃されるような事はなかった。

 

「なるほどな……」と”赤”のライダーは”黒”のバーサーカーと武器をぶつけ合いながら呟く。「これが狙いか! このバーサーカーは、攻撃が激しいものの、防御に徹している。それが意味することは、時間稼ぎだ。俺の肉体の限界によって消滅するのを待っているのだ! 小癪な手を!」

 

 ”赤”のライダーはこれまでよりもより一層力強く槍を振るった。その槍のきっさきは、”黒”のバーサーカーの鎚を大きく弾いた。そして、無防備になったバーサーカーの体を、斜めに槍で切り裂いた。その一瞬の攻撃のうちに、”黒”のアーチャーの矢は、”赤”のライダーの肉体を4回傷つけた。

 しかし、彼は、その攻撃をものとした様子はなかった。

 ”赤”のバーサーカーの肉体からは、オイルとも血とも、どちらともつかない、あるいはその二つが混じりあった液体が流れ出ていた。

 しかし、彼女の闘志は衰えるどころか、ますます激しい炎のように燃え滾り、戦鎚(メイス)の柄を握りしめて構えた。

 

「いいぜ。お前は紛れもない戦士だ!」と”赤”のライダーは言いながら、槍を振るった。それは、彼女に対する、まさに最後の手向けの一撃であった。

 しかし、その槍は、”黒”のアーチャーによって弾かれた。

 

「バーサーカー、その様子ですとまだ戦えると言いたいのですね?」と彼は訪ねた。”黒”のバーサーカーは、小さく唸りながら、頷く事で肯定の意を示した。

「そうですか。では、戦ってください。ですが、貴女に許される攻撃は一撃のみ。それ以上の攻撃を行うと、傷を深めて消滅するでしょう。

 いいですか? 前に私が教えた事を忘れずに。武器の扱い方は教えました。そして、どういった瞬間に、決定的な一撃、つまり切り札を叩き込むかも教えました。そのタイミングは、貴女で判断してください」

「ゥィ……」と彼女は頷いた。

 

「さあ、では行きますよ」と”黒”のアーチャーは、矢と弓とを霊体化させ、パンクラチオンの構えをした。「覚悟してくださいね。”赤”のライダー」

「いいだろう!」と”赤”のライダーは槍を構えた。「”黒”のアーチャー、決着を付けようじゃねえか!」

 

 そして、ギリシャの英雄はぶつかりあった。

 凄まじい速さで迫る槍の切っ先を、”黒”のアーチャーは的確に拳で弾き返し、あるいはいなし、あるいは受け止める事によって防御していた。”赤”のライダーもまた、迫り来る拳を、身をひねったり、矢を叩きつけたりとして回避していた。

 しかし、そういった防御をすり抜けた、お互いの攻撃が、お互いの肉体を徐々に傷つけ合っていた。

 ふたりの戦いというのは、まさに小規模の竜巻にも似たようなものであった。そういった竜巻を、”黒”のバーサーカーは、色の違う両の瞳で眺めていた。

 その目は、2人の動き、とりわけ”赤”のライダーをよく観察し、いつ一撃を加えるかのタイミングを図っていた。

 

「やりますね……」と”黒”のアーチャーは小さく呟いた。(本当ならば、もっと戦っていたいところなのですが、確実に勝利しなければならない。その為、あえて踵ではなく、背を貫いた。霊格を破壊すれば、十分だと思っていたが、その見通しは甘かったようだ。現に、”赤”のライダーは、霊格を破壊されてから数分が経過するというのに、こうして動き回っている。しかし、それでもいずれ力尽きる時が来るはずだ)

 

 ちょうどその時、”黒”のアーチャーの動きが一瞬停止した。

 その理由というのは、フィオレから送られてくる魔力が途切れたからだ。というのも、泉によって、彼のマスターであるフィオレが殺害されたからだ。

 ”黒”のバーサーカーもまた同じく、マスターであるカウレスからの魔力が途切れたのを認識した。

 その瞬間を、”赤”のライダーは決して逃がさず、槍の一撃を”黒”のアーチャーへと加えた。しかし、それと同時に、”黒”のバーサーカーは、”黒”のアーチャーを突き飛ばし、宝具を発動させた。

 その宝具というのは、、磔刑の雷樹(ブラステッドツリー)であった。己のリミッターを完全に解除した”黒”のバーサーカーは、空気を激しく震わせる雷を操り、雷霆として”赤”のライダーへと叩きつけた。

 

「オマエモ、イッショニコイ……」と”黒”のバーサーカーは言った。彼女は、”赤”のライダーの肉体にしがみつき、己の体が焼け焦げるのも構わずに、それどころか、彼と一緒に雷をその身に浴びた。

 しばらくの間、激しい放電は続いた。

 そして残ったのは、果たして”赤”のライダーであった。

 ”黒”のバーサーカーの捨て身の一撃は、”赤”のライダーに傷の一切を付けることなく、彼女は消滅した。

 

「解せねえな」と”赤”のライダーは呟いた。「”黒”のアーチャー。お前ならば、バーサーカーの攻撃が俺に通じないというのは、わかっていただろう? だというのに、何故こうして俺との戦いに参加したんだ?」

「簡単なことですよ」と”黒”のアーチャーは答えた。「私は、マスターと会話をし、約束しました。私は、彼女が差し出した手を握り、勝利を誓いました。

 ですが、いざ貴方と戦うとなると、私はどうしても興奮を抑えきれないでしょう。……例えば、貴方が『一体一、正々堂々とやろうぜ。小細工は無しだ』と誘ったら、私はその誘いに間違いなく乗るでしょう。つまり、バーサーカーは、そういった私に対してのストッパーだったのですよ。正々堂々と戦うことを諦め、持久戦に持ち込む間の」

「なるほどな」と”赤”のライダーは言った。「確かにそれは懸命な判断だと言えるだろう。確かに、俺はこうするつもりだった」と彼は言いながら槍を地面に突き刺した。「さあ、行くぜ! 我が槍、我が信念──宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)!」

 

 ”赤”のライダーが宝具の真名を開放した瞬間、今までの世界は切り取られ、別世界へと切り替わった。

 その槍を中心に世界は構築されており、その世界には”赤”のライダーと”黒”のアーチャーの二人しかいなかった。

 

「これは……」と”黒”のアーチャーは辺りを見回しながら言った。「まさか魔術も扱えるとは。これは固有結界にぞくするものだ」

「ああ、そうさ。こいつはヘクトールのオッサンと戦うために編み出したモンでな。あの野郎、『女神の加護を得ている君と戦うと、オジサンに罰が当たるからなあ』って言いながら逃げてまくっていたからな。一体一で戦うために編み出したんだよ」

「なるほど……それでヘクトールは応じたのですね?」

「ああ。『だったら少しは勝ち目があるかねえ』ってな。ここでは神性だとか、そんなモンはクソもねえ。幸運すらも干渉しねえ。──さあ、一体一、正々堂々といこうぜ?」

「もちろんです」

 

 両者は拳を強く握り、構えた。

 

「”赤”のライダー、我が真名はアキレウス。英雄ペーレスが子なり」

「”黒”のアーチャー、我が真名はケイローン。大神クロノスが子なり」

 

「いざ尋常に……勝負!」と両者は同時に叫んだ。

 

 そしてふたりの英雄はぶつかりあった。彼らの戦い方というのは、非常にシンプルな殴り合いであった。

 こうした戦いは、時間にして数分であった。”赤”のライダーが放った決定的な一撃が、”黒”のアーチャーの肉体を鋭く捉えたのだった。その一撃というのは、まさに”赤”のライダーの全てがこもった一撃であった。

 ケイローンの肉体は崩れ落ちた。

 しかし、アキレウスの肉体もほぼ限界そのものであり、その場に倒れた。彼は、地面を這いずりながら、地面に刺さっている槍を抜いた。その瞬間、世界は元の、森へと戻った。

 

「感謝します……先生」

「感謝するのは、私です。貴方は強かった。……私は、サーヴァントとしては失格ですね。何せ、マスターの願望よりも、こうして出会った弟子と戦うことを優先して考えてしまうのですから……アキレウス。貴方は強かった」

「こうして強くなれたのは、先生。貴方のお蔭です」

「そうですか。ですが、先生と呼ぶのはやめなさい。私と貴方は敵同士。”黒”のアーチャーと呼ぶべきです。……さあ、”赤”のライダー。私の首を取りなさい」

「……できません」

「何故ですか? 私は貴方の一撃によって霊格を砕かれた。私は貴方のように、霊格を砕かれても動き回る事は出来ないのですよ……さあ!」

 

 こうした”黒”のアーチャーの説得により、”赤”のライダーはゆっくりと、血まみれの体で立ち上がり、手に持った槍で”黒”のアーチャーの額を貫いた。

 

「それでいいのです……」と”黒”のアーチャーは呟きながら消滅していった。

 残された”赤”のライダーは、涙を流しながらその場に倒れた。しかし、彼の肉体は、天草四郎時貞の令呪によって空中庭園へと転移され、その場に残ったものは何一つなかった。

 

 

 

 


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