アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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偉大なる作家とカバラの魔術師

 ”赤”のキャスターが、”黒”のキャスターの工房に乗り込み、不安げなロシェをよそに、彼ら二人の魔術師はしばらく会話を繰り広げていた。そして、その会話は数分もすると決着がついた。

 ”黒”のキャスターは、ゴーレムを制作するための工房の隅に置かれている机の上に広げられた、ゴーレムを作るにあたって、緻密なまでに描いた図面だとか、それを描くのに使った物差し、コンパスと言ったものを無造作に払いのけ、”赤”のキャスターに椅子をすすめる。

 

「いやはや、これはどうもどうも!」と”赤”のキャスターはその椅子に座り、懐から紙とペンを取り出した。「申し訳ありませんね。作家というのは、紙とペンさえあればどこでも物語を書けますが、机というやつは、あるに越したことはないので」

「いいや、構わないとも」と”黒”のキャスターは表情の読み取れぬ仮面の下から言う。「僕の工房というのは、ゴーレムを作るためだけにある。それでも、机と椅子の一つをゴーレムの制作とは何ら関係ない事に使われても、べつだん構わないさ」

「それはそれは! 私はどうやら重ねて礼を言わなければならないようだ! どうにも、同時にやることが多いのでね。やれやれ……全く! 畜生! 締め切りはあと1、2時間あるかどうか! それまでに、私は物語を書き上げる。”黒”のキャスターを倒す。いやはや、なんともまぁ、やることが多い!」

「先生、いいのですか?」とロシェは叫ぶように、”黒”のキャスターに問いかける。「あのキャスター、先生を倒すとか言っていますけれど! 放っておいてもいいのですか?」

「構わないさ。それに、あのサーヴァント曰く、自己保存というスキルがあるそうだ。ロシェも説明を聞いただろう? ここに来るまでに、彼は、ゴーレムとホムンクルスの警備をすり抜けた。それも、戦わずして。それも、こちら側の攻撃のことごとくを回避して。

 あのサーヴァントに、僕たちの攻撃は通じない。幸い、彼自身にも戦闘能力もないようだし……戦おうにしても、お互い何もできないだろう」

 

 そういった”黒”のキャスターの言葉に、ロシェは頷く。

 サーヴァントは、ゴーレムを製造する作業に戻った。その弟子も、師のあとに続いていった。しかし、そういった彼らを、”赤”のキャスターは引き止め、髭を撫でながら、それでいて利き手では原稿の上にペンを走らせながら言った。

 

「お二人共、確かに私自身に戦う力はありませんとも。そう。()()()()()ね」

「何が言いたい?」と”黒”のキャスターは、感情のこもらない声で言った。「僕は、無駄なことは嫌いなんだ。そして無駄話もあまり好きじゃない」

「それはそれは。かくいう私は無駄話が大好きですとも! まあ、それはともかく、こういうことですよ」

 

 と”赤”のキャスターが指を鳴らすと同時に、”黒”のキャスターとロシェの正面に、あの”黒”のセイバーと全く同じ姿形をした人物が床に落ちた、”赤”のキャスターの影から湧き上がる形で現れた。

 彼は剣を構えた。その剣というのも、漆黒の大剣、バルムンクと全く同じものであった。

 それにロシェは慌てるが、彼の師はそれを諌め、冷静、それでいて鋭い観察眼で”黒”のセイバーを見、

 

「慌てることはないよ。ロシェ。そこにいる”黒”のセイバーは、本人ではない。全くの偽物だ。ほら、君もマスターならばわかるだろう? ステータスが見えないはずだ」

「え?」とロシェは言った。「あ、本当だ……」

「彼は、私の劇団です。とはいえども、即席のものですが」と”赤”のキャスターは、そういった彼らの動向を観察しながら言った。「確かに、戦闘能力はサーヴァントは愚か、魔術師にも劣ります。所詮はただの幻影。『人の一生は歩き回る影法師、哀れな役者にすぎない』ですからな!」

 

 ”黒”のキャスターは工房内に置かれているゴーレムのうち一体を起動させ、その幻影を攻撃した。

 すると、その幻影というのは、断末魔を上げながらも消えていった。

 

「なるほど」と”黒”のキャスターは頷いた。「確かにそのようだ。しかし、コレの本来の役目は戦闘ではない。おおかた、かく乱と精神攻撃にでも使うのが、本当の使い方なのだろう? やれやれ。害がないとは思っていたが、そうではないようだ。何がお望みだい?」

「いえいえ。少々インタビューに付き合っていただければ」

 

 ”黒”のキャスターは小さく、それでいてうんざりしたかのように溜息をつきながら、次のようなことを呟いた。

 

「どうやら、失敗したかもしれない。まあ、いいだろう。宝具の起動も、そう急ぐものではないし、何よりも炉心が見つかっていないのだし……そもそも、未知のサーヴァントに対して、こうした行いは軽率としか言えなかっただろう」

 

 彼はやはり憂鬱そうに、これまでの行い、これまで行われた脳内の計算が間違っていたことを激しく後悔した。

 ”赤”のキャスターは、己の話術によって”黒”のキャスターとそのマスターを、さながら蟻地獄の如く深淵に引きずり込むための言葉、行動を素早く計算しながら席を勧めた。

 ”黒”のキャスターは”赤”のキャスターの対面に座り、ロシェは彼の後ろに立った。

 

「さて」と”赤”のキャスターは相変わらず筆を動かしながら言った。「このように、執筆と同時並行となりますが、ご勘弁ください。何、インタビューとはいっても、私の質問に貴方が数言答えればよろしいだけです」

「そうかい。では、さっさと終わらせよう」

「やれやれ、会話がお嫌いなようだ!」

「お察しの通りだとも。本当ならば、無言と無視を貫いてもいいのだけれど、それだと君はいつまでも、それこそ羽虫のようにまとわりついてきそうだからね」

「ええ、全くですとも。では、第一の質問と行きましょうか。偉大なるカバラの祖。そしてゴーレムマスター殿」

「僕の真名もお見通しのようだね」

 

 そういった会話を繰り広げながら、”赤”のキャスターは彼、ソロモン・ベン・ユダ・イブン・ガビーロールの生前の行い、ゴーレムについて、カバラについて。それらについて事細かく、行動はもちろん、彼の思想といったものについても質問し、”黒”のキャスターはそれらに正直に、都合の悪いところは沈黙と虚偽を持って答えた。

 そういった二人の会話を、ロシェは終始汗を手に握りながら見守っていた。

 彼は、その中で語られる、己の師の思想や行いといった物に、深く感激しながら、”黒”のキャスターへの認識と尊敬を改めて書き換え、更に高い位置に置いた。

 そうして、しばらくの時間が経過した後、”赤”のキャスターは言った。

 

「ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます! では、次が最後の質問とさせていただきましょう。こればかりは、正直に、心の奥から、真摯に答えていただきたいですな」

「いいだろう。それで君の気が済むのなら、そのようにしよう。──尤も、内容次第だが──そして、終わったらこの部屋から出て行ってもらおうか。執筆は別の場所でやってもらおう」

「ええ。そのように。『人間はなんて美しいんでしょう! 素晴らしい新世界!』『無からは何も生まれぬ。もう一度言ってみよ!』貴方は、アダムを創造しようとしている」

「宝具の事を、どこで聞いた?」と”黒”のキャスターは、始めて仮面の下に驚きと怒りとを浮かび上がらせながら言った。「もしも、僕の夢の邪魔をするのならば……」

「どうするのでしょうか?」と”赤”のキャスターは彼の言葉の途中で言った。「ご安心を。私は作家なので、肉体労働、魔術といったものは滅法苦手でございますとも! ここにいるゴーレムはおろか、そこらの石ころですら破壊することはできませんとも! 

 ささ、続きを話させてもらいましょう。貴方は、ソロモン・ベン・ユダ・イブン・ガビーロールは、新世界の果に、何を見るのでしょうか?」

「決まりきったことを。楽園(エデン)だ」

「なるほど、なるほど! では、その楽園において、貴方はどういった夢を見るので?」

「それもまた、決まりきったことだ。楽園(エデン)とは、即ち理想だ。そこでは、血を流すこともなければ、苦痛といった感情すらも存在しない。受難の民は、その楽園、完璧なる世界にて救済される」

「そうですか。そうですか……」と”赤”のキャスターは慇懃そうに目を閉じ、顎に手を当てながら頷いた。しかし、やおら目を開き、口には笑みを浮かびあがらせながら言う。「確かに、それは立派だ! しかし、そんなもの()()()()()()()()! 

 楽園(エデン)の創造。それだけ聞けば大したことだ。しかし、お前はそれを創りだすゴーレムを造るだけと来た! それを造るまでに、様々な障害が立ちふさがり、それらと戦うのならともかく、魔術師の財によってそれすらも行わなかった。──そんなもの、物語としてはクソ面白くもありませんな!」

「愚弄するか?」と”黒”のキャスターは明らかな怒りと殺意を露にした。

 

 偉大なる劇作家は椅子から立ち上がり、手を大げさに広げながら、さながら踊るかのようにその場を歩き回りながら言う。

 

「いいえ。愚弄するつもりはありませんとも。私はただ、『面白くない』と言ったのです。

 なるほど。貴方が原初の人間(アダム)を造る考えに至るまでの人生。その後の、原初の人間(アダム)を造るために捧げた人生。それはさぞや素晴らしかったのでしょう。ですが、完成はしなかった。その時点で、作家としては、ドキュメンタリーとしてはあまり面白くないのですよ。

 また、奇跡的に得た今世においては、宝具という形で、やっとそれを完成させることができる。しかし、しかしだ! その完成までに、茨の道を歩み、材料を集めるための冒険、邪魔をしてくる敵との戦いがなければ面白くない! こうしたわけで。失礼ながら、これは作家としての本能のようなものでして。

 ですがまあ。私個人の仕事は終わりました。そして、もう一つの仕事も終わりました」

 

 と”赤”のキャスターは先程まで書きながら完成させた小説の原稿を手に取りながら言った。

 

「そして、ここから先は更にもう一つの仕事をさせていただきましょう。

 ……即ち、”黒”のキャスターの抹殺です!」

 

 彼がそういった瞬間、魔術師はゴーレムを素早く操り、この工房のゴーレムが”赤”のキャスターへと飛びかかり、拳を激しく床に振り下ろした。

 しかし、”赤”のキャスターはそういった攻撃をすり抜けるかのように、誇り一つ、衣類や肌に付着した様子もなく、別の場所に立っていた。

 

「無駄、と申しましたでしょう? さて、私め作家ではありますものの、同時に役者であります。というわけで、この場は役者として振舞わせていただきましょう!

 すなわち、ペンという武器の代わりに、ハリボテの剣を持ち、原稿という盾の代わりに木の盾を持たせていただきます。……もっとも、これは例えであり、実際にそうするわけではありませんが! 

『天の力ではなくてはと思うことを、人がやってのける場合もある』さあ、ここは楽園(エデン)。様々な花が咲き、動物が駆け、金のリンゴがなる木には、蛇が巻き付いております!」

 

 四方が石の壁に囲まれ、明かりは蝋燭によって照らされ、あちこちに完成品から未完成品のゴーレムが転がっていた工房は、見渡す限りの青々しい草原が広がり、まさに生命の光とでも言うべき太陽の光が降り注ぎ、遠くにひとつの大きな木が見える光景。すなわち聖書に記述されている通りの楽園(エデン)の風景に切り替わった。

 

「これは!」とロシェは驚愕しながら言った。

「落ち着きなさい」と”黒”のキャスターは言った。「先程の”黒”のセイバーと変わらない、ただの幻影だ。……これが、お前の舞台という訳か」

「いえいえ? 滅相もございません! これは確かに、ただの幻覚。ただのまやかしでございます。こんなものが舞台であってたまるか!」

「確かにそうだろう。この風景は、まさに楽園そのものだろう。しかし、これままやかし。ただ醜いこの世界に、楽園の風景を投影しただけにすぎない」と”黒”のキャスターは声を低くしていった。

「おや? 僅かにお怒りのご様子でございますね。それも無理がないでしょう。本物の楽園(エデン)を目指している貴方にとってこの風景というのは、泥団子を見せつけられ、あまつさえそれを顔面に叩きつけられたようなものでしょう! 『もし私たち影法師がお気に召さなければ、こうお考え下さい、そうすればすべて円く納まりましょう──』」

「いいや、考える必要はないし、円く収める必要もないさ。確かに、この風景を見せつけられているというのは、侮辱されたようなものだ。……しかし、君を叩き潰そうにも、ここにゴーレムは無い──ここはあくまでも工房なのだから、ある。しかし、それすらも幻影に塗りつぶされては無いようなものだ──しかし、僕はカバリスト(数字を操るもの)だ。だから、こうした方法で君を殺すとしよう」

「先生!」とロシェは叫んだ。

「大丈夫だとも」と魔術師は答えた。「下がっていなさい」

 

 ロシェは”赤”のキャスターの言う通りにした。

 ”黒”のキャスターは懐からナイフを取り出し、もう一方の手にそれを刺した。手から滴り落ちる血で、彼は凄まじい速度で術式を描いていく。

 その術式というのは、まさしくカバリストらしくありとあらゆる数式で、きわめて倫理的に構成されていた。その数式の意味は、この幻影の消失と、”赤”のキャスターのスキルを超えた、魔術的な攻撃の二つを意味していた。

 

「やれやれ!」と”赤”のキャスターは呟く。「つまらない野次を送りやがって! 役者の言葉は最後まで聞くものだぞ! 『あっという間に終わってしまった』もう少し引き立てをしようと思ったが、お断りだ! 野次を送るような観客はつまみだしてやろう!」

 

 ”黒”のキャスターはあと数言刻むだけで、数式による術式を完成させようとしていた。

 これらのことは僅か1分、僅か30秒にも満たない時間で行われた。

 しかし、その術式の完成よりも早く、彼の周囲を、周囲どころか草原を埋め尽くすほどの大量の人影が囲んでいた。その人影というのは、あのミケランジェロが描いたアダムと同じ姿をしていた。

 そのアダム達は、”黒”のキャスターとロシェを踏み潰すような形で一斉に飛びかかった。

 そして、全ての幻影が消えた頃、周りの風景は元通りの工房のものになっていた。しかし、その傍らにはとっくに消滅した”黒”のキャスターと同じく踏み潰されたロシェの死骸があた。

 

「『──皆様方は今までずっと居眠りをされ、その間にいろいろな幻をご覧になったのだ、と』

 しかし、それにしてもやはり戦闘というのは、私には不可能ですな。『弱きもの、汝の名は女なり』……もっとも、私の場合男性ですが、それでも女性より非力なのですから」

 

 

 

 




 
 ”赤”のキャスターの風景とか、影の幻影については、もうアレです。FGO仕様みたいなアレだと思ってください。……実際、そんな感じの事ができるかどうかは置いといて。

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