アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい 作:天城黒猫
泉に向かい合って座るルーラー、そして泉の背後に起立するアーチャーの二人は、これから泉が語る内容について、一言一句聞き漏らさないように、意識を集中させていた。とりわけ、アーチャーはルーラーよりも、より敏感になっていた。
「さて」
と、そんな緊迫した空気の中、泉は口を開く。
「僕の願いについてだけれど、はっきりと、結論から言えば幾つかある。だけど、それは木の枝のようなもので、根本的な願い、即ち木の幹にあたる部分を話そう。
……まぁ、正直言って照れくさいんだけれども、恋。恋を叶えたい。というのも、僕はとある人物に恋をしているんだ。その人物が誰かを言うことは出来ないけれども」
と、泉は頬を人差し指で掻きながら、はにかむ。
「だけど、ま。それだけなんだ。恋というのは、人を盲目的にすると言うだろう? 恋というのは、人を強くすると言うだろう? だから、僕はどんな事があろうと、この聖杯大戦で勝利する。そう、例えどのような事があってもね。……ま、でも、君が聞きたいのは、そういう事じゃないんだろう? それだけならば、啓示が僕に反応するわけないだろうしね」
と、泉は鋭い目でルーラーを睨みつける。その様子は、さながら「僕を邪魔するつもりならば、容赦はしない」目で囁いているかのようだった。だが、ルーラーは臆した様子もなく言う。
「ええ。その通りです。貴方の願いは分かりました。私は恋愛などという経験は、おおよそ無かったので、そういった男女の恋心を、細かく理解する事はできません。ですが、知識から言わせてもらうと、貴方の覚悟は余程のようですね。
確かに、願いを叶えるためならば、どんなことだってしてみせる、といった強い意思を感じ取りました。……恐らくは、そういった部分に啓示は警戒しているのだと思います。ですので、くれぐれも神秘の漏洩には気をつけてください。今のところ、深くまで聞くつもりはありませんので、私に言えるのはこれぐらいです」
「そうなのかい? 本当は、もっと言いたいことがあるんじゃないのかな? ルーラーの察知能力となれば、恐らく、あの扉の向こうの事にも気づいているんじゃない?」
と、泉は魔術によって封印がなされた、重々しく存在している、僅かに錆がかった分厚くて冷たい、鉄の扉を指差す。その扉の向こうにあるのは、泉が先程までヒュドラを加工し、ホムンクルスを封じ込めている部屋だった。ルーラーは、細かい所までは察知できないが、あの向こうの大まかな様子は掴んでいた。
「で、僕は聖杯戦争のルールを逸脱しているかい? 工房が欲しいから、知らない魔術師を殺害して、工房を我が物にする。敵のホムンクルスをとっ捕まえて、ああして拘束する。それらの行為は、聖杯大戦、聖杯戦争のルールを違反しているかい?」
「いえ」
と、ルーラーは目を僅かに伏せて呟くかのように言う。
「ルールは違反していません。ですが、余り目立つような事はしないでいただけると、ありがたいです」
「確かに! その方が、君の仕事も減るだろうしね。ま、安心しなよ。僕だって魔術師の端くれだ。神秘の漏洩といったものには、極力気を使うさ! ま、聖杯大戦のルールは守るさ。下手なことをやらかして、“赤”と“黒”の両陣営を敵に回しても、蹴散らすのが面倒臭いだけだからね。……それに、僕も多くは語る気がない。推理小説を、一気に飛ばして犯人が誰だかを見るほどに、無粋だからね。
ま、それはどうでも良いでしょう。君も、色々と言いたい事はあるだろうけど、そろそろ日が暮れてきた。……このへ辺で解散といこうか。今晩は大きな戦いが起こりそうだしね」
「……そうですね」
と、ルーラーはどこか納得が行かないような表情で立ち上がる。
「この辺でお
と、外へと通じる扉のノブに手をかけ、扉を開く。
「ああ、そうそう。……これはルーラーではなく、その身体の持ち主である、レティシア、だったけ? 彼女への言葉だ。
……この先、あるのは戦争だ。それはとても残酷で、とても恐ろしい物だ。それこそ、常人が耐え切れるものではない光景が繰り広げられるだろう。(というか、僕が作り出すんだけども)引き返すなら今だよ? 最終的には、君も始末しなくてはならないから」
その言葉に、ルーラーは振り返る。泉は目を細めて、尋常ならざる気配を醸し出していた。
「貴方は一体……」
「僕はただの魔術師さ。そら、さっさと閉めた閉めた! 工房の結界が緩くなるでしょう。突貫工事でつけた結界なんだから」
「……分かりました。では」
と、ルーラーはお辞儀をして、扉を閉める。その扉が閉まる音が聞こえると、アーチャーが口を開く。
「汝の願いは恋を叶えることなのか? それとも、全く別の事について願おうとしていのではないだろうか? 先ほどの言葉は、本心であり、本心ではない。枝の部分とは、一体どういうものなのだ?」
「……うん、そうだね。一つだけ言おうか。僕が望むのは、根本的にはひとつだけだけど、他にも複数の願いがある。
……その内の一つ。それは、観察とでもいおうかな? 言葉にするのは難しいんだけど、そう。せっかくの聖杯大戦なんだ。色々な人物達の人間賛歌というものがあるでしょう? 僕は、それを是非とも見たいんだ。味わいたいんだ。……ま、それも枝の端の端の部分に部類するんだけどね」
「そうか」
と、アーチャーは頷く。その内心では、
“得心が行った。恐らく、私のマスターは聖杯大戦という舞台の傍観者でありながら、その舞台で踊ろうとする役者なのだろう。見ると参加する。この二つを成立させようとしている。……それも、参加するときは、自分が面白くなるような状況の時だけだろう。
……それを私はどうこう言う気はない。それで死ぬのならば、構わないだろう。勝ち抜けるというのならば、存分に戦力の一つとして利用させてもらおう”
それと同時に、泉もまたこれからの事について計画を立てていた。
“一番気がかりなのが、“黒”のアサシン、ジャック・ザ・リッパーだ。決してアーチャーと出会わせる訳にはいかない。……恐らく、もうすでに獅子劫と“黒”のマスターであるフィオレが戦っただろう。だけど、やはり仕留める事は出来なかったかな? ……ルーラーさえ来なければ、僕が仕留めたんだけども。それを悔やんでいる場合ではないだろう。
この戦場で、アサシンは魔力補給の為に、ホムンクルスを仕留めるだろう。その時に、アーチャーと出くわさせなければ良い。その間に、僕が仕留めて……ああ、でも、他にもやりたい事はあるし、どうしたものかな。まあいいか! とりあえず、なるようになるか! アーチャーは原作通りに行動させれば良いかな? いや、それは不可能だろう。既に原作とは状況が違っている。……つまりは、何が起こるかが判らない。……まぁいいか。最低でも、アサシンと出会わせなければ良いんだから。なら、アサシンは放置でいいかな?”
泉はどっと息を吐いて、椅子の背もたれに大きく寄りかかる。そして、勢いよく立ち上がり、戦いに必要な道具を準備する。
そして、二人は工房を出る。泉はこの後で戦場となるであろう平原を特定し、そこまで移動する。そして、とうとう太陽が完全に沈み、夜の帳が舞い降りる。夜空では、沢山の星が光輝き、あともう少しで満月となる月が、平原をぼんやりと照らしていた。
「お、そろそろかな」
と、泉はやおら遠くを眺める。アーチャーもつられて、泉のが眺めている先を見る。そして思わず絶句した。何故ならば、一つの巨大な城が浮遊しているからだ。
それを皮切りに、“黒”の陣営の城から、大量のゴーレムや戦闘用ホムンクルスが草原を走る。それと同時に、浮遊城──
そして、ホムンクルスやゴーレムの中に混じって、“黒”のサーヴァントが城から駆け出す。同時に、浮遊城からも、“赤”のライダーが戦車に騎乗して、凄まじい速度で宙を駆ける。
「さぁ。聖杯大戦の幕開けだ! 先陣はこっちがもらおうか、アーチャー!」
「応とも!」
と、アーチャーは己の弓矢を引く。そして、番えた矢は天へと放たれる。
「この災厄を我が神、アポロンとアルテミスの二大神に奉る。
宝具の真名が開放されると同時に、放たれた矢は無数の矢となり、“黒”の陣営へと降り注ぐ。ホムンクルスやゴーレムは、なすすべがなく降り注ぐ矢にその体を貫かれる。だが、サーヴァントらはそれらを弾き、あるいは回避する。
「クソ! 先陣は俺が切ろうと思っていたんだが、先を越されちまったか!」
それを見た“赤”のライダーは舌打ちをする。
「まぁいい! “黒”のアーチャーよ! 今そちらに行くぞ、決着を付けようぞ!」
“赤”のライダーは戦車の速度を早めて、“黒”のアーチャーの元へと向かう。
「さぁ、我が領地に立ちはいりし蛮族どもよ。我が杭に貫かれるがいい。慈悲は一切与えぬ。余が与えるのは、ただ一つ。絶望のみだ!」
と、“黒”のランサーは己の宝具を解放する。
「まずい! 汝、捕まれ!」
それを感じ取った“赤”のアーチャーは、泉を抱えて、全力でその場から退避する。
地面から、無数の杭が現れ、竜牙兵を串刺しにする。アーチャーたちがいた場所にも、幾つかの杭が生える。だが、既にアーチャーは居らず、杭はただ空を斬るだけだった。
「逃すと思うか?」
それを見た“黒”のランサーは、尚も“赤”のアーチャーとそのマスターを串刺しにせんと、杭を生やす。
“赤”のアーチャーが駆けるあとに、無数の杭が生える。だが、杭はどれもが彼女を捉える事はなく、虚しく空を切るだけだった。あるいは、命中する場所に生えても、杭は彼女の体を摺り抜けるかのように、捉える事は不可能だった。
「まぁ良い」
と、無駄だと悟ったのか、“黒”のランサーは呟く。
「蛮族どもには、それ相応の死が待っている。その死を与えるのは我等だ。我が領地に入った敵には、苛烈なる死を与えよう。例え数が劣っていようが、我等に敗北は無い。セイバーは余と共に。アーチャーはバーサーカーと共に。キャスターは城の中でゴーレムを操作しながら、アダムを起動させる機会を伺え。
さぁ! 往こうか、我等にこそ勝利を!」
“黒”のランサーとセイバーは、キャスターが製造した馬型ゴーレムに騎乗し、草原へと向かう。
「では、我等も行きましょうか」
「ウゥゥィ……!」
と、“黒”のアーチャーとバーサーカーもまた、草原に向かう。
「アーチャー、君は誰の相手をする?」
「私は黒のセイバーと
「そうかい? じゃ、任せたよ」
「応とも、さぁ行け。ここにいると巻き添えを食らうぞ!」
と、アーチャーは駆け寄ってくるセイバーへと矢を放つ。だが、それは地面から生えた杭によって阻止される。
泉は、この場から立ち去り、浮遊城を睨めつける。投下され続ける竜牙兵の中に混じって、一人の人間が大地に降り立つのを見つけ、口の端を釣り上げて笑う。
「さて、僕も仕事しますか」
泉は浮遊城の元へと移動する。
“赤”のアーチャーは、迫り来る杭から逃げるように、素早く様々の方向に移動する。やはり、地面より生える杭は彼女を捉えることができない。
「オレが引き留めよう」
と、馬から降りた“黒”のセイバーが剣を構える。だが、“黒”のランサーはかぶりを振り、セイバーと同じように馬を降りる。
「いいや、それはいけない。セイバーよ、お前の実力は余も知っている。だが、それでも念の為に余が背を護るのだ。余も同時に戦おう。なにも、杭を生やすだけしか能が無い訳でもない」
と、“黒”のランサーは己の槍を構える。そして、“赤”のアーチャーをその双眸で睨めつける。
「小娘よ! 覚悟してもらおうか!」
“黒”ランサーの言葉を合図に、両者はアーチャーへと襲いかかる。だが、アーチャーはその瞬足を活かし、接近しようとする2騎から一定の距離を取り続ける。
「
そして、宝具の真名を解放する。それ対する“黒”のランサーは、斜めに杭を生やし、まるで屋根か盾とでもいったように、己とセイバーの身を降り注ぐ大量の矢から守る。
「こうしてランサーが守ってくれるのならば、最早オレに敗北はない。一度敵対したのならば、全身全霊を持って迎え撃とう。──
と、“黒”のセイバーは宝具の真名を解放する。そして、悪竜をも墜とす黄昏の光が“赤”のアーチャーへと迫る。それだけではなく、“黒”のランサーもまた同時に宝具の真名を解放する。
「決して逃がさぬ。必ず貫く。オスマントルコと同様に、我が槍に惨たらしく貫かれるが良い。──
最早壁と見間違う程の無数の杭が、“赤”のアーチャーの左右と背後を囲む様に大地より生える。それだけではなく、杭は凄まじい速度でアーチャーへと迫る。3方を囲まれたアーチャーは、その場にとどまり続ければ、為すすべもなく杭に貫かれるだろう。残った正面から逃れようとするが、正面からは“黒”のセイバーが放った光線が凄まじい速度で迫っていた。
「これは……! なるほど、敵も全力だということか」
ルーラーがそこまで感知する事ができるかって? さぁ、できるという事で。わざわざ部屋まで移動させようにも、理由が無いので。
次回予告
『瞬足の狩人』
『最速の英雄』
『交渉』
……そういえば、カリュドンの猪について少し調べてみました。なんでも、イアソンが投げた槍は一発も当たらなかったそうで。
…………簡単にその状況が予想できてしまう。投げた槍が当たらないで、狼狽えるイアソンの様子が……