アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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朝の交渉

 爽やかな陽光が木々の隙間から、光の柱とでもいったように降り注ぎ、小鳥の軽やかなさえずりが泉の意識を覚醒させる。

 起き上がった泉は、初めに体と魔術回路を検分する。その結果、昨晩よりはいくらかマシにはなっていたが、やはり怪我はともかく、魔力自体が回復しているとはいえど、破損した魔術回路は早々治療できるものではない。というよりは、治療できる方法を知らない。たった一つだけ心当たりがあるとすれば、アッシュボーン家の人々に頼るぐらいだろうか。だが、泉はそういった知識についてはほぼ朧げであり、もう少し調べておけばよかった、と少しばかり後悔した。

 だが、そういった後悔もすぐに忘れ去り、回復した魔力によって己の肉体に治癒魔術を使用する。痛みはあっという間に引いていき、柔らかいベッドの上で8時間ほど睡眠を取った後のように、すっきりした、爽やかな気分となる。とはいえど、多少の違和感を覚えた。いくら何でも、魔力の回復が早すぎると。そして、傷も皮膚を削ったぐらいの、細かい傷は跡形もなく回復されている。泉はそういったものに、先ほどまで手を加えることは無かった。だが、一つだけ心当たりがあったため、すぐにその思考を放棄した。

 そして、泉が起床したのを感じ取って、“赤”のアーチャー(アタランテ)が実体化する。彼女もまた、先ほど泉がかけた治癒魔術によって、傷が消えていた。

 

「や! おはよう!」

「汝、体は大丈夫なのか?」

「ん、問題ないよ。それはそうと、今日は夕方までやる事は余り無いと思うから、自由にしていてもいいよ。市場に行きたかったら、お金を渡すから言ってね」

「ああ、承知した。それはそうと、汝もすでに気づいているだろうが、サーヴァントがこちらに向かってきているぞ」

「分かっているよ。赤のセイバーと、そのマスターだと思う。……ま、別に放っておいてもいい……いや……」

 

 泉は何かしらの事を思いついたようで、アーチャーにこの場でセイバー達が来るのを待つように伝えた。そして、数分が経過して、茂みをかき分けるような、細い木の枝をへし折るといったような、そういう音が聞こえた。

 泉とアーチャーは、その音がした方を見やると、茂みからセイバーと、獅子劫が姿を現した。二人は、何やら苛立ったような、辟易したような表情で、泉を睨めつける。

 それも無理がないだろう。彼らは、泉の元に行こうとして、森に足を踏み入れたら、枝や葉が意志を持ったかのように、2人に襲いかかったのだ。それは、泉が仕掛けた結界によるものだ。文句を言いたかったが、事前に何の連絡もなしに、結界の中に立ち入った方が悪いのだから、責めようがない。

 そんな2人に、泉は笑顔で話しかける。それに対しては、セイバーが答える。

 

「やぁ。いい朝だね」

「それは良かったな、えぇ? こちらとら、最悪の朝だ。朝っぱらから、蛸みてぇに動く根っこを、剣で斬り刻みまくったんだからな!」

「へぇ、それは大変だったね。でもまぁ、朝のいい運動になったでしょう?」

「テメェ!」

「まぁまあ、その辺にしておけ。俺たちは争いに来たんじゃないんだからな」

 

 今にも泉に襲いかからんとするセイバーを、獅子劫は少しばかり焦りながら制止する。セイバーは、舌打ちをしながらも、獅子劫の後ろに引き下がる。

 

「さて、話を始めようか」

 

 獅子劫はそう言いながら、ポケットから携帯電話を取り出す。

 

「まず、なぜ俺たちがお前の所に来たのかから話そうか。訳はまぁ、いくつかあるが最たる理由が、エルメロイⅡ世からの指示によるものだ。

 奴さん、どうやら相当おかんむりなようだったぞ。だが、ひとまずはお前を聖杯大戦に正式に参加してもいいように、時計塔の上層部に手を回してくれた。その点についてはありがたく思っておけよ」

「あ、そうなの?まぁ、時計塔の上からしたら、聖杯さえ持って帰れば良いんだろうね」

「そういう訳だ。その点、過去に亜種聖杯戦争で勝利したお前には、実績がある。その分、いくらか説得しやすかったそうだ。そういう愚痴を長々と聞かされた。

 それとは別に、その代わりに、俺がお前を監視する事になった」

「えぇーそれは本当なの?」

 

 泉は如何にも嫌そうな顔で言う。

 

「ああ、そういうお達しがあった。尤も、常時張り付く訳でもない。俺がお前を監視するのは、聖杯大戦に関わる戦闘の部分だけだ。

 恐らく、お前の事が心配なんだろうな。『くれぐれも死なせないように』って言っていた」

「でも、その後に『まぁ、骨の100本ぐらいなら折れてもいい。腕の1本ぐらいなら、消し飛んでもいい』とか、そんな事を言っていたんじゃないの?」

 

 どうやら、泉の予想は正解のようで、その証拠に獅子劫は苦い顔をした。

 

「……ま、そういう訳だ。これから、お前は昨日みたいに敵の陣営に突っ込んだりはしないだろうな?」

「大丈夫だよ。昨日はある程度実験をしたかっただけだし。今日は特にやる事は無いね。それはそうと」

「なんだ?」

「君ってさ、時計塔からの依頼で来ているんだよね?」

「そうだ。それがどうした?」

「いや、なに。依頼金はどのくらなのかなぁ?って気になってね」

「それは秘密だ」

「へぇ。それはやっぱり、ヒュドラの幼体の死骸なんていう、大層なものだから?まぁ、アレを金額に換算したら、かなりの物になるだろうし、武器に加工しても、下手くそがどう足掻こうが強力な物になるしね」

 

 獅子劫はまるで、心臓を矢で貫かれたかのような思いだった。そういった事は泉には話していない。ましてや、他言したとしても、セイバーぐらいのものだ。それと、そのことを知っているのは、直に取引をした相手ぐらいだろう。つまりは、ここで泉がその事を知っているのは、いささかおかしいのだ。

 獅子劫は泉に対する認識を改める。それと同時にエルメロイⅡ世に言われた言葉を思い出す。

『決して容易くはない。油断ならない。探ろうとするな。逆に骨の髄まで解剖されるぞ』

 といったようなものだった。

 そんな獅子劫の心情を知ってか知らずか、泉は構わずに続ける。

 

「アレの頭さ、一本譲ってもらいたいんだよね」

「できる訳ないだろう」

 

 獅子劫はにべもなく一蹴する。

 

「アレをタダでやる訳にはいかない。お前も魔術師ならば、せめて対等の条件を出してみろ。それで初めて取引というものが成立するんだよ」

「わかっているさ!それで、僕の出す条件なんだけれど、こういうのはどうだい?」

 

 と、泉はサーヴァントの鋭い聴覚でも捉えることのできない小声で、獅子劫の耳元で提示した条件を呟く。それを聞いた獅子劫の背中には、冷たい戦慄が走り、額には、脂っこい冷や汗が浮かぶ。

 

「そんな事ができるのか? 聖杯の力を借りずに」

「もちろん! なんだったら、今すぐ……は無理だけれど、今から準備を始めれば、今日中には終わると思うよ?」

「どうやって? せめてそれぐらいは教えてくれ」

「君も魔術師なら、わかるでしょ? 他人に自分の研究成果を大声で叫べって?」

「……ああ、そうだったな。申し訳ない。失言だった。だが、せめてこれだけは質問させてくれ」

「どうぞ」

「本当に可能なのか? そして、リスクはないのか?」

「当然さ、というか、僕はヒュドラの頭が欲しい。そして、その代わりに君は、僕の儀式を受ける。これは取引でしょう? リスクなんて出す訳がない。でなければ、取引にはならないでしょ!」

「それもそうだな」

 

 と獅子劫は納得したように言う。魔術師である泉ならば、対価は守る筈だ。それは獅子劫もまたじ同様だ。

 

「じゃあ、細かい箇所を決めるか」

「そうだね。ギアススクロールは使う?」

「いや、別にいい。俺は約束を破るつもりはないし、仮にお前が約束を破ったとしても、お前の先生にこっ酷く、怒るように頼むからな」

「うわぁ、それは嫌だね。うん。大丈夫さ、約束は守る。

 それで、僕としては昼頃までには欲しいんだけれど、そっちはどうする? 最低でも5時間ぐらいの準備期間が欲しいんだけれど」

「……そうだな。何があるかわからないから、この大戦が終わった後でいい」

「え? それでいいの?」

 

 と泉は、いささか信じられないような顔で言う。

 

「もしも君か僕のどちらかがこの聖杯大戦で死んだとしたら、契約は守れないよ? 確かに聖杯戦争には、何が起きるかわからないとはいえど、本当にそれでいいの?」

「ああ。構わないさ。俺は死ぬつもりはないし、お前を守れとも依頼されている。つまりは、お互い聖杯大戦が終わるまで死ぬ事はない」

 

 獅子劫の堂々とした宣言に、泉は思わず賞賛の意味を込めて口笛を吹く。

 

「ま、それはコッチも同じさ! 僕は死ぬつもりはないし、君が死んでもまぁ、別に構わないけれど、君が死んだら契約が守れない。

 そうなると、僕の魔術師としての誇りが、木っ端微塵になって、ただの、部屋の隅に積もる埃になっちゃうからね!」

 

 白々しく言う泉に、獅子劫は心の中で、《魔術師の誇りなんざ、本当に持っているのか?》と思いながらも、契約は成立だ、と頷く。

 

「それじゃ、今日の昼頃でいいかな?」

「構わない。それまでに、くれぐれも下手な事をするなよ? それと、携帯電話の番号……あぁ、持っているよな?」

「もちろん。先生からの電話がうるさいから、電源は切ってあるけれど」

「出ろよ……」

 

 携帯電話をポケットから取り出しながら、そう言う泉に、獅子劫はいささか呆れたかのように、ため息を小さく吐く。

 

「ま、番号は教えるから、準備が出来たらそっちから電話してね。場所は……そうだね。いいレストランを知っているんだ。あそこにしようかな」

 

 泉は獅子劫に携帯電話の電話番号を教えて、レストランの店名と大まかな場所を口頭で伝える。獅子劫はそれらを、一言一句漏らさずに、頭の中に刻み付ける。

 

「それじゃ、12時に!」

「ああ、12時だな」

 

 これで話は終わりだ、と言わんばかりに泉はそういう。獅子劫もまた、これ以上この場に留まる理由も特になかったので、セイバーに一声かけて踵を返す。

 

「それにしても」

 

 と、獅子劫は、先ほどいた場所から充分に離れたところで、これまで大人しく付き従っていたセイバーに声をかける。

 

「意外だな。最初の時以外に、お前が大人しく黙っているなんて。俺はてっきり、途中でお前が横から、何かしら言ってくると思ったんだが」

「そうか? それは心外だぜ、マスター。ま、正直に言うと、あの小僧はマーリンに似ているんだ。

 ……あぁ、似ているといっても、姿形の事じゃない。こう、何て言うんだろうな。……そう、キャラ、雰囲気だ。そういったものが似ているんだ。それで、ああいう手合いの前では、基本的には黙っているのが一番なんだよ」

「へぇ、それは経験則からか?」

「うるせえよ。それよりも、そのレストランとやらの飯は、たっぷり食わせろよ」

「……手加減してくれや、王様。多分金は俺持ちになるだろうから」

「ハ、王っていうのはな、大食いなんだよ」

 

 そういって笑うセイバーに、獅子劫はまたもや溜息を吐き、自分の財布の中に入れてある札の数を思い出す。

 それと同時に、過去の記憶もまた思い出して、それを振り払うかのように、わずかに頭を振る。幸い、その様子はセイバーに気づかれなかったようだ。

 

 

 

「さてさて、忙しくなるぞ! 本格的な工房の確保に、道具も用意しないと。アレを加工するとなると、それ相応の準備がいるだろうしね」

 

 と泉はこれからの計画を頭の中で描く。その内容はこういったものだ。

 まずは、森から出て、本格的な魔術工房を確保する。だが、今すぐにゼロから製作するとなると、道具も不足しているし、時間も足りない。だから、適当な魔術師の工房を襲撃という名の、レンタルする為の交渉を行う。そして、確りと工房を手に入れ、獅子劫から受け取るヒュドラの頭を加工する。そして、その後は迫り来るであろう”黒”の陣営と戦うというものだ。

 

「ああ、でも、アダムは惜しいなぁ。ま、ジーク君でもいいし、アヴィケブロンが裏切らないようにして、アダムの起動を延期する様にすればいいかなぁ?」

 

 と、ひとまず結論付けて、考えるのをやめた泉は、アーチャーの方を見やる。

 アーチャーは先ほどから、棒立ちになって微動だにしていない。

 

「アーチャーはどうする? 僕はこれから、僕の工房スタイルに適した魔術師に、工房を借りに行くけれど」

「私はそうだな、市場にでも行こう」

「そう、じゃ、お金とその耳と尻尾を隠す為のローブ、それか僕の魔術で隠すのと、どっちがいい?」

「ローブでいいだろう」

「わかった。じゃ、今準備するから……あ、そうそう。集合場所はさっきの人に言った通り、同じレストランで、同じ時間ね!」

 

 泉はそう言って、アーチャーに5レイ札を数枚と、顔をすっぱり覆い隠せるフードの付いたローブを渡して、移動する。

 アーチャーもまた、それらを受け取った後、市場へと移動する。2人が行く方向は、ほぼ反対だった。

 




次回は、『魔術工房にヒァウイゴー!泉くん!』と、『お使いアタランテちゃん』と、『逃げ切れ!ホムンクルス君!』の3本立てでお送りします。

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