自分で胸を張れる生き方?
他人のアンタに、何がわかるんだよ。
僕に話しかけた奴と、彼女なのか妹なのかよくわからない奴は、名前を呼ばれたらしく椅子を立った。
僕は周囲を確認して、そのまま病院を後にしようとして――。
「待て」
女の捜査官に、首を掴まれた。
僕より低い位置から手を伸ばされたというのに、腕力はあるのか普通に掴んできた。
バランスを崩しかけた僕を更に押して、転ばないようにするあたり余裕があった。
「何ですか」
「お前、何勝手に逃げようとしてる。自分の病状をわかっているのか? ――死ぬぞ、お前」
「……」
「今日は抑制剤を投与したから大丈夫だろうが、早い所入院しろ」
「死ぬのは、怖い訳じゃない]
何? と言う捜査官に、僕は拳を握る。
誰も、誰からも必要となんてされてないんだ。僕は。本当の意味では。
誰かから必要とされているから、あんな、綺麗ごとみたいなことを言えるんだ。
だったら、僕は、友達だと思っていた奴らがいうように、喰種になればいい。
「だから、殺してくださいよ」
「……意味がわからない」
「喰種だって生きてるんだ。僕は……、喰種だそうなんです。そうみんな言うんです。だったら、殺してくださいよ。そうでもないと――僕は、一体何なんですか」
みんなの仲間だと思っていたら、結局仲間じゃないんだと。バケモノでも見るような目で見られて、さわられて、上げ足をとられて、槍玉に挙げられて、馬鹿にされて、そして最後は誰も居なくなって。
病気になったこと以外、何かおかしなことをしたのか、自分は――。何も、何もしてないはずなのに。
僕の首から手を離して、捜査官は背中を軽く叩いた。
「ちょっとこっちに来い」
言われるままに着いていく。
行った先は、面会謝絶の病室。ガラス越しに、呼吸器を付けた人間が見える。手術のせいか頭はガーゼが被されていて、髪の毛もない。少しふくよかに見える。
「見覚えがあるか? 米林才子。お前の先輩に当たる」
「……」
「お前が情報を混乱させた結果、喰種に襲われて、今意識不明の重態だ」
「!?」
驚いた僕に、捜査官は更に追い討ちをかける。
「私の父の、真戸呉夫からの情報提供でここに入院してると知った」
真戸……、そういえば、そんな教官が今年になってから入っていたか。ボロボロで、歩くのもままならないというのに松葉杖で教卓に行き、震える手でチョークを手に取って、教科書は暗記しているような、そんな教官が。
「人間はいつか死ぬさ。私も、亜門上等だって死ぬ。
お前もいつか死ぬさ、無論。だが――何もこんな、悲劇的なことにならずとも良いだろうに」
声は冷静なまま、しかし捜査官は、僕には知りえない何かに怒りを燃やしてるようだった。
「お前の言う通り、喰種は悪くないのかもしれない。だが私は、こうした悲劇を生み出し続ける奴らを決して許すことは出来ない。
母を殺し、父をあんな姿にした奴らを」
父親だけじゃなく、母親も……。
「もう一度考えろ。お前は何をしたいのか。するべきなのか。
特等は――お前を心配しているようだったぞ」
取り上げられていた学生証を手渡され、僕は、病院から帰された。
電話で、叔母さんから連絡があった。迎えに行くから、駅前付近で待っていてくれと。
道を歩きながら――僕は、なんだかやっぱり、自分がよく分からなくなっていた。
※
Rc抑制剤をもらった後、クロナちゃんは「一人で帰れるから」と言った。
クロナちゃんと自分の分の缶コーヒーを買った直後だっただけに、ちょっと驚かされた。ただ、道順は覚えているからと言うクロナちゃんは、何か考え込んでいる様子だった。
とりあえず交通費だけ僕の方から出して、そのまま僕もまた、帰ろうとして――、そして、ある匂いに気づいた。
覚えのある匂いは、つい最近戦った相手の匂いだ。それを辿ると、近隣の公立高校の前にたどり着いた。制服はあるようだけど、服装の指定の緩さは私立とかとはやっぱり違う。ちょっと懐かしい。
そんな中で、耳にイヤホンをつけて音楽を聞いている、髪の短い女の子が歩いてきた。
彼女だ。――どうしようもなく、喰種になら嗅ぎ分けられるだろう同属の匂いと、人間の血の匂い。
周囲にヒトがいる中で声をかけるのには問題があるだろう。一目につかない程度に、僕は彼女の後を着けて行った。
どうやら、ライブハウスにでも向かうらしい。学校の近所にライブハウスがあるというのに驚いたけど、その入り口のポスターを見て、彼女はがっかりしたようだった。
「川さん今日居ないのか……。がっかり。
で、私に一体何の用なワケ?」
ぐるり、と彼女の視線がこちらの方に向いた。
僕はといえば、裏側に立って隠れていたのだけれど、流石に人気が減ってるせいもあって目だってしまったらしい。向こうは自分の背中を軽くさすり、半眼で睨んできていた、どうやらこちらの匂いから、正体を正確に察知されているらしい。
以前戦い、自分の赫子を齧った相手だと。
あえてお互い名乗らず、名前も聞かずに話し始めた。そうした方が、彼女としてもありがたいだろうと判断して。
「あの時は、戦って逃げられちゃったからね。ちらっと姿を見たから、少し確認しようと」
「確認?」
「どうして、捜査官を襲っていたのか、とか」
「……言わないと、また赫子引きちぎるって?」
「流石にそうはしたくはないけれど……」
「選択肢ないじゃん」
いや、流石にそういう手段に打っては出ないからと。何度かそう説明しても、彼女は頑としてこちらの言葉を信用しなかった。
「あんな酷いコトされたの、ハジメテだったし……」
「誤解を招きそうな発言は止めようか」
なんとなくトーカちゃんが怖い。
ともあれ、全ての情報を話すわけにもいかないので、僕は所々ぼかしながら彼女に確認をとった。
「海外の喰種勢力が、何かを探していて捜査官と戦っている、という話ならこっちで聞いたことがあるんだけど、君はその関係者だったというか、そういう感じかな?」
「は?」
「違うの?」
「私はただ、川さんのライブチケットもらえるからって聞いて……。探してたのはマジだけど、何? 海外?」
川さんというのが誰なのかというところをまず聞くと、彼女は妙にテンションを上げながら、学校のバッグからポスターを引き出した。ポスターには「川村猛」という、ミュージシャンのライブ公演の告知だった。赤い髪にギターを弾くその姿は、以前彼女が付けていた弦のついた仮面を思わせる。
「ひょっとして、このヒトって」
「当たり前。喰種。最近人気出てきて、インディーズからメジャーになるんじゃないかってファンの間じゃ話題なんだから! 俺の音楽で、傷ついた喰種のハートを癒してやるんだって!」
ある意味、イクマさんが目指しているものに近いのかもしれない。
「で、そのチケットっていうのは――」
「プレミアムチケット。このヒトのバンドの。えーっと、資料? 1区の保管庫の資料を引き当てて、それを持って行けば川さんのライブに無料招待だって、そういう話を前に聞いて」
なるほど。とすると、その川村という喰種が海外の組織に関係しているのかもしれない。
見た目は完全に日本人のようだけれど、どういった繋がりがあるのか……。
「もしそういうのに関係してるんだとしたら……、川さん、脅されてるのかも。音楽やってるの、喰種だってバラされるとか言われて。
お願い、だったら助けて!」
「……確約は難しいかな。無関係だとか、脅されてるとか断定できるだけの証拠もないし。
でも、もしそうなら必ず助けるよ」
我ながら安請け合いだけれど、それでも引くことは難しい。性分だし、もしその川村という喰種がイクマさんみたいに夢を持って今の場所に立っているのだとすれば、それがこんな形で終わってしまうのは忍びない。場合によってはCCGと戦うことにもつながるだろう。現在まで目立たずミュージシャンがやれているということは、つまり目だって居ないということなのだから。調べられれば、一気に足が付いてしまう。
そしてそれは、もちろん彼女も。
出来る限り人間を殺さないこと。喰種としてあまり目立たないこと。それが出来るなら協力すると言えば、そんなの当たり前だと彼女は返した。
「そんなの、音楽が分かるやつかもしれないじゃん。川さんの音楽だって、エンパス(共感)できるかもしれないじゃん。
私、そんな相手までケンカふっかけたりとかしねぇっての」
どうやら彼女の中では「喰う」ことよりも「聴く」ことの優先順位の方が勝っているらしい。
なんとなくそれがおかしくって、僕は缶コーヒーを彼女に手渡した。
「……あ、あんがと」
戸惑った様子の彼女と別れて、僕は空を見上げた、既に時刻は夕暮れを過ぎて暗くなり始めている。
そして――僕は、悲鳴を耳にした。
※
「安浦特等が?」
『ええ。先ほど甥っ子さんを迎えに行くついでだと言って。もし何かあっても対処できると』
「……念のため、応援に向かった方が良いか」
雨止を支部周辺に向かわせ、俺はアラタG3で走る。
今回の案件に関わっているのは、丸手さんだけに限らず安浦特等も含まれる。そして1区で指揮に当たっているのが彼女だと聞いた。とするならば、かなり高い確率で、奴らの標的足りうるはずだ。
有馬特等ならいざ知らず、流石に一人で対処に当たるのは分が悪いだろう。特に奇襲される場合では。
対策班の側から確認をとってもらい、現在電車でこちらに向かっていることまでは把握した。ルートとしては20区を経由する形になるようだった。
そしてアラタで走行中、真戸さんと因縁のあるあの橋の上で見つけた。
どういう訳か特等はクインケを携帯しておらず、バレットのみで喰種とやりあっていた。
喰種は四体。以前見たハイエナのような仮面を付けた喰種達と――、あの、弦の張った仮面を付けた喰種だ。
「ふッ」
両手に拳銃を構え、バレットを放つ特等。
周辺の三体に対して、あの状況でよく立ちまわれている。赫子ではなく身体の、間接部分を狙ってるようだ。
意外なことに、その戦い方は案外有効であるらしい。
『ニグ――――!』
「喰種といえど、人体構造までは変わらないから……ッ」
だがあくまで防戦といったようだ。致命打にはなり得ておらず、逃げるタイミングをうかがっているらしい。
そしてその最後のタイミングを、三人から離れた弦の喰種が狙い、隙を封じていた。
レッドエッジドライバーのスイッチを操作し、俺は再度レバーを開いて閉じなおす。
「変身――ッ!」
『――アラタG3! リンクアップ!』
バイクの座席に足を乗せて飛び上がる。瞬間的にアラタがバラバラに分解し、俺の身体に集まり合体。もはや慣れ始めてきたこの窮屈さ。握る拳の痛みと共に、俺は彼女の前に立った。
クラを起動し構える俺に、特等は驚いた様子だった。
『無事ですか? 特等――』
「か、仮面ライダー ……?」
『ッ!?』
俺が、仮面ライダー?
いや違う。何故特等がその呼び名を知っているのか――、いや、追求している場合ではない。亜門上等捜査官だと名乗り、俺は彼女に逃げるよう言った。
『はぁ――ッ!』
『――リコンストラクション!
クラ・フルスマッシュ!』
『ヒィ!?』
以前腕を断ち切った巨体が、俺のその一撃を前に逃走を計る。残りの二体も驚いたようにその後を追った。
本来なら後追いをしたいところだが、今は特等を逃がすまでの足止めが優先だ。
俺の前に立った弦の喰種が、肩をすくめた。
『聞いてねぇぞ、アンタみたいなのが来るなんて……。何だよそりゃ、喰種か?』
『俺は、喰種捜査官だ。そしてこれは――お前達のような”悪”を駆逐するための、正義の力だ!』
『正義ねぇ。――おらッ!』
やれやれと首を振り、奴は俺に向かってきた。
どうやら赫子を出しはしないらしい。しかしクラの動きに対して、案外とよく動いている。動体視力が、それこそ並の喰種よりもはるかに高いのかもしれない。
『獲物が大きいと、胴体がガラ開きだぜ――!』
『――リビルド! クラ・ツインバスター!』
『なッ!?』
だが、空中で二分割されたクラのプレートは予想外だったらしい。
突如軌道を変えたクラが、ヤツの両肩をえぐる。ダメージの大きさに、奴は橋の下に落下する。倒れながらこちらを見上げるヤツを見て、俺はドライバーを操作した。
『――リコンストラクション!
アラタG3・フルビート!』
記憶の底でうっすら見えた、仮面ライダーの飛び蹴り。あの男の元に引きとられた後に見た、あの蹴りのように。俺は空中に飛び上がり、一回転し、そして右足を構えて――!
『はああああああッ!』
俺の飛び蹴りを受け、喰種は自分の腕を庇った。だがアラタの威力はその程度で防ぎきれるものではない。赤い焼印のようなものが相手の腕に残ると、そこを起点にヤツの腕全体に行き渡り、そして破裂するように飛び散った。
絶叫が上がる。弾き飛ばされたヤツは、そのまま川に落ちた。すぐさま追撃のためにクラを構えようとしたが、とび蹴りの際に上に置いてきたか……。アラタの重量では、水中の活動は向かない。それ以前に赫子がある喰種相手に、水中戦はかなり悪手だ。
そう思っていると、水面がわずかに動いた場所に、狙撃が入った。上を見上げれば安浦特等が拳銃のバレットを構えて射撃していた。
数発の射撃に、しかし相手は水生生物のごとき勢いで逃げる。
「流石に水辺は苦手ね……」
申し訳ありません、と頭を下げると、彼女は「構いません、構いません」とうっすら笑った。
「構わないけど、彼らの捜索は行わないといけないか。……三ちゃん迎えに来て、まさか本当に襲われるとは思ってなかったけれど」
三ちゃん……? 安浦晋三平のことか。
いや、そんなことより。
「私のかつてのパートナーがおっしゃていました。常に戦場であると心がけよ、と」
「ここのところ事務が多かったから、カンが鈍ってるかしら。
それにしても、その姿かたち……。『アラタ』って言ったかしら、音からして」
『ええ。アラタG3です』
「そう……。なんだか、仮面ライダーみたい」
「……特等は、仮面ライダーをご存知なので?」
俺の言葉に「もちろん」と言い、そして彼女は、俺にとって決して聞き捨てならない一言を言った。
「だって、仮面ライダーって”彼”に名づけたのは、私なのだから」
「――ッ!?」
※
わけもなく、自分は久々に、釣具屋に来ていた。
いまどき携帯端末で検索をかければ、場所くらいは一発で見つかる。そんなことで、僕は釣竿と、固定具と、針だけを買って、なんとなくたたずんでいた。
釣り道具なんて、どれくらいぶりに買ったっけ……。アカデミーに入って、親が大変なことになって、叔母さん達みんなに迷惑をかけないようにって、僕はそれまで好きだったものを封印した、ような記憶がある。成績が良ければお金もかからないからと、そう考えて。
やることが勉強以外なくなって、最初は慣れるのに時間はかかったけど、それでもなんだかんだで今の成績になって。
だから本当に、釣り竿を手に取るのは久々で。
こうしてエサも付けないで、ただ垂らしてるだけの「つりごっこ」と言うべき遊びが、酷く懐かしくて。
もう周囲も暗くなり始めているっていうのに、僕はなんだか、いつまでもそうしていられそうだった。
何にも考えず、ただ竿と水面のあたりを眺めているのが。なんだかものすごく落ち着いてくる。
「僕は何をしたいのか、か……」
強いて言えば、誰にも迷惑をかけずに、いなくなってしまいたい。叔母さんにも、どこかで僕のことを見てくれているかもしれない両親にも、誰にも迷惑がかからなければ、きっと簡単に消えてしまえる。
目の前で、ああしてずっと眠って居るような先輩を見せられた後だと。確かにああなるまでの過程は怖いけれど、でもそれで誰も悲しまないのなら。誰にも迷惑をかけなで済むのなら。
いつだって、喜んで消えてしまいたい。そっちの方が、きっと安心できるから――。
そんなことを考えてると、釣り糸がぐいぐいと引かれる。長靴でも引っかかったかなと思っていたら、それはどうやら違った。
『うぅぅ……、』
川からは、ものすごい格好をした相手が上がってきた。ずぶぬれになっているけど、皮の服にはチェーンが付いていて、ロックミュージシャンぽさをごてごてに盛ったようなわざとらしさがある。髪は逆立った赤で、そして両目が赤く、赤く――。
「あ、あ、……ッ」
いざ目の前に喰種が現れて、僕は声が出なかった。
相手はこちらをうっとうしそうに見ると、自分の顔を撫ぜる。「マスクどっかに落ちたか」と嫌そうな声を上げて、僕を見て。
「――まぁお前で良いや。丁度補給したかったところだし」
「へ?」
間の抜けた声を上げた僕のことなど無視して、相手は手刀を僕の首に振り下ろした。間一髪で避けたけど、髪の毛が片方いくらか持っていかれて、左の頬が切れた。右の肩も軽くえぐり、痛みが走る。
悲鳴を上げながら後ずさりする僕のことなど無視して、目の前の喰種は、僕のえぐった部分を口に含んで、飲んで。
「足りないな……」
そんなことを言って、僕の方に歩み寄ってきて――。
瞬間、僕は立ち上がり逃げ出した。
消えてしまいたいとは思った。だけど、それはこうやって殺されたいってことじゃない。
誰にも迷惑がかからないように消えられるのなら、それに越したことはないけど。少なくとも僕がこうして死ねば、叔母さんは悲しむと思う。
それに、もし死んだ後に魂とか、そういうものがないのだとしたら。「苦しい記憶のまま」死ねば、それがずっと続くということになるのかもしれない。それは、どっちも嫌だ。
死にたくない――消えてしまいたいけど、死にたくない。
そんな思いのまま走って、でも喰種が僕の足を蹴り砕いて。
「悪い。リスナーに手は出したくないけど、背に腹は変えられないから」
喰種もかなり切羽詰ってるのか、声に余裕がない。
でも、僕は死にたくない。死にたくない――。思っても何か出来るわけはない。情けない悲鳴を上げるだけしか出来ない。
そして喰種の手が振り上げられた時点で――。
「――変身!」
『――鱗・赫ゥ!』
そんな音と共に、喰種の顔面は蹴り飛ばされた。
サイコ「(サイコは合法的に眠りについたのだった・・・ガクッ)」
???『Re編でちゃんとお仕事あるからね』
サイコ「(!?)」