仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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圧倒的ヒロイン力の開き


#057 振子/道擦

 

 

  

 

 

 僕の腕の中で、クロナちゃんは泣き続けた。

 しばらくの間そのまま、僕もトーカちゃんも動くことが出来なかった。ただ顔を見合わせて思ったのは、彼女の行動が、幼児のようになってる気がするということか。

 

「もしかして、最初からこうだった?」

「目ぇ覚ましてから、ずっとこんなん」

 

 何があったのか、理由を問いただそうにもこの状態だともはやそれどころじゃない。

 

 そういえば、ナシロちゃんはどこに行ったのだろう……。マダムAの警護は交代で番をしていたみたいだけど、今はそういった様子もない。特殊な事情でもない限り、彼女たち二人は常にそろって行動していたように思う。

 

 コンコン、と扉がノックされる。

 

 トーカちゃんが開けると、漂うのは珈琲の匂い。

 

「店長」

「やぁ、目を覚ましたかな。……どれ、お飲みなさい。そして深呼吸をするんだ」

 

 僕から離れようとしなかったクロナちゃんをあやす様にして、店長は軽く引き離し、珈琲をすすめた。……なんだか、酷く慣れた動きだった。

 クロナちゃんはしゃくり上げながらも深呼吸をし、言われた通りに口を付ける。

 

「落ち着いたかな?」

「……美味し、い?」

「苦いのは嫌いかな」

「甘いの」

「うん。そうか」

 

 僕がよく世話になった、あの角砂糖を解かして彼女はもう一口。しゃくりあげ続けながらも、でも段々とクロナちゃんは落ち着いて行った。

 

 そして一杯飲みほすと、彼女はじっと僕を見上げた。

 見上げたと言っても、そこまで身長差もないのだけれど。

 

「お兄ちゃん?」

「……んー、えっと」

「だから、違ぇだろ。カネキはお前のお兄ちゃんじゃない」

 

 トーカちゃんがそう言いながら、クロナちゃんの隣に座った。僕とトーカちゃんとで、彼女を挟む形になった。

 

 店長が扉を閉め、こちらと対面するように座った。

 

「……カネキくん、紹介を。察しのついている部分もあるが、知らないこともある」

「あ、はい。……安久黒奈ちゃんです。

 家は元々資産家で、でも幼少期、喰種に両親を殺され、妹さんと一緒にCCGに引き取られ……、たんだよね」

 

 僕の言葉にびくりとしながらも、彼女はおずおずと首肯した。

 

「その後のことは、あんまり。ただ何かがあって――僕と同じく、リゼさんの赫胞を移植されました」

「そうか。……ふむ。

 君は自らの意思で、望んで『喰種』になったのかい?」

「……私は、……」

 

 クロナちゃんは、言葉が続かない。

 ただ、じっと僕の手を握る。

 

「……私、席外す?」

 

 すく、と立ち上がるトーカちゃんに、でも僕は「待って」と言った。

 

「出来れば、居てくれると」

「……なんで? そいつ、ちゃんと話すの? 私居て」

「いや、でも……。駄目かな?」

「……私は、いいけど」

 

 言いながら、トーカちゃんは少しだけ視線を逸らしてから、再び腰を下ろした。

 店長が、何故かその様を微笑ましそうに見ていた。

 

「詳しい事情が知りたいところだが、辛いのなら追々、話なさい。カネキくんにでも構わないからね」

「……あの、店長」

「ん?」

 

「――クロナちゃんを、あんていくで働かせることは出来ませんか?」

 

 その言葉に、「んん?」店長は驚いたように声を上げた。

 

「カネキ、何考えてるの?」 

「……辛いときってさ、何もしないでいると、そのまま自分が自分でなくなっちゃいそうになるからさ。だから、何かしないとバランスがとれないと思うんです。それに彼女の食事も、どうにかして調達しないといけない。でも、なんでしょう。今の彼女がそういうことを出来ると思えないし、少しだけ似た境遇だからかもしれないですけど、して欲しいとも思わない」

「……」

「単に僕のワガママもあります。でも……」

 

 クロナちゃんを見れば、今にも泣き出しそうなのを堪えながら、こちらの手を握ったまま。僕らの話が届いているかどうかさえ怪しい。

 

「……やっぱり、性分です。放って置けない」

「……」

 

 トーカちゃんがため息をついて、「コイツはどうなの?」と聞いた。彼女自身の意思はどうなのか、ということだろう。

 

「クロナちゃん、話、聞いてた?」

「……働くの、ここで?」

 

 どうやら、一応は聞いていたらしい。

 僕の言葉にクロナちゃんは頭を傾げながら聞き返した。

 

「クロナちゃんが良ければ、だけれどね」

「そしたら……、――」

「?」

 

 クロナちゃんが何かを呟いたけど、僕には生憎聞き取れなかった。トーカちゃんは聞き取れたのか「あ゛?」と何故か威圧して、怯えたようにクロナちゃんが僕の腕にしがみついた。

 

「…………や、り、やります。お願いします」

「……わかった。カネキくん、彼女の面倒を見なさい。トーカちゃんに教わったように、教えてあげるんだ」

「はい」

 

 店長は一度クロナちゃんを見て首肯すると、立ち上がり下の階に戻って行った。

 

「……教えるって言ってたけど、アンタ今日、シフト終わりじゃん」

「あ、それもそうだね。店長に話とか聞きたかったんだけど……」

 

 とてもじゃないが、そういう状況ではなくなってしまった。最悪、そこの辺りは後日に調整してもらおう。

 

 僕の腕に引っ付いていたクロナちゃんを引き剥がして、トーカちゃんが頭を傾げた。

 

「っていうか、コイツ、どこ住むの? あんていくで大丈夫? アンタ」

「……」

「えっと、ここの部屋で寝泊りするのは大丈夫?」

「……う、う?」

 

 「なんで私の時は反応しないのよ」と愚痴りながら、トーカちゃんは顔をしかめる。それに「ひっ」と悲鳴を上げながらも、身動きがとれないクロナちゃん。挙動だけ見てると、本当に幼児退行してるように見えた。

 

「ここに住むってなると、えっと……」

「……リオが持っていかなかったの、残ってるでしょ。タオルケットとか。消耗品じゃなきゃ、洗えば使っても大丈夫じゃないの?」

 

 一瞬、どうしても口にするのをためらってしまったのを、トーカちゃんが拾ってくれた。なんだか申し訳ない。そんな感情が顔に出たのか「別に気にしないでいい」と、彼女は鼻を鳴らした。

 

 リオくん……、未だに彼が寝ていた奥のソファーの窓際には、花瓶が置かれている。月山さんが持ってくる花を生けたり、たまに気が付いてヒナミちゃんとかが取り替えたり、みんなで選んだりと。今でもなんとなく、彼はあんていくの一員のままだった。

 店長が持ってきた珈琲も、丁度四つだった。店長本人は飲まずに降りて行ったので、つまりそういうことだろう。

 

 カップを窓際の花瓶の手前に置いてから、僕はトーカちゃんに聞いた。

 

「えっと、四方さんとかが見回りにくる時間とかは――」

「一応、でっかいのも含めて二、三時じゃない? 基本一人で寝――」

「!? ひ、一人は嫌ッ!」

 

 びくり、としながらもトーカちゃんの言葉に拒否を示したクロナちゃん。

 子供かよ、という言葉が聞こえてきそうな、そんな表情で肩をすくめるトーカちゃん。

 

「なら……仕方ないけど、ウチで預かる。後でヒナにも連絡しないと」

「お、お兄ちゃんの家に――」

「却下」

「えっ」

「あ゛?」

「ひっ!?」

「トーカちゃん、落ち着いて……。あー、でもごめん。流石に僕の家は……」

 

 消去法で言うとトーカちゃんの家になってしまって、また迷惑がかかる形になってるけど、そのことについてはトーカちゃんは気にしてないようだ。むしろ僕の家にクロナちゃんが泊まる、というのを何がなんでも阻止しようとしてるような、そんな感じが……。いや、当たり前と言えば当たり前なんだけど、言葉が威圧に変わる速度が、妙に早いような。

 

 そしてクロナちゃんは、僕がトーカちゃんの威圧を止めた瞬間にぱぁっと顔をほころばせ、続いての拒否に打ちのめされたような表情になった。

 

 流石に「そういうこと」が起こるとは思わないけど、念には念を入れてだ。

 ……あれ、そういえばこの間、トーカちゃん留めた時に――。

 

「じゃあ制服の予備で、着れるのないか見てくるから。カネキ、ちょっと待ってて」

 

 しれっと言いながら、トーカちゃんはクロナちゃんを立たせて急ぎ足で部屋を出た。

 何というか、慣れてるような感じが……。もしかしたらヒナミちゃんに対して、のそれを荒っぽくした感じなのかもしれない。

 

 いや、でもそれだと僕的には果てしなく違和感があるというか……。だってクロナちゃんって確か覚え違いじゃなければ――。

 

 そんなことを考えていると、不意にスマホが振動する。着信を確認してみれば、ヒデの名前が表示されていた。

 

「もしもし、ヒデ?」

『おうカネキ。今、家か?』

「あんていくだけど」

『あー、今日朝からだったりしたか? 悪い』

「いや、もう上がりだからいいんだけど、どうしたの?」

 

『――カネキ、ニュース見たか? さっきのやつ』

 

 ヒデのその言葉に、どうしてか僕は不安を覚えた。

 

 

 

   ※

  

 

 

「とりあえず軽くサイズ合わせて見るから、下着になって」

「……」

「……あのさ、別にとって食いやしないから、いい加減ちゃんと話せっての」

 

 自分のこらえ性のなさを自覚しながらも、私は目の前の、クロナにそう言った。

 クロナはやっぱりなんだか怯えてそうだったけど、女子更衣室で何を今更って感じだ。

 

 無理やり脱がしてやろうとすると、流石にそれは嫌だったのか、しぶしぶといった風にして脱ぎ始めた。

 

「……」

 

 ……意外と着やせしてるっていうか、私より胸あんのに、何でそんな幼児みたいにちんたらしてんのよ。

 脱ぎ終わった服をロッカーにしまって、予備のシャツをいくつか手にとり、クロナの肩に合わせる。とりあえず私のとロマのを手渡して、一回着せてみた。

 

「……ちっ」

「!?」

 

 肩幅は大体私と同じくらいだった。でも服はロマのサイズの方が合ってそうだった。……主に胸のサイズ的な意味で。別にあっちが大きいということじゃなく、ロマの方が背丈が大きいから、シャツも少しゆったりしてて、お陰で丁度という感じだった。 

 スカートは私のを合わせて、細部を調製していく。

 

「……って、なんで右のそでだけまくるの?」

「き、気分っ」

 

 肘くらいまでまくるのに何か意味があんのか知らないけど、まぁ私も右の前髪はなんとなく伸ばしてる感じだし、あんまヒトの事言えないか。

 一通り着せてみると、意外というか、案外しっくり来ていた。ちょっとだけ「あんて」入りたてのころのカネキを思い出す。眼帯のせいか黒髪のせいか……? いや、黒髪って言っても、前髪一部白くなってるけど。

 

「なんで白くなってんの、髪」

「しらない。……うらやましい?」

「何?」

「胸」

「……」

「ふっ」

「あ゛?」

「ひぃ!?」

「っていうかアンタ、そーゆーのやるなら威圧されたくらいで怖がんなよ。大体、いくつよアンタ」

「は、二十歳? 十九?」

「ぶっ」

 

 思わず吹いた。カネキと同い年か、一つ下……? っていうか、年上だったのか。別に口調、改めるつもりねーけど。

 っていうかもしかして、さっき去り際、カネキが微妙な顔してたのってそれ理由?

 

「……あー、ん、二十歳か、そっか」

「?」

 

 まぁ知的な感じでもないし、たぶん大丈夫か。リゼみたいなタイプじゃないし。うん。

 私の内心の警戒はともかく、改めて私はクロナを見た。

 

「……ルピナス」

「ん?」

「窓際の花」

「あー、カネキが置いてったやつね」

 

 今窓際においてあんのは私が変えたヤツだけど、カネキが前に入れてた花は、もう少し生きそうだったので私が女子更衣室に持ってきていた。

 クロナはそれを見て、頭を傾げた。

 

「『一人じゃない』」

「?」

「……誰か、死んだの?」

「……半年近く前にね」

 

 それを聞いて、クロナは目を閉じて、ぐっと頷いた。

 そして、なんでか私の方を見た。

 

「…………」

「……な、何?」

「……これから、よろしく」

 

 そう言って頭を下げるクロナ。

 私は、なんか困惑した。

 

「色々、教えてください」

「……まぁ、カネキだけじゃ頼りないか」

「お兄ちゃんのことも」

「あ゛?」

「そ、それ、怖い」

 

 少し落ち着いてきたのか、いきなり怯えることはなかった。なかったけど、まぁ、ビクビクしてんのに代わりない。こういうのは、やっぱり前のカネキを思い出す。

 考えると、リオは割と平然としてたっけ……? 何だろう、元人間の共通点?

 

「ま、負けないから」

 

 しゅっしゅ、とシャドーボクシングみたいな動きをするクロナに、私はなんだか毒気を抜かれた。

 たぶんカネキのこと言ってるんだろうけど……。なんだろう、行動とかに嫉妬めいたものはあったけど、勝ち負け、っていうのとは何か違うような、そんな感じが今はしてる。

 

 わざわざ言うほどのことでもないけど。

 

 ……後日こいつから、カネキのどこが良かったのか聞いてみるか?

 

「とりあえず、カネキに見せに行く?」

「うん」

「……あと、店に立つなら丁寧語くらい使えよ」

「う……、はい」

 

 頷いて、クロナは私の後に続く。

 更衣室の戸を開けてバックヤードを抜け、階段の隣を歩く私達。と、丁度上からカネキが降りてきていた。

 

「あ、カネ――」

 

 私が声をかけるよりも早く、カネキはスマホ片手に急ぎ足で店のホールに向かった。

 クロナと顔を見合わせて、私たちも後を追う。

 

 あんていく店内。そこそこヒトが居る中で、客層の半数以上は人間って感じで。 

 

 そんな中、店に設置されていたテレビ画面に映されていたものは――。

 

 

 

――CCG本部、喰種組織により襲撃――

 

 

 

 

 




次回より数話、喰種本編にはない感じのオリエピ入ります(元ネタありますが)

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