仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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#055 美笑/漂流

 

  

 

 

 

 何から何を話すべきか。僕自身よくは分からなかった。

 だからこそなのか、トーカちゃんは最初から色々話せと言った。……本当に最初から、それこそリゼさんと初めて会った時から。

 

「(っていうか、やっぱり知的っぽいのが好みかコイツ)」

「?」

 

 あんていくの二階を間借りして、僕とトーカちゃんは話し込んだ。

 

「……そ、その、やっぱ食われんのは嫌なの?」

「そりゃ、まぁ……」

「……」

 

 ……色々と根掘り葉掘り聞かれた。僕自身、気恥ずかしいことも多かった。時に二人そろって頭を抱えたり、時にほっぺたを引っ張られたりと色々な反応があった。

 

「……っていうか、何ほっぺにキスとか、意味わかんない……(私だって全然そーゆーのないのに)」

「と、トーカちゃん?」

「うっさいッ!」

 

 叫んで。引っ叩かれて。

 訳もわからず弁明する僕に、不機嫌になるトーカちゃん。

 

 流石に、話してない部分もある。小さい頃にアラタさんと出会ったこととか、幼い頃のトーカちゃんと遊んだこととか。

 でも、これだけは言った。――拷問された果て、リゼさんを「作った」僕に対して、待ったをかけたのがトーカちゃんだったということは。

 

「……じゃあ、アンタは結局私のそれがなかったら、あんていくには残らなかったの?」

「……たぶんね。みんな守るためには、力が必要だったから」

「だから、それは――」

「うん。もう分かってる。……もう言われてる」

 

 自分ひとり守れないで、周りを守ることなんて出来ないとか。やろうとしてることは結局ただの自己満足だとか。リオくんの最期の笑顔が頭に焼き付いて離れなかったあの時、トーカちゃんが僕に付きつけたことだ。

 

「あんまり感性的な悩みはしたくないんだけどさ。でも……、それでも思う時はあるよ」

 

 そして、僕はアラタさんのドライバーをトーカちゃんに見せた。

 目の前に置かれた、自分が託したドライバーに、裏面も含めてヒビが入ってるのを見て。流石にトーカちゃんも、これには言葉を失った。

 

「――もっとやりようはあったんじゃないか、とか。もっと力があれば、とか」

「……カネキ」

 

 トーカちゃんは、隣の僕の手を取った。

 

 三人がけのソファーだったので、お互いある程度スペースを開けて座っていたのだけれど。手をとって、握った瞬間にトーカちゃんはこっち側に距離を詰めた来た。

 トーカちゃんの身体が、僕と接触する。同じくらいの位置にある彼女の顔が、近いー―。

 

「……大事に使ってって言ったけどさ。でも、それでもアンタが生きてることの方が、私は嬉しい」

「……いや、でもこれって、たぶんトーカちゃんのお父さんの――」

「うん。そうだけどさ。でも……、私は、アンタならちゃんと使えるって思って、『アンタのために』これを手渡したの」

 

 間近で見るトーカちゃんのその表情は。やっぱり全てが言葉の通りという訳ではなかった。いくらか悲しそうな、寂しそうな色も含んだ表情だった。

 

 でも、それでもトーカちゃんは微笑んだ。

 

「――カネキが、カネキだったから手渡したの。これを」

「……含意が多すぎるよ、それは」

 

 がんい? と頭を傾げる彼女に、含みってことだよと僕は教えた。

 トーカちゃんは、首を左右に振る。

 

「含んでなんかないから。アンタが、アンタみたいじゃなかったら、たぶん月山の後にまた手渡してない」

「……?」

「――カネキは、お父さんに似てるから」

 

 トーカちゃんは、ゆっくりと、言い聞かせるように続ける。

 

「でも、それでもお父さんとはやっぱり違うから。一人でほっとくと、どこまでも危なっかしくって。無茶なんてガンガンにして、いつかパンクすんじゃないかって、最近は思う」

「……パンクね」

 

 だから、とトーカちゃんは僕の手を解き。

 ぎゅっと、突然抱きしめた。

 

 動揺しすぎて言葉も出なくなった僕に、彼女は続けた。

 

「……普通にしてたら話せないって言うならさ。少しくらいは、私に甘えてもいいから」

 

 ……いや、甘えてって。

 

「変な言い方だった。えっと、その、他の奴にあんまりワガママ言えないなら、私にはそれを言ってもいいから。

 私は、両方のアンタをちゃんと知ってるつもりだから。『人間』のアンタも、『喰種』のアンタも。だから、少しくらい気を遣わなくてもいいから」

「トーカちゃん……」

「……変な事言うから、一度しか言わないから。前に一回ハグしてくれって言った時、一応何秒かしたけどさ」

「数秒で押し返されたね」

「流石にちょっと恥ずかしかったけど……、でも、あれはあれでちょっと、嬉しかったってこともあったの。アンタが、珍しく変なワガママ言ったってことだから。頼ってくれたってことだから」

「……」

「”一人にしないで”って言ったけどさ」

 

 ハグを解いて、トーカちゃんは僕の顔を見据えて。

 

「一緒にいてくれるなら、私が一人じゃないなら――アンタだって一人じゃないんだから。いい加減分かれ」

「……」

「カネキに居て欲しって言ってんの。他の誰でもなくって――」

 

 ……不覚にも。その時のトーカちゃんの微笑みに、僕はドキリとさせられた。

 

 少しずつ核心に迫るような。

 揺らいでいる僕。ぶら下がっている谷底のようなそこに、彼女はさっと手を差し伸べた。

 

 母さんじゃない。リゼさんでもない。それらと重ならないのに――それでも、その時のトーカちゃんは綺麗だった。

 こんなに綺麗なヒトが居るんだって、そう思ってしまうと、何故か不思議と鼓動が早くなってきて。

 

 動揺しながらも誤魔化す手段を持たない僕は――ただただ反射的に、トーカちゃんをハグしていた。

 

 腕の中で、トーカちゃんは一瞬呻いたけど、不思議と抵抗はしなかった。

 

 

 だからこそ、僕は思った。

 例え滑稽だと笑われても、誰かに手を差し伸べる――揺らいでいた僕の始点を、彼女は思い出させてくれたように思う。

 

 だからこそ、僕は――。

 

 

 

 僕は、トーカちゃんを好きに(ヽヽヽ)なっちゃ(ヽヽヽヽ)いけない(ヽヽヽヽ)

 

 

 

 「愛されなかった」僕と、求めた愛を得られず育った僕と一緒に居たら。

 きっと心から「愛されていた」彼女は、不幸になってしまうから。

 それは、一度壊れたものがもう戻らないことと同じくらい、明白なことだから――。

 

 そう思った時、この場にトーカちゃんが居るにも関わらず、僕はものすごい孤独感を覚えた。

 

 不思議と泣きそうになったのを堪えながら、でも、どうしても僕はしばらくの間、トーカちゃんから手を離すことが出来なかった。

 

 

 ……どうしても、出来なかった。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「トーカちゃんは、大学卒業したら何したいの?」

 

 高校の帰り道、ふと依子が私にそんなことを聞いてきた。

 テストの返却があって、その時は正直に言うと面倒くさいって思いながら登校してた。点数は思ったより良かったけど、これでたぶん、ようやくB判定に届くか届かないかってところだから、気を抜けない。

 

 そんな私の様子を見てたからか、依子は興味津々って感じだった。

 

「まだ受かってもいないのに、鬼笑うんじゃない? それ」

「んー、じゃあこういう聞き方の方が良い?

 トーカちゃんの将来の夢は?」

「将来の夢、か」

 

 ぼんやりと、漠然としていて。それ以上に今を生きることで手一杯って感じで。ついぞそういう話は、考えてみればあんまり思い描いてはいなかった。

 だって、何かあれば私は、一つの所に留まっていられる存在じゃないから。

 

「……ちゃんと考えたことはなかったかな。

 依子は?」

「調理師さん!」

 

 いつかにも聞いた覚えが、あるようなないような。

 なんとなく笑顔で毎日料理をやってる依子のイメージが想像できて、ふっと私は笑った。

 

「いいね。繁盛しそー」

「にへへ、ありがと。じゃあ、トーカちゃんは?」

「夢か……」

「うん! あ、お嫁さんとかそういうのはナシでね」

「別に言わないから、そういうの」

 

 えぇ~? と何か言いたそうな、微妙なニヤニヤ具合にむしろ私の方が何か言ってやりたくもなたったけど、真面目に考えてるのが伝わったのか向こうもあんまりそのノリは引っ張らなかった。

 

 夢、やりたいことか……。

 

「……やってみたいことなら、いくつか」

「へぇ!? どんなこと?」

「先生とか、あとは……、喫茶店とか?」

「アルバイト先みたいな?

 へぇ~、喫茶店かぁ……」

 

 なんとなく、ぼんやりと目に浮かぶあんていくの店の感じ。

 そこにある、というだけで色々なヒトが集まってくる、そんなイメージがあって。

 

 ……そういう場所でなら、きっとアイツだって自分から、居場所を見つけられるんじゃないかって思って。もちろん、あんてでだってアイツの居場所はあるんだけど、もっと大きく、アイツ自身が身を委ねられるような。もちろんアイツだけじゃないけど、少しでも気を抜けるような。

 

 そんな安心できる場所みたいなんが、なんか、好きかなって私は思う。

 

「私もトーカちゃんのお店で働きたいな~、楽しそう」

「……ん、そーかな?」

「そーだよ! トーカちゃんの淹れたコーヒーとか飲んでみたい!」

「じゃあ、そのうちバイト先来れば?」

「なんて名前だっけ」

「『あんていく』」

「安定区?」

「ひらがな」

「へぇ……。なんか、アンティークっぽい感じだね。何て由来?」

 

 それは、前にカヤさんに私もなんとなく聞いたことのある話だった。

 結構簡単な意味合いだって言ってたけど、私はそれが何なのかいまいちわかんなかったっけ。

 

 立体交差を渡った先で依子と別れて、私は一度家に向かう。

 

 見直しとかは後に回して、何はともあれ「あんていく」。今日は久々に、カネキが店に出ている。たぶんロマあたりに押されて色々大変になるだろうから、私がしっかりしてやんないと。

 ちらりと見て見れば、テーブルでヒナミが上半身を突っ伏して寝ていた。……身体痛めるって。とりあえずソファに寝かせて、付けっぱなしだったテレビを切った。

 

 テレビではワイドショーが流れてて、そこでは”アオギリの樹”によりCCGの局が一つ襲撃されたと出ていた。なんだか、久々に大きく動いたように思った。

 

 近隣住民のインタビューで、なんかやぼったい、その辺のオバサンAって感じのヒトが「本当に物騒」だの「急に出てきたでしょう?」とか色々言ってた。

 ……なんだかワイドショー的には、アオギリだろうが何だろうが「喰種」は悪いと決定付けるような、そんな放送の仕方だった。なんとなく頭を左右に振り、画面を消す。

 

「考えたら、カネキだって最初は拒否してたっけ。……『喰種』を」

 

 なんだかホントにもう、かなり昔のことのように思えてくるくらいだったけど。でもそれでも自分は人間だと言い張り、かたくなに肉を食べようとしなかったのに違いはない。

 

 ……今更ながら。本当に今更ながらなんだけど。

 ついちょっと前まで単なる人間だったアイツが、人間の肉を食べて。それは、どんな気持ちだったんだろう。たぶん私らが感じられないような、そんな類の痛みを伴っていたんじゃないだろうか。

 

「……いや、アレはノーカンだし、ノーカン」

 

 そして、アイツに肉を食べさせるために自分が何をしたかということをふっと思い出して、思わず私は自分に言い聞かせた。お互いそういう頃でもなかったし、別に好きでも何でもなかった頃のだし。

 

 どっちかって言うと人命救助とか、そーゆーのだから、ノーカン。積極的にしたことなんてないから。

 

 ……ん、だからアイツのほっぺに積極的にした(ヽヽ)って言う奴らが、なんか恨めしいような。

 

 張り合うような所でもない気はする。どっちかって言えば、アイツが甘えられるような、そんな相手に私がなれれば良いというところまでは来てるような、そうじゃないような気がしてるから。

 でも、やっぱり何か出遅れてる感はそこはかとなくあった。

 カネキ引っぱたいても、いまいち解決しない事柄だから、どうしたもんかしら。いや私の今の状態で、そういう攻め方してもたぶん引かれるのがオチじゃないかとも思ってるし、難しい問題だ。

 

 でも、そんな私個人の問題もあるけど、思いのほかカネキのそれは根が深かった感じがした。

 

 何と言うか、あんまり言葉が伝わってなかったというか……。よっぽどストレートに言わないと、すぐに本心を引っ込めるというか、そういう感じがした。

 

 言えば良いのに、どうして言わないで引っ込めるのか。

 

 遠慮しなくて良い、と言ってるんだから、遠慮せず言えば良いのにきっと、まだ「何か隠してる」。無理に聞きだそうとすると、もっと引っ込むんじゃないかって思ってあんまり追求は出来なかったけど……。何なんだろう。

 

 どうしたら、もっとアイツに頼ってもらえるんだろう。

 

 ……ひょっとしたら、リオの時のせいか? 思えばあの後、確かにめっきり力関係で頼られることはなかったように思う。

 あの時言ったことも多少は通じたんだとは思うけど、ひょっとしたらそれ以上に、アイツも怖がったのかもしれない。

 

 

 カネキはきっと、自分が嫌いか、自信が持てないでいるんじゃないかって、そう思う。

 

 

 例えば今、私が「そんなんでもアンタが好きだ」と言った所で、きっとその言葉は正しく通じないような、そんな気がしていた。

 

 空は夕暮れ。ため息をつきながら、家を出て「あんていく」に向かい歩いていると。

 不意に、私は「変な匂い」を感じ取った。何が変なのかと言えば、匂いのその構成だ。

 

「……リゼ?」

 

 匂いは、女の喰種のそれ。その匂いを私が判別できる理由は明白で、しょっちゅう嗅いでるからに他ならない。リゼの匂いをしょっちゅう、という意味じゃない。

 ……リゼの匂いと一緒に漂うその匂いは、「人間の匂い」だった。

 

 この構成は覚えがある。覚えしかない。

 

 匂いの種類は結構違ったけど、間違いなくそれは「カネキ」のそれと同じような感じだった。

 

 違和感を覚えて、私は匂いを辿る。路地裏に足を進めると、段々とその匂いに血が混じったような、そんな匂いになっていって。

 

 

 そして――私は見つけた。

  

 前髪の半分が「真っ白」になった、黒髪の女。

 そいつは、腰には変なクインケドライバーを巻いていた。服は一部ズタズタだけど、基本的にはカジュアルな、そんな感じ。血にまみれていて、本人の血か他人の血か判別が付かない。顎と首が赤黒く染まっているのが、何故か痛々しいように見える。

 

 そして何より――。

 

「何、こいつ――!」

 

 動揺する私に、うっすらと目を開けたそいつは。

 その目は、まるでカネキみたいに――左側だけが赫眼で。

 

「――」

 

 何か口が言おうと動いて、でも何か意味のある言葉を言わずに、そのままそいつは目を閉じて、倒れた。

 

「……とりあえず、あんていく連れて行くか」

 

 周囲にヒトが居ないことを確認した上で、私はそいつの口元をガーゼで覆って、あんていくに向かった。

 

 

 

 

 




今回のまとめ・・・
・カネキ:ついにトーカを意識しはじめる
・トーカ:なんだかんだで後一押しで何とかなりそうなところまで来る

・クロナ:トーカに拾われる

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