仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

9 / 145
書きあがらなかったので、内容を分割・・・


#009 地下/叩門/見舞

「……遅い」

 

 トーカちゃんに待たされること数十分。今日はもう閉店した「あんていく」の入り口で、僕はしゃがみこんで彼女を待っていた。

 ヒデと大学で昼食をとりながら勉強していた時、連絡が入って放課後にここに来た訳だけど(今日のシフトには入っていない)、それにしたって案の定と言うべきか。

 

 いや、前向きに考えよう。あのトーカちゃんが、普通にメアド教えてくれただけでも驚愕なのだ。

 

「おい」

「あ……」

 

 堂々とした遅刻っぷりのトーカちゃん。服装は私服で、手にはビニール袋。

 中からペットボトルを取り出し、僕に投げて渡した。

 

「付いてきて」

「……」

 

 この後水が必要になるのか、いつか待たせた時のお返しなのかはわからなかったけど、とりあえず追従。階段を下りて、地下の階へ。

 

 閉店後の店舗は、それでも珈琲の香りがしてどこか落ち着く。二階の電気が付けっぱなしだったけど、トーカちゃん曰くヒナミちゃんのためだそうだ。

 

「……怖がるから、真っ暗だと」

「僕も、覚えがあるからそれはわかる」

「あっそ。……母親が死んだ時?」

「うん。まー ……、伯母さんの家とも、あんまり仲が良いわけじゃなかったから」

「ふぅん」

 

 こっちだ、と指差しながら、トーカちゃんは床の蓋を外し、更に地下へと僕を手招きした。

 

「……私も、そーゆー風な頃があった」

 

 鉄梯子を下りながら、トーカちゃんはふと話し始めた。

 

「お父さんと、弟と、三人で暮らして……、でも人間の知人だった人に裏切られて、お父さんが殺されて。

 でも二人で、店長に拾われてなんとか過ごしてて」

 

 トーカちゃんに弟さんが居た事がまず初耳だったけど。

 でも、その話の言わんとしてる所はわからないでもない。

 

「一時期すごく荒れてて、店長の言ってる事も全然聞かなくて。

 でも色々あって、私が学校に行く事になってさ。その時――アイツと別れた」

 

 自嘲気味に笑うトーカちゃん。

 きっと弟君は、人間に対する不審感を強く植えつけられてしまったんだろう。

 

「そっから馬鹿みたいだけど、しばらくずっと泣いたりしてさ」

 

 その話を聞いていて、どこか、ウサギが寂しがりやだっていう話を思い出した。

 トーカちゃんの部屋には、色々なウサギのグッズが置いてあった記憶がある。

 

 下りて、地下水道のようなそこを歩きながら、トーカちゃんに聞く。

 

「ここって……?」

「見た通り、地下道。昔の東京喰種(トーキョーグ-ル)が作った道。人間から隠れるための場所で、今じゃ臨時の避難所。

 あんまり奥行くと、帰ってくれなくなるから注意な」

「……ここで何を?」

「訓練」

 

 ある程度開けた場所で、トーカちゃんは上着を脱ぐ。

 

「……口で説明したって分かるもんじゃないし、私が教わったのと同じやり方するから。

 アンタが勉強教える時みたいに、丁寧に出来ないし」

「……あ、ありがとう?」

 

 手腕を褒められたことに感謝してみると、彼女は軽く鼻で笑って。

 

「下手すりゃ死ぬから覚悟して」

「……へ?」

 

 次の瞬間、トーカちゃんは僕の懐に潜り込み、腹を打ち抜いた。内蔵が悲鳴を上げて、色々と込み上げてくるのを、僕は無理やり飲み込む。

 そのまま回し蹴りをして、僕を手すりの方に投げ飛ばすトーカちゃん。

 

 背筋に走る痛みに声を上げると、眼帯を乱暴に剥がした。

 

「……」

「トー、か、ちゃん?」

 

 無言のまま彼女は、倒れる僕の手の指を一つ、靴の裏で持ち上げて――落す。

 

「アアアああああああああァあアアアアああッ!」

「伸ばせば明日にはくっ付いてるから。

 状況、わかってる? カネキ」

 

 背中から片方だけの羽根のような赫子を出し、トーカちゃんは言う。

 

「危機感持ちなさいよ。次のは、スグには治らないから。肉食ってないなら、そのまま死ぬかもね」

「……ッ」

 

 何をやりたいのかが分かってしまう。危機感を持てと言われた意味もわかる。要するに、実際に殺しかけようと思ってるんだろう。

 ごめん、お陰で危機感がそこまで湧いて来ない。

 

 僕にとって赫子は、感情が高ぶった時に出てくるか、食欲関係の衝動が渦巻いてる時しか出せないもの。

 だからこその緊急措置なんだろうけど、正直アレだ。

 でも痛みが頭をかき回して、どうにかなりそうなのは事実。

 

 逆に冷静になった僕は、この状態からどうやって赫子を出すかに思考をシフトする。

 

 ……考えて、割と最悪な方法を思い付いた。

 

 濁流のように襲い掛かってくるトーカちゃんの赫子。

 僕はそれを見ながら、自分の左袖をめくりながらかわす。

 

「逃げられると思ってんの?」

 

 思って無い。というか、即死しないことが目的ではあっても、逃げることが目的じゃない。

 

 僕はトーカちゃんの攻撃を、ぎりぎりで左腕に「かすらせた」。

 血が噴き出す。肉の破片が空中に舞う。

 

 それを思いっきり右手でつかみ、僕は、舐めた。

 

「――――――――――――ッ!」

 

 まずい。何がまずいかっていうと、凄まじく不味いのだ。

 人間の食事の比じゃない。人肉に近いカテゴライズだから多少大丈夫なのだろうけど、それにしたってこれはない。自分の肉だってことも加味されて、相乗効果だ。

 

 ただ、それが僕の「食欲」に火を付けた。

 

 肉をかじる余裕がないなら、目の前で作ってしまえという作戦。

 ある意味予定通り、衝動的に僕の背中から赫子が迸る。

 

 彼女の攻撃に合わせて、僕はそれで自分の体を庇うように回す。

 

「……ッ」

「……はぁ?」

 

 赫子を仕舞いながら、トーカちゃんは僕のそれを見て呆気に取られたような顔をして。

 

 そして、腹を抱えて笑った。

 

「や、やりゃ出来んじゃ……、くくっ」

 

 微妙に様子が可笑しい彼女に理由を尋ねてみれば、まあ、納得の答えが返ってきた。

 

「クソニシキの時の方が強力だったとは思ったけど、何? 自分で自分喰って赫子出すとか……っ」

「……そんなにツボだった?」

「実戦じゃ使えねーだろ的な意味で。

 まーでも、いざとなりゃ出せるってのは分かったケド……くくっ」

 

 満面の笑顔で笑う彼女は結構可愛かったけど、笑われてる側の立場からするとどーしようもない。

 

 上に戻るよ、と言って歩くトーカちゃん。

 そんな彼女に、僕はふと一言。

 

「トーカちゃん、一つ相談なんだけど」

「ん?」

「……ドライバー、今日、忘れて来たらしくて」

 

 うねうねと動く赫子。何かを求めて外に出て、未だに引っ込む気配なし。

 僕の方を一度見て、彼女は。

 

「……はぁ、どーすんのよそれ」

 

 こっちがどうにかして欲しい。

 

  

 結局、トーカちゃんにドライバーを家から取ってきてもらって(後日(たか)られるのが確定)、あんていくの一階に僕は戻った。

 

「形は少し違うけど、アンタのそれはリゼと同じタイプの赫子。

 鱗赫の赫子は治癒力が高いし、頑丈さとかは他の奴より優れてる」

 

 僕の手をとって、トーカちゃんは包帯を巻きながら教えてくれる。

 この間教えた巻き方できちんと巻いているあたり、これくらい出来んだぞ、という意思表示的な何かなのかもしれない。

 

「怪力に訓練を加えれば、後は受けでも攻めでもどっちでもイケるでしょ。

 まず、ああいう方法じゃなくてキチンと引っ張り出せるように考えないと……。そういえば、ドライバー使った?」

「店長から、一応教わったけど……」

「実戦じゃ、よっぽどじゃない限り使わない方がいいから。わかったと思うけど。

 後は、どうしても出せない時のための実戦もやっといた方が良いか……。とりあえず筋トレ、各種100回」

「え゛?」

「腹筋、背筋、腕立て、バービー、スクワット、踵上げ、空気椅子に――」

 

 じゃんじゃんトレーニングの内容を口走るトーカちゃんは、何とも言えない怖さを放っていて、リアクションに困る。

 と、話しながら接近してきて僕の服を捲り上げて笑った。

 

「割れてはないけど出てねーのか。……まあ最低ラインだな。

 でももっと肉付けろって」

「あうう、や、やりますよぅ」

「わかりゃいい。……あ、どした?」

 

 いや、だってさ。半眼でそんな睨まれても、人前で服まくられるってどういう状況かな。

 いくら何でも、照れる。すごく恥ずかしい。

 

 うりうりと、僕の腹筋をつつかないで。楽しそうに笑うその仕草に、対象から外れるとはいえ多少ドギマギしてしまう僕だった。

 

「角砂糖だけじゃなくて、肉喰えよ」

「……うん」

「とりあえず、訓練は仕事終わりにやるから。

 ……後、そうだ。アンタ、明日ちょっと付きあってよ」

「へ?」

 

 トーカちゃんの意外なその一言に、普通に僕は驚いた。

 まさかデートの誘いとかじゃあるまいし……。平日だからその可能性は極端に低いけど。

 

 案の定、その僕の予想は当っていたりするから、世の中は結構悪く出来ている。

 

 

 

   ※

 

 

 

 翌日。

 例によって遅れてきたトーカちゃんだけど、今日は息を切らしていた。しかも、いつもよりは早い。

 

「トーカちゃん?」

「はぁ、はぁ……、捲けたか? ったく、依子のヤツ……」

 

 周囲をきょろきょろ見回してから、彼女は半眼を僕に向けた。

 僕はといえば、思わず視線をそらす。

 

 そして、制服姿の彼女の両手には、紙袋が一つずつ。

 

「借り物だから壊すなよ。

 今から着替えて」

 

 また無茶を言う。

 渡された手元のそれを確認して、女ものと男ものを間違えていたという珍事もあったりしたけど、再度交換してトイレの個室へ。

 

「ブレザーに、ネクタイ……。これじゃコスプレだよ」

 

 僕が着用しているのは、どこかの高校の制服。

 知り合いに見られたら、恥ずかしいとかいうレベルじゃない。

 

「サイズ合ってんじゃん。……ってか童顔だし、違和感なさすぎて絶句」

「……トーカちゃん?」

 

 対するトーカちゃんも、僕のそれと同じところの制服を着用していた。

 でも、どうしてか髪型が三つ編みで、それでも頑なに前髪は垂らしたまま。メガネをかけていても、あんまり意味ないんじゃ……。

 

「もーちょっとイメージ変えたいから……。ドライバー持って来てる?

 なら腰につけておいて眼帯外して……。髪ももっとゴワゴワさせて」

「わ、ちょッ!」

 

 唐突にワックスを取り出して、僕の頭をがしゃがしゃにするトーカちゃん。完成した無造作っぽい髪型を見て、後ろを向いてお腹を抱えられるのがちょっと玉に瑕だ。

 

 そのまま僕は、彼女の行くままに任せて足を進める。

 しばらく無言が続くのもちょっとアレなので、適当に雑談を振ってみた。

 

「依子ちゃん、だったっけ。どう?」

「どうって何よ」

「上手くやれてるかとか、まあ、色々」

「……別に、フツーだし。

 ってか、アンタこそアイツに、正体バレたりしてないの?」

「バレてたら流石に今ここに居ないよ……」

 

 ヒデは鋭いし、行動するとなると徹底する事は間違いない。もし僕が喰種だとバレたなら、きっとその時点で僕は一環の終わりだろう。

 今もまだ、微妙に取り繕いきれて居ないのだけど、それでもまだバレてないのはたぶん今までの蓄積があるからだ。人間として暮らしてきた過去が、僕と喰種を結びつける事を難しくしてる。

 

 いや、そもそも人間が喰種になるということ事態想定外なのかもしれない。

 

「近いヤツほど怖いから、精々注意することね」

「うん。あ、話題変わるけどさ。前髪は横に流さないんだね」

「あぁ?」

 

 凄まないでってば。

 

「結構その髪型って印象強いから、こんな変装じみたことしててもそれだとアレかなーと思って」

「……なんか、バランスがとれない」

「?」

「上手く言えないんだけど、なんか、こう……。あと、垂らすの止めるとスースーする。顔が」

 

 それは、その髪型に慣れ切ってるからでは?

 

「視力も落ちるから、僕はオススメしないけどね……」

「そー言うアンタはどうなのよ、本の虫が」

「完全に近視かな。……喰種になってからそこのところ、微妙にそうでもなくなってるけど」

 

 リゼさんがまだ生きてた頃のことも含めてか、僕がよく本を読んでるのをなんとなく覚えられていたらしかった。

 そんなこんな話しながら、僕等は足を進める。

 

「……トーカちゃん、そろそろ説明してくれる? 色々ツッコミは入れないで来たけど、服とか髪型とか」

「ん」

 

 ぐい、とトーカちゃんは指を指す。

 その建物は、周囲の建物に比べて色々と異質というか、ちょっと変わった大学のキャンパスのパーツが一部だけ抉られたような、そんな感じの立方体ベースの建物だった。

 

「ここは……CCG!?」

 

 建物の入り口の近く、門の手前にその看板があった。

 

「そ。対策局の20区の支部」

「……いきなり敵陣に乗り込むって感じじゃなさそうだけど、目的は?」

 

 にやり、と一瞬笑ってから、彼女は僕を引き連れて手前の掲示板前に。

 

「コレ」

「……手配書?」

「そ。月山とかリゼとか。あと、店長とか」

 

 掲示板の中に「喰種と戦う喰種」という項目があって、間違いなく店長だろうなとは僕も思った。

 そして、視線を動かして行くと端に目がつく。

 

「これ、ヒナミちゃんのか……」

 

 あの日の服装、背丈、年齢などが記された手配書を前に、僕は拳を握る。

 

「一般人からのタレ込みとか、投書とかも聞いてくれんのよ。

 で、今日の私らは”集優高校の生徒”よ」

「トーカちゃん、それでっち上げなかった?」

「うっさい。ま、私がしゃべるから、アンタ適当に相槌を……? 何?」

 

 その場で腕を組んで、考え込む僕を前に、トーカちゃんは訝しげな目を向ける。

 僕はと言えば、色々と考えてから彼女の手を引く。

 

「ちょっと出直そうか、トーカちゃん」

「は?」

「もし仮に、捜査官と遭遇したらどうするの?」

「そんなの――」

「ヒデから聞いたんだけどさ。向こうには喰種かどうかを判断する、金属探知機のゲートみたいなのがあるんじゃなかったっけ」

「……そーだけど」

 

 もし何かの拍子で、それを潜らされてしまったら、一発終了なんじゃないかと思う。

 対策も何も考えないで、無作為に向かうのは得策じゃない。

 

「ただタレコミを入れるだけなら良いかもしれないけど……、足つかない? 場合によっちゃ」

「……じゃあ、どーすんのよ」

「ネカフェか何処かでファイル作って、印刷して投書の所に入れるくらいで良いんじゃないかな……。

 もちろん読まれないかもしれないけど、全く情報として上がらないって訳でもないと思うし」

「いたずらって思われない?」

「背に腹は変えられないかなと思う。リスクを避けるべき、というよりは、白いヒトって言ったらわかる?」

「ひょろいのなら」

 

 頷くトーカちゃん。きっと彼女も、あの捜査官は見たんだろう。

 

「なんとなくだけど、ああいうヒトは容赦しないというか、こっちの都合は関係なくやる相手だと思うんだ。

 だから、もっと自分の身を守った方が良いと思う」

「……でも、そんなんじゃいつまで経っても」

「……だからと言って、トーカちゃんまでそのために死んじゃったら、駄目だよ」

 

 と、そんな話をしていたのがよくなかったのかもしれない。

 よく言うアレだ。噂をすれば影が来る。

 

 当の本人たる、白い髪の、やせこけた捜査官がアタッシュケース片手にやって来ていた。

 

「ん? やあ。どうしたのかね?」

 

 普通に話しかけてくるこの人。僕らは一種身体が硬直する。

 さ、とトーカちゃんが僕の後ろに隠れたので、どうにかしろってことか。

 

「あ……、あ、えっと……」

「ふむ。情報提供なら窓口に行ってくれ。内容によっては奥の部屋にもだねぇ。

 ところで、どうしたのかね?」

 

 咄嗟に出てきた言葉は、大変に失礼千万なものだった。

 

「……あの、お顔が、すごく、威圧感といいますか、えっと……」

「ん? はっはっは、済まないねぇ。若い頃からこの調子だ。

 言いたい事はわかるし、よく言われるよ。

 娘の授業参観に行けば周囲から怖がられたり、娘の描いた私の顔をデスクに貼り付けておいたら、同僚から魔よけか何かかと問われたりねぇ」

「娘さん……?」

「妻に似て美人でねぇ。はっはっは」

 

 ぴしゃり、と頭を叩きながら彼は笑う。目が笑ってないので、怖い事怖い事。

 

「後ろの彼女も、怖がらせて悪かった。うん……?

 ふふ。そうだね、では君達も情報があれば、宜しく頼むよ。私はそこの端にある、母娘の案件を担当している『真戸』と言う。縁があれば、また会うこともあるさ」

 

 そう言いながら、彼は対策局を出て行く。

 その後に続いて、長身の捜査官のヒトが走り、僕等の横を通り過ぎていった。

 

「……行ったよ、トーカちゃん」

「……アンタ、アドリブ効くのね」

「いや、全然駄目だったと思うけど……」

 

 どちらかと言えば、あの捜査官が思ったより親しみやすい風な物腰だったことが理由だろう。

 喰種として対峙した時、あれほどの暴力性を向けてきた人ではあるけど、別な面では案外まともそうに見えてしまう。……いや、そこに境界はないのかもしれない。

 

 トーカちゃんは、腕の包帯の当りを押さえながら、僕を見上げて来た。

 

「……癪だけど、アンタの案使うから」

「うん」

 

 不承不承、という感じに、トーカちゃんは足を進めた。

 

 

 

   ※

  

 

 

「真戸さん。草場さんの見舞ですが……」

「あー、これでメロンでも買って行きたまえ。私は仕事に当ろう。

 今行ったら、死神でも来たかと思われかねない。さっきも高校生くらいの子から、なかなか怖がられてしまったしねぇ」

「……心中、お察しします」

「いやいや。喰種専門の死神というなら、いくらでもなってやりたいとろこさ。

 有馬君のごとくねぇ」

 

 くつくつと笑いながら、真戸さんは俺にいくらか札を渡して背を向け、夕暮れの町に出る。

 俺はその背を見送りながら、後を追うべきか迷い、見舞に行く事を優先した。

 

 本当ならば、俺も彼のごとく仕事に専念したいところだ。

 だがもし意識が戻っているのなら、聞ける情報もいくらかあるかもしれない。

 

 だが、病院に着いた時点で俺の予想は外れていた。

 

「亜門さん」

「……中島さん」

 

 草場さんの病室。そこでは、ぐっすり目を閉じている草場さんが居た。

 血色は悪く無い。自発呼吸もしているから、状態は安定してると見て良いだろう。

 

 だが、状況はそれでは済まないらしい。

 

 腕と足を縛られて、彼は眠っていた。 

 

 中島さんは、簡単に彼の状態を説明してくれた。

 

「……パニック障害?」

「PTSDと幻肢痛と、何より殺されかかっていたというのが大きいらしいです」

 

 釣られた右腕は、肘より少し下から全てが欠損している。

 巻かれた包帯にわずかに血の痕が滲んでいたのは、暴れたからだろうか。

 

「明るいうちは良いんですけど、夕方から夜にかけて……。

 あの精神状態で、捜査官を続けることは難しいだろうと。復帰するのには長く時間もかかるだろうとのことです」

「そうですか……」

 

 ベッド横の冷蔵庫を開けて、俺の買ってきたメロンをしまう中島さん。

 

「……メシ、一緒にどうですか?」

「……」

 

 頷き、俺たちは前に行った蕎麦屋へ向かった。

 あげ物の香りとアルコール臭が鼻腔をくすぐる。

 

「……こう言っちゃ何ですけど、複雑ですね」

「……中島さん?」

 

 自嘲するように、彼は口を開いた。

 

「いっそ死んでしまった方が楽な状態なのかもしれないと思うんですが、でも、やっぱり生きていて良かったんですよ。喰種が『なまったか』みたいな事を言っていたんですが、たぶんそのせいで」

「……」

「あれじゃ嫁さん貰うのも大変だろうし、居たとしても、色々……。

 アイツ、貴方のこと尊敬してたみたいですよ」

 

 とりとめもなく続く中島さんの言葉。

 店主が注文を持って来て、草場さんが居ないことを不思議がる。俺達は、言葉が続かない。

 

「……俺、ここでいつもこのセットなんですよね。草場の野郎は『まーたそれですか』って言いやがって。

 そのくせ俺に奢らせやがって……。早く、帰って来いってんだ」

 

 仕事どうすんだよ、おい。中島さんは、涙声にそう続ける。

 俺は――勢い良く目の前の丼を平らげ、言う。

 

「……草場さんが、誰かがこんな風になる世界など間違ってる。

 俺達が正すべきなんだ」

「……」

「今度、俺にも何か奢ってください。きっと草場さんより食べますが」

 

 そして。

 

「いつかまた、三人で食べに来ましょう」

 

 その時は、少しでも笑い合えるように。

 俺は、決意を新に拳を握る。

 

 中島さんは一瞬呆気にとられて、そして苦笑いを浮かべた。

 

「……二人分は流石にキツいな」

 

 困ったように言いながらも、それでも、彼の目は先ほどよりは真っ直ぐ前を向いたように思えた。

 

 

 




今回まとめ:

真戸さん人間には優しい
草場さん生存

カネキ、原作よりヒデと喰種についていっぱいしゃべってる

※12/21誤字修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。