記憶を辿るとほんの数年前のことだけれど、なんだか酷く懐かしい感じがする。
当時、私達はまだCCGの学校で、喰種捜査官を目指していた。
喰種の被害に遭った子供は多くがCCGに拾われ、そこで育てられる。子供たちの多くが喰種に憎しみを抱いていて、そのまま成長すれば「CCGアカデミー」に進学する子供が多数だ。
私達もそんな風に、そろってCCGの施設で将来を思い描いていた。
自慢じゃないけど二人そろって成績はいっとう良くて。
そして放課後、帰り道でよく
「ナシロ~、クロナ~。何してたよ?」
「課外活動の帰り」「玲もたまには顔出しなよ」
「嫌よ~?」
「むしろ何してんの?」
「アリつぶしてるよ」
「やめなよ」
玲は変な奴だった。授業にも全然出ないで、四六時中ぼーっとしていて。男なのか女なのかさえよくわからなくて、色々事情を抱える私達の中でもひときわ目立っていて。
でも、笑顔だけは屈託ない奴だった。
『――喰種が多くのヒトの命を奪い、そして私や君達の運命を狂わせた。これからも我々から多くのものを奪い続けることだろう。それを心に刻み、日々の訓練に邁進して欲しい。以上で講義を終了する』
教室がわーっと、拍手を亜門一等に送る。
誰しもが彼の言葉を聞いて、そこに自分を重ねてるからだと思う。ただ玲だけはいつもみたいに、何も興味を示して居ない感じだった。
私達の隣でそわそわしてる、川上雫。身体は弱いけど、そのぶん人一倍みんなにニコニコと接している感じの彼女。私とナシロは顔を合わせて、一緒に彼女の背中を押した。
「亜門一等! おはなしありがとうございました」
「『レッドジャム』捕獲の話、とても参考になりました」
「嗚呼、ありがとう。君達は……、安久だったか。噂は聞いている、非常に優秀だと。
川上は、座学の成績は高いと聞く。無理をしない範囲で頑張れ」
「あ、あの……」
言いよどむ雫に、私達は背中を押す。
でも、口をついて出てきた言葉はちょっと予想外のものだった。
「じょ、女性でも立派な捜査官になれますか……? 一等のような……」
「嗚呼。不可能ではないだろう。例えば優秀な女性捜査官は数多く居る。1区の安浦女史や私のパートナーであらせられる真戸上等のご婦人は、28で准特等になり教官職までつとめていた方だったそうだ」
「すごい……」
「女性で特等って……」
私達もそれには驚かされて、でも中でもやっぱり雫は顔つきが違った。
「そのヒトって、今は……」
「非常に優秀な方だったが、既に殉職されている」
「へ?」「それって……」
「相手は隻眼の喰種だったそうだ。……真戸さんの最終目標も、その隻眼だ。いつか必ず、俺達の手で倒す。もう悲劇が生み出されないように……。
おっと、すまなかった。だがいつか、一緒に仕事を出来る日が来る事を楽しみにしているよ」
包み隠さない物言いの亜門一等。でもその姿勢が、何より真摯に私達の言葉に答えてくれているような気がした。
気を引き締める雫に、私はからかうように「てっきり告白でもするのかと思った」と言ったら。
「しないってそんなの……。今年入ってから、彼氏も出来たし」
「「!?」」
これにはナシロと一緒に、顔を合わせて驚いた。ちょっとどういうことなのか、詳しく問い詰めてオハナシしようとしたけど、ひらりと交される。なんだか本が好きらしいってことだけは教えられたけど、それ以外情報が来ないだけ雫も本気だったみたいだ。
「そのうち紹介」「そうそう」
「いや、まー、ね? うん。――くんも、まだデートとかもそんなに行ってないから、もうちょっと、ね?」
雫が当時、すごく幸せそうに笑っていたのをよく覚えてる。
でもそこからしばらく経たず、入院してあっという間に雫は亡くなった。
みんなと一緒に動く捜査官になれなくても、それをサポートできるようになりたいって張り切っていたのが、今でもよく覚えてる。
一度だけ、雫の彼氏だったっぽいヒトと、墓の前ですれ違ったことがあったけど、その顔もよくは覚えて居ない。ただ、酷く悲しそうな目をしていたのは、どうしてか頭の片隅に焼きついていた。
「……人間て、簡単に死ぬんだね」「うん……」
ちょっと歩こうかと。彼女の墓石に頭を下げて、私達はゆらりゆらりと墓所を後にする。
パパやママに会えたかなと、お互いに話しながら――。
そんな途中、森の中で玲が居た。ぼうっと立っているようにも見えた。
「……玲」「なにしてるの?」
その表情は不思議と呆然としてるようにも見えたけど、玲はすぐに笑った。
「……こんばんわ。
二人はお墓まいりよ?」
「うん」
「……玲は、悲しくないの? 雫が、仲間が――」
「あー、死んだ?」
これだ。
玲は、死ぬってことに対してすごくドライだった。……ドライ過ぎるほどに。
幼いときに喰種に攫われて育てられた、という話は教官の一人からぽろっとこぼされたことはあった。でも、そんなに悪い奴じゃないっていうのが私達の結論だった。
だから、その言葉に私達は言った。
「……その言い方止めなよ。感じ悪いよ?」
「なんで? ただ死んだだけでしよ?」
「……?」
「ごはん食べるのも、遊ぶのも、みんな一緒よー」
「玲、冗談なら笑えないから……」
「冗 談?」
ふと、その言葉にだけ玲は途端に反応した。
笑っていた表情が、急に暗澹とした。
「……なんかうるさいよ。冗談?? 冗談ってなんだよ??! ヒトも喰種も、どいつもこいつもどっかで沢山死んでるんだよ……ッ、そのうちの一人になったってだけだろうよ」
「何で……ッ、みんな友達じゃん、仲間じゃ――ッ」
そして、私達の言葉は止まった。
玲の目の前には、野良猫の死体みたいなのが転がっていた。……玲の顔には、その猫の血みたいなのがついていた。
「アンタ、それ……」
「埋めるよ。これから」
それが何か? と。玲は頭を傾げて私達を見た。
……教官から聞いていた。施設内の誰かが、動物を殺してるらしいと。合計すれば犬十匹猫四十匹。小さいのも合わせれば、たぶんもっと膨大な――。
「眠れ~よ♪ 眠れ~よ♪ ――」
歌いながら土に、バラバラになった猫を入れていく玲。
その空っぽな姿が、どうしても私達には理解できなかった。
それはきっと、今でも――。
※
「同窓会って感じですかァ? アッハハハ、何ですその赤い目。もしかして人間辞めたですか? なんで人間辞めちゃったですか?」
「黙れ」「……お前にだって、いつか分かる」
さっとドライバーを構えて、でも私は腰に付けない。シロの分はあの大きいのに壊されてないから、後でシロにも付けさせないといけない。万一この場で壊されると、リジェクションで大変なことになる可能性もある。
玲は「わかんないこと言わないでくださいです」と言った。
「ジュギョー出てないから頭悪いんですよー、知ってるです?
でもぉ、ボクは鈴屋什造捜査官です~」
そう言いながら、手に持っていたクインケ……、玲らしい毒々しい形状のそれを構えて、けたけたと笑う。
「――殺さなきゃいけないじゃないですかァ、ねぇ?」
それを合図に、私達は玲に飛び掛った。
そう何度もみた覚えのない、玲の動き。こっちの動きをあざ笑うように、くるくる回りながらするそれはなんだか曲芸師みたいだった。ガラスケースを蹴って、飛んで、クインケを上の手すりに引っ掛けてブランコみたいに回って。遊んでるようにさえ感じる。いや――、遊んでるんだろう。玲は。
何故ならずっと、玲からは笑いがこぼれっぱなしだったからだ。
「前から思ってたですよー。腹を割って話すって、無理じゃないですか~? 人間だけだと。
ボクはちょっと『ゆるい』ですけど、普通の人間相手だと簡単に割れないじゃないですかァ」
「何が」「言いたいッ」
「今の二人とだったら――綺麗に腹を割って話せる気がするですよ――!」
……サイコ野郎がッ!
「名前変えてまでアンタ使うなんて、やっぱりCCG、イカれてるよ――ッ」
「腹なら自分のだけ裂いてろ――ッ」
手に持っていたクインケをはじき、赫子で玲の身体を攻撃しようとした瞬間。
まるで袋でも割れるように、玲の腹から血が噴出した。
「あっちゃ、応急手当じゃ無理でした。あっははは、こぼれちゃうです、あはは――」
「……アンタには『正義の味方』もどきも相応しくない」
悪く思うなと、私たちは玲目掛けて走り出して――。
「――いえいえお互い様です~」
『――サソリ・レギオン!』
※
眼前の
中央に赫眼のあるような仮面を付けたハイセは、びくびくと動きながら、俺達の視界から消え――。
『――ガァッ!』
動きはまるで獣だ。
ムカデの足のような赫子が地面を蹴り、四つの昆虫の足を思わせる赫子が篠原さんの首に迫る。オニヤマダで受けはするが、その横からかなり正確に喉を狙っている。アラタを装着していなければ、どうなっていたか。
「篠原さん――ッ、これはジェイルの!?」
走り出そうとすれば、足元は赫子から放たれた冷気で凍らされる。アラタで無理やり歩き出すことは出来るが、今の瞬間でそれは間に合わない。ムカデのような赫子から、毒々しいまでに冷気が放たれていた。
結果的に篠原さんも、ギリギリといった表情でムカデの攻撃を裁いていた。
「……およそ五十パーセントってところか。赫者化しつつあるね、君っ」
『――リコンストラクション!
オニヤマダ・フルチョップ!』
オニヤマダの一撃を受け、ハイセも流石に後退させられた。篠原さんもアラタで無理やり凍った足を動かし、状況を見る。
俺達と距離をとると、ハイセはこちらの様子を伺っているように、背後のラビットを庇いながら一歩も動かない。
俺の背後で、車谷さん達がどよめく声が聞こえる。アキラが「あれか、君の言っていたのは」と顎をしゃくる。頷きながら、俺はハイセの様子に疑問を抱いていた。
そしてふと見れば――ドライバーが欠けているようにも見える。
「嘉納……、一体この施設で何を?」
「……目的は違ったけど、危険な喰種を残しておく訳にもいかないね。
亜門、いけるか?」
「――はいっ」
クラを分割して構える俺。篠原さんはオニヤマダを肩に担いでいる。
S級配置を叫ぶ篠原さんに合わせ、周囲が動く。多くが後方に回り、取り囲むように、敵が逃げられないよう配置し、バレットを構えた。
「……本当ならオーバードライブしたいところだけど、無茶はできん。ライドチャージも後一回くらいが限界だろう」
「篠原さん、俺が行きます――」
「頼めるか? ……いや、頼む」
ドライバーを一度展開し、ボタンを操作して再度閉じる。
『――アラタG3! ライドダブル・チャージ』
スピードと、パワー。
制御装置から響く電子音と同時に、俺の体感が加速する――。視界の上には時間表示で30秒のカウントダウン。
その時刻が1秒を刻む前に、俺は駆け出した。
ハイセの目の前にたどり着くのに、目測8秒、実質2秒。
振り下ろすクラは一秒足らず、ハイセが認識して対応するよりも早く。
それでもなお赫子が既に動いているのは、もはや条件反射の領域だろう。クラ両端を赫子で押さえ、中央のムカデのような赫子が動く。
冷気が届く前にクラを振り払い、今度は俺が奴の一撃を受ける番だ。鈍重そうに見える赫子はしかして俊敏に動き、めきめきと"足"に当たる部分が動く。
強化された時間隔と腕力のお陰か、それを受けても後退はすることはない。ないが……。しかし何故だろう。その攻撃には、不自然な「やり辛さ」を感じ――。
「ッ、亜門上等! 引け、相性が悪い!」
アキラの叫びが届き、ようやく俺は気づいた。このアラタシリーズは甲赫。対してハイセは鱗赫。クラを含めても、ある意味一番相性が悪い。
めきめきと動いた赫子が二つ、俺の両肩目掛けて伸びる。驚いたことに、それは俺の身体を含めて「貫通した」。
アラタのライドチャージの時間が、十秒を切った――。
「――おおおおおおおおおお!」
組み合っている最中、篠原さんがハイセにオニヤマダを振り下ろす。獣のように一体に対して攻撃が集中してるなら、奇襲は有効だ。
だが獣のようでありながら、ハイせはどこかで冷静だったのだろうか。
いや、クインケドライバーを使っているせいか。
篠原さんの胴体に、突如「ムカデのような」赫子がぶつかる。
何だと? おかしい。何故なら今ハイセのそれは、俺がクラで受け止めて――。いや、そうじゃない。篠原さんに襲い掛かったムカデのそれは、ハイセの身体から伸びていない。「分離している」。
『――この世の全ての不利益は当人の能力不足』
うめくように続くハイセの声は、やはりどこか泣いているように思える。俺の胴体を弾き、ハイセは篠原さんの元に向かう。
更に分離したムカデが俺にまとわりつく。
腕を締め付け足をからめとり倒されては、流石にこれを振りほどくのに五秒では無理があった。
バレットを構えながらアキラが徐々にこちらに近づいてくるが、やはりその視線も篠原さんの方を向いていた。
『だから皆死んだのも、殺さなきゃいけなかったのも、僕のせい』
「……」
『弱いとみんな殺されちゃう。……守る事もできない。居場所も、ヒトも、手段も――!
だから強くなきゃいけないんだ。強く。そのために名前が邪魔なら、そんなものは要らない』
ただの
「君は……、哀れだ」
何かを悟ったように、篠原さんは眼帯を見て、オニヤマダを構えた。
「カミさんやチビらに、まだまだ家族サービスしなきゃならんのでね。……、人間のしぶとさ、ナメちゃいかんよ――!」
『――僕は人間だあああああああああッ!』
支離滅裂な叫びを上げながら、ハイセは篠原さんに襲い掛かる。
冷気に対して無理やり戦い続ける篠原さんだが、体力的な限界も近い。
ハイセは言う。来ないでくれと。
俺は、その姿に幻視する。俺の――「父親」を。
――誰が入って良いと言った?
カズキも、ユウスケも、アキエも。
施設を出たと言われていた子供達全てが、あの男に喰らわれていた。
家族だった。決して幸せな生まれではなかったかもしれないが、家族だった。
それが結局、只の家族ごっこだったという事実は、当時の俺を打ちのめした。
”仮面ライダー”に救われCCGを志すようになる前。まだこの世界の歪みに怒りを抱けなかった、あの頃のような――。
なら、何故あの時、俺を奴は殺さなかったのか? ……俺だけを。
あのハイセなら、何か分かるのではないか。俺の中に、ほんの少しだけ引っかかりを覚えるこの記憶に、何らかの結論を付けられるのではないか――。
ムカデの赫子を引き剥がし、投げ、俺は身体を起こし直す。
起こしながら、ハイセの荒れ狂う様を見る。
「――上等、秘密兵器だ」
俺に向けて、アキラが手渡したそれは。半年ほど前に一度だけ見た、赤い、ダイヤルの付いた装置だ。
ダイヤルは5に設定されている。
「『ヴィクトリー・シンクロユニット』。クインケドライバーの拘束力を上げ、赫者にさえ対応させる装置だ」
「……何故こんなものを?」
「さぁて、な。それより使い方だが――」
「以前聞いたな。確か」
「なら、大丈夫か」
手渡されたそれを一瞥して、俺は視線を前に向ける。
俺からはがれたムカデは、黒ラビットを守るかのように、その場にとどまり続ける。
この時点で、俺はラビットとハイセのつながりをかなり強く確信していた。……同時に、黒ラビットがラビットと同一であるだろうことも。
クラを杖代わりに立ち上がり、俺は走りだす。
篠原さんの身体の側面をハイセの赫子が貫く。バランスを崩し、後退しながら倒れる篠原さん。それ入れ替わるように、俺は前に出て。
「おおおッ!」
『――』
ハイセの赫子を受けながらも、奴のドライバーの端にユニットを装着した。
『――ああああああああああああああああああッ!!!!!?』
腹部を押さえ、絶叫し転がるハイセ。だがその手がユニットを外すことは出来ない。
分離していたムカデの赫子がその場で朽ち果て始めてる。まるでクインケ起動を逆回しに見て居るように、煙を上げながらそれは液体のように溶ける。
のた打ち回りながらも、ハイセは「変身」した状態を解こうとは決してしなかった。……まるで無理やり、今の状態を維持しようともがいているようにさえ見えた。
『行かないで……、――さん、僕は、僕は――』
俺も篠原さんも動けず、アキラたち後方もバレットを構えたまま。
下手に近寄る事さえできない、その状況において。
『――羽・赫ッ!
その音声と共に、その場が白い霧のようなものに包まれた。