仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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#051 痕足/鳥足/百足

 

 

 

 

 

『気を付けろ。白鳩が来ている――』

 

 それだけ言ってから立ち去った四方さんを一瞥し、嘉納先生はこちらを見た。

 その視線はクロナちゃん達に向けられていて――どこかそこには、失望のような色が見えた気がした。

 

 僕は僕で、完全に思考が混乱していた。どこからどこまで店長が関わっているのか。そして何故今、ここで四方さんが現れたのか。

 お前の信じた道を行け、か……。

 いや、何にしても戻らないといけない。店長のことは後回しだ。少なくとも僕を助けた仮面ライダーが、あのヒトであることに代わりはない。例え何か裏があったとしても、その事実に変わりはないのだ。

 

 でも、だからこそ嘉納先生の確保という目的事態にブレはない――!

 

 痛みで身体を震わせてるクロナちゃん達を一瞬見た上で、僕は嘉納先生に向かって飛び掛った。

 

「――回!」

「ッ!」

 

 赫子の”手”を振りかぶっていた僕に、鯱さんの赫子が腹部に極まる。打撃としてのその一撃は、やはり手を抜かれていることに代わりはなかった。

 

 血を吐き、這い蹲る僕。

 わずかに意識が朦朧とする中、彼の言葉が僕の耳に届く。

 

 

()の貴様では儂には勝てん。

 人の世で錬を重ね、喰種の肉体でその業を昇華させた……。

 貴様とは蓄が違うのだ!」

「……ッ」

「――カネキケン。それでもなおそれを上回るつもりならば、まず自ら弱さを知れ!

 己が心に向き合う他に、道はなしッ!!」

 

 そう叫びながら、鯱さんは加納先生を抱えて飛び上がった。僕はそれに手を伸ばし、何かを言った。でもその音は、周囲のケースから現れた実験体たちに――僕らの「なりそこない」のヒト達のうめき声に覆いつくされた。思考が退行しているのは、赫子で脳が蹂躙されるからだろうか。何にしてもママ、ママと蠢く彼らを、僕はとても直視出来なかった。 

 

「嘉納先生……ッ」

「不完全だが、君たちの兄弟だ。仲良くしてやってくれ。

 シロ、クロ。ちゃんと『逃げて』きなさい」

「パパ――」

「それからカネキくん……、田口くんをありがとう。また会おう」

「――ッ」

 

 なんで今更そんなことを言うんだと。彼女の病状を知り、そそのかしたのは貴方じゃないかと。もしかしらた彼の中に、ほんの少しでも田口さんを救ってやろうという心があったのかもしれないとさえ思えてしまうように、このタイミングでの言葉は酷かった。

 

 立ち上がろうとするクロナちゃん、ナシロちゃんに向かう実験体のヒトたちを、僕は”手”で薙ぎ払う。

 驚く二人に視線を向けることも出来ず、僕は自分に襲い掛かってくる実験体たちと戦う。身体から中途半端に赫子を垂らす、全裸の人間たち。どれも身体が肥大化していたり、あるいは思考が薄い顔をしている。

 

「――」

 

 クロナちゃんが頭を下げて、僕の後ろの方に走る。

 僕は周囲をうかがいながら、赫子を「尾赫」に切り替えようとドライバーのダイヤルに指をかけ――。

 

 ぎゃり、と音が鳴り、ダイヤルが回転しない。

 

「……!? まさか、さっきの鯱さんのでまたヒビが――」

 

 実験体たちに噛み付かれた腕を振り払い、相手の赫子をむしろ齧る。状況は決して不利ではない。不利ではないけれど、でも決して攻勢という訳でもない。

 

 鯱さんは言った。自らの弱さを知れと。己の心と向き合えと。

 

 向き合えって、何だ? この、大したものも詰まっていない、ただどうあるべきだけを定義してその場その場で対応できるだけの、そういった人格を「作った」僕が?

 弱いことなんて最初から知ってるんですよ。だからそれを誤魔化して、無理に誤魔化して今まで来たんじゃないですか――そうしないと、とても一人では立っていられないじゃないか――ッ!

  

 赫子を使いながらも状況のせいか防戦一方の僕。突進を受け止める力も、普段より大きく低下している。

 

 いつもなら聞こえて来るだろうリゼさんの声も、もう聞こえない。

  

 

 ここで死ぬつもりはないけれど、消耗は免れないだろう。

 後ろの皆が気になる。CCGが来てるというのなら、速く、早く助けにいかないと――。

 

 どくん、とドライバーの奥がが脈打つ。

 

『――この世界は弱肉強食。強者が喰らうのが世の常だ』

「……?」

『だけど、強者とは何だ? ――這い上がった者だ。カネキくん。それは――』

 

 

 (オレ)だ、と。

 聞こえた声はヤモリの声で――。

 

 

 

『――鱗・赫ゥ! 赫者(オーバー)!』

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 撃っても撃っても、キリがねぇ――。

 

 そもそもの能力も高いんだろうが、目の前の捜査官(オッサン)は「変身」してから、オレの赫子相手に一歩も引いてない。あのオニヤマダとかいうクインケを振り回し、弾いて流して、オレ目掛けて振り下ろしてきやがる。

 下だけつけてるならまだしも、顔全体を覆う地下帝国のウサギ(アビスラビット)のマスクのせいで視界が限定されてる状態だと、流石にまずい。

 

 だが、今外す訳にはいかない――。

 一瞬気を抜いた瞬間、相手の一撃がオレの腹を薙ぐ。

 

 とっさに赫子をマントみたいにして纏って直撃は防いだがぶっ飛ばされて壁を貫通した。どんな腕力だ……ッ。

 

 他の連中が来ないあたり、ナキのヤローと変態が何とかしてんのかもしれない。オレは照明が薄暗いのに乗じて、捜査官に奇襲をかける。

 が、しかし硬い。オニヤマダってのを除いても、胴体に関したら完全に俺の強度を上回っていやがる。

 

『くっそ……ッ!』

 

 何度飛び掛っても。何度飛び掛っても。

 何度やっても、何度やっても俺の攻撃は奴に届かない。

 

 何で、何で。何で何で何で何で――。

 

 何で勝てないんだよ、馬鹿親父……ッ!

 

「……動きが鈍いな、アラタ。何故だ?」

 

 ――おやすみ、トーカ。アヤト。

 

 記憶にある最後に親父を見た光景が。パパと寝ぼけながら頭を傾げた俺に背を向け部屋を出て行った親父の姿が、被る。

 後日、芳村のジジィとオッサンから手渡された、俺が名前を彫ったドライバーが。

 

 気が付いたら、眼帯ヤローが付けていたあのドライバーが――ッ!

 

 

『――おおおおおおおおおァッ!』

「――ふんッ!」

 

 振りかぶったクインケが、俺に叩き落とされる。

 

 左背部の赫子がバラバラに弾け、勢い余って俺はその場で倒れた。

 それでも無理やり立ち上がろうとして、拳を握り殴る。

 

 ……あー、駄目だ。殴りにもなんねぇ。

 

 こんなんじゃ、包丁の時のにゃんこぱんちだ。

 

 クインケ振りかぶった捜査官が、俺の方を見て変な顔してやがる。何だその顔、驚いてんのか? 何に驚いてるんだってんだよ、ッタク……。

 急に瞼が重くなって、俺はその場で身体を起こしてられなくなって――。

 

 

 

   ※ 

 

 

 

『くす、くすくす』

 

 奈白(シロ)の手を引きながら走る私達の背後から、声が聞こえた。 

 二人で振り返ると、そこには変な小さいのが居た。包帯巻いて、フード被って、更にその上から吸血鬼とか着ていそうなマントを羽織っていた。

 

 そいつは、私達をタンクの上から見下ろして、笑う。……嗤う。

 

『あんよが上手、あんよが上手、て感じかな? 中々滑稽だけれど良いのかい? 

 お兄ちゃんを置いて行っちゃって』

「……?」

『やまない吐き気と引き換えに手に入れた日々は、心地よかったかな?

 ……いや、それはないよね。穴の開いた空洞は、代用品じゃ埋まらないもの――』

 

 私とシロは飛び上がり、その小さいのに攻撃をしかけようとして――。

 

 でも気が付くと、その小さいのは天井に「立っていた」。それこそまるで吸血鬼か何かみたいに。重力に逆らって、衣服は全て天井に向けて下りていた。

 

『おめでとう。√Bでは君たちが大出世だ。って、嗚呼こっちじゃこういうの駄目だったっけ。

 うん、でも気づいてはいるんだよねー。殴りかかって来たって事はさ。誰の目を誤魔化せても、お医者さんの目は誤魔化せないぞー? 何せ私は「死神ドクター」だしねー。

 ――嘉納は君達を、決して子供のように愛してるわけではないってことくらい』

 

 

 ……何を、言う。

 パパはパパだ。私とシロは、お互いにそれを言葉で肯定し合う。

 

 それを、目の前で上下さかさまの小さいのは、くつくつと嗤った。

 

『両親を失って悲しんで、家を買い戻してもらって、愛してくれる親の代替品があればそれで十分?

 違うよねぇ、違うでしょ。代替品は所詮代替品でしかないからね。

 じゃあ――そこから目を背けてるのは? 虚飾の世界の方が――』

 

「うる――」「――さいっ!」

 

 赫子を差し向ける私達に、でも小さいのは全く動かない。いや、むしろちょっと身を翻しただけで、私達の赫子がマントに「はじかれた」。

 

『んー、やっぱイマジネエェイションンッ! が足りてないかなぁ。

 下手に冷静すぎるのも問題なんだよね、赫子は「心」に食い込んでるから』

「何を言って――」

 

『――相手から愛される最も簡単で効果的な方法は、そのヒトの傷を見抜いて、えぐりながら寄り添うことだよ』

 

 それを言った小さいのの声は、全く笑ってなかった。

 

『離れられなくもなるよねぇ。もう失いたくないんだから。そういう意味じゃ「お兄ちゃん」とやらが、君達を逃がしたのも頷けるかな。一緒なんだろうねぇ。

 でも違うところも多い。私はお兄ちゃんに言ってあげられるよ? 誰かが君を愛してると。

 ――でも、君達はどうだい?』

「……ッ」

『あなた達を愛して『くれた』ヒトたちは、人間の世の中に居た。人間のパッパとマンマに、人間の友達とかかなー? でも、もう愛されないよね。そんな身体になっちゃって。

 ねぇ? ――ナシロちゃんにクロナちゃん』

「「!?」」

 

 な、んで、名前――。

 お兄ちゃんみたいに教えた訳じゃない。お兄ちゃんが言うことも絶対ない。言う言われはない。なら、なんで――。

 

 

 包帯の小さいのは、本当に悪魔みたいにささやき続ける。

  

 

 ――「誰なら本当に愛してくれるのか」なんて、考えもしなかったのに従って。

 ――そんな身体になっちゃって、今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?

 

 どこからか取り出したカルテみたいなのを手に持ちながら、相手はきっとニヤニヤしてる。

 

 ――ねぇ、人間を辞めた感想は? 何人殺してきたの?

 ――人間を食べた感想は? 味は? お腹が満たされたの?

 

 ――結局、心は満たされたの?

 

 

「うるさい……」「うるさい、うるさい……ッ!」

 

『――defekt(不良品)

 

 相手が何を言ったかなんて、全然わかんなかったけど。

 私はシロの手を引き、急いでその場から離れた。

 

 

『あらあら、不安定すぎるじゃないかねぇ。これじゃ精神安定化って難しいよねぇ中々……?

 お、これは何か珍しい赫子の匂いがすっぞ? あたしゃわくわくしてきた――!』

 

 わけのわからない言葉が、段々と遠ざかっていく。

 そのことに安堵を覚えながらも、私はどこかで「嫌な予感」がまだ消えてない。

 

 そしてそれは案の定――。

 

 

「――あれれ? クロナとナシロです?」

 

 逃げる途中、目の前に居たのは鈴屋、玲。

 思わず名前を呼ぶと、奴はちょっと嫌そうな顔をして言った。

 

「今はジューゾーなんですよぅ。ニトーですよニトー。セイドーちゃんと強ければもっと仕事あるですのに――」

 

 玲の名乗ったその言葉に、私とシロは、一緒に嫌な感情を浮かべた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「篠原さん――」

「おお、亜門か。今、ちょっと終わったところだ」

 

 アラタを装着したまま、篠原さんがこちらに疲れたように笑い、手を振った。マスクオフしているお陰で視界は多少広がっているが、それでも薄暗いことに代わりはない。

 

 そんな中でも、篠原さんは確実に戦い、勝った。足元には……、黒いラビットが倒れていた。

 アキラがバレットを構えながら、確認をとる。

 

「トドメは?」

「いや、まだだ。なんか満身創痍って感じだな。

 ……アキラ、どうするんだ?」

「クインケにします」

「だろうなとは思ってたよ。

 ……そっちはどうした?」

「途中、両者共に逃げられました」

「んー、まぁ成果で見れば微妙か。でもラビットを捕獲できたっていうのは、結構大きいな」

 

 アキラがしゃがみ、ラビットのマスクを見る。目のゴーグル部分から見える、閉じられた目を見た上で、彼女はそこに指をかけ、マスクを外そうと――。

 

 

「――!? アキラ、離れろ」

「ッ!?」

 

 

 突然の篠原さんの叫びと共に、アキラが俺の方に投げられる。胴体に彼女を受け、俺はそのままバランスを崩して後方に飛ばされた。

 

 突如として、敵は天井から「降って来た」。

 

 おんおんとのどを獣のように鳴らしながら。巨大な赫子が一つと、四つのような赫子。

 落下直後にその喰種は、ラビットを抱えて逃走。煙が舞う視界の中、篠原さんは我先にと後を追う。

 

 俺は受け止めたアキラを無理やり引き起こし、そのまま走った。

 

 

 先ほどの場所とは違うホールのような場所。無数に転がる、不気味なヒトガタの山。

 

 そしてその向こうに、先ほどの奴は――いや、()はいた。

 

 

「……ムカデみたいだ」

 

 

 篠原さんの言葉の通りだ。ラビットをその場に置いて、こちらを振り返る眼帯(ハイセ)。その背中からは、合計で五つの赫子が生えていた。

 うち四つはクモの足のような、それでいて鱗赫らしい特性を残した赫子。

 そして最後の一つは、篠原さんが言ったように真っ黒で巨大な、ムカデのような赫子。

 

 顔面は、何か今まで見た事のない仮面のようなもので覆われていて――。

 

 

『――こないで』

 

 

 ひびわれたような声は、何故か泣いているように聞こえた。

 

 

 

  

 

 




誰が愛してくれてるんでしょうかねぇ・・・

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