仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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#046 遁走/転婆

 

 

 

 

 

「――そろそろ、看護師の田口さんが通るはずです」

「カネキくん、いくら情報収集のメインを僕が張るとは言っても、何故全く待つそぶりがなかったんだい? Please tell me,nh?」

 

 月山さんの言葉を聞き流しながら、僕は病院の裏口を見下ろす。日は落ち、ビルの明かりがわずかに視界を照らしていた。

 指を鳴らし、月山さん、バンジョーさん達五人に指示を出した。 

 

「計画通り、彼女を尋問します。……手荒な真似はしない程度に。何も知らないようなら、ある程度安全を保障してから開放します。

 そして、場合によっては――できる限り、保護します」

「保護?」

「アオギリの樹がマダム側を捕捉できていない場合、あちらからも彼女に接触する可能性が高い。どう考えても、僕らより手荒になります。おそらく情報が聞きだされれば、そのまま殺されることでしょう。

 それは――避けたい。

 ただ、状況によっては事前に言っておいたように、逃走もお願いします」

 

 決して誰しもの命を救いたいとは言わない。それでも、みすみす放置していたら奪われてしまう命があるのなら。それを放置しておくことも、僕には出来そうになかった。

 

「……来た。行きます」

 

 先に全員に配置の指示を出し、僕と月山さんはビルを降りる。

 

 カツラが落ちないように頭を押さえながら、赫子の”手”で衝撃を和らげつつ地面に降り立つ。

 月山さんは思いっきり赫子を壁に突き立てていたけど……、いや、距離がある程度あるし、大丈夫か。

 

 田口さんは、咳をしながら歩いていた。

 

「ゲホッ……。

 先生が、研究は再生医療の最先端だって言うから……。でも、こんな危ない目に巻き込まれるんじゃ――」

「田口さん、大丈夫ですか?」

 

 突如、背後からかけられた声に、彼女はびくりとなった。

 僕の方を振り向いた表情は、いくらか怯えているようだった。……特に殺気のようなものを出している訳でもないので、変なタイミングで登場されたことに対する驚きがあったのかもしれない。

 

「か、カネキく――」

 

 そして、その瞬間だった―ー。周囲から、三人の白いスーツの男が現れたのは。

 巨体の二人と、痩身の一人。こちらに背を向ける形で、彼は田口さんに笑いかけた。

 

「どーもォ、ナースちゃん」

「ぐ――喰種!?」

「ッ!」

 

 とっさに、僕はドライバーを装着しつつ、彼に対してとび蹴りを加えた。

 

 変な声を上げて倒れる痩身の男。巨漢二人が動揺した隙に、僕は田口さんの手を引いて、背後に庇った。

 

「痛ッ……、なにお前? これから情報を聞かなきゃならねぇんだけド……」

 

 赫子を出した彼に対し、僕はドライバーのレバーを落とし、マスクを片手に握った。

 

 

「変身――!」

『――(リン)(カク)ゥ!』

 

 

 変貌した僕の姿に、息を呑む田口さん。

 大して、目の前の喰種は一瞬驚いたような表情を浮かべ、そして。

 

「そのマスク……、白髪……ッ。そうか、テメェがタタラの言ってた……」

「……アオギリか」

「違ェ! 力、貸してるだけだッ! アニキイイイイイイイィッ!」

 

 絶叫しながら、その喰種は地面にうずくまり、殴り始めた。心なしか、涙がこぼれている。

 突然の挙動に唖然とする僕と、なだめようと動く二人の巨漢。

 

「神アニキィ……、駄目だ、思い出いっぱいで泣けて来て戦えねェ……ッ。

 ヤモリさァん……!! 何で俺を置いて逝っちまったんだよォ……!! コクリア出たら拷問してくれる約束だったろォ……?」

 

 泣き喚く目の前の喰種。困惑しながらも、僕は思考をまわす。ヤモリ? ヤモリと言ったか? とすると……、確立は低いが、この喰種が「ナキ」? 拷問の最後、ヤモリが言っていた喰種だろうか?

 確かに、僕とは別な振り切れ方をしている。こちらはむしろ、拷問を受け入れる側になってしまったのだろうか。

 

「アニキ殺した……、テメェを、殺す……ッ」

「……ちょっと待って、僕、ヤモリは殺してないですよ?」

 

 ふぇ? とナキは涙を流しながら、僕の顔をきょとんと見上げた。

 

 嘘は付いてない。確かに瀕死に追い込みはしたが、あの後しばらくすれば逃げるくらいに回復は出来たはずだ。赫胞が残っているのだから、空腹を堪えてでも。

 

「確かに戦いましたし、お互い追い込まれましたけど。命までは取ってません(取りたくもなかったですし)」

「じゃ、じゃあ何でアニキは死んだんだ?」

「……たぶん、あの場で残っていたCCGの誰かです。

 クインケに『ジェイソン』と名の付くものを持っていた捜査官が、最近居ました」

 

 僕の言葉に、再び「アニキィィ!」と絶叫するナキ。……あれ、ひょっとして彼は体よく使われてるだけなのか?

 

 どうしたものかと考えながらも、でも僕は不意に、頭上から何か威圧感のようなものを感じ、背後を庇うように飛んだ。田口さんを突き飛ばす形になってしまったが、そちらは月山さんが受け止めてくれた。

 

 

「――(かい)ッ!」

 

 

 頭上から降ってきたのは、大男だった。長い髪に、たらした髭。どちらも黒く、生命感にあふれる視線。身体は筋肉の鎧に覆われており、人間基準で見れば明らかに勝てる気配がしない。

 そんな男に、ナキは言った。

 

「シャチィ……、俺は、どうしたら良いんだ……ッ」

「しゃきっとせいナキぃ……!」

 

 !? シャチ、鯱と言ったか?

 

 喰種収容所に囚われていた6区のリーダー。監視カメラのぼやけた映像でしか見て居なかったけど、なるほど、これは確かに武闘派だ。

 ……なんでターザンみたいな格好してるのかは分からないけど。

 

 しかし、アオギリに何故協力しているんだ――?

 

 

 僕が疑問に考察する暇を与えず、鯱は一瞬で距離を詰めた。

 速い……ッ!

 

(シッ)ッ!」

「ッ」

 

 ドライバーの操作が、とてもじゃないけど間に合わない――。

 とっさに庇った両腕が、いとも簡単に折れて骨が露出した。

 

 洗練された動きと、一撃一撃の尋常ならざる破壊力。……なるほど、確かに6区のリーダーだ。

 

「ぬぅぅぅぅぅ、()ン!!」

 

「カネキくんッ!!」

 

 こちらに救援に向かおうとする月山さん。でも、その前にナキが立ち妨害する。

 バンジョーさん達は、残りの巨漢二人を相手取っている。

 

 鯱は鯱で、僕の相手に集中していた。

 

 殴り飛ばされ、一瞬意識が飛びかける。それを無理やり呼び起こし、僕は踏ん張った。

 

 背後で腰を抜かしたらしい田口さんの、咳の音が聞こえる。

 

「……大丈夫、ですか?」

「ゲホ、ゲホッ……。カネキくん、貴方こそ――!」

 

 僕の腕の様子に目を向いた彼女に「大丈夫です」と立ち上がり、僕は意識を集中した。

 

 

『――鱗赫は再生力が強いけど、剥がれ易いのが難点だって教わったわね、そういえば。

 にしても、お義父様じゃない? ひっさしぶりよねー。相変わらず煩そう』

 

 おとうさま? やっぱり知り合い……、いや、ひょっとしたら保護されていたんですか? 脳裏で響くリゼさんの幻聴に、思わず心の内で聞き返す。

 でも、それに対して彼女は具体的には答えはしなかった。

 

『その話は、”私”は多くできないわよ? でも、そんなこと置いておかないといけないんじゃないのかしら。

 今、研くんがやろうとしていることは何?』

「……、田口さんを、渡すわけにはいかない……ッ」

『大丈夫、私がついてるわ――』

 

 田口さんが息を呑む声が聞こえる。深く息を吸って、目を見開く。両腕は既に再生が終わっていた。

 今度こそ、僕はドライバーを再度操作する。

 

『――鱗・赫ゥ!』

 

 再度のドライバーからの音声と共に、背中から赫子の”手”が四つ噴出した。

 

『……あれ、ひょっとしてこれ、意図せず紹介しちゃうことになるのかしら?』

 

 何を言ってるかわからないリゼさんのそれを流して、僕は驚いた様子の鯱に特攻した。

 手を二つ、爪のように意識して振りかぶり凪ぐ。それに対して飛び上がった鯱に、残りの二本をそれぞれ「刺す」「掴む」と二種類の方法で捕まえる。

 

「――猪口才(ちょこざい)ッ!」

 

 でも、それさえ鯱はものともしない。

 噴出した赫子は、尾赫。呼び名の通り、鯱を尻尾を連想するのそれを使い、捕らえていた”手”二つをなぎ払い、切断した。

 

「回ッ!」

「くっ……」

 

 これが、鯱?

 これが……!! 想像以上だ。当然だけど人間の動きじゃない。赫子を用いた武術と言うべき動きで、彼は僕を追い詰める。

 

 このままやっても、ジリ賓だ――。

 

 とっさにドライバーのレバーを操作したのが、間に合ったのが奇跡的だった。

 

 

「ー―遅いぞ、カネキケンッ!」

『――(コウ)(カァク)!』

()!?」

 

 鯱の拳が僕の腹をえぐるように殴る直前、ぎりぎりで赫子の形成が間に合った。だが、間に合ったこととダメージが通らないこととはイコールではない。口から血があふれる。

 そのまま反転しつつ、田口さんを抱きかかえるように僕は走る。

 

「月山さん、バンジョーさん――」

「T'en fais pas!(問題ないさ)」

 

 弾き飛ばされた勢いで加速し、そのまま逃走を図る。他のメンバーにも意図が伝わったのか、一斉に逃げの体勢をとった。

 

「……愚嬢めが、らしくない」

 

 そんな鯱の言葉を耳に聞きつつ、僕は走る。

 ……? 鯱は何故、僕の名前を知っているのだろう。アオギリで聞いたのだろうか?

 

 ビルの壁を登り、屋上を経由し。

 

 月山さん達を待ちながら、僕は一度彼女を下ろした。

 壁に背を預けながら、田口さんは呼吸が大きく乱れていた。

 

「なん……、なんで、助けてくれたの……? 私は……ッ」

「……優しくして、もらいましたから。

 例えグルであったとしても、そこに違いはありません」

「……」

 

 彼女は、酷く悲しそうな目をした。

 かすれた声で、彼女は何かを言おうとして――。

 

  

可惜(残念)

 

 

 鉄パイプが、彼女の胸に刺さった。

 驚いた目をして固まる彼女。僕も衝撃を受け、しかし思考ではそのパイプの飛んできた方角を探っていた。

 

『――()(カ・ク)!』

「……フン」

 

 僕の放ったソニックブームを、攻撃をしてきた相手は……、タタラは、何でもないことのようにひらりと交し、距離を詰めて僕の腹を蹴り飛ばした。

 空中を舞い、地面に背中から叩きつけられる。痛みは大した事ではない。断続的なドライバーの痛みで、多少は麻痺している。だけど、鯱の一撃が残っていたせいか僕は置きあがれなかった。

 

 田口さんの口元に鼻を寄せ、タタラは匂いを嗅いだ。

 

「肺を患っているか。……それで唆されたんだな、と」

「……殺す必要は、あったんですか」

「なんだそれ。元々、用があるのはこっちだ」

 

 彼はそう言いながら、彼女の服から携帯端末を抜き取っり、持っていた荷物を奪った。……嗚呼、おそらく彼女は情報を知らされてないと予想されていたのだろう。でも持ち物から嘉納や、マダムへの連絡先も割り出せるかもしれないと踏んでいるのかしれない。

 

「死には意味も理由もない。相変わらずだな。多少マシになったみたいだけど。

 ……大願があるなら、甘さを捨てろ。刃と同じだ。熱いうちは、なんにも斬れない」

 

 鋭く、冷たく、研ぎ澄まさねば――。

 

 それだけ言って、タタラは僕の前から姿を消した。

 

 

 起き上がりながら、僕は拳を地面に叩きつけた。

 何を、何をやっているんだ僕は……っ。結局、助ける事さえ出来なかったじゃないか。

 

「……カ、ネ……、キ……く……ッ」

「……!」

 

 だからこそ、田口さんのかすれた声が聞こえた瞬間、僕は目を見開いて立ち上がった。

 彼女は、まだ生きていた。肺に刺さったパイプから、空気が逃げながらも。それ以上しゃべれば、苦痛のうちに死ぬ事になるだろうにも。

 

 彼女は寂しそうに笑いながら、何かを言おうとしていた。

 僕は近づき、耳を寄せた。

 

 

「や……、す、…………ひ、さて――」

 

 

 それを最後に、パイプから漏れていた音が途絶えた。

 

「……やすひさて……、”やすひさ”邸?」

 

 何を彼女が思って、そのことを教えてくれたのか。僕には分からない。罪悪感があったのかもしれないし、殺したタタラに一矢報いたかったのかもしれない。

 だけど……、少なくとも僕は、その情報に頼らせてもらいます。

 

 寂しげな表情のまま固まった彼女の目を閉じ、胸のパイプを壁から引き抜き。

 

 地面に寝かせながら、僕はしばらく動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

   ※

  

 

 

 

 

「鯱、さんが……?」

「……すみません。理由までは分からないんですけど」

 

 六区のギルさん達に、先日遭遇した鯱の情報を教えた。三人とも、酷く困惑しているようだった。

 

「確かに、無駄に暴れまわってるような印象はありませんでした」

「つっても、カネキには襲い掛かったけどよ」

 

 目的が競合した以上、それもまた仕方はないのだろうけど。振るう拳には、当然のように容赦や迷いはないように感じた。

 

「なんで六区に戻ってこねぇんだよ、鯱さん……」

 

 やはり何か理由があるのだろうと、ギルさんたちも察しているのかもしれない。だけど、言葉がいらだつのは仕方がないのだろう。

 

 

 バーを後にして、月山さんにバンジョーさんを送ってもらうよう頼んだ後、僕は古本屋に向かう。

 目的は一つ。――鯱さんを、より深く理解するため。

 

 あの攻撃は、受けきることなど僕には出来ない。である以上は、全てかわすぐらいじゃないと身が持たない。

 

 それに、この程度で立ち止まっているようじゃ、今後さらに強くなるだろうアオギリにも対抗することは出来ない。

 そのためには、相手の思考を理解し、それにあわせて動けるようにならなきゃいけないだろう。

 

 

 ……時間的には大学の勉強がカツカツになっているけど、まぁまだ大丈夫。トーカちゃんに勉強教えられそうにないと言ったら無言で腹パンされたけど、こればっかりは仕方ない。諦めて、甘んじて受けた。

 予算的には図書館が本当は良いのだけど、一度に保有できる量が限られるという理由からすれば、やっぱり古本を買うのが一番良いだろう。

 

 最悪、汚れてしまっても返す必要がない。

 

 そういった事情で、田口さんの最後にくれた情報を調べてもらっている間。僕は僕で色々と準備をする必要があった。

 

 そんな最中――。

 古本屋で結構な量を手に取り、お店のヒトに驚かれながらも会計を済ませ。

 

 自動ドアを開いて出た時、僕は彼女に気づいた。

 

「――!」

 

 足が眩しい。ホットパンツと、それが隠れそうなくらい長い黒いフード系の服。チャックは胸の下あたりで止めていて、白いシャツが見える。

 表情は冷静そうで――そして僕同様、片目に眼帯をしていた。

 

 その黒髪の少女は、確かクロと名乗っていたか。

 

 まさかこんなタイミングで遭遇するとは、いや、病院も20区である以上は全く遭遇しないということはないのだろう。

 向こうもこちらの存在を認めると。

 

「……!」

 

 何故か目を一瞬大きく開き、自分の身体を抱きしめるように庇った。

 いやいやいや。待って、そのリアクションはおかしい。

 

 一触即発になるかと思いきや、別な意味で僕らは動きを止めてしまった。

 

 お互いに流れる、この気まずさは何だ。

 

「……久しぶり、お兄ちゃん」

 

 どうやらさっきの反射行動は、なかったことにしたらしい。身を解いて、こちらの方に彼女は歩いてきた。

 僕も、なんだか戦うような気分ではなく、「うん」とだけ返した。

 

「えっと……、何してるの?」

「気分転換。シロと交代で見張りしてる」

「マダムA?」

「おばさんA」

「……何だろう、その妙に”その辺のヒト”感あふれる呼び方」

「本人の希望」

 

 これ、たぶん双子にマダムがいいように言いくるめられてるだけじゃないのかな。

 

 なんとなく、意味もなく僕は心の内で合掌した。

 

「お兄ちゃんは?」

「あーうん、ちょっとお勉強……」

「先生の?」

「……あれ、僕、君たちにその話はしなかったよね」

「二月の時、それっぽい本を持ってた……? 気がする」

 

 あれ、そうだったっけ。記憶が曖昧なので、彼女の言葉が本当かどうかは定かではない。

 店の入り口にいつまでも立っているのも邪魔かと思い、僕は「とりあえず歩こう」と言った。

 

 戦うこともなく、僕は黒い彼女と一緒に歩く。……何なんだろうこの状況は。お互い敵同士と言えるはずなのに、とてもじゃないけど戦う空気ではなかった。

 

 いや、それ以前に――僕が情報を持っている、というのが大きいのかもしれない。

 

 マダムAを追うことに、さほど切羽詰っていないのだ。

 

「あーん」

「?」

 

 と、そんなことを考えていると。唐突に彼女が、手持ちのバッグからビニール入りの、フルーツのようなものを取り出した。そしてそれをこちらに向け、そんなことを言った。

 ……何だろう、この距離感の滅茶苦茶さは。

 

 受け取ろうと手を出すと、何故か拒否される。

 

「……あーん」

「いや、そもそもそれは何?」

「コーヒー」

「……コーヒー? って、もしかして果実?」

「そうそう。食べられるよ、これ」

「へぇ……、むぐ」

 

 それは初耳だった、と関心した瞬間に彼女は無理やり僕の口に、それを押し込んだ。人差し指が、口内を一瞬さまよう。抜き出した際、唾液が付いたろうに彼女は特に気にしてはいないようだ。

 無表情のままだけど、何故かご満悦そうにガッツポーズ。何がしたいんだろう、この子は。

 

 でも驚いたことに口の中で転がし砕いたそれは、長らく体験していなかった「甘い」という味わいを、明確に僕に思い出させてくれた。

 

「……」

 

 彼女は、敵だ。嘉納についている以上、その事実は変わらない。

 でもどこかでこう明確に敵対できないのは、ひょっとしたらひょっとすればだけれども。僕と彼女たちの中にある、リゼさんの赫胞のせいかもしれない。

 

 いくら変質してるとはいえ、僕のそれは彼女達のそれと元は一緒のはずだ。

 

 だからだろうか――。

 

「……たぶん、アオギリの樹もマダムの方を追ってる」

「……!」

 

 僕からそんなことを言われると思ってなかったのかもしれない。彼女は、今度は一瞬とは言わずかなり驚いた表情をした。

 

「病院の田口さんが襲撃された。……たぶん知ってるとは思うけど」

「……お兄ちゃん、ひょっとして何か知った?」

「……」

 

 答えない僕の反応を見て、彼女は一歩、こちらから引き。

 

 

 

「――安久(やすひさ) 黒奈(くろな)

 

 

「……!」 

 

 名乗られた名前に、僕は驚く他なかった。

 くるりと背を向けて、言葉を続ける。

 

「シロは、奈白(なしろ)

「……」

「いいよ、いつ来ても。――待ってるから、お兄ちゃん」

 

 右肩から振り返り、ぺろりと右手の指を舐めて。

 

 そのまま彼女は、人ごみの中に姿を消した。

 

 

 

 

 




ヒデ「・・・カネキ、さっきのあの娘誰だ?」
カネキ「うああああああああああ!? ヒデ、なんで!? っていうより何見てたんだ!!?」

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