「”黒”ラビット、か……」
アキラから手渡された資料。加えて先ほど、七区の富良さんから回された情報を見て、俺は頭を抱えた。
最近、各所で捜査官を狙い撃ちにしている喰種。有根准特等ら数名が既に被害にあっており、いずれも死亡。クンケを作動させる隙すら与えずに、圧倒的な速度と威力でしとめられていた。
防犯カメラの映像からすると、黒いウサギの仮面を被っている。
「アキラ、お前はどう思う?」
「……想像以上に手ごわい相手と言わざるを得ないな。有根准特等は「ピエロマスク掃討」において、法寺さんと並ぶ成績を収めたお方だ。
もし奴がラビットと一緒であるなら、想像以上に手ごわいだろう。が……」
「が?」
「……探すべきは”白”ウサギ、か」
「……何故、ここであの言葉を繰り返す?」
俺の言葉に、アキラは「意味がある気がするからな」と言った。
「君は戯言だと言ったが、私は何故か引っかかりを覚えるのでな。自分の中の何かが囁くのだ」
「……大体、俺は奴にラビットの話さえしていないのだぞ」
「だが、父がもしかしたら過去の面会で漏らした可能性もある。実際、父が重症を負う前後に一度コクリアへ訪問した記録が残っていた。道中のおしゃべりで、話が漏れ聞こえた可能性もなくはないだろう」
「だが――」
「何を感情的になっている? 亜門上等捜査官」
思わず俺は立ち上がり、アキラを壁に突き飛ばした。驚いた顔をする彼女に、壁に手を付け、睨むように顔を近づける。
俺の様子に、しかしアキラは少し楽しそうに笑った。
「何だ。新手の壁ドンか?」
「……感情的にはなっていない」
「随分と余裕がなさそうだが?」
「…………いや、済まない」
彼女から離れ、俺は一度伸びをした。ここのところ、混乱するようなことが多かったこともあってか、ストレスが溜まっているのかもしれない。
「7区のレストラン襲撃の際の話を、覚えているか? 篠原特等のしていた『黒と白の喰種』」
「無論だ」
「妙に動きが洗練されている、と言っていたか。加えてマダムと言っていた喰種の飼いビト。スクラッパーとか呼ばれているそれは、体内のRc値が人間基準でありえないレベルのものだったと聞く」
「……何が言いたい?」
「あの場では言わなかったが、私はこの二つにも何か作為的なものを感じる。完全に別個であるならまだしも、肝心のマダムの護衛にこの二人が回っていた、という点が何かな」
彼女独自の嗅覚は、やはりどこか真戸さんを思わせるものがある。什造とは別な意味で、彼女のその様に俺は複雑な心境だった。
ちょうどそんなタイミングで、永近が帰ってくる。
「あ、弁当買ってきました!
亜門さんがデラックス弁当で、こっちの生ハムサラダパスタがアキラさんのッスよね!
亜門さんのは大盛りにしてもらいましたよ?」
「悪いな、永近。使い走りのようなマネをさせて……」
「いえいえ、俺サポーターッスから。
……あ、これラビットですか?」
弁当を置きながら、永近は俺の手元にある資料を覗きこんだ。
「んん、でも何だろう、資料と印象が……?」
「お前はどう思う、永近」
「どう思うって、このラビットと以前のラビットが一緒かってことですか? 嫌だなぁ、赫子の痕とれば判断つくんでしょ?」
「……よく読んでるな」
「ええ。
でも、俺は違うと思いますよ」
その言葉に、俺もアキラも目を開く。
「違う喰種の犯行だと?」
「ラビットって、去年の捜査官殺し以降、ナリ潜めてたじゃないですか?
で、俺としてはその時の殺しと、今回の殺しとに関連性を見出せないっていうか……」
「関連性、とは」
「当時、ダチに予想だって話したことなんですけど。ラビットは、復讐代行だったんじゃないかってのですね。同時期に母親を殺された喰種が居たと思うんスけど、ラビットはたぶん、その娘か親子そのものと関わりのある喰種で。力がない娘のためにそれを代行したんじゃないかと」
「……」
「だから無差別に襲ってる今回のこれって、むしろ違和感だらけっていうか。
いや、むしろ逆に『ラビット』であることに意味があるのか……?」
「――永近、ずいぶん以前から興味があったのだな」
アキラは何かを感じたのか、酷い形相で永近を見る。
永近はそれに動じず「いや、連日ニュース出てましたし嫌でもですって」と笑った。
「……そうか」
「あ、ちょっと広報の方でも仕事呼ばれてるんで。ほいじゃまた後で――」
それだけ言って、彼は部屋を後にした。
「永近ヒデヨシ……、上井大学二年だったか。よく働く」
「……勘なのだが、永近は嘘こそついてないが、何か隠し事をしているような気がする」
隠し事? と彼女に聞き返そうとした瞬間、扉が再度開かれた。篠原さんと什造だ。
「おう、オツカーレ! 二人だけか。政道は?」
「法寺さんと、今日は七区です」
「あっちもあっちで大変だなぁ……。っと。
二人にとりあえず話しておこう。――大食いについて、糸口を掴んだかもしれない」
「――! 本当ですか?」
俺の確認に、篠原さんは「嗚呼」と首肯した。
「結構カン、鈍ってなくって良かったわ。
”大食い”が動きを止めたのは去年の十月後期。でその辺りに起きた事故や事件を色々調べていたら、一つ気になるものにぶち当たった。
10月の、鉄骨落下の事件だ」
「……確か、重症を負った青年に死亡した少女の臓器を、遺族に無断移植したことで、バッシングがありましたね。真戸さんとテレビで見ました」
「そう。で、面白いのはここからだ。
――嘉納明博。この時の執刀医なんだが、コイツは元CCGの解剖医だ」
その言葉の指すところを、俺やアキラは理解できなかった。什造に至っては、話を最初から理解さえしていないのか、漫画なら煙が上がっていそうだ。
「事件について聞きに行ったら、この医者なんと行方をくらましている。これで妙だと思って調べてみたら、割とトンでもないものを引き当てた」
「とんでもないもの?」
「CCGにあった、嘉納の経歴だ。
帝凰大の医学部主席卒業。ドイツのGFG(※世界最高方の喰種研究機関)で三年間下積みを経験してる。おおよそ十年くらい前にこっちに来ていたらしいが、ソイツは『喰種』の身体能力を人間に組み込めないかという研究をしていた」
「喰種の……?」
「倫理的な問題から批判が相次いで研究は頓挫、逃げるように本人も退職したんだが……、問題はその方法だ」
篠原さんは一度区切ってから、息を深く吸ってから言った。
「――喰種の臓器を、人間に移植することだ」
「――それは、」
「さらに言うと、その時に死んだ少女も身元不明だ。
俺は、この子が『大食い』なんじゃないかと睨んでる」
「……その青年については?」
「普通に大学に通ってるらしい。成績も結構良いみたいでな。
近々、本人と接触を持てないか準備中だ」
「準備中……」
「特等、その青年は?」
アキラの言葉に、篠原さんは手帳を開いた。
「……上井大学に通う、
上井?
ふと俺は、永近の去った方角を見た。
※
「いらっしゃい、カネキくん――」
「あら、お久しぶり~。
相変わらずキュート!」
以前、あの双子の片方に壊されたマスクの修復を、僕はウタさんに頼んでいた。二日もあれば改良も出来ると言われたので、今日がその受取日。「hysyアトーマスクスタジオ」に、いつかのように僕は足を運んだ。
その場に居たのは――ニコ。アオギリの樹において、ヤモリと一緒に居た男だ。
とっさにドライバーを装着し、変身の構えをとる僕。彼は、その場に置いてあった「ピエロのような」マスクを手に取り、ニヤニヤと微笑んでいた。
警戒する僕。ウタさんは、そんな状況でも黙々と仕事を続ける。
「随分活躍してるみたいじゃなぁい? もう、怖いわねぇ。
ゾクゾクしちゃう――ヤモリみたいで」
「暴れるなら外でね。マスク、壊れちゃう」
ウタさんは平然と流しながら、ちくちくと僕の依頼した、新しいマスクを作っていた。
ニコは「でも残念」と肩をすくめた。
「そう怖がらなくても良いわよ? アタシ、アオギリのメンバーじゃないから」
「! ……、なら、何故あの場に?」
僕の言葉に、ニコは少し哀愁を帯びた表情で言った。
「決まってるわよ。ヤモリのた・め♡
私達はあるクラブで意気投合して、一緒に行動するようになったの。この時点で、彼は既に『アオギリ』の一員だった。それからタタラっちと簡単に顔合わせしてアジトへ出入りできるようになったの。
協力者みたいな立ち位置ね。別に反抗した訳でもなかったし」
「……ヤモリのため?」
「そう。色々手伝いもしたけど、アタシはヤモリのことしか目になかったわ。アタシが見たいのは――常に美しいもの。剥き出しの脊椎をなめあげられるような。身震いさえ覚える、そんなものよ。
ヤモリはそれを見せてくれた。立ち上がる意思の気高さや美しさを。……でも死んだ。
最期の瞬間、誰の名前を読んでいたかが、知りたかったわね」
「……」
警戒は解かない。でも、僕はドライバーのレバーから指を外した。
「11区のアジトが潰されてからは、ヤモリも居ないしもう行ってないわよ?
だからお暇だったし、マスクの新調でもしようと思っただ・け♪」
「暑いよ。夏場だよ」
絡み着くニコにも、ウタさんは無頓着に言葉だけを言いながら、マスクの眼帯部分を仕上げてもらっている。
……少なからず、ウタさんが仕事を続けていられるということは、この場において横暴な相手という訳でもないのだろう。言葉の信憑性については定かではないけど、今すぐこの場で戦う必要は、あまり考えないで良いだろう。
ドライバーを解除すると、ニコは「あら、ありがと」とウィンクをしてきた。
「じゃあ、とりあえずでも信用してくれたお礼に。アオギリについて私が知ってる事、いくつか教えてあげようかしら」
「! ……お願いします」
「ウフ。
『アオギリの樹』は、”隻眼の王”と呼ばれる存在に率いられる喰種集団。組織の規模を拡大するために好戦的な喰種も多いけど、ある程度組織だって動けるように非戦闘員も一定数居る。ここの辺り、包帯ちゃんいわく『24区』を参考にしてるらしわ」
「24区?」
「知らない? まぁ、お姐さん優しいから教えてあげちゃう。東京の地下に広がる大空洞。その奥の奥に存在する、喰種のコミュニティ。それが24区よ。
メンバーはそこからも何人か来てるらしいし……、ひょっとしたら『王様』も、そこ出身かもね」
「……アオギリが、リゼさんや嘉納先生を追っている理由は?」
「どちらかだけでも、大願への大きな鍵になる、て言ってたわね」
「鍵……。その、大願とは?」
大願。つまりはアオギリの目的ということか。自然と、視線が鋭くなる。
僕のそれを受けても、ニコは調子を崩さずに言った。
「タタラっちの弁を借りるなら――”嘘つきをあぶり出し、天秤を平らに戻す”」
「……?」
明らかに何かを揶揄した言葉だ。それは。
何を指し示しているのだろう。嘘つき? そして天秤?
「タタラっちも中々、真意がわかんないのよねー。……あら? まだ信じられない?
ならとっておき。耳を貸して? ――」
言われたとおりに近くに寄る。無駄に香水の匂いが鼻に付くのを我慢しながら、僕は彼の言葉を聞いた。
「現在、アオギリを率いてると目される”隻眼の梟”とCCGに呼ばれる喰種なんだけど――」
続いた言葉に、僕は言葉を失った。
「――小さな包帯の、あの子カモよ?」
それだけを言うと「じゃ、アタシは用事終わってるから。まったねーん♪」と楽しげに店を後にする。
包帯の、小さな。つまりその相手は――。いや、喰種ならば、というより赫子がある以上は何でもありなのか?
少なくとも僕なんかが、ドライバーを使って変身を――リオくんの時の、あの赤い装置を使って更に装備を拡張したりも出来るのだから。
そしてなによりあの包帯に巻かれた姿のせいで、僕は彼女の両目を確認したことはなかった。
「出来たよ、カネキくん」
「……あ、ありがとうございます」
後ろを振り返り、僕はマスクの調子を確認した。
口元は大きく変わらない。今回変更してもらったのは、眼帯部分のレンズ。赤いレンズなのは変更なしだけど、今回は以前よりも小さく、顔にフィットするようにしてもらった。外見上は以前のタレ目と比べて、今回はツリ目に見えるかもしれない。
とりつけ、以前破損した頬の部分の伸びも確認して、僕はウタさんに再度お礼を言った。
「うん。カネキくん、ちゃんと支払ってくれるからいいよね。友達で一人、全然テキトーな扱いのが居るからちょっと大変なんだ」
「……大変な友達ですね」
「うん、そうそう。言っても言ってもツケといてくださいねーって感じに流される」
「あ、それじゃあまた。お願いします」
お金を支払い終えて、僕は店を出る。
入り口の戸を開きかけたとき、ウタさんから声をかけられた。
「カネキくん――君は、君が思ってるほど何でもできる訳じゃない」
「……?」
「抱えきれず、押しつぶされるくらいなら。誰かに話してしまうことも必要だよ」
「……はい」
それだけ言って、僕は外に出た。
それだけしか、返すことが出来なかった。
カネキがアオギリで拷問されていた某日:
タタラ「この絵を描いたのはお前かッ! 殴杀!」アゴの割れてる自分の似顔絵を握りながら赫子を展開する
ニコ「ちょ、可愛いじゃない! 何が問題なのよー!」ヤモリがいないので、一人でギリギリ攻撃をかわす