未だ気を抜くと、つい「一等捜査官」を名乗ってしまいそうになる。
だが先日より「上等捜査官」だ。丸手さんにも言われたし、気を引き締めねば。
「亜門さん……、昇進おめでとうございます! 改めて!
「嗚呼、ありがとう」
「什造もまぁ、がんばったな」
「僕、二等ですよー。先日も7区にお呼ばれしてお仕事でしたよー」
「階級、オレと同じか……、ハァ」
ため息をつきながらも、政道は什造に棒キャンディを手渡した。
会議室には法寺さんが書類に目を通していた。俺達の姿を見ると、微笑みながら挨拶。
「おはようございます。あの、篠原さんは……?」
「来客対応ですね。今日の話に関係があるので、少し待っていましょう」
椅子に座ると、什造が上座の座席を占領してお菓子を……。オレと政道による、もう何度目かになる注意を受けて、テーブルの三分の一程度に規模を縮小した。
そして、そうこうしている内に篠原さんが到着。その背後には、つい先日に見た顔が居た。
「みんな、朝早くお疲れ。
現状報告の前に、今日は一人紹介だ。ウチら20区捜査班、期待の新メンバー! 入りな~」
そこに居たのは――白衣を脱ぎ捨てた真戸アキラ。別にライダースーツでもなく、黒いタイトスカート姿なのはそれが彼女の正装ということだろう。
「本日付で20区配属となりました、真戸
亜門上等のバックアップを勤めますので、よろしくお願いします」
「ア゛ッッ!!?」
と、政道が意表をつかれたと言わんばかりの声を上げる。什造はマイペースにキャンディを舐めながら首を傾げた。
法寺さんと軽く握手を交わすアキラ。お互い面識があるということだろうか。
そして、政道がなぜか妙にやりにくそうな苦笑いを浮かべていた。
「どうした?」
「あー ……、”同期”ッス」
「(滝沢も成績は良かったんだが、主席はアッキーラだったんだ)」
あんまり触れてやるな、と篠原さんが小声で言った。
「什造ですー、よろしくですチャン・真戸」
「中国人みたいな呼び方だな。ん……? 嗚呼、菓子か。受け取ろう。
ステキなバッテンだな」
とりあえず、什造相手にあの対応は流石真戸さんの娘さんと言ったところか。先日のパーティでも「ガイコツです!」と後に言われたを軽々と笑い飛ばされていた……。流石の胆力だった。
「アッキーラは1区の有馬チームだったんだが、ラボラトリからの要請もあり一年間はそっちに出向してた。ブランクこそあるが実力もクインケ関係もある程度はお墨付きだ。
お互い協力して捜査に望もう」
「よろしく頼みます」
……それにしても、有馬さんのチームか。
「じゃ、一つ一つ報告行こうかねぇ。
”大食い”関係はまだ真新しい情報と結びつくものがないので、去年の新聞を9月から11月にかけて調べまわってる。関わりありそうな事件をピックアップして、虱潰しに探してるって感じだ。中島ちゃん達支部局員にも手を回してもらって、やっと3割ってところか。
こっちはもうしばらくすれば結論が出そうなんだけど、時間の問題だねぇ……。タッキー、そっちお願い」
「あ、はい。
私達の担当である”美食家”ですが、最近は20区以外での活動が確認されております。
今は"美食家"が出現したとされる7~9区、18区にて、各局員らの手も借り情報収集しています。
また7区には調査が進められていた”喰種レストラン”もありました。先日の強行によりある程度壊滅しましたが……、什造が、そこで美食家と交戦したと報告がありました」
「うんこですー」
「う……? 嗚呼、トグロってことな。
しかし、美食家はなんでまたそれらの区に……? 20区に対象が居なくなったか?」
「――いえ、おそらく逆でしょう」
アキラの言葉に、政道と篠原さんが口を閉じる。
篠原さんの首肯で、彼女は話を続けた。
「この資料によれば、去年の11月のあたりから一時、激減している時期があります。単純に我々が感知できない方法で食べていたか、何にせよ奴に隠れる必要があったと過程して問題ないかと思います。たとえば深手を負ったか、事故に遭ったか。
しかしその後、今度は以前よりも件数が急上昇。しかし一月前期を境に再度減少している。
奴が捕食を控え出したのは、ちょうど18区で初めて捕食が確認された時期と一致している」
「……お得意の直感捜査か? 真戸二等」
「検証ですよ。聞いて頂きたい、滝沢二等。
ともあれグラフとマップとを照らし合わせると、今までの奴の行動パターンとはいくらかズレが生じている。端的に言えば”らしくない”。
基本的に、先ほどあげられた4区を、時期のみで見れば段々と下方向に向けてサイクルし、その外部での食事は行われて居ない。また赫子痕から美食家と特定は出来ても、奴らしい特殊な食べ方も、この中では一割前後。
もともと、美食家のテリトリーはここ20区であると推測されていましたが、本来はそれを中心に各地を転々と回り、獲物を定めてじっくり狙うタイプだ。
だが……、データを見る限り、以前に比べ極端に行動範囲を狭めて、食事も荒い。この事項は、関連付けて考えるのが適切でしょう。
つまるところ、何か『目的』を定めた。それ以外に対する執着が薄くなった。そして……、その相手から警戒されないように振舞っている。
長期戦になっているという意味で考えれば――20区と、ここ、6区だ」
アキラは地図を指差す。政道が目を見開き、冷や汗を垂らした。
「おそらく、目的としている相手は微々、移動しているのだろう。狩場に選んだ4区も、対象が移動すれば変化するかもしれない。
22区、23区はアオギリ襲撃以来特別警戒態勢であるならば、奴の現在の主な活動領域は20と6区。拠点が20区にあるなら、6区の可能性がむしろ高いかもしれない」
「なるほど……。6区も調査対象として考えましょうか」
「ほ、法寺さん!?」
政道がぎょっとしながらも、しかし資料にメモを入れていく。
「……だーから嫌なんだよなぁ、アカデミーの頃からずっとこうだぁ」
「君が成長していない証拠だな。なにせ、捜査官としてはしばらくブランクがある身だ」
「な、何をぅ!?」
「しっかし、美食家の新しい目標ねぇ……。食えずにいるのか、食うわけにはいかないのか。
どっちにしても面白いかもね」
手帳を取り出して、なにやらメモを記入するアキラ。
表情の作り方は異なるが、直感的に状況を俯瞰する所はまさに真戸さん譲りだ。
……先日も「よろしく頼む」と言われたばかりだ。先輩として、私情は挟まず接しよう。
報告が終わった後、俺達は各々に分かれて調査に戻る。
俺は一度、外に出ようとしたのだが、アキラに引っ張られた。
「ラビットにも関係あることだが……、亜門上等が遭遇したという”眼帯の喰種”の情報を見たい。案内してくれ」
そういった申し出から、俺達は今一度資料室へ。
デスクの上で、アキラがまず最初にしたことは、ドウジマ――俺のかつて持っていたクインケのデータを引っ張ることだった。
「赫子痕を調べているのか?」
「ああ。そしてここには、11区におけるアオギリ進攻の際の『眼帯』のデータだ。……外部のPC、LANにつなげるのは問題があるな……」
電源だけもらうぞ、とアキラはコンセントの蛸足を一つ外した。デスクの上の小さい照明が消える。
「他の情報も持ってくるか?」
「嗚呼、頼む」
俺の言葉に首肯しながらも、すぐさまパソコンを起動し、先ほどとったドウジマのデータをエクセル上に叩き込み始めた。
「詳細なデータは後で地行博士に送るにしても、簡易的に計算は出来るからな。誤差は10%以内を許容と考えて……、グラフ、グラフ、で比較……」
伊達にラボラトリで働いていた訳でもないのだろう、圧倒的な速度でアキラは解析を進めていた。だが、それが何を意味するかまでは俺には理解出来なかった。
「……周期は一致してるようだが、だが、波長にズレがあるな」
「……ズレ?」
「嗚呼。見てくれ」
厳密な解析ではないが、という前置きのもとに、俺はアキラが作ったグラフに目を通した。
音波の波形のように、波が上下に言ったり来たりしている。だが、出来上がったグラフ、アルファとベータと付けられたそれらには、いくらか位相にズレがあった。
「おそらく、細かい解析をしても極端なズレはないだろう」
「……変化している、のか?」
「だろうな。おそらく赫胞が増えてるのだろう。私はあまり見たことのないケースだが……、”共食い”の傾向があると見れるかもしれない」
「!」
アキラの言葉と同時に、俺の脳裏に
あの、泣き顔が。
「何故、これを?」
「父が現在、教鞭の傍ら執筆中のレポートを少し拝見してな。……もし仮に梟と戦闘になった際、どれだけ危険な喰種が居るのかの検証にも必要だろう。
アオギリ次第ではサブとなるだろうが、相手を知らなくては後手に回る可能性もある」
厳密な結果は後日だがな、と彼女は自分のPCを閉じた。
私情を挟みたくはないが……、やはり真戸さんを想起させる。発想や着眼点。それに加え、真戸さんの持って居なかった分析の面でも大きく進展が見込めるかもしれない。
だが、この際だ。一応言っておこう。
「……前々から思っていたのだが」
「何だ?」
「現状、俺はお前の上司だ。プライベートならともかく、出来れば敬語を使ってくれないか?」
「――私は極力、無駄は省く人間だ」
「……は?」
ふふん、と鼻を鳴らして、アキラは資料を手に取り目を通す。
「コンビはしゃべる時間も多くなる。とすれば敬語により、一回の発言において時間と体力の浪費は避けられない。たとえば私の会話スピードなら『お願いします』と『たのむ』では0.6秒程の差が出る。
一日十回で年間2000秒ほどの時間の労力が短縮できる訳だ。拙速を要する捜査官においては、中々重要なことだと思うのだがな。特にコンビ間では」
「……34分か」
「なんだ、思ったより計算が早いじゃないか。まぁ必要ない場合か、相手にそれをしてでも特別の敬意でもあれば別だが……っと、亜門上等。42秒のロスだ」
……なんとなく、彼女と一緒にやっていくのが心配になりつつある俺だった。
だが意外なことに。
「そういえば昼も近いか……? 父用にいつもの感覚で昼食を作ったのだが、住居が離れてることを忘れていてな。習慣は怖い。
余りものは勿体無いお化けが出る。お握りだが、食べるか」
「……具材が辛くないのならば、有難く」
少し消沈していた俺に、彼女はやはり得意げに鼻を鳴らした。
※
「いらっしゃいま、すぇい――アッー! すみませんッ!!」
がしゃん、というなんだか聞き覚えのあるような、カップが割れる音。リオの時も聞いたっけ……って、そうじゃなくて。
あれから伸ばして、束ねた髪を撫ぜながら、私はため息をついた。
「
「ひぃ~~~ッ!」
ニシキの叫びに小さくなるのは、あんていくの新人、帆糸ロマ。大人なんだろうけど、挙措とかは全然子供みたいな女で、感じとしては、あの、デカブツに近い(あっちより頭良さそうだけど)。
「ロマ、あんた何個カップ割れば気が済むのよ」
「トーカさぁん、ごめんなさぁい……」
「あと盾にすんの止めなって」
お客さんからの視線は生暖かい。新人が入るために一種の通貨儀礼みたいになりつつある、訳じゃないと思いたい。もしそうだったら、たぶん最初は私だから。
クソニシキは全然割らないけど。
無駄に器用。
「店長、カヤさん。居るなら手伝ってくださいよ」
「今日は私オフよ。……あら、店長、待ったは――」
「ナシだね」
店長と入見さんは、なんか将棋やってるし。王手?
囲碁だったら前にカネキに教わったけど(イライラして両目に石ぶつけたっけ)、そっちはさっぱりだった。
店内に居られると、気になるんですけど……。
「私が居るうちに、ちゃんとマシになっておけよ? そこのクソニシキ、私より優しくねーから」
「単細胞女が何言ってんだ、あ゛?」
「あ゛?」
「はいはいケンカ中止ね。……非番なのにお仕事させないで」
カヤさんに軽く謝って、私はロマに向き直った。……膝付いて私に縋りつくような姿勢だったのが、もうケロっと立ち上がっていた。何よ、この切り替えの早さ。
「試験前になったらシフト来なくなるから、まあ、がんばんな」
「おいッス! あ、私もそろそろ試験が……。
西尾センパ~イ、お勉強教え――」
「却 下 だ」
「……(彼女さんとは遊んでるクセに)」
「っせーな、何で知ってんだよ」
「あ、だったらカネキ
両手を合わせて「ルンルン♪」と楽しそうにロマがしてる理由がわかんない。いや、別に
私だけじゃなくて、カヤさんもニシキも微妙にそのクネクネって感じの動きには引いていた。
「ここのお店を知り合いに紹介された時にぃ、色々噂を聞いたんですよ! CCGの捜査官を撃退! あの美食家と引き分け、アオギリにとらわれるも脱出! 暗い話題続く中、珍しく『楽しげ』な話題の中心人物じゃないですかッ!
彼に会うために19区から引っ越して来たって言っても過言じゃないですよー?」
「知らねーよ」
私も大体同感。
「で、肝心のカネキさんは今日は何処に?」
頭を傾げるロマに、私は天井を見つめながら答えた。
「カネキなら今……、小学校?」
「……はい?」
ロマ「そういえば、バッグのキーホルダーって何なんですか?」
トーカ「お守り」