――7区の喰種レストラン。
広いホールの中央に、人間が台車に乗せられて運ばれる。趣向を凝らすためか、蓋というか、ケースで隠されていた。
「ほぉ、今日はマダムAの晩餐でしたか」
「用意が良い。それにしても……、ここまで美味そうなディナーは、期待できそうだな」
「スクラッパーの用意といい、ますます活躍されておりますな」
おーっほっほ、という声が聞こえる。生憎と、こちら側からは状況を確認することが出来ない。
「ウィ? マダム」
「あらムッシュMM。本日のディナー、楽しみにしてらしてねぇ? あたくしとっても自信アリなの。
普段の貴方以上に注目されてしまって、ごめんあそばせ? おーっほっほっほ」
「それはそれは……」
「MMサン、そろそろ始まりますよ?」
『――大変、長らくお待たせ致しました。
本日のディナー紹介を始めたいと思います』
ホールに響くアナウンス。場内が静まり、しかし静かに沸く。
『ご紹介は提供者であります、マダムAよりお願い申し上げます』
『オホン……。今日皆様に味わっていただくのは至上のご馳走! 最高の肉質を保証致しますわ。
マダムの中のマダム……、キングオブマダムたるかのお方が丹精こめて育んだとされる幻の一品!
ビッグマダ――』
「うぃ、蒸し暑いです」
と、アナウンスの最中、そんな拍子の抜けた声が聞こえた。同時に聞こえる、金属のケースが転がる音。
「あら睡眠薬は……?」というような台詞が、こちらに聞こえた。
「こんばんわぁ。皆さんおそろいで楽しそうですねー」
聞こえる声は少年のような声で。そこには無邪気さと――。
「なんだか昔みたいですねぇ。ジェイソン最終調整中ですし――。
余興なんかいかがですかぁ?」
『――サソリ・レギオン!』
――同時にどこか、狂気のようなものが同居していた。
ナイフの飛ぶような音。ざわめく場内。困惑する声の中、聞こえてきたそれは――。
「――突撃!」
間違いようもなく、CCGによる突入の声だった。
「富良! 右を頼むぞ!」
「はい! ……応援頼んで正解だったな。
ついに突き止めたぞ――喰種レストラン!」
『――オニヤマダ!』『――ランタン・ウィップ!』
そうこうしている内に、月山さんから通信機越しに「サイン」を僕は受け取る。
「……なんだかやろうとしてた事のお株、奪われちゃった感じだな」
そう言ってからバンジョーさん達に待機の指示を出し、僕は走り出した。
※
喰種レストランに潜り込み、マダムを捕らえる。
娯楽で人間を飼う喰種が一定数居るらしい、という生々しい話を僕は月山さんから聞かされた。その上で。
「マダムの飼いビトは特別で、不自然に身体が肥大化したあの姿は何らかの人体実験の結果ではないかと噂されている。
君の探している『嘉納』という医師が関わっている可能性は高いんじゃないかな?」
人体実験――不意に僕のことが頭をよぎる。そしてヤモリが言っていた言葉が。
僕は一人じゃないと――僕以外にも、僕のように喰種にされている人間が居るのだと。
そして何よりリゼさんだ。
僕の中にある彼女の記憶――彼女の記憶によって構成されただろう人格に言わせれば。神代リゼはまだ、生きている。
少なくとも僕に赫胞を移植している間、意識があったのではないだろうか、と。
もしそうなら、彼女を確保しているのは? 管理しているのは誰か――嘉納だ。嘉納先生だ。
アオギリから帰ってきた際、一度顔を合わせて以来。彼は何処かへ姿を消してしまった。
二つの方法で、僕はリゼさんの後を追ってる。
そのうちの一つが、加納先生のことを調べることだ。
加納先生の目的は何かわからない。でも、アオギリの樹は彼を取り込もうとしているはずだ。
そのことに頭の片隅で、危険信号みたいなものを僕は感じ取っていた。
だからこそ――先生が何をしたいのかを突き止める。
そして、リゼさんを助け出す。
状況は音声のみでも、ある程度は把握できた。
『――く~び~く~~ださ~~い!』
『ヒィィィ!!!?』
叫ぶマダムだったけど、通信機に轟音が響く。おそらく月山さんが赫子を出したんだろう。
『貸しですよマドモワゼル?
そしてボーィ? あわよくばその美食――僕に堪能させてくれたまえッ!』
『おお~! ドリルドリルです! ディフェンドとは大違いです! 僕にください!』
『ふ、そう羨ましがられるのも悪い気はしないッ!!』
『た、助かりましたわMM!!』
マダムに付けてもらった盗聴器しっかり生きているので、そちらの移動状況もある程度は把握できた。
護衛? の喰種(少女のような声だ)との会話からして、裏を道なりに抜けようとしているのだろうか。
『逃がすか!』『――ランタン・ウィップ!』
『おばさん、どんくさすぎる』
『仕方ない、おばさんだもの』
『貴女達、護衛するつもりあるの!?』
護衛が捜査官と戦闘を始めた。現在、マダムは一人。
『リトルスウィート……、掘と違い、君はお菓子に丁度よさそうだ。
だがまだまだメインは張れないッ!』
『んぅぅ、流石ドリルです。硬い――』
『什造!』
『おお、やっと来たです! シノハラサンせんきゅー!』
『――ジェ・イ・ソ・ン・13!』
月山さんの通信機に、暴力的な音が響く。さっきまでとは、明らかに獲物が……って、ジェイソン?
ひょっとして、ヤモリ……? もしかしたら、あの後、11区のあの場所で討伐されてしまったのだろうか。
『ソリッド! なかなか強固だ。見かけによらずやるねぇ』
『早くそのうんこみたいなドリルくださいです』
『
口ではしゃべりながらも、月山さんは通信機にトンツーとサインを送る。
護衛の喰種たちが動き出したそうだ。ということは、早いところ彼女を捕縛しないといけない。
現状、レストランの下から無理やり外に出て、僕はマダムを探していた。
地下の通路からどの方向に移動したか。赫子を研ぎ澄ませ、耳のように意識を深く、深く。一度月山さんの通信を切断し、僕は意識を研ぎ澄ませた。
盗聴器の音と、振動が聞こえる方向を照らし合わせ――。
「―― ……サイコ野郎がっ」
「あ、あなた達!? 護衛なら危険な目に遭う前に――」
「見つけた」
『――
クインケドライバーのレバーを落とし、僕は飛び上がる。目指すはレストランから南方、住宅街を抜けたビル。おそらく出口はそこだ。
赫子を使い、ビルの壁を登り。人間時代では考えられなかった身体能力で、屋上と屋上を越える。
やがて見えてきた先。文句を言ったマダムに凄む二人。白と黒のフードに身を包んだ、少女たち……?
おや、その組み合わせにはどこか見覚えがあるような、ないような。
「どちらにせよ、だね」
『――
空中に飛び上がり、ビルの屋上を見下ろす形で。
どこかに連絡をとろうとしていた少女と、マダムとの間に、僕は赫子で作り出したソニックブームを叩きこんだ。
「!?」
「ひ、ひィ!?」
反射的に避けた黒い少女。
白い少女はそれに続いて、反対にマダムを庇うように動いた。
マダムは疲労のせいか、腰を抜かしたまま動きを止めている。
僕はくしくも、黒と白の二人にはさまれるように、その中心に立った。
二人の少女は、仮面を付けなおす。暗がり、フードの下の顔は見えなかった。
「パパが言うとおり」「やっぱり現れた」
「「――眼帯の喰種」」
「……どいて、くれるかな? 少し聞きたいことがあるんだ。そこの女性に」
「おばさんて言っていいよ」「どーせおばさんだし」「私生活ズボラだし」「マダム感全然ないし」
「あ、貴女たち護衛する気あるのホント!?」
マダムAは、随分な言われ様だった。もっとも、だからと言って何かあるわけでもないようだ。
「でも」「駄目」
言いながら、彼女たちは赫子を広げる。
僕もドライバーを再操作して、背部から赫子を出した。
四つの鱗赫の”手”に対して、二つずつの鱗赫。
色もハイライトが逆転していて、対照的なものだった。
赫子同士をぶつける。
何度かぶつけ続けて理解した――この赫子、僕のものと、リゼさんのものと同じ? 脳裏でその疑問に、リゼさんの声は答えない。
折を見て、黒い少女の方に襲い掛かる僕。背部からは当然、白い少女の方が飛び掛ってくる。
『研くん、私に後ろ処理しろって言うことよね』
いや、反応するのそこですか。もっと前の方に何か言ってくださいよ。
脳裏のリゼさんの声に愚痴りながら首肯し、僕は黒い少女の赫子に”手”を二つ差し向けた。すかさず絡めとる少女。そして背後でも、ほぼ同様のことが起こっている。
ただ、彼女たちは理解していない。
赫子は、想像力らしい。
ならば、僕の”手”は明らかに彼女たちに対して有利だ。”手”なのだから、より細かい動作に向いているのだから。
「ッ!?」
地面に降りた瞬間、背後の少女を赫子ごと”手”で掴み、僕は勢いを付けて投げる。
それに慌てて黒い少女が受け止めようとするが、そちらも”手”で掴まれているため動くことが出来ない。
マダムの横に投げ出される白い少女。
「あ、貴女たち大丈夫なの……?」
「……おばさん、先に逃げて」
「おばッ」
言われなくとも、と言う風に、マダムはスカートを掴み走り出す。
それに、白い少女の方から緩んだ"手"を外して、彼女の方に差し向けようと――。
「させないッ」
「ッ!?」
と、僕の胴体目掛けて、黒い少女自身がタックルを仕掛けた。
もみくちゃになって倒れる僕と少女。赫子が絡まっているせいもあって、そのまま抱き止める形でごろごろとその場を回転した。
回転して、回転が止まって。
そして、僕はひたすらに困惑した。
「痛……、ッ!? !!!?」
「――ッ!」
折り重なるように、一緒に転がった僕と少女。
状況が悪かったこともあるんだろうけど、先ほどまでの緊張とは別の緊張が僕に走る。
具体的に言うと……、少女の胸に、頭を埋めるような状態で転がっていたのだ。いや、腹に追突してきただろうに、どうしてこうなった。マスク越しに顔面に感じる感触と、仮面が外れたらしい少女の、真っ赤な形相。
反射的に僕を突き飛ばした後、彼女は絶叫して、赫子で僕の頬をぶん殴った。
嗚呼、身体が面白いように飛ぶ……、というか、余裕あるなあの子。
戦闘中だ。僕自身、決して邪まな気持ちがある訳ではないのだけれど。なんでか脳裏で、トーカちゃんが笑顔で羽赫を展開しているイメージが浮かんだ。殴らないでお願い!
『……ホント、モテモテよねぇ』
どさくさにまぎれてリゼさんも何をささやいてるんですかッ!?
ギリギリで戦闘中の緊張感を保ち、僕は赫子を突き刺して屋上から落ちるのを防いだ。
口元を撫ぜる。……嗚呼、マスクの止め具が壊れてる。口部分のそれが、左頬から右側に裂けて、
対する少女は、胸元を押さえてこちらを睨んでいた。
「……ごめん、なさい?」
「……ゆるさない。責任とれる甲斐性とかないくせに――」
「クロ。TPO、TPO。おばさん逃げたから、そろそろ大丈夫」
背後から白い少女が手を貸して、彼女を立ち上がらせる。
一度深呼吸をして落ち着いたのか、彼女はフードを上げ――。
白い少女も、同様にマスクも外し――。
その顔に、僕は少なからず驚かされた。
「――二月ぶり?」
首を傾げる少女たちは、二月頃に出会った双子だった。
白と黒。あまりに作為的な色合いだったが、まさか本人たちそのものだったとは……。
そして何より――彼女達の目は、各々、右と左が「赫眼」だった。
隻眼でリゼさんの赫子。つまり――僕と同じ。
決まりだ。タタラやヤモリが言ってたように、確かに加納先生は実験を続けている。
「バイバイ、お兄ちゃん」「……」「クロ?」「……ま、またね」
そんなことを言って、二人はビルの屋上から身を投げる。壁に赫子を突き刺すなり何なり、対処法はあるのだろう。どちらにせよ、その程度では死なないだろう。
移動中に気づかれたのか、マダムの盗聴器も何も集音していない。
通信機の電源を入れながら、僕は思わず嘆息した。
リゼ『ああいうのは、トーカちゃんにやってあげれば良いのに。きっと面白い反応するわよ?』
カネキ「わ、ワッツ?」