三月になった。俺は捜査の傍ら、デチューンされたアラタG3の運用試験を繰り返している。
デチューンされたとはいえ、装備状態における二種類のクインケの同時運用を可能にするアラタのポテンシャルは大いに評価されたらしく、装着型クインケの開発に予算が大きく注がれた、と博士は言っていた。
そして現在、G3(正式名称が「ガーディアン3rd」でG3となった)は現在、20区のガレージ内に設置されている。本来ならそれに乗って現場に急行する、というのが理想らしいが、生憎と今俺は二輪の勉強中だった。
「まぁ何にしても、大変だったねぇ亜門くん」
真戸さんはそう言いながら、自分の席にカレー(辛口)を置いた。
それに続き、俺もカレーうどん(甘口)を隣に置く。
本日は非番ということもあり、俺はアカデミーに来ていた。というのも、真戸さんが希望者に対してクインケ操術の特別講義を行っていたからだ。生徒達と軽く挨拶を交わし、そのままの足で食堂に来ている。
周囲に生徒達が居ないのは、未だあの場で粘っているからか、くたびれているからか。それでも数人、姿がちらほら見えるので、じきにまた集ってくることだろう。
そして、俺は俺で当初の目的を話す。
「眼帯の喰種――ハイセと梟には、やはり何らかの繋がりがあるようです」
「……そうか」
真戸さんは、俺の言葉に眉間に皺を寄せた。
11区。アオギリ樹への大規模攻撃作戦を経て、俺の中に疑念として浮かび上がった一つの可能性が、形を成して肯定された。ジェイルを倒した後、あの眼帯の喰種を梟が回収しに現れたのだ。……赫子で武装したバイクという、とんでもないものを有して。
その後、バイクで空中を飛び去った彼等を、特定する事は出来なかった。どうもビルとビルの間を抜け、そのまま一般車両に紛れてしまったらしい。このことからも「赫子で武装していた」という事実が厄介さを物語る。一件して車種さえ特定が出来ないのだ。手配するのも難しいと言える。
少なくともCCGがその後に設置した検問に引っかからなかった以上は、そういうことなのだろう。
「俺は……、キジマ准特等の言葉を聞き、ジェイルを追いました。そこで奴と遭遇した。奴は、ジェイルを止めなければならないと言っていました」
「ふむ」
「あの状況において、俺一人でジェイルを倒すことはままならなかった。……」
そしてまた、アイツも一人でジェイルを打倒することは困難だったはずだ。だからこそ持ちかけた呉越同舟。そして……、ヤツはそれを拒まなかった。
時間にして数分もかからなかったろう。アラタを装備したことも大きいかもしれない。だが、結果としてジェイルを倒すことが出来たのは事実だった。
そして――ジェイルは、自らベルトを操作して、爆発して死んだように見えた。
一体、奴とジェイルとの間でどんな会話が交わされたのだろうか。俺には分からないし、分かるつもりもない。
だが……どうしても、その後の奴の表情が、俺の脳裏に焼き付いている。
目をわずかに赤く腫らし、それでも前を向いて。
自分を仮面ライダーだと言った、あの顔が。
「ふむ。……しかし、ジェイルか。確か捜査官のクインケを複数喰らった、という話をキジマから聞いていたが?」
真戸さんの言葉に、俺は頷いた。
後日、入院しているキジマ准特等の元を訪れた際、本人から直に話してもらった。彼とジェイルとの因縁を。ジェイルにトドメをさしてくれた、その解答として。
赫者でない場合、喰種は三種類以上の赫胞を同時に保有する事は難しいらしい。そもそも赫子に属性、毒性がある以上、反発しあう同士の組み合わせの場合は勝利した方の形質が残るらしい。二種類の赫胞を持っているだけで特殊なのは、そういった理由からだ。
その上で四つも保有していると言う事は、外部から奪い取ったと考えるのが筋らしい。
結論から言えば、まさにジェイルのそれは特殊なものだった。
かつての准特等の部下達を殺した際、ジェイルは彼等のクインケを奪い取り、捕食した。死亡している喰種の赫胞を取り込む事は不可能のはずだが、しかしジェイルはそれを可能にしていたらしい。
当時は現在のクインケに使われている「リンクアップシステム」の解明が出来たばかりのころだった。そして当時の説明によれば、高い純度のRc細胞を赫胞に流し込まれ、そもそも本体の制御を無理やり奪い取られたのではないか、ということだったらしい。
ジェイルに対する私怨同様、そういった事情からも奴を野放しには出来なかったと、彼は語った。
爆散した身体のパーツの中から、実際に赫胞が四つ発見されている。これらは元々一つ刳り貫かれていたジェイルの目を通じて、新しいクインケとして生まれ変わるとのことだ。
「本当なら自分の手元に置いておきたいと言っていましたが……。それでも、後進の役に立てたいと」
「なるほど。らしいな……。
先日、私の元に委ねるという旨の連絡が来たのだが、そういうことか」
スプーンでカレーをすくいながら、真戸さんは遠い目をして言った。
ほう、と息を付き、俺は一度席を立ち、コップに水を入れる。
入れながら、俺は少しだけ気がかりなことを思い出していた。
爆発したジェイルの身体だが、形が残っているのが身体の60パーセントほど。主に下半身に集中しているらしい。
腰から上、上半部は腕が捥がれていたことや、実際爆発の際の威力がそっちに逃げたこともあり、粉々になって紛れてしまったのだろうと言われている。
だが……、俺の記憶が間違ってなければ。
クラを地面に付き刺し、あの爆発により飛ばされないよう耐えていたからこそ。アラタのバイザー部分から見えた視界。粉々になった際のジェイルの胴体、その首と左肩を含めた胸部は、接合したままどこかへと弾けとんだような、そんな気が――。
いや、あの場で発見されなかった以上、記憶違いか、さもなくば空中で更にバラバラになったか、ということなのだろう。
座席に戻って真戸さんと俺の前に水を置く。「すまんね」という彼の言葉を聞き、俺は少し笑ってうどんを啜った。
「――――ッ!!?」
「ああ、すまん。少しこちらのルゥが跳ねたようだ」
大丈夫かね、と笑う真戸さんに、俺は辛さに咽続け、言葉を返せなかった。
※
「いらっしゃいま……」
「あっ」
「ゲッ」
「やあ、あんていくの諸君!」
三月にそろそろ入るかってころに、月山が店に来た。カネキはともかく、私もニシキも顔を強張らせる。
「月山さん、今日はどうしてあんていくに? もしかして――」
「嗚呼、カネキくん。そちらの件ではないのだがね。……ちょっとしたリトルスィングスさ」
「まだ営業中だから、邪魔だから消えな」
「おやおや……。では、お客らしく振舞おうかな。珈琲を一杯」
注文すると月山は、手持ちのバッグからなんかよくわかんない花を二つ取り出した。カネキにそれを手渡し、何か説明をしていた。
「せめて2階にでも飾っておいてくれ。僕と、
「……そうですか」
彼女? というのが誰かは知らないけれど、月山が言わんとしていることを悟り、空気が暗くなる。
記憶が戻り、ある捜査官と戦いにいったリオが暴走した、というのはカネキと店長から聞いた。そしてその後、カネキがどうしたのかも。
リオは……、やっぱり、なんとなく弟分という感じがしていた。カネキやニシキたちの後の後輩って意味でも、年齢的な意味でも。
あいつが居なくなった事は、悲しいし寂しい。でも、どちらかと言えばそれは私たちより、ヒナやカネキの方が受け止め方は重いのかもしれない。
自分なりに決着をつけに行こうと、前向きにアイツは出て行ったから。生きていてほしいって約束したけど、でもそれは、アイツ自身で納得した行動だったと思う。
言い方は悪いけど、喰種はそういう所を、割り切って生きていかなきゃいけない。悲しむなということではなく、そうじゃないと身が持たないから。だからこそ、堪えて、受け止めていかなきゃならない。私は、それでもそんな自分たちが嫌で、抗いたい。そう思ってヒナの時は色々やったけど……。
いや、でもたぶん、私はヒナをどうにかしないとってのもあるんだとは思う。近しいヒトが死ぬのは、悲しい。
短い間だったとはいえ、ヒナミはリオと結構遊んだりしていたからか、やっぱり悲しんでいるんだと思う。リョーコさんの時ほどじゃないけど、一人で居る時の表情は暗い。アヤトとかカネキと相談して、どうしたものかと色々考えてる。
まあアヤトは、いつまで居るかわからないって自分で言ってるんだけど……。
2階に上がったカネキは、しばらく帰って来なかった。お客はあんまり居なかったから大丈夫だとは思ったけど、カヤさんに「行ってらっしゃい」と後押しされて、私は階段を上った。
扉を開けると、ヘタレの手前で花瓶に花を入れて、カネキはぼうっと窓を見ていた。
私は……、かける言葉が思い付かなくって。だから、カネキの隣に意図的に、くっ付くように座った。自分の存在をアピールするように。
「……」
「……? あ、トーカちゃん」
カネキの反応は、なんか胡乱だった。
慌てることも、反応に困るような仕草をするでもなく。花瓶の花を見ながら、力なく笑うだけ。
「どうしたの? って、あー、ちょっと長く居すぎちゃったかな。二階」
「……」
「?」
「……」
「……何か話そうよ、ちょっと怖いって」
「……話すのは、アンタの方でしょ」
首を傾げるカネキに、私はほっぺを軽く引っ張った。「痛い」というのを無視して、恥ずかしさを押さえて顔を、目を近づける。
「本当に何もないの? そんな、なんか上の空って感じの顔して」
「……」
「何て言えば良いかわかんないけど……、あー、もうっ」
ほっぺから手を離して、私は顔を背けて。両手を握って膝の上に置いた。
カネキはしばらく何も言わなかったけど。
「リオくんがさ。……最後、笑ってたんだよね。ここに来れて幸せだったって」
窓の方を見て、私から顔を逸らしてそう言った。
「僕をお兄さんと似てるって言いながらさ。だから、兄のようにはならないでくれって。
その意味が……、少し、含みが多くてさ」
「含み?」
「たぶん、自分を犠牲にするなとか、そういう意味合いだったと思うんだけどさ。でも肝心のリオくんは、そういうようなことをやっちゃったし……。
それが、なんとなく……、上手く言えないや」
「……アンタさ」
私は、不意に思ったことを聞いた。
その口ぶりから、ひょっとしてと思ったことを。
「ひょっとして、羨ましいとか思ったの?」
「……リオくんは、優しい子だったよね」
カネキは、それ以上は何も言わなかった。
私は、なんだか無性に悲しくなって、腹が立った。
「楽しい訳? そんな、悲劇のヒーローみたいな顔して」
「……」
「何がしたいのよ。アンタ」
「……僕は、……失いたくないんだよ」
だからみんなを守りたいと。そのために頑張りたいんだと。
言いながら、少しだけこっちを向いて、カネキは顎を擦る。
私は、反射的にカネキの頬を殴った。
「……、と、トーカちゃん?」
「……だったら、自分を大事にしろよ」
まんまじゃない。リオの言った事。
リオの兄弟のことなんて知らないけど、カネキの言葉からして、リオのために身を呈したんだろ。
だったらそうなるなってことは、自分をそんな風にするんじゃないってことだろ。
あんていくに来れて幸せだったんなら――あんていくが大事だったんだから、アンタも大事だったから、そうなって欲しくないってことなんじゃないのかよ。
カネキは、目を見開いて驚いたようにしてるだけで。
気が付くと、私の目からは涙が溢れていた。
「自分を守れよ。だったらまず、自分を大事にしろよ。そんなこと出来なきゃ、誰も守れる訳ねーだろ」
「いや、僕は――」
「黙れッ」
なんとなく分かった気がする。カネキはお父さんと被るけど、やっぱりお父さんじゃない。根っこの部分が、お父さんみたいな感じじゃないんだ。似てるけど違う。たぶん、もっと一人よがりなんだ。
だから、こんな簡単なことにも気付けない。
大事にしてくれと気遣われてることに気付かない。
自分が傷ついてることに、気付こうともしない。気付いてないんじゃなくって、気付くつもりがないんだ。ひょっとしたら、それで満足した気になってるんじゃないか。
なんでコイツ、こんなになっちゃってるんだよ……。なんで、こんな――。
何か言い返そうとしているカネキを無視して、いつかのように私はカネキを抱きしめた。
前に一回だけ求められた時は何を言い出してるんだと思って、なんとなく応じたけど。でも今回は、もっともっと、強く、強く。
「馬鹿みたいじゃん。そんなんじゃ……ただの自己満足だろ」
「……」
「自分を入れろよ。守れよ。……死んだら、悲しいって言ったじゃんか」
私が言った言葉も、リオの言葉も届いたかは分からない。
カネキはただ、私にされるがままになっていて――。
でも、そのまま私を引き離そうとはしなかった。
本日12:00予定の次回がエピローグとなります