仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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Uc"J" 19:死ニ堪ル

 

 

 

 アタが、あたま、頭がどうにかな、どうにかなってしまいそうだった。

 

『道、開けないとねー』

 

 そんなことを言って、目の前のビルをズタズタにしているのは僕だ。僕の意志じゃない。でも僕の意志じゃないだけで、それをやっているのは紛れもない僕だ。

 ガレキの中で潰れる人達に、カネキさんが手を伸ばす。救えなかったと手を握る姿が、嫌でも僕自身のそれと重なって、胸が痛い。でもそんなことを無視するように、僕の左目の奥から飛び出たこの赫子は、言葉を呟き続ける。

 

『邪魔なんや』

 

 カネキさんを薙ぎ払い追い討ちをかけ、僕はそのまま道路をのっそのっそと走る。道中、巻き困れて転がった死体を拾い、そのまま仮面の中の下――僕の左目から飛び出たベロのようなそれが、がつがつと喰らう。

 気持ち悪い。まるで、何か寄生虫にでも操られているような気分だ。身体の自由が、思うように効かない。

 

 そして僕はたどり着く――あんていくの前に。

 それは――ダメだ。それだけは何があってもダメだ。

 

 自分の体を支配する、自分ではないような衝動がどこに向かおうとしているか。自分の体であるせいか、痛いほど理解できた。

 

 入り口では、トーカさんとヒナミちゃんが丁度出てきたところだったようだ。

 そして僕の変貌したこの姿を見て、酷く驚いた顔をしている。

 

 いや、そもそも僕だって気付いていないかもしれない。トーカさんは目を赤黒く変化させて、ヒナミちゃんを庇うように前に出る。防御よりも攻撃が先に来るあたりが彼女らしいかもしれないけど、それでも僕は、逃げてくれと叫びたかった。

 

 トーカさんが射撃を行うより早く、両腕に変化した爪が彼女の片羽を切り裂いた。「うっ」と身をよじる彼女を無視し、僕の手はヒナミちゃんに振り下ろされようとしている。

 

  ダメだ。嗚呼、やだ、そんなの止めてくれ……、兄さんも居なくなってしまった今、僕の「居場所」さえ奪わないでくれ――!

 

 そんな心を嘲笑うかのように、腕は怯えるヒナミちゃん目掛けて振り下ろされ――。

 

 

 そんな手が、上空から降って来た少年によって蹴り飛ばされた。

 

 

「何やってんだ、トーカ」

「アヤト!」

 

 少年は、トーカさんと似た顔付をしていた。人目で姉弟だと僕には理解できた。

 強弱関係で言えば僕の腕の方が強いはずだけれど、アヤトくんの蹴りは僕の腕を叩き落とした。

 

 彼はこちらをにらみ、背中から赫子を展開しようとする。

 僕の身体は態度さえ全く変えずに、腕を再生する。

 

 にらみ合いが数秒続く。僕も彼も手を出せない状況が続くと、頭部が横から殴られた。

 

「――はッ!」

 

 カネキさんだ。背後から、たぶん赫子を使って僕の仮面の部分をぶっ飛ばしたのだろう。暗がり、口元以外から入らなかった光が、欠けた顔半分から入ってくる。夕暮れの赤さがそろそろ消えるか消えないかというくらい、収める場所を失った赫子の舌が、だらりと僕の左頬に垂れた。

 

「アヤトくん、助かった」

「あ? 別にテメェの為にやった訳じゃねぇし……、何だそりゃ」

 

 その場に居たトーカさんも、何があったのかと出てきたニシキさんも、入見さんも、僕の姿を見て唖然としていた。そりゃそうだ、僕だって言葉を失うだろう。こんな有様じゃ。

 ヒナミちゃんはアヤトくんの影になっているのか、いまいち反応がわからない。

 

 そして衝動的に、僕はその場から逃げた。

 

 衝動的に、僕の全身に恐怖が湧き起こった。こんな姿になり、周囲の人々を殺し、喰らい、彼女たちを襲おうとした僕自身に。奇しくも僕の身体は身体で、別な理由から逃走を選んだのかもしれない。単純に相手の数が増えたせいだろうか。

 でも、それが少しだけ僕の心を安心させた。

 

 

 こんな姿――ずっと見ていて欲しくなんてないよ。

 

 

『なんで?』『リオっちぃ』

 

 仮面が修復されつつあり、視界が段々と暗くなる。そんな途中で左目から垂れた赫子が、僕にそう囁きかける。それと同時に、激痛と共に左目の奥から「記憶が流れてきた」。

 僕は、左目に何かを叩き込まれた。――そしてそれが、この赫子の元になったものなのだろう。少なくとも目が潰れて、その奥までめり込むようなあの感覚を言葉に表すことさえ出来ない。考えたくも、思い出したくもない。

 

 その後、気が付けば時計が沢山ある部屋に居て。そこで死神ドクターを名乗る彼女に、僕は体を弄られた。

 

 気が遠くなるような苦痛と問答の果て。気が付くと、僕はその場におらず街中に抜け出ていた。

 

 断続的に走る左目の奥の痛み。それが最高頂点に達した時、キジマの足音のようなカツーン、カツーンという音が聞こえ、そこから後しばらくの記憶がなくなる。

 何故だ? おかしい。そこで記憶が途切れるのは――。

 

「――そんなん、僕が出てるからに決まってるでしょ」

 

 そして、僕の口はそんなことをしゃべった。

 何だ? 何が起きているんだ? 混乱する僕に、僕の口は「にぃ」っと歪み、笑いかけた。

 

「僕だよ。(リオ)さ」

 

 リオ? いや、意味が全く――。

 

「僕がリオなんだよ。わかんないかなー」

 

 くつくつと笑う僕の口と、混乱し続けている僕。

 

 

  

 

 

 

 

 

 ――気が付くと、僕は全く見覚えのない場所に居た。

 

 肉体は普段通りの僕に戻り。でも腰にはドライバーが装着されている。周囲を見渡すと、山に海の距離が妙に近くて、視界の遠近感が狂う。でも、どこか無人島のように思った。

 

「――初めまして、『ジェイル』」

 

 そして、僕の目の前には――誰かが居た。

 

「君、誰?」

「だから、リオだって」

 

 僕と同じ格好。僕と同じくらいの背丈。筋肉の付き方は相手の方がちょっと多め。

 でも、僕と彼とでは決定的に容姿が違った。まず髪の色。天辺から毛先まで全てが黒い。そして眉がなく、妙に目がぎょろぎょろとしている。

 

 そんな彼は、にぃっと僕に笑った。

 

「いや、君も僕なんだよね。『ジェイル』も僕なんだ。

 でも僕はそれがとても受け入れられなかった。だから――それを知った僕自身を否定した」

「……」

「わからない? だからね。僕なんだよ。

 僕が本来、『一番新しい時系列での』リオなんだよ」

 

 そう言うと、目の前の相手はにしししと笑った。

 目がぎょろぎょろと動く。よく見て見れば、彼に瞼は存在していなかった。通りで目が大きく見えるはずだ。

 

 そんな彼は、目から血の涙を流していた。

 

「兄さんをキジマから助ける為に、強くなりたい。そう願って、エトしゃん(ヽヽヽ)の力を借りていたらさ。ある日、あのヒトから鏡を見せられたんだ。もう、分かるね。何が映ったか」

「……格子の、痣」

「耐えられなかったよ。とてもじゃないけどさ」

 

 あはははは、とそれはそれは楽しそうに笑う目の前の――僕かもしれない何か。

 目から溢れだす血の涙は、見ていてとても他人事じゃないと思い知らされる。

 

「――だから自分を『なかったことにして』一からやり直すことにしたんだけどさ。

 でも、結局助けられなかったんなら、意味なんてないよね」

「……」

「みんな――意味がないなら、壊れちゃえば良い」

 

 にたりと笑うその僕のような何かに、僕は、拳を握って断言した。

 

「……そんなことは、ない」

「?」

「僕にだって、居場所はあったじゃないか」

 

 右も左もわからず、トーカさんに教わった記憶。ニシキさんに遊ばれ半分だけど相談したりした記憶。古間さんにサンドウィッチを教わった記憶。カヤさんに珈琲の味を確かめてもらった記憶――。

 

 店長に、受け入れてもらえた記憶。

 

 ――カネキさんが、僕の真実に涙を流してくれた記憶。

 

 みんなが居るから、居場所なんだ。そしてたぶん、もうそこには、僕も入っている。

 

「やり直したんなら。だったらさぁ……、僕が送ってきた日々も、分かってるだろ!

 あんていくで過ごしてきたこの数週間が。

 そんなんじゃ、まるで無意味だったみたいじゃないか」

「無意味だろう。兄さんを救えなかったんだから」

「確かに、兄さんを救えなかった。辛いし、痛いし、頭がどうにかなってしまいそうだ。でも……それでも、兄さんが僕を庇ったなら。

 僕は、僕らしく生きていきたい。

 だから――君は、僕じゃない」

 

 僕の言葉に、少しだけ悲しそうな表情を浮かべると彼は肩をすくめた。

 

 

 

「なら、どうするんだい?」

「僕は――君を、倒す。そして、僕は僕に戻る!」

 

 中腰に構え、いつでも走れるようにする僕。

 目の前の彼は、そのままの姿勢で。

 

 僕等二人の手が、ベルトの右横のレバーに伸び――。

 

 

 

『――鱗・赫ゥ!』『ゲット3』

『――羽・赫ッ!』『ゲット3』

 

 

 

 僕等は姿を変えながら、拳を構えて走りだした。

 

 

 

 

 

   ※

  

 

 

 

 

 あんていくの前から逃走したリオくんを、僕は追っていた。

 トーカちゃんや西尾先輩から「後で説明しろ」とも言われた。僕自身、未だ整理が付いていない部分が多い。でもだからこそ、僕は今立ち止まるわけにはいかない。

 

 リオくんをー―止めないといけない。

 

 彼自身が、それを望んだのだから。最初から殺そうとは、どうしても僕には思えなかった。最後の最後まで僕は選択肢を捨て去れない。そういう風に、選んで強くなろうとしているから。

 

 だから、僕は願うしかない。もうこれ以上、彼を「殺さないといけない」理由を作らないでくれ、と。

 

 

 

「クロナ――ッ!」

 

 そしてたどり着いた先、嘉納先生の病院の前で、女の子に襲いかかっていた。なんでよりにも依ってここなのか……。しかも黒髪のその姿は、見覚えがある。その彼女に手を向けて叫んでいる白い髪の女の子にも。双子は、朗読会とバレンタインの日に会った二人だ。

 なんでこんな場所に? 疑問を覚えはしたけど、僕は”手”を使ってリオくんの尾赫を引き、その反動で自分をパチンコのように打ち出した。向かう先は、黒髪の子。

 

 リオくんの熱気で目をやられたのか、押さえながらよろめく彼女を抱きかかえ、そのまま”手”でリオくんから距離をとる。一緒に白い方の子も掴み、病院の入り口手前まで引っ張った。

 

「……」

「っ、大丈夫?」

「……う? あ、うん、大丈夫」

 

 僕の腕の中で、黒髪の子の方が少し頬を赤くして、ぼうっとしてるような胡乱な反応を返した。

 

 ”手”を離すと、すぐさま白い方の子が僕らの方に近づいてくる。お姫様抱っこしていた子を下ろして、すぐさま二人に病院で隠れてるように言った。

 

「ありがとう」

「……」

「お姉ちゃん?」

「う? あ、うん。またね――お兄ちゃん」

 

 手を振ってすぐさま走り出す二人。白い方の子が「パパから連絡が――」というような事を言っていたのが少しだけ聞こえる。黒い方の子は、何故か少し名残惜しそうにこちらを見てから、走り出した。

 

 僕は、リオくんの方を振り返る。筋繊維のように身体中を被い尽くした赫子が、めきめきと音を立てて更に膨れ上がろうとしている。

 でも当のリオくんは、頭を抱えて膝をついて、どこか苦しそうだ。

 

 その腹部には、ドライバーが見える。

 

『――簡単に終わらせる方法、教えておくわよ。さっきの赤い装置のダイヤルを5にした状態で彼のドライバーに付けて、ブレイクバーストしなさい。そうすれば爆発四散!』

 

 そんな物騒な選択肢を楽しそうに提案しないで下さい。

 

 少しだけ苛立ちながら意識すると、脳裏でリゼさんの語調が多少は真面目になった。

 

『じゃあ、少しだけヒント。何があるのか知らないけど――どうやら彼、今は尾赫と甲赫しか使えないみたいよ?』

 

 リゼさんの言葉の通り、さっきまで背部全ての箇所から赫子が出ていたのが、今は腕と尻尾だけになっている。身体を膨張させているのに、Rc細胞がとられているのだろうか。

 

 だけれど、そんな状態でもリオくんは甘くない。甲赫の刃のような爪を振り被り、僕を切り裂こうと動く。

 身体に走った傷の痛みに足をとられながらも、僕はそれを回避していく。でも流石に無理が生じた。ドライバー付近の腹を、爪が貫通する――。

 

 血を吐き、転がる僕。

 

 そして見上げた瞬間、僕は見た。大口を開けたリオくんの仮面――その奥にある彼の右目が、泣いていたことを。口が苦悶に歪み、まるで、何かを堪えているかのような。

 

「……止めてくれ、リオくん」

 

 意味はないと分かりながらも、それでも僕の口は動く。

 リオくんは、それを無視して僕に振り被ろうとする。でも、そんな彼は突然自分の頭を押さえて、膝を付いた。

 

 リオくんは――今、戦っているのだろうか。自分本来の意識と、暴虐の限りを尽くす今の姿と。

 

『甘ちゃんな考え方ね。単に、制御できてないだけじゃない』

 

 例えそうであったとしても、僕は、彼の言葉を信じたい。止めてくれと言った、彼の理性を。

 

『いくら叫んでも、もう声は届かないじゃない。

 だってあんなに――辛そうじゃない』

 

 生き地獄という言葉もわるわよ、とリゼさんは言う。

 

 でも、僕は――僕は!

 

 

「おおおおおおおお――ッ!」

『――甲・赫!』

 

 

 ドライバーの状態を変更し、両腕に銀の装甲のような赫子を纏い。

 僕は、突進してくるリオくんの爪をガードして、殴る。

 

 装甲の分だけ強化されているらしい腕力で、彼を弾き飛ばし。

 

 

『――甲・赫! 崩壊撃破(ブレイクバースト)!』

 

 

 鳴り響く電子音。少なからず今のリオくんには甲赫の要素がある。なら、この一撃も耐えられるはずだ。

 そう判断して、僕はレバーを二度落とした。

 

 腰の部分から伸びる"手"。そのままリオくんの胴体を掴みとり、勢い良くこちらに引き寄せる。

 

 それに対して意識を集中させ、僕は真っ赤になった両手の装甲を、リオくんにぶつけた――。 

 

 

 

 一撃で、リオくんの身体を覆う赫子の鎧は、その上半身は、弾けた。

 

 瀕死のような姿をしたリオくんが、僕を見て少し微笑み――。

 

 

「ダメじゃないですか」

 

 

 そう、楽しそうに「哂った」。

 

 

 

 

 




白「パパが『お兄ちゃん』の様子を見るって言ってるけど・・・、お姉ちゃん?」
黒「・・・な、なんでもないからね? ちょっとカッコ良かったとか思ってないからね?」
白「・・・お姉ちゃん?」

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