仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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Uc"J" 16:心を決める

 

 

 

『喰ラう――ジェイルを殺すために、全部喰ラウ――!』

 

 悪魔のような、怪物のような――そんな仮面を付けたその喰種の姿は、でもあの時とは少し違っていた。

 なぜならば、その首から下はリオくんのものだったからだ。ドライバーで変身した、紫のロングパーカーのようなそれを装着した姿。

 

 想像していた中で、ある意味最悪の結果が僕の目の前に存在していた。

 

『――研くん、下がるわよ』

『喰種は――喰ラウ』

「ッ!」

 

 叫びながら、僕に襲いかかるリオくん。リゼさんの一言がなければ、そのまま一発喰らっていたところだ。

 

 捜査官は笑いながら、身を引きずりつつ後退。

 そして、同時に何か手榴弾のようなもののピンを抜き、こちらに投げてきた。

 

『――フン』

 

 でも、悪魔のような仮面の……、いや、リオくんは、その手榴弾のようなそれを尻尾の一振りで凍らせた。

 爆発する前のそれが、地面に叩き落とされる。

 

 捜査官は投げた後を確認せず、この場を立ち去ったらしい。

 

「リオくん!」

『喰種ハ、喰ラウ、そして、兄さんヲ――』

 

 仮面のようなそれの口の部分が開き、舌のような長いものが垂れ下がる。何をするつもりかと思えば、そのまま彼は、さっき捜査官に切り飛ばされた”手”の破片を拾い、そのまま口に入れた。

 おぞましい――とは思えない。僕自身、既に「何度か」経験していることなのだから。

 

 つまりリオくんは、血中のRC細胞を増加させることで強くなろうとしているのだろう。

 

 むしろ考えるべきは、何故強くなろうとしているかということか――。

 

「……どちらにせよ、このまま放置するのは拙いか」

 

 赫子を振るい衝撃波を放つものの、しかしそれに対して、尾赫一つで応戦するリオくん。衝撃波の刃が振るわれた赫子の冷気と衝突し、まるで盾のように硬化する様はとても形容し辛い。一体どういう原理が働いているんだと言ってしまいたいくらいだ。

 

 そう思っていたら、リオくんはドライバーを操作した。

 

『――(コウ)(カァク)!』『ゲット4!』

 

 ゲット? 不審に思い彼のドライバーを見れば、レバーと反対のところに赤い小さな装置ようなものが取り付けられている。原因は、それか?

 

 右手に紫の、刃のような巨大な爪を装備したリオくん。そのままこちらに、勢いを付けて接近してくる。……ッ、向こうもこちらが羽赫を出せないことを把握済みということか。防戦となる僕に、容赦なく振り下ろされる爪。腕や足に傷を負いながら、僕はぎりぎり距離をとった。

 こうなると、ドライバー自体についている装置を破壊する方が――。

 

『……老婆心だけど、ドライバーは無茶に破壊しない方が無難よ。研くん』

 

 でもリゼさんの言葉で、僕はそれを追及する事を止めた。他に何か使えるものがあるか、と考えると、先ほどリオくんに捜査官が投げつけたグレネードのことが気になった。

 現状、この状態からリオくんに向けて攻撃は難しい。とすれば――僕は、ドライバーを再度操作した。

 

『――鱗・赫ゥ!』『――鱗・赫ゥ! 崩壊撃破(ブレイクバースト)!』

「ライダー、キック!」

 

 本来、変身中のブレイクバーストの一撃はかなり重い。だけれど現在、リオくんの赫子の種類との僕の赫子の相性を考えると、これなら致命傷にはなり得ないだろうと判断し、僕はレバーを落とした。

 

 背部で現れた四本の赫子が、地面を叩き勢い良く僕の身体を浮かび上がらせる。そして以前、ヤモリと戦った時のように、"手"を彼の四肢に向けて打ち出す――。突然の攻撃パターンに対応できず、リオくんはそれをまともに受けてしまう。

 そのまま勢い良く上空に引き寄せられるリオくん。僕はそれに向けて、爆発寸前のように真っ赤にそまった右足を、彼の赫子で出来た上着の右側に叩きこんだ。

 

『!――ッ』

 

 声にならない悲鳴を上げ、リオくんはそのまま落ちそうになる。”手”でその身体を掴みとり、僕は氷漬けになったグレネードを手に取った。

 

『RGC224g……、抑制剤じゃない、それ』

「……なるほど」

 

 何故さっき捜査官が投げたのか、理由がわかった。だったら、僕がするべきことは一つ。

 氷付けになって動かなくなっていたレバーに力をかけながら、リオくんを下ろす。そして目の前に来た瞬間、僕は”手”も動因して、力の限りバネ部分を破壊した。

 

 爆発。破片がばらばらと僕やリオくんを傷つけると同時に、全身に悪寒が走る。この痛みはどこかで……って、ヤモリに拷問されていた時のやつだ。

 

『ガアアアアアア――ッ!』

 

 急いで僕と、リオくんのドライバーのレバーを落とす。変身が解除されると、リオくんはその場でぴくぴくと痙攣していた。

 

「呼吸は出来てる……か。良かった」

「――カネキくん」

「! 店長」

 

 不意に背後から声をかけられた。振り返れば、店長はいつも通りの柔和な笑顔で僕と、倒れたリオくんとを見ていた。

 そして、店長の腰にも、ドライバーが装着されていた。

 

「何があったか、事情の説明を願えるかね」

「はい。あー、でもその前にリオくんを運びたいんですが……」

「むろん。私が背負っていこう」

 

 店長はリオくんを背負う。と、僕はあることを思い出した。先にあんていくに帰ってもらえるよう頼んでから、確認しに行く。

 

「……」

「ウフフ……やっぱり、強いわァ……♡ たぎっちゃう、嗚呼、食べたい! 大好き!」

 

 最初にリオくんを助けに行った路地裏で、ロウが、血まみれになりながらも頬を赤らめて、寝言を呟いている。

 その背中、開いたドレスから見えた赫子は、まるで無理やり引き千切られたかのように欠損していた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「……? あ、僕――」

 

 全身に走る痛みで無理やり意識が呼び戻された。目を開けた先は天井。あんていくに2階だ。左目の奥は、断続的に痛みを訴え続けている。

 ヘタレ、ヘタレと鳥が鳴く。

 

 そして、扉が開かれる。

 

「気が付いたようだね、リオくん。無事で良かった」

「……店長」

「細かい事はカネキくんから聞いた。君自身、覚えて居ない事もあるだろうから、それも含めて話そう。まず――」

 

 僕は、そっと手を挙げて、店長が何かを言うのを制した。

 そして――僕は、今自分に起こっている事を言った。

 

思い出しました(ヽヽヽヽヽヽヽ)

「……思い出した、とは?」

「コクリアに収監される前の事。コクリアに収監されている時のことを」

 

 まるで欠けたパズルのピースが揃うように、今までよくわからず葛藤していたことが、雪崩のように一気に完成し、そして、僕自身の中で荒れ狂っている。ついこの間得た安心感でさえ押さえきれない程に、僕の混乱は頂点に達していた。

 

「そうか。ひとまず、おめでとうと言っておこう。聞こうかい?」

「……店長の方を、先にお願いします」

 

 僕は、震える手を押さえつけて彼の話を促した。

 

 カネキさんから聞いた、というその話は、とてもじゃないが信じたくないようなことだった。ドライバーを付けて、暴走でもしたようにカネキさんに「喰らう」と言いながら襲いかかった僕。その姿は、僕自身がカネキさんに拾われる直前に戦っていた喰種のものだったこと。そして、その時僕はロウを襲っていたことを。

 

「……」

「信じられないかい?」

「……信じます。だって、カネキさんが嘘を付く理由もないですし」

「……珈琲を入れてこよう」

 

 芳村さん、と続けようとしたタイミングで、カネキさんが扉から入ってきた。店長と入れ代わりになるようにして、そして彼は僕を見てほっとしていた。

 僕は、そう、何より先に伝えなければならないことがあった。

 

「リオくん、意識戻ったんだ。良かった」

「……はい。あの、カネキさん――キジマでした」

「?」

「僕と、兄を拉致した喰種は、キジマ式――あの時、戦った捜査官でした」

「……そう、か」

 

 カネキさんは、難しい顔をした。でも、そのまま彼は僕の頭に手を置いた。まるで兄さんにされるように、そのまま撫でられた。

 

「リオくん、大丈夫?」

「……辛い、です」

 

 僕は、思った事をそのまま吐露した。

 

「辛いです。……カネキさん。僕、一体何なんでしょうか。

 僕は、逃げ出したんです。コクリアから……、今の僕には、兄さんを助けることが出来ないって思って。逃げる事で、その後に力を付ければ良いって思って。でも――そこから記憶がないんですよ。

 兄さんは、僕のためにコクリアに捕まったって言うのに……、僕が無実だから、俺がジェイルだから逃がせって、そう言って掴まりに行ったのに」

「リオくん」

「キジマの言葉が正しければ、僕が逃げてからもう一月なんですよ。……あんていくを第二の家族なんて思ってる暇なんて、僕にはなかったはずなんですよ。もっと急いで、ジェイルを探さなきゃいけなかったはずなんですよ。なのに――」

「リオく――」

「あんていくの仕事は、楽しいです。そろそろ研修がとれるかってところですけど、接客にも慣れてきたし、珈琲の淹れ方もだいぶ上達したと思います。でも……、そんなの、兄さん死んでたら、意味ないじゃないか……!」

 

 胸にある、混乱の元はきっと。

 後悔や、無力感や、絶望だ。

 

 あれだけ探したジェイルでさえ見つからず、その上キジマ本人と遭遇してしまったのだから。

 

 あの冷たい、薄暗い牢獄の奥で、兄さんは元気に過ごしているのだろうか――本当に、過ごせているのだろうか。

 

 いくら考えても、答えは出ない。そのことがただひたすらに、怖い。記憶を取り戻したからこそ、より鮮明に。焦燥感の正体を掴んだからこそ、より明確に。

 

 がちゃり、と扉が開いて、店長がやって来た。カップは、二つ。

 

 僕とカネキさんとの前に置いて、店長はすすめた。恐る恐る、まるで最初にここに来た時のように、僕は一口。

 相変わらず、その一杯はとても美味しかった。

 

「……助けてもらってばかりで、すみません」

「いいんだよ。あんていくの方針は、助け合いだからね。

 ただ……理想としては、やはり、君は救われて欲しい」

 

 首を傾げる僕に、芳村さんは微笑んだ。

 

「孤独だけを支えに生きる者は、やがて精神を己に蝕まれて行く。そんな時、手を差し伸べてくれる者が居てくれれば、それだけでも大きな救いになる。……私がかつて、大事なヒトから教わったことだ」

「……」「……」

「その果てがどんな結末であろうとも、共通することだ。……リオくん。君は一人じゃない」

 

 話してごらん、と。店長の言葉は、いつもの様な表情で言う。

 

 頭の裏に、色々な出来事がフラッシュバックする。カネキさんに拾われてから、今日までの日々が。記憶を失っていた(リオ)の、あんていくでという居場所での記憶が――。

 

 そしてその果てには、兄さんが居た。

 

「……僕は、兄さんのために、何もできていない」

 

 その言葉を切っ掛けに、後はもう、すべてが溢れだした。

 頬を伝う涙は、寒ささえ関係なく痛く感じた。

 

「僕には、頼れるヒトが沢山、出来ました。でも――兄さんが頼れる相手は、僕一人だけなのに――こんな……ッ」

 

 でも、きっと兄さんならこう言うんだろう。そんなこと関係なく。

 

 ――俺は大丈夫だ。だから、お前は前を向いて生きろ。

 ――それから、守ってやれなくてゴメンな。

 

「……僕は、お兄さんがどんなヒトかはわからないけど。でも、少しわかる気がする」

 

 カネキさんは、僕にゆっくりと話しかけた。

 

「お兄さんは、きっとリオくんが大事だったんだよ。自分の身に変えても」

「……ッ」

「だから……君が幸せに生きてくれるってことが、たぶん、お兄さんの願いなんじゃないかな」

 

 カネキさんの言葉に、どこかで納得している自分がいる。ちょっと厳しくて、でも優しかった兄さん。

 そんな兄さんだからこそ――どこか兄さんを重ねてしまうカネキさんだからこそ。

 

 このままあんていくで、みんなと一緒に過ごすことが、僕に対する、兄さんの望みなのかもしれない。大勢の、家族のようにさえ思えるヒトたちに囲まれて、思うままに生きることが。

 

 でも――それでも。

 

「……それでも、僕は、兄さんを失うのが怖いです」

「……うん。わかるよ。

 ……わかる」

 

 カネキさんも、店長も、多くは言葉を続けなかった。その浮かべていた表情と、声音が雄弁に物語っている。このヒトたちも、きっと大切な何かを失って、今ここに来ているヒト達なんだろうと。

 

「僕が、僕自身のために生きる。……兄さんの望みが、仮にそうであっても……、僕は、それでも、兄さんに生きていて欲しい」

 

 きっとこんなこと、兄さんに言ったら怒られるんだろうな。だけど、僕はそこから逃げることが出来ない。

 でも、そうであっても――自分を犠牲にしてまで、僕に生きろと言ってくれる兄さんなのだから。僕が犠牲になってでも、兄さんには生きていて欲しいのだから。

 

「芳村さん。カネキさん。僕は……、決着をつけないといけません」

 

 悲しそうな表情をするカネキさんと、目を細めたまま話を聞き続ける芳村さん。

 

「コクリアから抜け出して……、カネキさんに拾われて、身寄りがなかった僕がどれだけ助けられたか。記憶もなく、あてもないこんな『バケモノ』を。

 ……感謝してもしきれません。でも、もう、僕は押さえられない。

 答えを、出さないといけないと思うんです。僕が、どうあるべきか――どう生きるべきなのか」

 

 僕の言葉に、芳村さんは少しだけ、眉を寄せて笑った。

 

「もう、決めたんだね」

「……はい」

「……寂しくなりますね、店長」

「嗚呼」

「……僕もです」

 

 僕等三人の間に、沈黙が漂う。

 それに対して、やがて芳村さんがふっと、微笑んだ。

 

「いつでも、戻っておいで」

 

 芳村さんは、たった一言だけ。たった一言だけそう言って、微笑んだ。

 僕は、涙を拭って立ち上がり、頭を下げた。

 

「……短い間でしたけど、ありがとう、ございまし――ッ。

 突然……、決めて、すみません……ッ、本当、に、沢山、お世話になりました――」

 

 そこからは声にならなかった。ただただ、僕は感情の任せるままに泣いた。

 カネキさんも店長も、何も言わなかった。ただただ、静かに僕の傍に居てくれた。

 

 

 

 




現時点でようやく、リオの記憶が八割くらい戻りました。そして次回、いよいよ――。

カネキのnewライダーキックは、オクトバニッシュ+フーディーニ魂のライダーキックみたいな感じと思ってもらえれば説明が楽です;


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