仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

60 / 145
Uc"J" 15:目を背け続けられない

 

 

 

 チェーンソーの音と共に赫子を切られ、ロウは絶叫を上げた。

 抱きかかえていた僕を投げ出してしまうくらいには、その一撃はかなりの痛みを伴っていたのだろう。でも、僕は彼女をむしろ抱きしめた。痛みにうめき、自分の体を震わせる彼女が高所から落下すれば、受身をとれるはずもなかったからだ。

 

 すぐに赫子を出し、地面を弾いて僕らは、距離をとった。

 

「やぁ~、リオくん。久々だねぇ」

 

 その男は、異様な姿をしていた。黒いスーツに帽子。丸い体系、丸い顔。人間らしくないその様はバケモノのようであり、ツギハギのような跡が僕には見えた。

 白い目を向き、耳に届かんとするほど楽しそうに男は笑う。

 手には――黒と赤の、チェーンソーのようなクインケを構えて。

 

「中々、探すのに手間取ったよ。……思えば、もう一月くらい経つのか。君が『コクリア』から脱走したのは。

 アオギリの樹に連れられたかと思って居たが、こっちの方で目撃情報が出たのには心躍ったよ。ククク……」

「アオギリ……? ――ッ」

「そちらの淑女(レディ)は初めまして。私は喰種にも礼儀を通す性質でね。

 ――キジマ式だ。短い間だが、どうぞよろしく」

 

 頭を下げるこの男、キジマ式に対して、僕の頭痛が警告をする。これは、正面から戦ってはいけない――。

 

 それと同時に、僕の中で果てしない違和感がつきまとう。なにせ目の前の男こそが、兄さんを拘束しジェイルを探す動機付けになった相手なのだから。そんな彼が、あのメールの優しそうな感じのヒト?

 僕をジェイルだと誤解し、拷問にかけた相手が? ――あれ、拷問? 記憶に、違和感が出てくる。なんで、そんなことを「僕は知っているのか」?

 

 混乱と共に、左目の奥に激痛が走る。断続的に何かがフラッシュバックするのを押さえながら、僕は抱きかかえていたロウを、自分の後ろに突き飛ばした。

 

「あ、アナタは何を……?」

「逃げて、ください――早く!」

「そんなの、あの捜査官強いんじゃなくって? 坊や一人で勝てるとも思えないし、アタクシの方が坊やより――」

「それでも! 絶対勝てないから早く! ここは僕が、食い止める!」

 

 焦る僕の言葉に戸惑うロウ。それを見て、キジマはくつくつ笑った。

 

「いい台詞だ。感動的だな。

 ――だが無意味だ」 

『――リ・ビルド!

 ロッテンフォロウ・リッパー!』

 

 モーターとチェーンがそれるような音と共に、クインケの形状が丸ノコのように変化。それを僕の方に向け、キジマはクインケのトリガーを押した。

 ノコリギの赤い刃が、射出される――咄嗟に反応できなかったロウ。僕は赫子を使い、それを凍らせて回転を落として地面に叩き付けた。切れ味が鋭いのか、叩き付けた瞬間にいくらか抉れる――。それと同時に、脳裏にうすらぼんやりとしていた兄のイメージが、瞬間、はっきりとした形で思い出せた。

 

 展開に、付いて行けない。キジマとの戦いが、連鎖的に僕の記憶の再生に繋がっている。

 

 刃は中心が光ると、そのままキジマの手元に引き寄せられるよう帰って行く。

 

「ほう、報告書にあった通りだが……、私の記憶とは違うなぁ、『ジェイル』」

「――! 僕は、ジェイルじゃない!」

「君はまだそう言うのか。そろそろ諦めて、認めても良いくらいだろうに」

 

 諦める? 認める? 何をだ――。痛みが走るのと同時に、脳裏には暗がりの中、拘束される自分の姿を幻視する。腰にはクインケドライバーが巻かれ、動けない僕に目の前の、バケモノのようなキジマが、問かけるのだ――。

 

「? ひょっとして君、頭に何かダメージでも負っていて、記憶がおかしくなっているか?」

「――っ、変身!」

 

 痛みを押さえつけながら、僕はドライバーを腰に装着して、変身する。

 

『――()(カ・ク)!』『ゲット3!』

「”変身”か。だが、さして意味はないように思うが、どうするんだい? リオくん」

 

 僕は背後のロウに「身を守って!」と叫び、次の瞬間、赫子で殴り飛ばした。急なことに驚いた顔をするロウだたけど、痛みで呻いていても状況が状況だったからか、小さな盾のように赫子を出して僕のそれから身を守った。

 表の路地に投げ出される彼女をちらりと見てから、僕は目の前のキジマを警戒する。

 

「同族同士、仲が良いようだねぇ。結構、結構。

 さて……、大人しく掴まってくれる、訳でもないようだね」

「……僕は、ジェイルじゃない」

 

 混乱しながらも、湧き起こる記憶の渦に混乱しながらも、僕はキジマと話す。

 

「兄さんを解放してくれ、キジマ式」

「面白いことを言うね。だが、それでは交渉にはならな――」

「その代わり、僕は……、ジェイルの可能性のある喰種を、探し続けてきた」

「……ひょっとして、Rという名でメールを送っていたのは君か?」

 

 嗚呼なんと回りくどい、とキジマはその場で、何故かダンスなのか地団駄なのかよくわからないものをし始めた。

 

「ッヒヒヒヒ。つまり、君は私のジェイル探しに協力をすると? そのためなら同族を売ってでも?」

「……ああ」

「ッフフフフ! これは傑作だ。

 喰種を売る喰種! コクリア行き、未廃棄の中にもそういった者はいるが、まさか外の世界でやろうとは……、実に面白い! 興味深い、気に入ったよ! ヒヒヒヒッ」

 

 地団駄こそ止めたものの、キジマはクインケを持ったままダンスでも踊るようにその場で笑い続けた。

 これは……、思っていたより、反応は良いということか?

 

「それで、答えは――ッ」

 

 だけど、僕が反応を示す前にキジマのクインケが僕の足をかすめた。

 ぎりぎりで、赫子を使ってそれを逸らし事なきを得た。

 

 ――逃げろ、リオ!

 

 脳裏で、どうしてか兄さんの言葉が聞こえる。

 

「……!? 何を――」

「いやはや……。もし仮に、君が『君でなければ』、そういう未来も有り得たかもしれない。篠原捜査官が言ってたが……、確かに君たちは『哀れ』だ。同情さえする。実に残念だよ」

 

 くつくつと笑いながら、キジマは僕を指差して、言った。

 

「聞こうか――このロッテンフォロウの初速は、Bレート程度ではかわすことさえ出来ない」

「……?」

「コクリアに収監された時点の君のレートを考えれば、何故こうも短期間で、Aレートに匹敵する攻撃をしのげるようになっているのかね?」

「それは――」

 

 僕が答える前に、キジマの一撃が僕の太股を切る。

 ドライバーを押さえながら、僕は赫子を構える。でもキジマは、そんな僕にくつくつと笑うのみ。

 

「話し合っても、これ以上の進展はないよ。さあ……、お兄さんも『待っている』」

「――っ」

 

 まずい。現状、赫子を使って逃げようとしても、きっとキジマに追いつれてしまう。それがわかってしまう。彼の足音の、コツン、コツンというそれが、混乱している記憶の奥底、俊敏に飛び回り兄と僕を翻弄していたシルエットに重なるからだ。

 

 手が、震える。正体不明の記憶と、正体不明の恐怖が、僕の身体を包みこむ。

 

『――リ・ビルド!

 ロッテンフォロウ・チェーン!』

 

 そしてキジマがクインケを僕の赫子に向けて構えて――。

 

 

 

『――(リン)(カク)ゥ!』

 

 

 

 振り下ろされたクインケが、誰かに蹴り飛ばされた。

 オフッ、とうめいて距離をとるキジマ。僕と奴との間に割って入って来たのは――カネキさんだった。全身真っ黒な服に身を包んだ、腰にドライバーを付けた。

 

「良い蹴りだねぇ。いやぁ、なかなかどうして」

「……リオくん、逃げられる?」

 

 首を左右に振る僕に、黒と赤の眼帯のような、口元まで被うマスクを付けたカネキさんは、ドライバーを再度操作する。背中から四本、女性の手先のようなものの付いた赫子を出して、そのままキジマに襲いかかった。

 

 キジマ自体を赫子で掴み、投げる。

 

 それだけで距離が引き離される上に、彼の服を掴んでどこかに引きずって行った。

 

 

 

 

「――カネキ、さん」

「大丈夫かしら、リオ? 気が付きました?」

 

 そう言って僕を抱き起こしたのは、ロウだった。

 瞼の上のメイクが溶けたのか、拭き取った跡が見える。

 

 ……状況から見て、少し気絶でもしていたのだろうか、僕は。

 

「なんで……っ」

「あ、あんまりしゃべらない方がよろしくってよ?

 それは、まあ、アタクシ年上ですし? 男の子が意地はって戦うのを、ただ眺めておくというのも後味が悪いですし……、何より、リオを食べるのはアタクシですからね!」

「本心なのか照れ隠しなのかがよく分かんないです……」

「んま! オマセですわ、この子」

 

 反応的には後者だろうか? いや、でも前者も全くの嘘ってわけじゃなさそうだ。

 

 それでも――僕は行かなきゃいけない。ロウの肩に手を置き、僕は無理やり立ち上がろうとする。それでも足から血が流れてバランスを失い、その場で転んだ。

 肩を貸そうとするロウ。でも、僕はそれに頼ることは出来ない。

  

 今、カネキさんが戦っているのは、僕の兄に繋がる情報そのものだ。

 

 カネキさん自体、あのキジマに勝てる保障はない。もし勝ったら殺しはしないだろうけど、逃がしてしまうかもしれない。それはダメだ。

 もう、あまり兄さんにも――「(ボク)にも」時間がない。

 ん? ボクにも?

 

 ――端的に言えば、まあ、爆弾みたいなものだよ。

 

 脳裏で、いつか聞いた少女のような声が繰り返す。

 

 ――その事実を認めてしまえば、君は君という個人を維持できない。だから、代理の人格を生み出す。

 ――ヤモリもその類じゃないかと思っていたけど、彼は素養があったから乖離はしなかったみたいだけどね。

 

 両腕の縛られている記憶。痛みに全身が悲鳴を上げている記憶。その中の僕は、目の前の相手を睨み付けて――。

 

 ――じゃあ、君はどうなのかな?

 

 「えぐられた瞼」を持つ僕の顔の前に、その包帯に巻かれた少女は、鏡を構えて――。

 

 

 

「――ああああああああああああああああッ!」

「!? り、リオ?」

 

 僕は――ボクは、一体、どうしたのだろう。何をしていたのだろう。

 鏡を見せられた瞬間で途切れた記憶。でも、それと同時に僕は、僕はそれ以外の全ての記憶を――。

 

 ドライバーのレバーを操作し、僕は、立ち上がる。左側の、赤い装置のダイヤルを回して――再度、レバーを落とした。

 

『――鱗・赫ゥ!』『ゲット4!』

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 異様な風体の捜査官を掴んだまま、僕は出来る限りリオくんから距離をとった。

 

 ことの経緯としては、僕があんていくに付いた際にリオくんの居場所を聞いたことがスタートだった。お店にはまだ帰って居ないと西尾先輩が言ったのに対して、さっき店の前で見かけたというトーカちゃんの証言。誰かと一緒に居た、ということからそう遠くまでは行ってないだろうと思って、近くに張っていた時。

 リオくんが言っていた、ロウというらしい喰種が助けてくれと言ってきたのだ。

 

「り、リオくんがこのままでは、CCGに駆除されてしまいますの!」

 

 月山さんに調べてもらったロウという喰種は、喰種レストランに出入りしている食種で、強さと若さを求めて人間、喰種問わず多くの相手を喰らっているというものだった。

 そんな相手が、リオくんが殺されてしまうという話をしながら、ものすごく慌てて僕に助けを求めてきたのだ。

 

 道中、最低限確認しなきゃいけないことを聞きながら、僕はドライバーを装着して変身した。

 

『――研くん、重いわ』

「……もうしばらく待ってください、リゼさん」

『最近、扱いが荒くないかしら。これでも元カ――なのに』

「? とりあえず、お願いします」

 

 脳裏で僕に苦情を言う彼女に頼み込んで、僕は場所を探す。出来る限り、周囲に人的被害の起きない場所は――。

 

「なかなか頭を使うね。私と彼を引き離そうというか――」

 

 クインケを使って”手”を切ろうとする捜査官。でも、それに対しては移動に使って居ない”手”を一本使って、なんとかしのいでいるというところだ。

 改めてこう、チェーンソーという物品の恐ろしさを味わっている。……ふれただけで抉れるという特性は、劣化してるとはいえ赫子らしさを付き詰めた形状とも言えるのかもしれない。

 

 そしていい加減限界ということもあり、僕は以前、西尾先輩と初めて遭遇したあの路地裏に彼を叩き付けた。

 

 叩き付けたはずなのに、捜査官はチェーンソーを地面に突き立て、そのまままるで車輪のついた装置でも操るように、華麗に地面に着地した。

 

 強い。直接の戦闘はともかく、明らかに身のこなしがこなれている。

 

 そのまま笑いながら、捜査官は僕に襲いかかる。赫子を使って庇うと、途端に彼はクインケのスイッチを押して、形状を変化させた。

 丸ノコのような刃が、こちらに飛来する。一度弾いたものの、中心部から伸びたワイヤーのようなそれに赫子が絡めとられ、”手”の一本、上半分が綺麗に消えた。

 

 すぐさま距離をとりながらも、僕は分析する。

 鱗赫に対して互角以上? 少なくとも尾赫のクインケではない。とするならば分離、あるいは変形が大きい以上は羽赫か、鱗赫か。

 

 思考をしていると、無事な三本の”手”から、左右それぞれ一本ずつが僕のドライバーを勝手に操作した。

 

『――()(カ・ク)!』

「!?」

 

 リゼさんだろうか、これをやったのは。

 いや、確かにヤモリから奪った赫胞は二つだったので、使用できなくはないのだけれど。それでも僕自身、尻赫は扱い辛いので、あまり使ってはきていない。

 

 だけど、それでもこのタイミングで切り替えるのには何か意味があるんだろう。そう判断して、僕は赫子に意識を集中した。

 

 僕に生えた尾赫は、形状を例えるならクレセント、三日月のようなそれだ。極端に長くはなく、まるで動物の尻尾のように生えているそれは、刃のように研ぎ澄まされている。

 だけど、この赫子の真価はそこにない。

 

「フゥン?」

 

 捜査官は笑いながら、再びクインケを振るう。飛来する丸ノコ。だけど、それに対して僕は積極的に攻める。

 

 僕はそれに対して、ただ赫子を振るうだけだった。

 それだけで、高速で動く赫子のそれに合わせて発生する衝撃波が、まるで刃のようにクインケの刃とぶつかり合う。

 

 驚いた顔をして、捜査官はクインケの刃を引き戻す。

 

 それに合わせて、僕は前かがみになり赫子を地面にぶつけた。

 その衝撃で、僕の身体が無理やり前に押し出される。

 それこそクインケのそれよりも速く、速く――。

 

 そのまま拳を握り、彼の腹部に叩き付けるよう動く。さしもの捜査官も反応できず、彼の身体が空中を舞った。

 

「はぁ……、はぁ……、くそ、こんな場所でジェイルをみすみす逃がすなど――」

「……ジェイル、か」

「ああ、ジェイルだとも『虫みたいな歯茎の喰種』よ」

「……せめて眼帯、にしておいてください」

「お、そうか。失礼失礼」

 

 肩で息をしながらも、人間離れした姿の捜査官は冗談をかます余裕でもあるのだろうか。

 そして、捜査官が再び立ち上がろうとしたその瞬間――。

 

『――喰ラウ』

 

 以前、僕が朗読会の帰り遭遇した、あの時「ロウを襲っていた喰種」が現れた。

 

 

 




ロッテンフォロウ・リッパーはそのままデドスペとかのリッパーみたいなものです。ちょっとヨーヨーみたいになってますが、丸ノコを射出できるという感じです。

カネキの尾赫は、ガオウルフのクレセントブーメランだと思っていただけると有難いです。扱いはソニックブーム発生装置みたいになってますが・・・(お陰で相性もクソもありません)
扱い辛いと言ってますが、感覚的にはWのヒートトリガーみたいな感じの扱い辛さです。ちょっとした攻撃の加減が効かないみたいなイメージで。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。