仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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さらっとトーカの家に上がるカネキ


#006 仕事/白鳩

 

 

 

 ヒデと一緒の食事。段々と慣れてきてはいるけど、まだまだ完璧とは言いがたい。

 それでも多少は食べられるようになってきたから、演技でも箸がすすむ、すすむ。

 

「カネキお前さ、顔色良くなってきたんじゃねーか? 前ゾンビみたいだったし」

「そ、そうかな……。ゾンビねぇ」

 

 顔色は角砂糖の方で改善されてるんだろう。肉パックまでは未だ手が回らない。

 

 そんなことを考えながら昼食をとっていると、西尾先輩とこの間一緒に居た、女の先輩が来た。慌てた様子で僕等を伺う彼女。

 

「で、バイト先でトーカちゃん、俺の事噂したりとかは――」

「ないよ」

「ちぇ、……あ、あれ? 西尾さんの彼女さん……」

「あの、永近君、だよね? ……これニシキ君から」

 

 手渡されたディスクは、この間ヒデが言ってた、学園祭のそれ。

 

 それだけ手渡すと、彼女は逃げるように僕等の前から姿を消そうとした。

 

「あ、西尾さんってどこに入院してるんすか? 俺達も見舞いに行きたいんですけど――」

 

 その質問に答えず、彼女は立ち去る。

 何か気に障るようなこと言ったかなぁと頭を傾げるヒデ。でも僕は知ってる。西尾先輩が、おそらく入院はしていないことを。

 

 それを知って彼を庇っている以上、彼女もまた喰種か――あるいは、知ってて協力している人間か。

 

「カネキ、なんつー顔してんだよ」

「へ? ああ、ごめんごめん」

 

 とりあえず、このことは後回しだ。今は精一杯、日常を取り繕うことに神経を集中させよう。

 

 結局僕がこの真実を知るのは、もっと後になってからだった。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 あんていくで働くのも、多少慣れてきた。そうすると、お客さんの会話が嫌でも耳に入ってくる。

 この世界、情報は何より大事だ。特に喰種は、人間以上に集めないとそれが致死に繋がる可能性が高い。

 

 そして最近の話題は、喰種捜査官の関係で持ち切りだった。

 

「カネキ君。お疲れ様」

「あ、はい」

「ウタ君、仮面順調らしいよ。降りて来たと言ってた。格好良いの仕上がるといいねぇ」

「あ、あはは……」

 

 思わず表情が引きつったのは仕方ない。

 

「トーカちゃんも今日はお休みだし、先に上がっていいよ。勉強見てあげるんだろう?」

「あー、はい。……今頃『クソが』とか言われてそうで怖いです」

 

 いつも沢山手伝ってもらってるから、看板娘にも休みはあっていい、みたいなことを言う店長。実際バイト上がりにトーカちゃんの勉強見てあげることにはなっているのだけれど、自室で悪態をついてる彼女のイメージが脳裏を過ぎった。

 

「そうだ。なら夜は空いてるかな?」

「? まあ一応」

「ならウチのスタッフと一緒に、食糧調達に向かってもらいたい。いつもはトーカちゃんに頼んでいたけど、今日は流石に偲び無いからねぇ」

「しょ、食糧……ッ、って、あの」

「ああ。人は殺さないさ。行けるかい?

 じゃあ、四方君にそう伝えておくよ」

 

 そう言って、店長は店の奥に行った。

 

 

 

 ちなみにこの話を勉強中、トーカちゃんにしたら、いじめっこみたいな笑顔で笑われた。包丁片手ににやりとこっちを見る仕草が、茶目っ気と恐ろしさが同居していて反応に困った。

 

「じゃ行ってらっしゃい。……って、アンタ、四方さんと会うの初めてだっけ」

「名前はちょくちょく聞くけどね。どんな人?」

「ウタさんとは別な意味で、初見だととっつき辛いかな」

 

 何とも微妙な情報を聞かされた。

 

 トーカちゃんに入り口まで見送られて、彼女の家を出る。

 そこから歩いて数十分。駅前にて待機してるとブルーっぽい車が来た。

 

 運転席の口が開き、背の高い男の人が出てくる。

 

「……えっと、四方さんですよね」

「……カネキか。店長から聞いてる。乗れ」

 

 口数が少ない人だな、というのが第一印象。

 でも乗り込んだ後、シートベルトしっかり閉めろと言ったり、通行中に猫が飛び出しそうになった時きちんと応対したり、なんだかんだで物腰は柔らかい人でもあった。

 

「この車って四方さんの?」

「違う」

「じゃあ……」

「……」

 

 ただ、会話してください! 表情が固まってるので、正直居心地は良くなかった。

 

 着いた先は、山の上。

 斜面にかかる道路。ガードレールが心もとない急カーブ。

 

 そこから四方さんは、谷の方を見下ろしていた。

 

「……何があるんですか?」

「……あ、そこ老朽化して――」

 

 へ? と僕が声を上げる前に、前かがみの姿勢のまま僕はバランスを崩した。

 絶叫。こんなに叫んだの、リゼさんに襲われた時以来か。

 崖の斜面を指で掴もうともがくけど、何だかんだで落ちる一方の僕。それでも多少は速度が落ちたのか、大怪我までは負わなかった。

 

「痛てて……」

 

 これでも、ほぼ無傷だというから恐ろしい。つくづくグールの身体構造は、人間のそれを上回ってる。

 そして立ち上がり、周囲を見回して――僕は固まった。

 

「……ッ」

「大丈夫か」

 

 背後からヨモさんの声。ずざざざーっと、彼も崖を滑ってきたらしい。

 

 立ち尽くす僕に、彼は言う。

 

「死体を見るのは初めてか」

「……いえ。でも、その」

 

 僕の目の前には、ついさっきまで生きていたと思われる死体が転がっていた。

 男性だ。四十代くらいだろうか。痛みと、何か別な感情で表情が歪んでいる。

 

「……上にもう一台、車が止めてあるだろう。おそらくこの人間が乗っていたものだ。

 ここは良く人が死ぬ。……自分の意志で」

「……自殺の名所として知られてないのは、喰種、というよりあんていくで処理してるから、ですね」

 

 確かにこれなら、あんていくのルールにも抵触はしないだろう。というより、きっとあの肉パックは、彼等を元に作られたものなんだろう。

 

「人を殺して喰う時だってある。トーカも俺達も。あんていくのルールは、あくまで目安だ」

 

 わざわざ選んでるわけではない、と四方さんは強調して言う。

 店長に頼まれたから来ているだけだ、と。

 

「……そうじゃなければ、慣れて無い奴をわざわざ連れてくることもない。

 詰められるか?」

「……」

 

 首を左右に振ると、彼はため息一つ。

 

 そして両手を合わせて、死体に対して黙祷した。

 

「……」

 

 しばらくそうしてから、彼は死体をバッグに詰める。

 

 車の中に入ってからも、会話はない。

 

「……どういう……、いえ、何でもないです」

「……」

 

 相変わらず反応はない。でも、思わず聞いてみたくなったのだ。僕は、彼がどう考えているのかということを。

 

 さっきのあれは、きっと、僕等が死者に対して想うそれと、そこまで違いがあるものではない気がした。

 頂きますとか、そういう感情じゃなくって。だったら、それはどういうものなのだろうかと。

 

 と、途中で車が止まり、四方さんは誰かを呼び止める。

 

 喰種の誰かかなと思っていたら、その女性は見覚えのある人だった。

 

「あら……、カネキ君?」

「……えっと、笛口さん?」

「こんばんは。後ろ、お邪魔するわね」

 

 この間店に来た母子(おやこ)の、母親だった。

 

 丁寧に頭を下げると、彼女は車に乗り込んだ。

 

「今日は珍しいわね。いっつもトーカちゃんと一緒だったから」

「トーカは休みです。えっと……」

「明日テストだから、夜遅いのもってことだと思います」

「そう……。カネキ君、ありがとうね」

 

 彼女の言葉に、僕はすんなり頷けない。結局四方さんのやっていたことを、間近で見ていただけだから。

 一方の四方さんも、真面目な顔のままで「全体の為だから感謝の必要はない」と言う。

 

「……怒ってますよね。私が夫の墓に通うから」

「一人で行動しないでくれ、というだけです。白鳩が狙っているのはリゼではなく、貴女なのだから」

 

 今日はお墓にマスクを埋めてきたの、と彼女。

 

「いつまでもあの人に縋ってちゃ、いけないってわかってるんだけどね。

 私が甘えてちゃ……、ヒナも甘えられないもの」

 

 そう言う彼女の横顔は、どこか僕の記憶の底にある母親の顔とだぶって見えて。

 

 どうしてか、母は強いと言うその在り方であっても、僕は違和感が拭えなかった。

 

 

 

   ※

 

  

 

「お待たせ致しました。この地区の情報を……っと、どうされましたか? これ」

「おお亜門君。いや、ちょっと馬鹿な喰種に襲われてねぇ。よっぽど腹が減ってたらしい」

 

 俺の目の前で、敬愛すべき先輩戦士が、喰種の首を転がしていた。

 CCG。喰種対策局の捜査官たる我々を相手に、よく挑む喰種が居たものだと俺は笑い飛ばしそうになり、思い留まる。

 

「ついこの間、大喰いの情報がありましたね、真戸さん」

「つまりそういうことだよ、亜門君。色々と考えられるが――大食いが居た地域にしては、20区は少々、落ち着きすぎているとも言える」

 

 片方の目を大きく開き、彼は俺に言い聞かせる。

 

「ひょっとすると『アオギリの樹』のような組織があるのかもしれない。慎重に動いても悪くはないかもしれないねぇ」

 

 ともかく支部に戻ろう、と彼の言葉に従い、俺は後を続く。

 

 会議はそれほど時間を置かず始まった。

 会議室に、通信機越しでの遠方との会議。

 

『これが11区の現状だ。連中は明らかに組織的な動きを見せ始めている。戦争なんのも時間の問題かもしれねーなぁ。俺からは以上だ。他に報告がある奴はいるか?』

 

 さっと手を挙げると、丸手さんが指し示す。

 

「亜門一等捜査官です。まずこちらを――」

 

 こちらの資料を反映した映像が、前方の大型スクリーンに流れる。

 

「13区においてジェイソンが、大喰いと接触していたことはご存知だと思います。

 ですが、こちらをご覧下さい。……おそらく喰種用の医療器具だと思われます。クインケ鋼でできている事が判明しました。

 ジェイソンの目的は判明しませんが、大喰いが現状活動がみられないことは、注視すべき点でないかと報告させてもらいます」

『20区もキナ臭ぇって訳だ。で、その医療器具から当って、医者やってた喰種を挙げたのもお前だろ?

 さっすがアカデミーの首席ってとこか。真戸ぉ! 良かったなぁ。相棒が優秀だと「おもちゃ」で遊べる時間も増えるだろう』

「お陰様でねぇ。この会議も早く切り上げていただけると、早く清算的に駆逐していけるんだが」

『相変わらず口が減らねぇなぁ、お前はよぉ』

 

 半笑いで真戸さんを揶揄する丸手さんだが、両者の間に強力な信頼関係があることを、俺は知っている。

 

『よし、お前等はその線も含め、引き続き20区だ。わかったか』

「あぁ」「はい!」

『これまで大人しかった周囲の喰種の活動も活発化してきてるのは、俺には何かの前兆に思えて仕方ねぇ。

 だが俺達CCGの目的は! ここ東京喰種を含んだ全ての奴等を駆逐すること! たったそれだけの簡単なお仕事だ! 気を引き締めてかかってくれ』

「「「「「はっ!」」」」」

 

 通信がそれで途切れる。

 俺達は、すぐさま事前準備してあった情報整理にとりかかった。

 

「――720番、722番に動きなし」

「721番はドーナッツマイスターに入店しました。

 注文はプレーンパウンド、ハニークリスピーに、ふんわり卵のクリーミーチョコナッツ、ほっぺが落ちちゃう天使の生ドーナッツ。……それから、とろけ~るブリュ――」

「商品数点、でまとめるのはどうかい?」

「あっ……、ハイ!」

「真面目なのは良いが、それは単に天然だねぇ。

 ふむ……。表情変化なし、化粧室の利用なし。注文の珈琲が気になるところだな。引き続き調査を」

「723番は――」

 

 情報は多い。我々が集めた情報、警察から回される情報、民間からの情報。様々な情報をピックアップして、その中から真実を引き出す。

 引き出した相手を、殺す。

 ただそれだけが、我々の任務だ。

 

「石碑のようなものの前……? 車のナンバーは?」

 

 その中で一つ、気になる情報を聞いた。

 女の容疑者。石碑のようなものの下に何かを埋めた、という情報。

 

 それと彼女との間に因果関係を見出せれば、723番は黒と確定できる。

 

「なのに、何故それをやらなかったんだ」

「……わ、私達に墓を掘れと!? 冗談じゃないッ倫理に反しますよ」

「本局に居たあなた方と、やり方が違うんですから!」

 

 甘ったれた事を言う彼等に、俺は目を見据えて言う。

 

「――倫理で、悪は潰せない。俺達は正義だ。時に正義は、倫理を超越する。

 つまり、我々こそがこの場合、倫理だ!」

 

 その言葉に一歩引く彼等。結局、それ以上は何も言わない。

 

 外に出る途中、思わず真戸さんに悪態をついてしまうほどだ。

 

「……全く、20区の捜査官の怠慢ぶりには呆れました。

 使命感に欠いているッ。ツメが甘い」

「まあ、そう青筋を立てるな亜門くん。その上で”一桁”に比べてマシだということはだ。組織的に動いていない限りは、案外駆逐するのが早く終わるかもしれないということでもある。無論、楽観視は出来んがねぇ」

 

 重要なのはだ、と彼は続ける。

 

「君の心に溢れる義憤の炎。それを絶やさず我々が持ち続けられれば、いずれ正しい世界を求める人々にとって、必ず導きの火として広がっていくことだろう。

 そして要は、その火を灯せる松明を胸の内に持ってることが、重要なのだろうよ。私も、君には良い影響を受けているよ」

 

 ではまた明日、と彼は立ち去る。

 俺は知っている。睡眠時間も休息の時間も削って、真戸さんが喰種を倒す為に時間を当てている事を。

 

 道を行けば、喰種の被害にあった親子の子供。震える少年は、とてもじゃないが見て居られない。

 

 

 だからこそ、俺は走り出す。

 休む暇などない。

 

 

 こんな世界は間違ってる。

 

 ならば――それを変えなきゃならないのは、俺達だ。

 

 

 

 

 

 そして、俺は決定的な証拠を手にした。

 

 

 

 

「仮面……? は、ははッ」

 

 石碑の元からは、喰種696番の仮面。

 つまり、被疑者723番は――喰種!

 

 

 

「これで、また、一人殺せる……!」

 

 いずれ来る「正された」世界を想い、俺は思わず歓喜に震えた。

 

 

 

 




捜査官パートは、戦闘時まではダイジェスト形式が続きます

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