双子妹「うん、お兄さん居なかったら今の私達もなかったんだし」
ルチの元へは後日として、僕はあんていくを出た。ヒナミちゃんから今日プレゼントされたアイパッチを付けてみる。レザー生地で肌の感触はまあまあだった。
月山さんにリオくん用に携帯電話を与えられないか話をした結果、一応準備してくれることになった。週末までには届けてくれることを祈ろう。
しかし、それにしても。
「リオくん……。うん、でも――」
23区の写真に見覚えがある、とリオくんが言った事に、僕は何か違和感を覚えている。実際にコクリアに囚われていたのなら、そういうこともあって良いかもしれないけど――、でもだからこそ、違和感が付きまとう。
決定的なことを言えば普通、服役していた場所の周辺の地域のことなんて、住んでもいなかったら知りようがないだろう。加えて、23区は店長が言うまでもなく、喰種は近づかないだろう。コクリア本体がある以上は、警戒度もかなり高かったはずだ。
とすると、やっぱりコクリアから脱した後のリオくんの記憶ということになるのかもしれないけど――決定的な回答は出ない。アオギリによるコクリア襲撃が、丁度僕がヤモリの拘束から抜け出た日と合致するのだとして、その後、僕と四方さんに運び込まれるまでの、リオくんの足跡がめっきり見えて来ないのだ。
少しの間考えて、頭を左右に振る。考えに行き詰ったし、丁度駅前に着いたってこともある。時刻はちょっと日が傾いたころ。ヒトはそれなりに多い。
「……とりあえず本屋にでも行こうかな。リフレッシュリフレッシュ。
教育関係の本も何かあるかもしれないし――」
「「――お兄さん」」
そう言って足を進めようとしたとき、背後から声をかけられた。
聞き覚えのない声、だと思う。でも振り返ってみると、その相手たちとは一応面識があった。
黒髪と、白髪。肩くらいまでの長さに切りそろえられた、そっくりな顔を持つ双子。年は高校生くらいだろうか。二人そろってセーラー服を着ているのが印象的だった。……そしてそれぞれが髪色に合わせたのか、黒セーラーに赤スカーフと白セーラーに青スカーフだった。
この二人は、確か朗読会に来ていた女の子たったな……。
二人は少し足早に来て、僕を上目遣いに見た。
「奇遇、すごい奇遇!」
「お兄さんは、遊び?」
そして何故かテンションが高かった。咄嗟にバイト帰り、と半分嘘(?)を混ぜて笑った。
「君達は、えっと……」
「私達もお仕事帰り。でもちょっと嬉しいかも」
「へ?」
「お兄さんのこと探してた」
「うん、探してた。勢いで作って、捨てるのもアレだから駅前で会えないか一時間くらい」
「長いね!? いや、っていうか何を」
思わずツッコミを入れると、彼女たちは揃って持っていたバッグからごそごそと、白い紙で個別包装されたリボンがついた箱を取り出して手渡してきた。……広告か何かの裏地だろうか、妙に手作り感満載だった。
「「ハッピーバレンタイン」」
「……」
ものっすごく反応に困った。いや、トーカちゃんは不意打ちされたからリアクション云々どころじゃなかったんだけど、ストレートにこういうのを渡されても……。しかも片手の指で数えられるくらいしか会ってないし。いや、待てよ、それなのに作ったって言ってたかこの二人は。何を考えてるんだろう。
そして、くてんと両者それぞれ反対方向に頭を傾げられて、なおのこと居心地が悪い。
「「受け取ってくれないの?」」
「……まあ、うん。ありがとう」
しかし、食べるだけでパワーが下がるといったデメリットも半喰種だからかないので、受け取ってはおこう。無下に断るのも申し訳ない。でも、そういうのは日ごろお世話になってる相手にしなさい、というようなことを一応言っておいた。
「ところで、お兄さんは――」
「……そのお兄さんっていうの、止めようか。なんかムズ痒いというか」
「「じゃあ、お兄ちゃん」」
「なんかもっと酷くなってない?」
くすくすとステレオで笑われて、ちょっと僕も反応に困る。
「お兄ちゃんは――」あ、それで通すんだ。「私達以外からも何かもらったの?」
「もらったりしたの? 一緒に居たあの可愛い女の子」
「えっと……、まあ一応」
「「付き合ってるの?」」
「違うよ」
「ふぅん」「……」
な、何だろうこの反応は。じっと人の顔を見つめてくる。もっともその後「ばいばい」と手を振って立ち去った二人だった。食べ物を貰ってしまったので、早い所家に帰らないとと思い、僕はそのまま寄り道せず家に帰る。
そして、包装を解いた時――僕は目を疑った。
包装に使われていた紙は、CCGが作った手配書のようなものだ。以前ヒナミちゃんがされていたようなそれには、ジェイルと書かれている。担当捜査官は――キジマ式。
そしてそこに書かれていた特徴は、リオくんのものと寸分違わず一緒だった。
「なんでこんなものが……」
たまたまなのだろう、とは思う。もう片方の外側のそれは、通信販売の珈琲のチラシみたいなものだったし。でも、果たしてどんな偶然だ。タイミングが、かなり特殊すぎる。何者なのだろう、あの二人は。
いや、それよりも。
「リオくんがジェイル……? いや、それはないだろうし」
もしそうなら、とっくに殺されているはずだ。そう考えると、CCGで把握しているリオくんの処遇は「ジェイルの容疑がかかっている」喰種だった、ということだろうか。いや、でもそうすると、やっぱりリオくんは自分がジェイルじゃないと知っていることになるのか。ジェイルじゃないから、ジェイルを探している相手にジェイルを差し出さないといけな――「ジェイル」がちょっとゲシュタルト崩壊してきた。
情報が思わぬところで増えた。でも、こっちの話「も」追求しても結論が出なさそうだ。
一旦机の上に紙を置いて、チョコレートの方を確認してみる。
最初は形状に疑問符がついたけど、両方開封してみて、正体がわかった。……両方合わせると、ハート型になるチョコレートだった。
「これひょっとして、本命さんとかから振られたのを処理に困って押し付けられたかな」
再会とかあるんだろうか、お返しとかどうしたものかと、僕は思わず肩をすくめた。
※
トーカさんに連れられ、僕は18区まで来ていた。中央線から駅名に「西」と付いている方で下りると、20区のあんていくが近くにある駅とはまた違った雰囲気だった。こっちの方が都会的というか、人工物的というか。
きょろきょろと周囲を見回していると「怪しまれるから」と軽くチョップされる。
「そういえば、カネキさんはどちらに?」
「あの図体でっかいのとか、表歩けないから地下とか回ってるんじゃないの? あるいはビルの上とか」
「地下?」
「あんたも行ったでしょ、あそこ。
……四方さんから教わってるって言ったし、第一あっちと一緒じゃもっと目立つってことなんでしょ」
「は、はぁ……」
「っていうか、アンタもアンタでその半袖、寒くないの?」
「慣れてるんで……? たぶん」
大通りから路地に入り、わかる? と話をふるトーカさん。なんとなく、と答えると「そう」とだけ言って彼女は僕に先導した。きっと今のは、喰種が立ち寄りそうな場所がわかるか、という感じのことなんだろう。
知識としては、一応ある。廃屋や、ビルの屋上や。人目にあまり付かない場所というのが大前提。だけど、その知識を保障して支えるだけの感覚が僕からは欠損していた。
「ゴミとか、ガラクタとか、色々いじられてるのと。あと――血の臭い」
裏通りを歩いている途中、僕らの鼻が死体の臭いを感じ取った。まだ「濃さ」のようなものを感じるこの臭い。たぶん、保存食にしてからさほど時間が経ってないものだろう。
「足音注意しな」
「あ、はい」
「行くよ」
トーカさんに先導されて、僕は彼女の後に続く。途中、携帯端末でカネキさんにメールを送るトーカさん。
やがてしばらく行くと、複数の喰種がどこかから持ってきたソファに横たわり、昼寝をしていた。
「あの中に、ルチが……?」
「そうじゃないの。で、どうすんの? とりあえずカネ――ちょ、アンタ!」
トーカさんの静止を聞かず、僕はもう衝動的に一歩前に出た。物音が立ち、彼等の視界に入る。すると明らかに不機嫌そうに、背後からこちらに声がかけられた。もう一人、後方に居たのか。
「てめェら、どこのモンだ? あァ? ここはオレ達の喰い場だ、なんの用――」
「ルチを出せ」
トーカさんの驚いた表情が見える。僕は……、僕は不自然なまでに、まるでそうすることが当たり前のように乱暴に振舞っていた。
「ルチを出せって、言ってるんだ――ッ」
左目の奥に激痛を手で押さえながら、振り返りつつ僕は言う。
言ってから、自分の言葉に納得する。どちらにしろジェイルと戦うことは避けられないのだから、小細工なんてナシだ。正面から行って、勝たないと。
「あんた――」
「テメェ、ふざけやがって。ここでぶっ殺して――」
「――うるせェ!」
そして、寝ていた男達の中から一人、立ち上がった。すらっとした大柄、首にはネックレス。色のついた髪を左右に分け、鋭い視線。左目の下には――アザのような刺青。
コイツだ、コイツがルチだ。
ゆっくり立ち上がった男は、そのまま僕らの方に来る。ニヤニヤと表情は笑ったまま。
「ガキの目的が何なのか分からねぇが、人の縄張り入ってきたことは間違いねぇ。
迷子でしたじゃ済まねぇぞ、クソガキ共」
トーカさんが舌打ちして、僕等に声をかけてきた後ろの男の方を向いた。
僕は――もう、猛然とルチに突っ込む。現状、何をやっても話を取り合ってはもらえないだろう。なら「戦って勝てば良い」。自然とそう発想した僕は、赫子を背中から出した。
冷気をまとった一撃に対して、ルチは危険と判断したのかまず僕の腹を蹴りつけた。
「少しはマシであることを期待すんぜェ? ――おらッ」
背中から液状の羽根――たぶん男の赫子だ。ルチはそれを大きく開いて、僕に突進をかけてくる。たまらず躱そうとすると、ルチ自身はその軌道から逸れない。そして僕と交差する瞬間、羽根が伸びて庇った僕の左腕に傷を与えた。
痛い。痛いけど「そこまで痛くない」。
まだ「腕も落とされてない」し「赫子を引き千切られた」訳でもない。
赫子を地面に突き刺し、僕はそのまま身を捻って彼の顔面を蹴り飛ばした。にやり、と笑った彼は、背中の赫子を僕の足に絡ませ――。すかさず赫子を僕は彼の足に絡め、冷気で足を凍らせる。我慢比べだ。僕が足の痛みに悲鳴を上げるか、ルチの足が凍って崩れ落ちるのとどっちが先か――。
痛みより機動力を優先したのか、僕が赫子を搦め数秒もかからず、彼は羽根を僕の尻尾に突き刺した。条件反射で緩んだ足を引き抜き、ルチは後退。
「……?」
そして突然、地面に両手を突いて、僕を見上げるように睨んだ。
空気が変わったのが、なんとなく理解できた。
「てめぇの力量が思ったよりやるくらいだってのは、よぉぉぉく分かった。眠気覚ましくらいにはなった礼だ。
――喰らっておけ」
瞬間。背中から吹き出した赫子がそのまま推進力になり、特攻をかけてくる彼の動きが僕の認識力で追えなくなる。気が付けば鳩尾に一撃喰らい、僕はそのまま壁に叩きつけられた。
「アンタ、大丈夫なのそれ――」
トーカさんの目の前で倒れる男は、きっとさっき声をかけてきた奴だ。彼がどれくらいの実力なのかとかは流石にわからないけど、少なくともルチよりは弱いはずだ。
僕に手を差し出しながら、トーカさんはルチたちの方を睨む。ニヤニヤ笑う彼等は、とても手がとれなさそうな僕を見て愉快そうに見えた。
「努力賞くらいはやっても良いぜ? で、次はお嬢ちゃんが相手か?」
「あ゛?」
「……ま、だ」
彼女の手を借りずに立ち上がる僕。
こんな所で、立ち止まってはいられない。加勢しようとするトーカさんを手で制し、僕はまたルチに走って向かった。
「オラ、寝んねしな!」
「ふざけ、る、な――ッ」
弾丸のような攻撃を、僕は赫子の一薙ぎ、冷気で一掃する。凍った弾丸は流石に本来の赫子ほどの強度ではなく、地面に落ちると砕けていった。
「おおおおお――」
でも、肉弾戦は向こうの方が上手だ。四方さんがカウンターなら、この相手はボクシングだろうか。両手を構えて間合いを詰めて、腹や顔面に重い一撃が浴びせられる。
それでもなお立ち上がる僕。トーカさんがこちらに走るのを、赫子を使って止めた。「止めなきゃならない」理由が、たぶんあるからだ。
「まだ立てるのか。ちょっとは見所あるじゃねーか。へっ」
足を振り上げたルチに、僕の意識が薄れる。脳裏で、カツーン、カツーンというあの音。
僕は、兄さんを助けなきゃならない。そのためなら、どんなことでも――。
――でも、本当はとっくに気付いているんでしょ?
少女のような声が、僕の思考に囁きかける。酷く楽しそうに。酷く皮肉げに。
――君が出来ることは、決して君の兄が望んだことじゃないってことくらい。
例えそうであっても――僕は。
僕は兄さんと、また会いたい。そのためなら例え自分が「何になっても」良い――。
左目の痛みが最高潮に達して、両目に激しい熱を覚えたその瞬間。
僕の目の前に、カネキさんが現れた。
※
赤の眼帯みたいなのが付いた黒いマスク。髪はカツラを外したのか白。服装がいつものような私服な分、その差異は妙に違和感を覚えさせられた。
ルチの一撃を手で受け流し、僕を拾い上げてカネキさんはトーカさんの方に走った。
「なんだテメェ、どこから――」
「上からだ」
カネキさんは四つ赫子を背中から出す。それぞれの先端が女性の手のようになっていて、飛びかかってくる男の顔面をそのうちの一つが押さえた。そのまま持ち上げて、投げる。
「カネキ、遅い」
「ごめんごめん。ちょっと迷子になってた。……で、どうしてこんな状況に?」
とりあえず置いておくけど、と僕を置いて、カネキさんはルチの方を見る。
トーカさんは僕を起して、状況を窺っていた。
ルチの手下たちは、明らかにカネキさんに一歩引いていた。さっきの所業が、かなり応えているのか――。
「うん、みんなでかかってこられると『色々面倒になると思う』ので、それで正解だと思います。
で、ルチさんでしたよね」
「?」
「捜査官殺し、大量捕食、縄張り争いで結構喰種も、民間人も殺してるっていう」
「……それが何だっつーんだ、あ? この、白髪野郎!」
「好きで白髪な訳じゃないんですけどね」
丁寧に応じながらも、カネキさんは右手の指をおさえて、ぱきりと鳴らす。
それと同時に、カネキさんのこめかみから、黒い、山羊の角のようなものが生えた。後ろから見て、右側は欠けている。
「色々言いたいことはありますが、とりあえず『話を聞いてもらえるように』します」
「ほざけ!」
ルチの攻撃を、しかしカネキさんは余裕を持って躱す。状況にしびれを切らしたのか、距離をとり、ルチは四つん這いになった。
「カネキさん! 気を付けて、速度が――」
僕が叫んだ瞬間、カネキさんの肩が切り裂かれる。その後も、ビルとビルの間を蹴っては跳ねて蹴っては跳ねて。ルチの移動速度に、カネキさんは付いていけてない。
徐々に傷ついて行く状況。でも、カネキさんの立ち姿は乱れない。トーカさんもそのせいか、加勢することはなかった。
「……そういえば、この間も速度が原因で取り逃がしたっけ」
「――羽赫でも手に入れない限り、無理じゃないかしら
聞き覚えのない女性の声に、カネキさんは苦笑いを浮かべる。そして両腕を広げて――まるで突進してくる猛牛でも止めるかのような構えをとって。
「――ッ! バカネキ!」
もらった、という叫びと共に、カネキさんの腹部に、ルチの腕が貫通した。
トーカさんの叫びに、しかしカネキさんは応じない。
そして僕は見た。カネキさんの赫子の手が――クインケドライバーを持っているのを。
「捕まえましたよ、ルチさん」
「……ッ! て、てめェわざとだと!?」
ルチの両肩を捕まえながら、カネキさんはそのまま彼の腰にドライバーを装着させる。背中に広がり、推進力として機能していた赫子が、腰のバックルに集まり、赤い帯のように変化して、腰を一周した。
その場に倒れるルチ。たぶん、身体中の激痛に身動きが取れなくなっているのだろう。
そんなルチを放置しておく彼の仲間たちじゃない。すぐさま腹から腕を抜くカネキさんに向かって、襲いかかろうと走るけど――。
「伏せろ」
「うん」
トーカさんの一言に応じて、カネキさんは前かがみになり、背後からの狙撃を交わす。
瞬間的に撃たれた赫子により、反応できなかったのか仲間の数人は腕や足をやられてその場に転がった。……普段から仲が良い分、完璧にコンビネーションがとれていた。
そして残った一人は――バンジョーさんたちに背後から一撃食らって、昏倒した。
「おおおお、やったぞイチミ、ジロ、サンテ! 汚名挽回だぜ!」
「やりましたねバンジョーさん、でも汚名挽回して良いんですか?」「名誉、だよね」「汚名返上に名誉挽回。どっちにしても、来る途中落ちたのは変わりないし」
「う、うっせえなお前等!」
「熟語については帰ってから教えてあげますよ、バンジョーさん。さて――おぐッ」
大丈夫か、とバンジョーさんが僕を立ち上がらせてくれる。
トーカさんはバッグから取り出した肉を、そのまま走ってカネキさんの口に突っ込んだ。ぐらり、と揺れながらもトーカさんを抱き止めつつ、カネキさんはそれを食べた。
「と、トーカちゃん」
「とりあえず喰え。っていうか、服どーすんのよ。変身してりゃ直ったろうけど」
「あー……。うん、まあ、それこそ帰りはビルか地下使って行くよ」
段々空は暗くなり始めている。カネキさんは足早にルチの方へ歩いて、しゃがみこんだ。
「て、てめェ……、何が、目的だ?」
その質問に、彼は肩をすくめて答えた。
「写真撮らせてくれませんかね」
「……は?」
カ「大丈夫、ちょっとくすぐったいだけですから」
ル「う、嘘付け、今のオレの状況見て――」
カ「痛みは一瞬です」レバー落とす
ル「アッー!」
リ「(むごい)」