仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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なんだかんだで50話まで来ました・・・平成ライダーだと最終回でもおかしくない話数ですが、まだまだ続きますので今後ともよろしく(暗殺教室も再開しないと・・・)


Uc"J" 05:牢獄探し

 

 

  

 

 

 リオくんを図書館に連れて来たのは、多少おどけた部分もあるけど、でも彼に言ったことがほとんど事実だった。

 ネットカフェよりは二人で話し合っても違和感がないし、情報捜索や、それ以上にリオくんの知識補強という意味でも効率が良い。僕が時間を潰す場合というのは、ほとんどオマケみたいなものだ。

 だから、僕が彼をリードして探していこうと思っていたのだ。

 

 だからこそ、ここに来た直後のリオくんの行動が、僕は目を見張るほどに予想外だった。

 

「1月の……、これは何日だ? いや、そうじゃないな。見出しは――」

 

 僕の手渡したメモ帳(文具店で買ってきた安めの物)に、猛然とリオくんは、一週間分の新聞の見出しを引っ張ってきて、列挙しだした。隣に居る僕がびっくりするくらいの猛烈な速度と、そして熱気で。記憶を失っていると言ってはいたが、思い出すための行動をここまで熱心にやっているのは、果たして何があるのだろう。

 思い出せない、という不安や焦燥だけではない何かを、僕は感じていた。

 

 椅子に座って動いているリオくんに「しばらくここに居て」と言って、僕は一度席を離れた。

 

「あそこまで……、焦ってる? ようにも見えるな。

 だったら、とりあえず……」

 

 文芸や専門書のコーナーなどから数冊選んで、僕はリオくんの方へ持って行く。大体五分前後くらい時間を空けていたせいか、リオくんはぐだっと椅子に背を預け、震える腕を押さえていた。

 

「大丈夫?」

「か、カネキさん……、腕が」

「僕も受験の時、ちょっとそうなったかな。休憩がてら、何か読む?」

 

 僕が持ってきた、積まれた本の山を見て彼はきょとんと首を傾げた。

 

「上から文芸『黒山羊の卵』、料理本『美味しいサンドウィッチと珈琲』、『植物の基礎』『今からはじめるひらがな入門』に――」

「なんですか、ひらがな入門って」

「あはは……、仲間に文字が読めない人が居て、そのヒト用に使えるかなぁとね」

 

 主にバンジョーさん用にと、参考になるかどうか僕は開いて見た。リオくんは手前にあった「拝啓カフカ」を手に取る。そのまま無言で、目頭を押さえながらリオくんはページを捲った。

 ひらがな入門、と書かれてはいたけど、これってつまり字を綺麗に描くための本だ。やっぱりドリルとかからはじめた方が良いのかな、などと思いつつ、僕も僕で文字のなりたちの項目を読んでいると――。

 

 がたん、とリオくんが突然、左目を押さえてテーブルの上に上半身を倒した。

 

「り、リオくん!? 一体――」

「い、痛い――あっ、ッ、ッ――」

 

 声にならない声を出しながら、汗を垂らすリオくん。僕は彼の目が赫眼に変化するのを見て、思わず彼の手前に立ち周囲の視線から隠した。

 まずい。迂闊だった――この有様を誰かに見られたら、かなり危険だ。これなのか、と以前ヒナミちゃんを図書館に連れていった時の、三晃さんの言葉を思い出した。周囲の視線が集る中、現状連れ出すことも出来ない――。

 

 でも幸運なことにか、リオくんは段々落ち着き、目を閉じて深呼吸。

 

 脂汗は引かないようだが、それでも両目は普段の色を取り戻した。

 

「大丈夫? リオくん」

「……まあ、何とか」

 

 ちらりと、リオくんが開いていたページを確認する。「拝啓カフカ」の、父親が子供と話しているシーンだ。両者ともに口調が荒く、向いている方向がどこかズレているような。そんなやりとりを見て、彼は突然頭を押さえたようだ。

 

「――兄さん」

 

 リオくんは、たどたどしくも言葉を続けた。

 

「兄さんが、居た、んです。たぶん」

「……ひょっとして、少し思い出したの?」

「たぶん」

 

 左目を押さえながら、震えながら、慎重に、どこか怯えるように。自分の脳裏に映るフレーズや単語を、一つ一つ丁寧に口にしていった。

 

「兄さんが、掴まってて……、僕は兄さんと、二人暮らしで、いっつも守ってもらって――ジェイル、ジェイルを捕まえないと、兄さんが殺される。嗚呼、あいつが、あいつが追ってく――ッ」

「リオくん、大丈夫だから」

 

 一度席を立ち、司書さんに「友達が気分悪くなったんで、後でまた入るからお願いします」と本を預け、僕は外に連れ出した。しゃがみこみ憔悴する彼に、缶コーヒーを買って手渡す。

 開け方が分からないらしいリオくんに実演してあげると、指を多少痛めながらも彼はすんなり缶を開けた。

 

 一口。

 

「……なんか、臭いが変?」

「缶の臭いが移ってるんだね。こればっかりは直に淹れないと……。

 でも、ちょっと落ち着いた?」

 

 僕も聞きながら一口。最近多少慣れては来たけど、やっぱりあんていくの珈琲の味は安定して美味しい。この間が珈琲初体験だったろうことを考えれば、ますますその落差の大きさに驚いたことだろう。

 

 無言で缶に口を付けるリオくんに、僕は話し続けた。

 

「記憶っていうのは、まあ人間の話なんだけど、知識と思い出とに分かれるらしいんだよね。

 リオ君が喪失してるのは知識じゃなくて思い出の方、みたいだと思うんだけど……、思い出したのは、やっぱりそっちみたいだね」

「……はい。

 兄さんが、誰かに――バケモノみたいな誰かに捕らえられてるんです。兄さんの記憶なんて全然ないのに、でも大切な相手だっていうような感じがするんです。そして、『ジェイル』って言う喰種を探し出さないといけない。そうしないと――」

 

 俯くリオくんに、僕は思わず頭を撫でる。戸惑う彼に、僕は笑いかけた。

 

「顔上げて。……僕も手伝うよ、リオくん」

 

 へ? と、戸惑うリオくんに僕は笑いかける。

 脳裏では、店長の顔を思い出しながら。かつて孤独に震えた僕に、笑いかけてくれたあの人を。

 

「あんていくはいくつか決まり事、みたいなのもあるんだけど、まあその中に『助け合っていこう』っていうのがあってね。……あ、勘違いして欲しくないんだけどさ。別に決まり事だから手を貸すって訳じゃないんだ。

 単純に、そういうのが好きだから、みんな決まり事を守ってるんだと思う」

「好きだから……?」

「うん。僕だけじゃない。トーカちゃんも、店長も、西尾先輩も古間さんも入見さんも、話せばみんな力になってくれると思うよ。西尾先輩とかトーカちゃんとか、初見だと誤解されやすいけど結構優しいし。

 それに――」

 

 リオくんの言うバケモノみたいな相手というのに、ちょっと僕は心当たりがあった。彼を助けた時に遭遇した、怪物のような仮面を付けた喰種。ジェイル、という喰種を探していたあの喰種が、もしかするとリオくんの記憶にあるそのバケモノと同一の存在なんじゃないだろうか。

 

「―ーみすみす危険な相手を放置しておくのも、問題があるしね。

 とりあえず、こっちの『知り合い』から情報捜索を当ってみるよ」

 

 僕の言葉を聞き、リオくんの両手が震える。鼻先がわずかに赤くなり、目元が潤んできた。

 ごしごしとそれを拭いながら「ありがとうございます」と、涙と共に答えた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「はい、腹から声だせよカネキじゃあるまいし。

 ――いらしゃいませ」

「……い、いらっしゃいませ」

「もっと朗らかに! いらっしゃいませ」

「い、いらさいませ!」

「……噛むな」

 

 口を押さえながら顔を背けるトーカさん。謝る僕に肩を震わせているのは、怒ってるのか笑っているのか。カネキさんなら色々ツッコんで聞いてそうだけど、生憎僕はそこまで命知らずじゃなかった。

 

 あんていくの研修? は続く。今日もトーカさんが僕の指導をしていた。

 ……そしてこの挨拶が、思ったより大変だった。営業スマイルって言うのかな。丁寧口調とか、なんだか色々と慣れない。

 

 そうこうしていると、店の扉が開かれる。現れたのは、ヘッドホンに金髪の青年。人懐っこそうな表情の彼は、喰種か、人間か。……カネキさんがあの臭いで喰種らしいということから、ちょっと判断に自信がなくなっていた僕だった。

 

「ちはーっス! トーカちゃん久しぶり、カネキ元気やってる? って今日は大学の方か……」

「いらっしゃいませ」

「ブレンド一つお願いね。

 およ、こっちは新人くん?」

 

 びくり、と肩が震える。喉が強張って声が出ない。トーカさんの方を見れば、少し肩を竦めながら首を左右に振った。――この人、たぶん人間だ。なおのこと緊張する。

 

 席に案内するトーカさん。彼女の動きを見て学びつつ、僕もそれに続いた。

 

「こんちゃ! 俺、永近ヒデヨシ。ヒデで良いぜ! よく来るし。

 で、お名前は?」

「り、リオです……」

「へぇ。なんつーか……、カネキより大人しい感じッスね。……あー、そんな顔しないでって、ごめんごめん。まあまあ頑張ってくれよ。

 それは別にして、注文よろしくね」

「あ、はい今すぐ――」

 

 永近さんは一杯飲みながら、テーブルの上に新聞のスクラップブックのようなものや、コンビニとかで売ってる感じのカラー刷りの本を開いていた。「喰種組織の総攻撃? CCGの威信は」とか「コクリアの強化体勢」など、色々と危なげな文字が躍る。そして時々、誰か女性に電話をかけていた(受話器の音が少し聞こえていた)。

 

「やっぱ美味しいよなー、これ。トーカちゃんが淹れてるってのもあるだろうけど」

「ふふーん? 永近くん、今日はこの僕のスペシャルだよ」

「げっ、古間さんのか」

「げ、とは何だい。げ、とは。美味しかったんじゃないかい?」

「否定はできないッスけど……」

 

 ごくごく自然に、喰種と人間との会話する空間。トーカさんが何とも言えない笑み(苦笑い?)でその光景を見ている。

 数分後、立ち去る彼に僕とトーカさんは「ありがとうございました」と言った。

 

「……声、小さい」

「……何度もごめんなさい」

「はァ……。記憶ないんなら仕方ないんでしょーけど、もうちょっと気張れ。

 私も頑張ったし」

「トーカさんも?」

「ま、これくらいなら最初から私も出来たけど」

「で、ですよねー……。愛想のない店員と思われてますよね、僕――」

 

 落ち込む僕に、優しげな声がかけられた。芳村店長だ。

 

「最初はみんな、そんなものだよ。トーカちゃんだって、始めの頃はね」

「あ、ちょ……、っ、はい」

 

 話が違う。

 何とも言えない笑みを浮かべながら、彼女は店長と僕から視線を逸らした。

 

「珈琲の方はどうかな」

「えっと……あー、コイツ、前のカネキ以上に不器用ですよ」

「おや……?」

「お湯入れる前から、腕、ぷるぷるしてますもん」

「どうしたら良いのか、その、よくわかんなくて……」

「ふむ、腕はそれなりに太いと思ったが……。まあ何事も経験だね。

 そうだ、ウタくんから連絡が入ったよ。リオくんのマスクが出来たらしい」

「随分早いですね」

「降臨したって言ってたからね。調子が良かったんだろう」

「……あの、まさか」

 

 頬を引き攣らせるトーカさんに、店長は微笑みながら頷いた。

 

「今日はカネキくんも居ないし、付き添い頼めるかな」

「……ってかカネキ、なんで今日休みなんですか?」

「ゼミの先生と、単位の取得方法を変えるから相談だと言っていたかね。少しやりたいことが見つかった、と言っていたから。良い兆候ではあるかな? 何にしても『両方を』選んで歩いてくれているのは、私としても嬉しい」

「……」

 

 トーカさんは両手を合わせて、自分の口と鼻のあたりを被う。気のせいじゃなければ、その頬がちょっと赤くなっているような気がした。

 

「それと、帰りに珈琲豆を買ってきてもらって良いかな? ちょうど切らしてしまっていてね。ついでに街も案内してあげると良い」

「……カネキそういうことしなかったの?」

「えっと、図書館には連れていってもらいました。後、こっちの方の本屋に……」

「ま、案の定よね……(やっぱもっと早く起きれてれば)」

 

 ため息をつきながら、トーカさんは「行くから着替えな」と僕に声をかけた。

  

 

 

 

 

 夕方、電車をホームで待っている間に僕は聞いてみた。

 

「トーカさんって、カネキさんのこと好きなんですか?」

「――ッ!? げほっ、げほっ」

 

 目をかっ! と見開いて、口を説明できないようなすんごい感じに曲げて、直後彼女は咽た。手で口を覆っているトーカさん。

 半眼になりながら、彼女は僕を睨む。

 

「……え、えっと」

「……何? っていうか、何で私がカネキのこと好きって話になってる訳?」

「あれ、違うんですか?」

 

 カネキさんも否定していたけど、トーカさんの方からも会話の上では否定された。僕は、カネキさんに話していたことをある程度はそのまま、カネキさんに話してなかったことも含めて言った。

 

「なんか気が付くと、お店に居たらカネキさんのこと目で追ってますし。口を開けば二言目、三言目にはカネキさんの名前が結構出てきますし、一昨日僕を更衣室に案内した時に、カネキさんのロッカーを見て手をわたわたして何か葛藤してるみたいでしたし、休憩時間で出された一杯を飲んだ後のカネキさんのコップを洗う時になんか躊躇したりしてましたし、それからさっきも僕が――」

「お前、ちょっと、黙れ」

 

 未だ体感したことのないスピードで、トーカさんの右手が僕の頭を勢いよく鷲掴みにした。……アイアンクロー、という知識があるのがなんでか不思議だったけど、そのままぎりぎりとトーカさんは僕の頭を指で締め始めた。

 

 「痛くはない」けど、流石に目立つのは拙いだろう。ギブアップを手でしばらく示すと、トーカさんはようやく手を離してくれた。

 ……そして何か、トーカさんはすんごい顔をしていた。説明する語彙がない。とにかく照れてるのは分かるんだけど、見てるこっちがどうしたら良いのかわからなくなるくらい照れていた。

 

「……何でそんなに知ってるのよ。てか見てんのよ」

「トーカさんだけじゃなくって、みんなの事はよく見てますよ。その……、カネキさんに『日常のささいなことで記憶が戻るかもしれないから』って言われましたし」

「あっそ」

 

 一度ため息を付いて、深呼吸。

 多少落ち着きを取り戻したのか、トーカさんは僕から視線を逸らして言った。

 

「別に。ちょっと、気が付くとアイツのこと考えてるだけだし」

 

 もうそれほとんど好きなんじゃないかな。全くその手の事がわからない僕でもそう思った。

 

 微笑ましいな、なんて思ってしまうけど、直に言ったらまた痛くされそうな予感があった。でも言わなくても伝わったのか、彼女は僕のスネをちょっと蹴飛ばした。さほどダメージはなかったけれど。

 

 

 




カネキ「とりあえず三年生までの目処は立ったし、帰ろうかな……、って、ん? 誰だろうこのメールアドレス。……”ホリチエ”? 何々、月山さんが――」

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