部屋を出てフロアに通されると、そこには数人の従業員たちが居た。男女混合といった感じで、カネキさんを含めて五人。不審がってる、とまではいかないかもしれないけど、その視線の色は多く「こいつ誰だ」という色を含んでいた。
「それじゃ、皆に挨拶してくれるかな」
「……あの、リオです。苗字はたぶんないです。……よろしくお願いします」
「……カネキが拾ってきた奴ですよね、また突然」
「まあまあ、芳村さんもそういうところあるから、別におかしくもないんじゃないかな? トーカちゃんだって――」
「その話は止めてください古間さん」
「? それってどういう」
「カネキも食いつかなくて良いから」
がやがやと話始める中、芳村さんが一人一人紹介していく。
少し吊り上がった目がキツイ印象を受けるけど、整った顔立ちの女の子。カネキさんと言いあってる彼女は、トーカさんと言うらしい。
「年も近いだろうから、きっと色々教えてくれるよ」
「よろしくお願いします」
「あ゛? ……ん」
「……」
なんともつれない反応だ。カネキさんがフォローに回るけど、それでもあんまり変わらない。
続いて、年長の男性から自己紹介に入った。
「僕は古間円児って言うんだ。お店のことならお任せあれ。なんでも聞いてくれて良いよ? リオくん」
「彼はここでも一番の古株だ。わからないことがあればなんでも聞くといい」
「手始めに珈琲の淹れ方、掃除のポイント、それに――」
「入見カヤよ、よろしくね」
「オホンッ! 今、僕が話してるんだけど」
「古間くん話長いのよ。ちょっと引いてるじゃないリオくん」
「彼女も経験豊富だから、色々教えてもらってくれ。
カネキくんは、さっき少し話したね」
「カネキです。金木研。どうぞよろしく、リオくん」
「そして、こちらのメガネの彼はニシキくん。二人とも大学に通っているから、勉強のことなど興味あれば、もしかしたら教えてくれるかもね」
「誰がそんなクソみたいな面倒なこと」
「ほら西尾先輩……。僕は、とりあえず本勧めるけどね」
メガネをかけたすらっとした青年と、さっきの温和そうな眼帯のカネキさん。僕やトーカさんと同じくらいかと思ったら、年上だった……。
「っていうか、新人真似するだろクソニシキ。口調はもっと綺麗にしとけ」
「トーカちゃんもねぇ」
古間さんの言葉に、ばつが悪そうにトーカさんは顔をそらした。
「それじゃあ、私は少し用事が出来たからね。頼むよ。
リオくん、店の上の階はある程度自由にして良いからね」
「いきなりコイツ、働かせるんですか?」
「どうやら記憶喪失らしくてね、リオくんは。こうして少しリハビリのように何かすることで、思いだせることもあるかもしれない」
「記憶が……?」
「だから、ゆっくり教えてあげてくれないかな。店に立つのはそれからで構わないよ」
「りょーかい。カネキよりゆっくりすれば良いってことですよね」
「あはは……」
「じゃあ皆、よろしく頼むよ」
芳村さんはそう言って、部屋を出て行った。
トーカさんは「カネキやる?」と聞いて「僕、まだ半年も立ってないんだけど……、大丈夫?」とカネキさんは返した。ため息をついて、彼女は僕に先導する。
「じゃあ、カネキで大丈夫そうなところ以外は大枠私教えるわ。
まず食器磨きからだから――」
キッチンに入ると、トーカさんは色々なものを取り出した。
頭をかしげて戸惑っていると、トーカさんは「知らないのか?」と面倒そうに声を上げた。わからなかったのはソーサーだけだったんだけど、口調を荒げながらも一つ一つ、丁寧に説明してくれる。
「いいねートーカちゃん。お姉さんみたいだね」
「感慨深いわね」
「アヤトくんが帰ってきてるのも影響が――」
「三人とも黙ってて下さ……、カネキニヤニヤすんな」
「してないって」
「……ったく、一遍に全部覚えられる訳ねーだろ、効率ワリィ教え方だな」
「あ゛? るせぇなクソニシキ、だったらテメェ教えやがれっ!」
「面倒だからパス。せいぜい頑張ってくださいねセ・ン・パ・イ」
「あの頑張って覚えますから喧嘩は――」
「大丈夫だよ、なんだかんだでいつも通りだから」
肩を叩いたカネキさんが悟りを開いたような遠い目だったのが印象的だった。
どうもこういう雰囲気には慣れない……。ケンカなんてした覚えはまるでないし(たぶん記憶の有無に関わらず)、普通の喰種はこうやってみんなコミュニケーションをとるものなのかな……、いや、カネキさんの表情的にそうでもないのか。
ただ、教えられるままにやってみると、案外僕はすんなりとその動作を覚えられた。ひょっとしたら、どこかで働いた経験か何かあったのかもしれない。
「このくらい出来れば問題ないんじゃない?」
「問題は接客かしらね。やったことないとキツいわよ、結構」
「はい……、なんかすこし、怖いです……」
「身を隠しながら生活しているヒトが多いし、リオくんもそうなのかもね」
「カネキは、苦手そうな割に結構早く順応してたけど」
「いや胸を晴れるほど得意って訳じゃ……。西尾さんは流石ですよね」
「まあ、学費とかデート代含めて稼がなきゃ――」「ニシキのことはどーでも良い」「あ゛!!」
「トーカちゃん蒸し返さない、蒸し返さない……。
どちらにしても、全部最初からってなるのかな」
「すみません……」
「まあまあ、ここはこの『魔猿』にお任せを。仕事に関しても、僕が一人前にしてあげるからね」
「……そう言えばだけど、記憶喪失ってことは荷物もないんじゃない? 生活用品も色々買わないとね」
「買う……、でも、お金が――」
「最初は店長に立て替えてもらえばいいから。仕方ないでしょうし」
「ん? ってことはマスクとかどうしてんだ?」
マスク? と首を傾げる僕。そこではたと気付いた。
喰種には人間社会に対して、ニ種類の生き方がある。「紛れる」か「避ける」か。攻撃的な方も避けるに該当するんだけど、それは一旦おいて置いて。
あんていく、で働く喰種たちは、間違いなく紛れるの方だろう。とすると、顔が捜査官に割れるというのは人間社会での生活を一気に瓦解させかねない。だからマスクを付けるのだ。けれど――。
生憎、僕の記憶の中にはさっぱりその存在がなかった。
「……顔、バレてる可能性高いんじゃない? カネキが見つけたところ的に」
「ったく、つくづく厄介事が舞いこむよなぁ」
「まあ、君もその厄介事の一つだろうけどね」「あ?」「あんていくは厄介事だらけだ。『俺達含めて』」
「私に視線を振らないで頂戴。否定できないけど。
……じゃあ、カネキくんウタさんのお店に案内してあげなさい。明日休みでしょう確か」
「あはは……。わかりました。
じゃあリオくん、待ち合わせの時間とか――」
ポケットからメモ帳を取り出して、僕とカネキさんとは話した。電車がわからないということで、最終的には朝早くあんていく集合になった。
※
「こんにちは」
「……ああ、カネキくん。いらっしゃい、似合ってるよ頭」
4区、大都会といった駅前を抜けて、カネキさんはスマホとにらめっこしながら、僕をあるお店まで誘導した。
「HySy ArtMask Studio」というらしいそこに付くと、「ちょっとびっくりするかも」と微笑みながら扉を開ける。
店の奥に居たのは、腕や首に刺青を刻んだ青年。その両目は常時、ぼくらの特徴として赤く光っていて、静かに佇んでいた。
攻撃的な印象を受けて一歩引く僕に「大丈夫、良いヒトだよ」とカネキさんは先行する。
「こっちがマスク職人のウタさん。
ウタさん、こっちはリオくんです」
「は、はじめまして……」
「へぇ、新人さん?」
「はい。で、どうも記憶喪失みたいで持ち物が服だけだったっていう……」
「マスクが欲しいってことね。わかった。
僕はウタ。よろしくね」
そう言って彼は立ち上がり「椅子に座って」と言った。
少し怯えながら座ると、ウタさんは黒い眼帯のついた、口元、首も含めて被うマスクを取り出して、僕に付けるように言った。
「サイズは、カネキくんから計算すると……」
「カネキさんから?」
「それ、カネキくん用のマスクの予備だったやつ。今はデザイン変わったから使わないけど」
「一応、前のも持ってるんだけどね」
笑うカネキさん。少しこちらから距離をとって、彼は周囲のマスクを色々と見ていた。
ウタさんは、マスクを付けた状態のままの僕にメジャーや定規、メモなどを使いながら色々と話を聞いてきた。
「髪の色、良いね。地毛?」
「た、たぶん……」
「昔のこと、覚えてないって言ってたけど。どう? 本とかだと、不安だって聞くけど」
「そ、そこまでは……。でも、何か思い出さないといけないことが、ある気はしてるんです」
「ふぅん。……それが、どんなに辛いようなことでも?」
ウタさんの質問は、僕に関して色々とぐいぐい来るような内容も多かった。
「なんとなくだけど、リオくんはお兄さんとかお姉さんとか居たかもね。こう、甘えるラインと甘えないラインが上手く使い分けられてそう」
「えっと……?」
「極端じゃないって、結構凄いことだと思うよ。融通が利くってことだから。トーカさんとか、カネキくんだとそうはいかないし」
「……あの、二人はどういう、」
「リオくんから見て、どうだった?」
「…………カネキさんが、お兄さんみたいな感じでした」
「お兄さんみたい、ね」
カネキさんの方を見ながら、ウタさんは呟いた。
「でも、カネキくん一人っ子なんだよね確か。きょうだい居るのはトーカさんの方だけで」
「は、はぁ……。意外です」
「女の子って、成熟するのが早いから、むしろ逆にトーカさんの方がお姉さんな時もあるんじゃないかって、僕は思う」
一通り話し終わると、ウタさんは僕の顔から道具をとって、そしてカネキさんを呼び戻した。
「カネキくん、カツラの調子見るから一回外して。予備もあるから今日はそっち付けてね」
「あ、はい。わかりました」
と、そんなことを言いながら、カネキさんは自分の黒髪の根元に手を入れて引っ張り――。
出て来たのは、真っ白に染まった頭だった。
マスクは出来上がり次第後日、ということで、僕は感謝の言葉を述べて店から出た。駅まで先導するカネキさんに、僕は質問する。
「カネキさん。あの……、さっきのウタさんの質問とかって、一体」
「あはは……。まあ色々かな。僕も、好みの女の子のタイプとか聞かれたりしたし。甘えたがりだって分析されたような、されなかったような」
「へ?」
きょとんとする僕に、カネキさんは「どうしたの?」と聞いてきた。
「トーカさんって、甘えさせてくれるんですか?」
「……? ごめん、言ってることの意味が――」
「カネキさんって、トーカさんと付き合ってないんですか?」
なるほど、とポンと手を打つと、カネキさんは「違うよ」と笑いながら否定した。
「最近は仲良くなってるけど、あれは……、何だろうね。僕は何というか、トーカちゃんに返しきれない恩みたいなのがあるから」
「恩?」
「ちょっと最近、色々あってね……。髪も色がそのせいで抜けちゃったりして。でもそんな時、僕がなんとか今の自分を維持で来たのは、間接的にもトーカちゃんのお陰だから。
それに、あんていくに入ってから色々手を尽くしてくれたこともあるし。だから頼られる分には頼ってもらおうかなー、みたいな」
「頼る、ですか」
「うん。今トーカちゃん、久々に弟さんと一緒に暮らしてるんだけど……、その時にも色々あったから、たぶん人恋しくなってるんだと思う」
「でも、普通はあんな感じにはならないんじゃないですか?」
「あんな感じ?」
「昨日一日見てたら、なんかトーカさん、気が付けばずっとカネキさんの背中見てますし。口を開いても二言三言目にはカネキさんの名前が出てましたし」
「……あ、あれ?」
おかしいなと頭を傾げつつも、カネキさんは僕に笑って提案してきた。
「ところでリオくん。このままあんていくまで帰る?」
「? 寄り道ですか」
「まあそうだね……って訳じゃないけど。図書館とか寄らない? ってことで」
「図書館……」
頷きながら、カネキさんは言う。
「記憶喪失だって言うけど、僕がリオくんを拾った日のこととか。あるいはもっと別な土地の情報とか。
調べモノという意味ではインターネットより扱いやすいと思うし、記憶を探すんならとっかかりに良いんじゃないかと思うんだけど、どう?」
「……そう、ですね。で、どうしてそんな楽しそうなんですか?」
「へ? あ、そうかなぁ……。いや、そもそも本が結構好きでさ。それが出ちゃってるかも」
当然協力するけど、それとは別にね。そう言いながら照れるカネキさんに、僕は何とも言えない生暖かい笑みを浮かべた。
アヤト「昨日色々準備してたけど、どうして眼帯と一緒に行かなかったんだ?」
トーカ「……寝過ごした」
アヤト「嗚呼、サプライズ参入それじゃ無理だな。待ち合わせ相手が違うなら、待ってくれねーだろうし。インガオホー」