仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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Uc"J" 02:牢獄の影

 

 

 

 

 

 風切り音が俺の耳を打つ。

 豪、豪と鳴るそれは、俺の両腕から発せられている。プレートを二つに割った、鉈のような大型の武器だ。それらを一通り振り終えて、俺は息をついた。

 

 再度構える。敵のイメージは人間大。

 その背後から、何らかの触手めいた体内器官を排出し、ヒトを喰らう怪物共――。

 

 頭部に当る箇所を、叩き潰す。無論実体を伴わないイメージは、バックステップを踏み俺から距離をとった。すかさず反対の左手の頂点で突く。が、これもひらりと躱すイメージ。相手はこちらと距離をとり、様子を窺っている。

 

 状況からして埒があかない。俺は武器を、「クラ」の分割ライン同士を繋ぎ合わせて、形を更に大型のものに変化させる。

 

『――リ・ビルド! クラ・スマッシャー!』

 

 響く電子音と共に、クラ全体に基盤のような模様が一瞬光り、持ち手同士が接合して自動的に長い柄へと変化した。

 

 それを振り回す俺。縦の動作よりも横の動作が大きくなるが、その分リーチが稼げるようになる。無論、それが隙になるような鈍足は戦闘で使えるはずもない。

 

「貴様等は……、喰種は、この世界で生きるのは間違っている」

 

 イメージの相手も距離が詰められてきたからか、段々と動きが小さくなっていく。

 

「消え去れ! 世界を正すために――」

 

 そしてあるタイミングで、俺はその相手の脳天に向け――。

 

 

――だったら、分からせます。

――人間として、喰種としてッ!

 

「っ」

 

 振り被ったクラは、相手の頭を叩き潰す寸前で止まった。

 ため息を付き、俺は制御装置のボタンを押す。

 

 バシュウ、というような音と主に、クラ全体が赤く光り、掃除機で吸われるように先端に回転しながら戻って行く。同時に内部から芯のように存在したプレートの塊が展開し、数秒とかからず俺の手元にはアタッシュケースが一つになった。

 

「……何故だ」

 

 実戦ではこんなこと、起こりえない。先日も、包帯がとれた直後であっても喰種を数体駆除したというのに。しかしどうしてか、こうして一人で訓練をしていると、脳裏を過ぎるあの顔。

 

 決意に満ちた瞳を持つ、眼帯の喰種。

 腰には――俺の記憶にある「仮面ライダー」がしていたベルト。

 

 わずかに、己の内に生じたこの戸惑いのようなそれを、俺は未だ持て余していた。

 

 

 

   ※

 

 

 

「よ、お疲れ訓練」

「篠原さん」

 

 CCG(喰種対策局)式の敬礼をする俺に、彼はあはは……と笑みを浮かべた。

 

「こっちに帰って来てから早々まーた倒したって聞いたからなぁ。アッキーラから全身に切り傷みたいなのを負ったって言われてたけど、もう何ともなさそうだな」

「はい。お陰様で」

「俺なんてようやく動けるようになったってのに、気が滅入るぜまったく。はは」

 

 地下の訓練室から登る途中、検査を終えてここ20区の支部に帰ってきた篠原さんとばったりと遭遇した。話しながら、俺達はエレベータに乗る。

 ボタンを押そうとすると「リハビリだから」と篠原さんは手で制して自分でボタンを押した。

 

 向かった先の会議室では、政道が机に向かってぐったりとしていた。法寺さんが涼しい顔をしているが……、何があったというのだろう。

 

「やあ、亜門君。久しぶりという程ではありませんね。8区から帰ってきた直後に一度挨拶しましたから」

「法寺さん。……、政道は一体」

 

 俺の疑問に、篠原さんが答える。

 

「亜門が居ない間にちょいとお仕事が増えちゃったんだよな。で今、什造はそっちをメインに捜査中って訳だ。向こうからかなり腕利きが送られて来てるし、その相手さんに『休んでろ』って言われて、俺もここに居る訳だな。……本当はすげー心配なんだけど」

 

 腰を下ろすと、篠原さんが俺に数枚の資料を手渡してくる。

 それに視線を落しながら、続く説明を聞いた。

 

「先月にあった喰種組織『アオギリの樹』による、23区の収容施設『コクリア』への襲撃。これにより壊滅まではいかないが、かなり痛手を負ったあっちから、脱走して来た喰種たちのリストが上がって来た訳だ」

「これが……」

「放置しておいて良い訳もないし、下手するとアオギリの仲間になっちうかもしれない。しっぽブラザーズやジェイソンの穴を、今埋められるとこっちもダメージが大きいからなぁ。そんな訳で、こっちの20区の方でも捜査に当るって話だ」

「こちらでも目撃証言が?」

「いくつかはな。ピエロマスクの喰種だとか、牢獄模様の喰種だとか」

「牢獄?」

 

 これこれ、と政道の腕の下敷きになっていた一枚を抜き取る篠原さん。「あもんしゃああああん……」と掠れた声で唸る政道に同情しながら、俺は書かれている内容を読んだ。

 

 写真は、少年。明るい色が、下に行くにつれて黒くなるような髪の色。表情はどちらかと言えば温和で、撮影される写真にビクビクしているようにも見える。

 

「新しく本部から来た応援さんが、そいつ『ジェイル』を追っているらしい」

「ジェイル……? あの、失礼ですがその記述は――」

「通し名や分類名にそう書かれてないだろ。ま、実際のところコクリアでもそんな扱いだ。でも彼は、その喰種がジェイルだと言って憚らない。凶悪な喰種だから、何としても見つけ出さないとって言ってさ。

 で、什造にも興味があったから引っ張っていったって訳」

「大丈夫なんでしょうか、その……」

「まあ、大丈夫だろうよ。あの人、人間には優しいからな、真戸みたいに」

 

 何にしても急を要することは違いないだろ、という篠原さん。俺は、その喰種の詳細を確認した。

 

 

 識別名:R-I

 通し名:なし

 身体:163cm/53kg

 性別:男

 Rcタイプ:尾赫

 

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

 

『先生元気だったか? あー、そりゃ良かった。

 で……、え、何? トーカちゃん行ったの!? うわうっそー、知ってたら俺もそっち行ったのにッ』

「いや、同窓会行きなよ、行けるなら。僕なんてそもそも連絡さえなかったんだから」

『あー、悪い……。まあアレだ、俺も必要ないなって思ってお前には教えなかったんだけど』

 

 夜道。トーカちゃんを家に送った後、僕は友人のヒデと電話をしていた。本来なら小学校に手伝いを頼まれていたのはヒデだったのだけど、今日は用事が入って無理だったので僕が向かった。そしてその用事が、高校の同窓会だ。

 生憎、笑ってしまうくらい当たり前のように僕は呼ばれてなかった。

 

 それに対してヒデが知らせもしなかったことは、別にヒデも意地悪をした訳じゃない。

 

『お前が行方不明だったってのも大きいけど、まあ呼ばれてないなら、その程度の付き合いだってことだ。来ても気分悪くなるだろうし、お前が笑われるのもなんか癪だ』

「ありがとう」

 

 昔から、それこそ小学生の頃からの付き合いのヒデだ。色々気を使ってくれているので、僕は大きく助かっている。……僕の側から彼を何か助けてあげられていればと思うけれど、それはどうなんだろう。本人に直接聞くのもどうかという話だろうし。

 その後、ニ、三言交わして電話を切る。今度遊びに行こう、みたいなことも言ったから、近々駅前集合かな、なんてことを考えつつ、僕は足を進める。

 

 トーカちゃんの家は、バイト先の喫茶「あんていく」のすぐ近く。店の入り口を通ると、掃除していた古間さんが「しゅっ」と、指を銃のようにしてくるくる回してきた。僕は軽く笑ってそれに応じる。今日も今日とて丁寧に、古間さんは砂埃や吸殻を掃いていた。

 

「同窓会か……。ヒデくらいしか友達らしい友達が居ないのも問題だったんだろうけど」

 

 高校の時の彼女も死別してしまっているし、そういう意味では新しく友達を作れなかった自分に問題があるということだろう。そう考えると、「あんていく」の皆が居る今は、それなりに寂しくないと言えるのかもしれなかった。

 

「まあ、小さい頃に、トーカちゃんとかアヤトくんと遊んだっぽい記憶が未だに鮮明に思い出せること自体おかしいのかもしれないけど」

 

 ……そういえば、同窓会があったという話をしたらトーカちゃん、無言でずっと手を握ってくれてたけど、あれは慰めてくれていたのだろうか。本屋の中で大層照れくさかったけど、色々な意味でかなり彼女には助けられていたので、なされるがままというのが大きかった。

 

 そんなことを考えながら、夜道を歩く。月山さんから「調べ物」に関する連絡もない。バンジョーさん達も、今日明日は「お休み」だと言ってある。久々に家に帰って、ヒナミちゃんから貰った高槻泉の新作でも読もうか――。

 

 そんな風にしている時、僕の耳に悲鳴が聞こえた。女性の悲鳴だ。女の子のそれではない。

 あんていくからある程度離れているので、そこまで土地勘はないものの、路地裏が少ないので逆にそれが功を奏した。

 

 悲鳴がした方角へ向けて、僕は走る。高架下、ちょっとしたトンネルのようになっているそこの横に広い路地に居た。叫んでいる女性は、喰種だろう。手には人間の思われる手首から下を持っている。齧った後が付いていて、人目で人間じゃないとわかる。おっとりとしたような顔をしていて、しかし身体はしなやかで、鍛えられていた。

 そんな彼女の足を切り裂き、跪かせた喰種はどう形容したら良いか。体格は、全身を追おう赫子のせいで、いまいち判別が付かない。『怪鳥』を思わせる嘴のような、それでいて『悪魔』のような歯が目元を塞ぐ。上部に生えた角はそのまま一周して後ろに達していて、そして頭の後ろは『西洋の兜』を思わせる仮面のようなものに包まれていた。

 

 仮面の喰種は、腕を振り上げて彼女に言う。

 

『――お前が、「ジェイル」か?』

「な、何の話をしてるのかしら……? アタクシ、貴方みたいな方の知り合いはいな――」

 

 ぶん、と背部に出ていた赫子が振られる。裏面に鱗模様が見えるあたり、(リゼさん)と同じ鱗赫ベースだろうか。

 足を押さえて叫ぶ彼女だが、その声など無視して再度、仮面の喰種は聞く。目元にある仮面の口が開き、獰猛な無数の牙と、長い舌が垂れた。

 

『――答えないのなら、喰ラウ』

「じょ、冗談じゃないっ」

 

 慌てて逃げようとする彼女。再生しつつある足の肉を押さえながら走る彼女は、中、高生くらいの若者の集団を押しのけて走った。

 それを、彼女から投げつけられた手を一呑みした仮面の喰種が追い――。

 

「っ、危ない!」

 

 たまらず叫びながら、僕は歩く学生たちに向かって走る。速度は向こうが圧倒的に早く、数人が赫子の被害に遭った。制服姿で腕を押さえる彼等に「救急車を呼んで」とだけ言っておく。CCGも呼びたかったところだけど、生憎あっちは番号が長い。

 

 僕は彼等の視界から外れたのを見計らい、コートからバックル(ヽヽヽヽ)を取り出した。

 横に長い、大きなバックル。中央にはレンズのようなもの、右側にはレバー。左手に持っていたそれを腰に近づけると、背中から痛みと共に、腰に一周赤い帯のように赫子が巻き付いてから、バックルの両端に二つ赫子の先端が刺さる。手を離せば自動的に、巻かれた帯のようなそれの上に乗り、形状がより機械的な、赤いベルトに変化した。

 

 身体に鈍痛が走るが、この程度は「あの二ヶ月弱」に比べればどうということはない。人間以上の「聴覚」を頼りに、僕はさっきの声を探した。

 

 

――何処に行った、ジェイルゥゥゥゥゥッ!

 

 

 音の方角。線路沿いを抜けて閑静な集合住宅を抜けて、その先は倉庫だろうか。入り口が猛烈な腕力によって破壊されてるのを見て、僕は息を呑み、その中に入った。

 途端、あの声が聞こえなくなる。怪物のような仮面の喰種は確かにここを通ったはずだけど……。

 

 周囲を見回しつつ、僕は警戒を続ける。

 

 と、頭上から一撃――初動の際の、箱を蹴り飛ばすような音に反応して、僕は身を躱す。

 地面に突き刺さる、刃のような赫子は……、甲赫? ということは、目の前の喰種もまた、共食いを繰り返しているということか?

 

 刃を構えたまま、その喰種はこちらに襲いかかる。喰種らしくというよりも、それはどこか人間の、時代劇に出てくる武士のような動きだ。赫子を伸ばすこともせず、まるで「使い慣れていない武器を扱う」子供のようでさえある。

 

『ジェイル――ジェイルぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!!』

「――ッ」

 

 叫ぶ喰種の声からは、酷く深い憎しみのようなものが感じられた。そして、交わしていた途中に変則的に入れられた蹴りが、腹にヒットする。

 

 転がる僕に、しかし目の前の相手は追撃を加えない。

 

 僕は――転がり落ちた黒いカツラを拾い、コートの内側にしまい。

 同時に、眼帯のような、片目を被うバイザーのようなものが付けられたマスクを取り出した。

 

 べきべき、と目の前の喰種の赫子の形が変化する。より細く、研ぎ澄まされたようなそれは日本刀を思わせた。

 

 僕はマスクを右手に持ちながら、ドライバーのレバーを落し。同時に追撃にこられても対応できる程度に、左手を胸の前に持って、共に並行になるよう構えた。

 

「――変身!」

『――(リン)(カク)ゥ!』

 

 ドライバーから流れる電子音声。

 僕は腕の構えをとき、右手を軽く胸元の手前に。すると背後から伸びた、女性の手のようなものが付いた触手が――僕の赫子が、それを奪い取る。

 左目の白い眼帯も奪い取り、周囲に赤い光が放たれ、僕の身体に収束する。

 体内から吹き出した赫子と、血液と、服が溶け混じり合い、異なる形に成形していく。黒い服のようであり、全身のラインに沿うように装着されたそれは、所々に骨を思わせる白い模様が入っていて。肩と背中と、喰種の赫子が出る箇所は真っ赤に染まっていた。

 

 響き渡る、クスクスという女性のような声――。

 

 白魚のような赫子の手が二つ、僕の顔にマスクを装着させる。元々は右目を隠し、左目を露出させるマスクだったこれ。口元は黒い布で覆われ、歯茎にあたる部分はジッパーで閉じられた、昆虫の顎を思わせるもの。右目は以前は黒い眼帯だったが、今は赤いバイザーのようなものになっている。

 

 開けた左。視界は――喰種らしく、わずかに赤黒く染まる。

 

 人差し指を親指で押さえ、ぱきりと一度鳴らし。そのまま僕は、目の前の敵に向かって、走り出した。 

 

 

 

 

 




※白カネの変身ポーズは、全体的にオーズリスペクトです

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