※リゼについては本作独自設定面が色々強いので、苦手な方はご注意ください。
よく誤解されるけど、
その事実は、今も「昔」も変わらない。
「や、やめろ――話せばわかる! リゼちゃん!?」
「んふふ、大島さんのその顔、とっても素敵♪」
自分達が世界中で一番偉いって勘違いしてるところも、自分だけは絶対に幸せになれるんだって思い違いをしているところも。
「今日の収穫は貴方で二人目。
ふふ、でも結構嫌いじゃないし……。
「け、ケン……ッ?」
「うふふ? 何本いけるか楽しみねぇ。じゃ、声を出しちゃだめよ」
ちょっと「つつけば」すぐに折れちゃう脆さも、みんなひっくるめて、だぁい好き。
「じゃ、ひっとさっしゆっびから一本目――♪」
「ちょ、待って、あー―」
勿論、味も。
昔はなくて、今はあるそのファクターが、この「私」を定義する。
「私」は、「神代
己のために、世界を手玉にとることが運命付けられた存在。
「嘘つき」なお父様の
よくある陳腐な言い回しを使えば、私達は捕食者で、天敵。
食物連鎖の頂点に、たまたま君臨している人間。それを唯一の食糧として喰らうバケモノ。
――
喰種「神代リゼ」は、すごく退屈してる。食べることは大好き。本を読むのも大好き。おしゃべりするのも大好きだし、買物するのも大好きだけど。
いまいち、興が乗らない日々の中にいる。
やっぱり、これといって面白味がないのは、きっと私の「欠けた」部分に起因してるんだとは思う。
でも、そんなのは考えたりはしない。
「んふふ、やっぱり直搾りが一番甘ぁい♡」
私は、今日も食べる。
神代リゼは、そういう生き物なのだから。
※
『――5日夜、11区の本翼田3丁目で、人間の足首のようなものが――』
『――現場には大量の血痕が残されており、喰種の体液と思われるものも――』
『――11区の事件発生には、恐ろしいものも感じますね、小倉さん―ー』
「あ、オグっちゃん」
『ー―本来慎重なはずの彼等が、この短期間に4件も事件を引き起こしている。先日の深夜の――』
『――わざわざ証拠を残しているのは、何らかのメッセージと受け取っても良いのかもしれませんね――』
「このちょっとズレた推理が良いのよねぇ、オグっちゃんは。
ま、
全部、私の単独犯なのだから。
ミンチ状になった
お陰でこんなに楽しいことを、沢山続けられる。
自宅でくつろいで、美味しい美味しいお食事一つ。
ま、足拾うの忘れたのはちょっとアレだったけど……。だって、びちゃびちゃもがいて汚なかったし。
骨までしゃぶって時計を見て、その隣のカレンダーが視界に入った。
あら面倒。すっかり忘れてた。今日って11区のミーティングじゃない。高槻泉の本の続き、読みたかったのに……。
流石に女子として色々防御力の低い格好のまま、明るい表をうろつくほど痴女でもないので、少し厚着に着替える。
髪を整えて、アイメイクをぱっちりして……って、あら切れてる。買わなきゃ。
まったくツイてないツイてない……。
表に出ると、大家のおば様が私に声をかけた。
「あら、こんばんわ。どうしました大家さん」
「どぅも。相変わらず美人さんねっ。で、ちょっとね? 隣の林さんから苦情が入っちゃって……。女の子にこういうのも変なんだけど、お部屋が臭ってるんですって? 心当たりとかない?」
「あ――、ごめんなさい、ちょっとゴミ溜まっちゃって……。ここのところ忙しくって、まだ捨ててなくって。ごめんなさいホント」
「あらー、そうだったの。一人暮らしだし、大変だものねぇ」
「肥料に出来たりするのってありましたよね、生ゴミ。あれでも買えば少しはマシなのかもしれないですけど……、でも、早いうちに処分はします。お騒がせしてごめんなさい。
林さんにも後で謝りに行きます」
「そう、それが良いわね♪
こんな美人で気が利くんだから、彼の一人でも居るんじゃなぁい?」
「あはは、いえいえそんな……、『高校時代きり』ですよ」
「あら、そうなの?」
「私が病気で、別れちゃってそれっきり会えなくって……。なかなか彼以上の相手も見つからなくって」
「あら~。うふふ、じゃ、おばさんリゼちゃんが良い相手と出会えるように祈ってあげる♪」
「いえいえ、ありがとうございます~」
大家さんが買物に出かけた後、
「……なかなか難しいわね、『昔みたい』には行かなくて」
※
一つ、他者の喰場を荒らすべからず。
二つ、月終わりに「在区費(組織運営費)」を払うべし。
三つ、一月に食事は一人につき「一人」まで。
四つ、食事や戦いの痕跡は残すべからず――。
いくらか11区にもルールというものがあるんだけど、ここまで厳格にやってる区って義父様のところくらいじゃないかしら。まあ、義父様のそれはもっと観念的で、漢字とか唸り声ばっかで意味わからなかったけど。
ま、そんなことはおいて置いて。ルールを制定したハギ率いる11区の管理組織(って言っても数人しか居ないんだけど)の多くが、私をじろっと見つめていた。
いえ、見つめるって言うより睨む、の方が正解かもしれないけど。
色々な話の途中で、全員の視線が私に集中した。
「――お前だろ、リゼ」
「あら、何のことかしら」話聞いてなかったから素の質問。
「とぼけるなッ、5日前の事件のことだ! 警察でもニュースにされてるぞ」
大した話じゃないじゃない、と私は持ってきた「虹のモノクロ」の
ま、火に油を注いでる自覚はあるし、怒鳴られても余裕を持って流すだけだし。
「お前、この一月で何人食べたッ」
「片手の本数は超えてないわよ?」
「表に発見しただけでも、もう四人だ! 他の連中が気付いて処分したのが11人、明らかに食べすぎだ!」
「あら、お片付けありがとうございます」
「何感情も篭ってない台詞言ってやがる! 俺がほとんど片付けたんだぞ!」
「そんな貴方に、ひとさすおつまみ一つ」
「お前のせいでこちらまで動きにくくなるッ!」
言いながらも、こっちに指さしてガミガミ言っていた相手は、私の差し出した
軽く微笑む私に、ハギは静かに、苛立ちながら言ってきた。
「……神代。新参者とは言え、ここの掟を忘れるな。
ひとまず、調査はする。それから――いつまでも大目に見てると思うなよ」
ルールが守れなければ、どうするって言うのかしら。あら怖い。
適当に謝ると、バンジ……? バンジャ……? あ、バンジョーだった。万丈くん。万丈くんが私を庇う。甘やかすなと言われてたけれど、別にカンケーないのにね。
とりあえず会合が終わった後、二人に適当にお礼を言って、私はまた本を手に取る。
帰り道。夕方、世界が「美味しそうな」色に染まってるのが、私はちょっとだけ好きだった。青空と夕空は、確か光の波長の振幅と、届く距離とに関係してたような、いなかったような。
やっぱり「彼」は物知りだったなぁと思う。今頃はどこかで、大学生でもやってるのかしら。
「――リゼさんっ」
「……? あら万丈くん」
お疲れッスと声をかけてくるムサいのは、さっき私を庇った万丈くん。本名はいまいち覚えてないけど、よく話かけてくるから呼び名くらいは覚えた。
今日のことを思い返しても、まあ、別にいつも通りと言えばいつも通り。退屈なオハナシに代わりはない。まだしも義父様のところで「渇ッ!」とか言われてた方が面白味があったかしら。
至った結論は真逆だったけど。
「ああ、でも今日のお話、ちらっと上がった『人間好きな喰種が喫茶店をやってる』ってのは、ちょっと面白そうだったけど」
「……20区のアレですか?」
「リーダーは甘ちゃんだなんて言ってるけど、『仮面ライダー』なんて噂もあるじゃない? こっちなんかより、きっとよっぽど『分かりやすい』世界で生きてるわよ、あそこの住人。
私達も珈琲片手に楽しくおしゃべりしたり出来たら、面白いと思わない?」
「……リゼさんの面白いッスけど、ハギさんが仕切ってる間は――」
「それ、やめてくれる?」
私は、万丈くんに指差した。
さん付けも敬語も、なんかムズ痒い。大体彼の方が先輩で、年上だし、なんとなくしっくり来ないのだ。
なのに、万丈くんは言う。
「いや、俺……、俺は、リゼさんのこと尊敬してるんスよ! 若いのにめっちゃ強し、頭も良いし、その……(綺麗だし)」
「ん?」
「それに俺、11区のリーダーはリゼさんみたいな喰種がやるべきだと思うんスよ! そっちの方がきっと、みんな解放的に――」
うざい。
嫌よ面倒くさいと言って、私は舌打ちを堪えた。うっかりそんなことしたら、
ただ、それでも関わるなと釘を刺す。
おやすみ、と言って彼の元から立ち去る。
海浜公園沿いの道は、海原が綺麗に見える。それが太陽の光を鏡映しにしてるのが、胴体だけの身体みたいでちょっと滑稽だ。
手も足も出ない、とはこういう図だろう。
――海が近いからこの街を選んでみたけど、実際住んでみると私の敏感な鼻は、ここの潮風と相性が悪かった。
喰種たちが身を守る為には、ルールを定めて遵守するべし。……進んで自ら、虚勢されて檻の中で蹲るなんて、ホント滑稽。せっかく、本当の頂点として君臨できる存在だと言うのに。
人間も喰種も、考える事は大してかわんない。
「って、あらいけない。制御効かないなんて、久々ね」
左右の赫眼のバランスがとれないなんて、それこそどれくらいぶりかしら。右目に眼帯をつけながら、私は思う。
退屈な街。
退屈な
――嗚呼、欠伸が出ちゃうくらいに、
そんなことを考えてると、綺麗な女の子が公園のベンチでメールを打っていた。
その楽しそうな横顔が、どうしてか
※
「リゼさん! 偶然ッスね、こんな所で!」
「そうね」
「読書の相棒にコーヒーなんてどうッスか? リゼさん好きでしょ?」
「嫌いじゃないけど……」
「あ、何の本読んでるんスか? 俺にも読ませてくださいよ!
まあ俺、字全然読めないんスけど!」
どうしてこうなった。
いえ、まあ、そんな風に我ながらツッコミを入れたくなるくらいの、万丈くんのがっつきっぷり。そういえば前に、お友達の一人に私が送られて嬉しいプレゼントとか聞かれたかしら。
新しいミーティングからまた数日。
わざわざ11区外れの公園で読書してる最中までやってくるのだから、なかなかに気合が入った追っかけっぷりかしら。
いえ、それとも――、まあ、好みじゃないんだけど。
私の好みのタイプって、「人間」に限られるし。美味しそうで、そこそこ見てくれの悪くない。
とりあえず適当にあしらって(殴って)追い返して、私はぶらぶら駅前をうろついた。
「あは♪ ここ懐かしいわね」
そして、とあるアクセサリーショップが目にとまった。昔、たまに遊びに来たっけ。
つまんで見てみると、作りはテキトーだけど、ベースにある最低限のフレームのデザインは割と好みだった。って言っても、
気が付くと、メガネショップで伊達メガネを一つ作っていた私。
それをケースに仕舞って、ぶらぶらぶらぶら。
「我ながら、何というか未練がましいわね」
もう、
ふと気が付くと、その昔の幻影を探している時があるのは、食物連鎖の王者失格じゃないかしら。
そんなことを考えながら家路に着いていると、背後から声がした。高架橋に登ろうかというところだったので、ちょっと振り返るのが面倒だったけど。
「リゼさんッ!」
「あら、万丈くん? こんにちは」
よく鬱陶しくまとわりついて来て、ぶん殴られてまた会いに来れたわね、って皮肉を乗せて言ったのだけれど、彼はぜいぜいと息を切らしていた。
「あの、リゼさん、ユウリ会わなかったッスか!?」
ユウリ、というのは11区の他の仲間の一人。女性で、雑誌の表紙に載ったこともある子。
海浜公園に出た目立つ死体について、私のせいだと全員が疑わなかった際、何だか万丈くんと一緒に庇ってくれた喰種。
正直に会ってないと答えると、丁度万丈くんの背後から、鱗赫が襲いかかる。
ユウリさんじゃない。どうしたの?
「リゼさん、この前の海浜公園の件、リゼさんに罪を着せようとしてたのはソイツです!」
「海浜公園?」
……ああ、そんなこともあったわね。
万丈くんが、彼女を何か糾弾するようなことを言うけどそれは間違い。勘違いしたら失礼よ?
だって――食べたのは、私なんだから。
「潮の臭いが邪魔で、錆たみたいにクソ不味かったけど」
「リ――ゼェェェェェッッッッ――!!!!」
だって、お友達とあんなに楽しそうにメールなんてしちゃって。夢だった専属モデルからの芸能界入りが夢じゃなくなったかもしれないなんて、ものすごく楽しそうに呟いて。
もう、
でも、さっき叫んだ内容からして、ユウリさんと友人だったのよね。ってことは、人間のお友達の敵討ちってこと?
もしそーゆーのだったら――滑稽だけど、嫌いじゃないわよ?
「信頼させきったところで、綺麗に皮剥いで肉削いで骨丸めてお砂糖みたいに綺麗に砕いて、混ぜて丸めて喰べてあげようと思ってたのにいいいいいいいいいいい――ッ!」
前言撤回。この子も所詮「喰種」だわ。
っていうか、妙に手が込んでるわね……。そうすると美味しいのかしら。
「代わりにアンタを食べてやるわああああああ――ッ!」
「なかなか素敵なプランだったみたいね。じゃあ――私が、お詫びに貴女をそうしてあげる」
もし嫌いじゃなかったらちょっと手心加えたかもしれないけど、うん、この子ならもう別に構わないわよね。
嗚呼、楽しい。
感情が高ぶると、どうしてかこめかみのあたりに角みたいなのが形成される。一瞬それに怯んでも、突進してくるあたり想像力が足りないんじゃない?
「赫子は想像力よ? さあ――鞠球みたいに可愛くしてあげるわ♪」
「な――っ」
人目がないって言っても、長時間は流石にまずいわよね。手早く済ませましょう。
って言っても、やることは一つなんだけど……。
赫子のイメージは、大きなプレス機械。
板の面で構成された二つに、そぎ落とすための刃二つ。
これらを相手の攻撃に合わせて、盾と剣みたいに最初は使って。そして、怯んだ隙に両サイドから叩き潰すように振るう。
この作業を繰り返すだけで、あら不思議♪ 三分も経たずにでっきあがり。
切り取った赫子だけ少し噛み千切って、私は後始末を万丈くんたちに押し付ける。
「――嗚呼、退屈」
結局、今日もテンションは上がらない。
※
『――11区の区長、栗田氏がCCGへ喰種捜査官の派遣を要請したと発表があり――』
「……あら、面倒そうね」
お風呂場を「汚した」後、そのままお片付けと「夕食」をしようとしていたら、それどころじゃなさそう。早い所逃げないと、また食べる量を考えないといけなくなる。
和修……、散々昔覚えた顔が脳裏を過ぎるけど、それはともかく。
シャワーを浴びていると、入り口のベルが鳴る。
扉の向こうには、ちょび髭のお兄さんの林さんが居た。ちょっと出っ歯で、ネズミみたい。
「おいアンタ……ッ」
「ごめんなさい、林さんっ……。
臭いですよね? すみません、明日の回収日には出しますので、あの……?」
「……」
視線の先を辿れば、嗚呼、まあ、丁度お風呂場に転がってた「お肉」も、そういう目的で近寄って来たわよねぇ……。
「……あの、お詫びに伺おうと思って用意していたお菓子があるんですけど。
もし良かったら一緒にどうですか? ――中で」
大家さんに頭を下げて、
キャリーバッグなんて用意してはあったけど、まさか「ご飯」用に使うことになるとは思ってもなかった。
せっかくお世話になったんだし、迷惑を出来る限り掛けずに去ろうとするくらいは、私も常識が残っていた。
……そして、この時間帯に高架下、線路の下を歩いている時の治安の悪さも案の定かしら。
明らかに「そういう」目的で近づいてくるムサい男の子たちをカットして、
「ちょうど小腹が空いてたのよね。お夕飯食べるタイミングもなかったし――」
「神代」
あら? 背後から声をかけてくるのは……。
ハギをはじめとした、11区管理者三名様ご一行。
「ずいぶんな支度じゃないか、どこへ行く?」
「……あらリーダー、こんばんわ。今日会合の日だったかしら?」
「ふざけるな」
「考えてみれば、私に月一人なんて我慢、出来るわけなかったのよねー。ほら、やっぱり食事は『朝昼晩三食』食べるものじゃない?
っという訳で、大変お世話になりま――」
「公式の発表以前に捜査官は既に潜り込んでいる。
ドグは……、貴様のせいでなァ!」
あら、あらあらあら。
何々、敵討ちってことかしら? 嫌いじゃないわよ? きっと、おっしゃる通りだろうし。
「……俺達が築いた平和を台無しにしやがって――」
「償え――ッ」
ま、別に殺されてあげないけど。
三方向から襲いかかって来る赫子。こういう速度は、何度見ても――。
「喰い過ぎたな、神代ォォ!
死ね――ッ!」
「くすくす」
――遅い。
彼等の攻撃を赫子で「同時に」受け止めながら、私は。
「面白いこと言うわねぇ―ー」
流石に管理してるくらいだから、三人とも少しは「楽しませてくれるかしら」。
私は、思いっきり自制せずに赫子をイメージする。
背中から膨れ上がった赫子は、私の下半身を被う。まるでヒトの手で出来たみたいな足を持つ、蜘蛛のような姿に。
コンクリートの地面を這うその八本足を見て、三人とも明らかに及び腰になった。流石に自分達の図体より大きくなれば、そんなものよね。
両腕で身体を押さえながら、私は笑う。嗤う。哂う――。
「――こっちは全然喰い足りねぇってんだよ、
結局、こっちも数分と持たなかった。
嗚呼まったく、「お父様」はどうしてこんなに滅茶苦茶にしてくれたのかしら……。流石につまらなすぎるわよ。
赫子を仕舞いこんで、破れたブラウスを隠すようにコートを羽織る。
「リゼさん、助けに来たぜ――ウオオアアアアアッ!?」
「あら、誰を助けに?」
そして、一通り片付いたところで、万丈くんが慌ててやって来て……、こういう所、ちょっと犬っぽくて可愛いかもしれないわね。別に好みじゃないけど。
っていうか、もし私と一緒に居たいなら、それこそこういう光景くらい余裕で慣れないと。
そんな万丈くんに、正直に色々なことを言う。
「私、11区出るわ」
「えっ……」
「もうここは飽きたし、あなたも退屈だった……」
嗚呼、でも。
「そんなに嫌いじゃなかったわよ?」
決まり事作って、なんだか部活動みたいな感じもしてたし、11区の管理とか。そういうのを第三者的に眺めながら、からかいながら、のらりくらり生活するのも、決して嫌いじゃなかったのは、事実。
でも――きっと、それだけじゃ駄目。
「……万丈くん、
他人の命んて、いくら踏みにじろうと構わない……」
そうよ、だって――最初から、私はそういう風に「作られた」んだもの。
真っ暗で、痛い思いして、やっと勝ち取った先に――沢山の飢餓感と、倫理の崩壊で壊れた
「……次は例の喫茶店にでも行って見ようかしら。ま、気が向いたら遊びにくるわ? 思い出も色々あるし。
それじゃ―ーお元気でね、リーダーさん」
いつもの様に後始末を押し付けて、私は夜の闇の中を進んだ。
※
あんていく、の珈琲は美味しい。
なんだか懐かしく、温かなものを思い出す。
まるで昔の私のまま、のほほんと生活しているような錯覚を一瞬覚えるくらいには、お店の空気もなかなかにお気に入りだった。
そして、そんなところに店長の「芳村さん」がやってくる。
「――リゼちゃん、
「……あら、ごめんなさい。”前の区”と少し違うんで、戸惑ってました。以後気をつけますから、多目に見てください。
とった場所は他の誰かに譲っちゃって良いです」
お会計を済まして、私はお店を出る。霧嶋さんがどこか訝しげな目を向けていたけど、まあ、
まあ、それは別に良い。
個人的にここは、なかなか楽しめそうだ。
負けん気が強いメガネくんとか「俺の蹴りは四方よりも――」とか言ってたから、試してあげたらあっさり終わっちゃって、それはそれでコントみたいで楽しかったし。途中で店長さんが助けに入ったけど。
っていうか、義父様的に考えれば、彼の蹴りに勝ってるとは思えないんだけど。
「未熟ッ!」とか言って、コンクリートに犬神家式逆立ちでもさせられるんじゃないかしら――。
まあ、そういう最初のエピソードはおいて置いて。
他の区と比較しても、20区は人間も喰種も全体的に温厚だし、マスターの珈琲も私好みだし、カズオさんだったかしら、フィットネスクラブとかもあるみたいだし、今度遊びに行って見ようかしら。
そして何より、他に比べて温室だからか、人の味もどこか――。
そして、そんなことを考えながら歩いていて、私は、出会ってしまった。
廻りあってしまった――「彼」に。
こちらを見て、ぽっと頬を染める彼。
漂う臭いは、「昔は」全然感じられなかったくらいに「美味しそう」なそれ。
私は、顔が不自然ににやけるのを押さえながら、軽く微笑んで会釈して彼の横を過ぎ去った。
――研くん。だよね? 間違いなく、金木研。
瞬間、脳裏で
研くん! 研くん! 研くん! 研くん! 研くん! 研くん! 研くん研くん研くん研くん研くん研くん研くん研くん研くん研くん研くん研くん研くん研くん研くん研くぅぅうううんわぁああああああああああああああああああああああッ――!!
脳内に走馬灯のように廻る
――うふふ、あらあらあら。
なんだかとっても、楽しくなりそうな予感――。
ついついにやける表情を隠す意味もこめて、研くんが好みそうなデザインの伊達メガネのつるを、ぐいっと人差し指で持ち上げた。
※独自色のないリゼが知りたいお方は、YJC5巻とノベライズ「昔日」で補完ください;