仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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最近本作のトーカちゃんが割と何言ってるかわかんない時がりますw
見てくれよ、こいつら別に付き合ってないだぜ・・・?


番外編 微熱/団欒

【番外編 微熱】

 

 

 

 

 

 最近、私はどうかしてると思う。

 

「カネキ、どうしたんだよ連絡なんてなくて――うお、おおおおお!? ど、どしたそれ」

「まあ、色々あって……」

 

 例えば今日、こうしてカネキの後を付けてるあたり、明らかにどうかしてる。

 

 切っ掛けなんてささいなもので、久々に「あんて」のシフトがなかったので、依子と遊んでいたら、道を横切るカネキの姿。

 と同時に、依子が私の背中を押して「ぐ」と意味深な笑顔。

 

「行ってきていいよ。せっかく出会ったんだし、やっぱり話さないと!」

「依子?」

「彼氏さんも一人みたいだし、ファイト!」

「ちょ、だから違――」

 

 そう言われて背中を押されて、カネキの後を付かず離れず付いて行く。

 何を話しかけようか、と思えば思うほどドツボに嵌って何も言えない。

 

 頭の中で、何かわかんない興奮というか、何か説明できない感じなのがぐるぐる回って、思考がまとまらないというか。今話しかけたら、変なこと口走っちゃいそうな、そんな予感があった。

 

 ――アオギリからカネキを奪還して一週間ちょっとくらいか。

 

 こっちに帰って来てからも、カネキは相変わらず大学には行っていた。って行っても一週間のうちの途中からだったらしく、友達の永近……、ヒデ何だか何ヒデさんだか忘れたけど、そいつとはあんまり話してなかったらしい。

 

 ……んで、今日久々にちゃんと話したってところなんだと思う。ウタさんのカツラを外して苦笑いを浮かべるカネキに、永近さんはものすごく動揺していた。

 

 ただ、決定的に私と違うところが一つ。

 

「おしゃれさんか何かか? 眼帯もアレだし」

「まあ、色々あって……。あんまり詳しく話せないんだけど、相手も『掴まったし』。守秘義務だったかな?」

「……何かに巻き込まれたのか? 大丈夫なのか?」

 

 顎をさすりながら、カネキは苦笑い。

 永近さんの視線が、カネキの指先に集中する。

 

「とりあえずは大丈夫かな。病院の診断書もあるから休んだ分も何とかなるだろうし」

「いや、そうじゃねぇだろ!」

 

 当たり前のツッコミ。

 

「いや、そういう問題だよ。生活する上でもうそこまでダメージはないし、なら後はどうやってリハビリするかってことだけで」

「リハビリ必要なんじゃねーかッ!」

「いや『塩とアヘン』に出てくる刑事がいるんだけどね、彼がボロボロと泣きながら歩くシーンから、捜査に戻るまでの――」

「高槻泉ホント好きだなッ!」

「あ、覚えててくれたんだ!」

「あんだけ薦められりゃなッ!」

 

 ぜーはー肩で息をする永近さん。なんか、テレビのコントみたいなノリで会話する二人。それは、明らかに私のそれとは別にものすごく楽しそうで。

 それでも一度深呼吸して。

 

「……ホントに大丈夫なのか? カネキ。何かあれば力なるぞ」

 

 この言葉に、カネキは顎の手を下ろした。

 

「この手の類のことでは、たぶん大丈夫だよ。ただ、実生活へのリハビリはもうちょっと必要かな……?」

「……ああ、社会復帰の方のリハビリか」

「そうそう。だから、頼る時はものすごく頼ると思うから。

 その時はヨロシク」

 

 カネキのそんな言葉に、永近さんは目を丸くした。

 

「どした? ヒデ」

「……いや、何というかー ……。お前、ちょっと変わった?」

「……どうなんだろうね。

 ちょっと走馬灯というか、人生見つめなおしたりはしたかな」

「ホントに大丈夫だったのか? それ」

 

 真剣な口調はここまでで、彼はまた頬を楽しそうに吊り上げた。

 

「じゃ、今日は遊び行こうぜ! って言っても予算そんなねーんだけど!」

「正直だなぁ……。お昼は済ませてるし、じゃあ本屋でも――」

「却下」

「何でさ!」

「いっつも言ってるじゃねえかッ! 何悲しくて野郎二人で本屋何店も散策しなきゃなんねーんだよッ!」

「酷い偏見を見た!?」

 

 軽いノリで話し合う二人は、カネキは、私と話してる時とは全然違って。

 ものすごく楽しそうにしていて――そして、涙を流した。

 

 うお、とちょっと引く永近さん。でも、カネキのそれを止めることはない。

 

 肩に手を置いて、大変だったなぁって続けるだけで。それだけで充分慰められる二人の関係が、少し私は羨ましかった。

 

「とりあえずヅラ被ろうぜ? ほいっと……」

「……カツラって言って、くれないかな? なんか、ハゲみたいな、気がする」

「しゃくりながらツッコミ入れられてもギャグにしかなんねーぜ?

 っと、どうしたもんか――」

 

 

 あ、と、私と永近さんの目が交差した。

 

 カネキが泣き出したあたりから、どうやら身を大きく乗り出してしまっていたらしく(今気付いた)、向こうにも確実にこちらが確認できるようになっていた。

 

 私の名前を呼んで、手を振る永近さん。

 ちょっと泣きはらしながら顔を上げると、カネキは少し気まずそうな表情になった。

 

 流石にこのままは不自然なので、手招きされるまま二人の方へ。

 

「トーカちゃんじゃん! どしたの、こんな所で」

「えっと……、二人を見かけて、なんとなく……」

「あれ、トーカちゃんってコイツの状態知ってるん? あー、バイトなら一応店長さんとかに話しするか……」

 

 諸事情について全然考えてなかった私だけど、下手なアドリブをするまでもなく永近さんは勝手に納得した。

 

「っていうか、たまにカネキに勉強見てもらってたんだっけ? そりゃ心配もするわなー」

「……ええ、まあ、ハイ」

 

 何でコイツが知ってんのよ、と視線を向けると、何とも言えない笑いで視線を明後日の方角に逸らすカネキ。

 

「いやー、いじ()しいね! 俺もトーカちゃんに心配されたい! あ、でも痛いのは勘弁だからどうしたもんか……」

「目の前でそういうのを真剣に検討するなよ、ヒデ。

 あと、いじ()しい」

「そうそれ。

 っと……、あー、とりあえず何か飲み物買って来るけど、何が良い?」

 

 カネキは缶コーヒーをリクエスト。永近さんは私が言う前に「ちょっと来て」と言って私の肩に手を回し、少しカネキから離れたところに。

 

 何をするのかと思えば、カネキと話してた時に見せてた真剣な表情で、私に聞いてきた。

 

「トーカちゃん、アイツが本当に何に巻き込まれてたとか、知らない?」

「……知り、ません」

 

 その言葉を捻出するのに、私は思った以上に労力を割いた。

 

 問いかける彼の目が、あまりにも鋭利な視線だったからだ。まるでこちらの一挙手一頭足全部を観察するような。言葉尻一つからでも嘘を見抜くと言わんばかりの、そんな視線。

 

 私も、嘘は言ってない。というより全部が全部、嘘ってわけでもない。

 

 攫われた時まで、カネキはいつも通り――容姿の面でもいつも通りだったけど。それでも今のアイツの姿になるまで、一体何があったのか。一昨日まで残っていた、皮膚の色の違うところとかから、予測できなくもないけど、予測したくもない私が居て。

 そんな状態でも笑うカネキが、少し痛ましかった。

 

 永近さんはしばらく私を見つめていたけど、やがて肩をすくめて笑った。

 

「……そう、悪かった変なこと聞いちゃって。

 なんかスゲー無理してるみたいだったから、気になった」

「……無理、してる?」

「情緒不安定すぎるし、何より嘘ついてるからなぁ」

 

 嘘? と頭を傾げる私に、永近さんは自分の手を顎に近づけて、撫ぜる。

 

「トーカちゃん知ってるかな? カネキって、何か隠してる時はこう、アゴさわんのよ」

「……」

 

 言われて、思い当る節が何個も出てくる。

 

「だからまぁ、何か助けてやれると良いんだけど――あ、そうだ!

 トーカちゃん、何か話してやってよ」

「へ?」

「俺相手だと話せないようなことでも、第三者だとちゃんと言えたりするからさ。話すだけでも慰められたりすんじゃん?

 だから、頼む!」

 

 両手を合わせて頭を下げる彼に、私の答えは断る訳もない。

 感謝の言葉を述べながら、彼は公園に向かって走った。

 

 カネキの前に戻ると、アイツはどこか遠い目をして空を見上げていた。

 

「……」

「……」

「……ッ!? ほあッ!!?」

 

 なんとなくその目が気に入らなくて、私はカネキの耳に息を吹き掛けた。

 

 耳を押さえて振り返るカネキ。びっくりした表情のカネキに、私は持ってたハンカチを使って、目元の涙跡を拭ってやった。

 

「え、えっと……」

「……何?」

「いや、何でも」

 

 しばらくされるがままのカネキ。ハンカチをしまい終わると、私は何を話したものかと、逡巡して。

 

「……心配してたよ、アイツ」

「……何というか、ごめん」

「そういうのは、アンタの友達に、直接、言ってやれ」

 

 私の言葉に「うん」とカネキは笑った。自嘲してるような微笑だった。

 

 話してくれって言われたけど、正直私も何を言ったら良いか、全然わかんない。ニシキとかならまた気の利いたことでも思い付くのかもしれないけど(癪なことに)、生憎私も、ここまで相手の力になりたいとか思って、口を開くこと自体滅多にない。

 

 ないので、言葉が思い付かなかった私は、周囲を見回して人が居ないことを確認して、とりあえず前髪を横に流して――。

 

「……動かないで」

「へ? あ、ちょ――」

 

 カネキの頭を押さえて、自分の方に引き寄せて、おでことおでこをくっ付けて、そのまま目を閉じて、ぐりぐりした。

 

 つめたい。

 

「…………えっと、あの、トーカちゃんさん? 一体何でせうか? これ」

 

 口調が頭おかしいことになってるカネキ。

 

「……昔、お父さんにたまーにやってもらった」

「……ひょっとして、慰めてくれてたりする?」

 

 頷きはしなかったけど、ぐりぐり続ける私にカネキは「そう」と、少し納得したように言った。

 

 お父さんも、たまーにおでこをこうしてくっつけた。

 そして、私とアヤトをぎゅっと抱きしめてくれてた。だから本当はこれで半分なのだ。

 

 だけど……、ハグなんてしたら、それだけでもう今日一日全部ダメになってしまいそうな予感があった。なんとなくぽわぽわした、全身に熱が回るような感覚が暴走するような。

 というか心臓ヤバい。

 

 もう大丈夫と言うカネキのそれに従って、私も手を離す。

 

 ……流石にカネキも照れていた。そして、そんな顔を見て私も、今更ながら自分が何やってるのかと自省。

 

「えっと、ありがとう? で良いのかな」

「……しゃべんな」

「ア、ハイ」

 

 その後、永近さんが来るまでの間、私たちは何とも言えない空気のままで居た。

 

 

 翌日、なんか額を触ったら微熱があった。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

  

 

【番外編 団欒】

 

 

 

 

 

 包帯まみれの背中は、見ていると不思議とお父さんを思い出す――。

 

 

 ヒナミの「おはよう」に起された私は、リビングに向かう。遅めの朝ご飯兼お昼を食べて、時間は既に午後二時を回っていた。

 そこではアヤトが、私のワンセグを動かしてニュースを聞いていた。カネキから借りたシャツが意外と大きくて、ちょっとタンクトップみたいなことになってるのは言わないでおく。

 

『――喰種によるCCGの護送車襲撃事件が――』

「……エトか?」

 

 カメラの映像に一瞬映った、巨大なシルエットを見てアヤトはそんなことを呟く。

 えと? と頭を傾げるヒナミに、一瞬頬を引き攣らせて表情を逸らした。

 

「何やってんのよ、アヤト」

「トーカ……」

「とりあえずケータイ返して」

「お、おぅ……」

 

 私に対してもそんな表情を浮かべるアヤト。まあ、居座り辛いだろとは思う。思うけど私は遠慮せず、入れた珈琲のカップを四人分置いた。

 

 訝しげな視線を向けるアヤト。何で四人分なのかと言わんばかりの表情だけど――。

 入り口のベルが鳴り、さっきまでとはまた違った面倒そうな表情になった。

 

 ぴくり、とヒナミの耳が動く。

 

 そして案の定、家の扉が開いたらアヤトは嫌そうな声を上げた。

 

「おじゃましまーす……」

「眼帯……ッ」「お兄ちゃん!」

「カツラ帽子かけに引っかけとくから、ほら」

「あ、ありがとう。

 ……アヤトくん、順調そう?」

「テメェが言うんじゃね……ッ」

 

 ヒナミが横に居るせいか、怒鳴るに怒鳴れないといった風なアヤト。

 そんなアヤトに、カネキは少し手を合わせて頭を下げた。

 

「って、言うか、何で眼帯来てんだよ」

「何でって……、あれアヤト、言ってなかったっけ。勉強」

「はぁ?」

「お姉ちゃん、お兄ちゃんにお勉強見てもらってるんだよ?」

「なんか、色々あってそんな感じで……。

 ともかく、よろしくね」

「……」

 

 はぁ、とため息をつくアヤトに、カネキは軽く笑った。

 

「あ、そうそうお土産……って訳じゃないけど、はい」

「うああああ! ありがとうお兄ちゃん!」

 

 本を抱きしめ、ヒナミはとてとてとリビングへ戻る。

 もう一冊取り出したカネキは、リビングから動かないアヤトに手渡した。

 

「字は流石に読めるよね」

「舐めんな、って、何だこれ……? ”はじめての数学”?」

「タタラさんがこの間、帳簿付けられる人探してたから、覚えるときっと役立つよ。まあ前段階のなんだけど」

「あ、あ……?」

 

 訝しげな目を向けるアヤトのそれを流して、カネキはテーブルの珈琲を持った。

 

「じゃあ、ヒナミちゃんアヤトくん見ておいてね」

「うん!」

「……? ちょっと待て、勉強すんだろ?」

 

 首を傾げるアヤトに、私とカネキの方が逆に首を傾げた。

 

「なら、どこ行くんだよ」

「どこって……」「私の部屋だけど」

「は、はァ゛!?」

 

 と、何故かガタッとアヤトが立ち上がった。

 

「トーカお前……、あ、ああ? 俺の方が変なのか?」

「えっと……、あー、なるほど」

 

 カネキは何かを察したように困ったような笑みを浮かべて、私に耳打ち。

 内容的に、それはヒナミを気にしてのものだろう。

 

 

「(……確かに部屋の中で、二人きりってのはアレかなと)」

「(いや、でもこっちだと荷物多いし、気が散るし掃除面倒だし)」

「(僕もあんまり言わなかったけど、ほら……、一応ね。

  弟としては色々警戒するんでしょう)」

 

 

 数秒の時間を置いて、私はカネキが何を察したかと、アヤトが何を危惧してるのかに気付いた。

 どわっと、顔に血が上るのを感じる。

 

「この、んなワケねーし! てかスケベアヤト!」

「何で俺なんだよッッ!?」

「?」

「ヒナミちゃんは耳閉じてようか」

 

 さっとヒナの耳に手を置いて音を少しシャットアウトするカネキ。

 私は羞恥も相まって、アヤトにガミガミ言う。

 

「大体、そういう心配すんなら何で家出て行ってるんだよ! 私が誰連れ込んだって良いだろ!?」

「あ、あ゛!?」

「トーカちゃん落ち着いて、それかなりヤバめな台詞だから」 

「ん、んなのトーカ関係ねーだろ! っていうか、もし相手が捜査官だったらどうすんだよ!」

「アヤトくんも何か方向がおかしくなってる」

「カネキだから別に良いだろカネキだから!」

「眼帯だから何が良いのか説明しろやゴラ!」

「ちょっとくらい何かあるかもって期待しても接触すらしないから大丈夫だって言ってんだ、あ゛!!? 何で距離詰めて吐息かかる近さなのに手も触れねーんだよバーカ!!!」

「と、トーカちゃん!?」

「普通それが当たり前だッ、って言うかホントに何考えてんだバカ姉!」

「大体アンタは――」

「テメェも――」

 

 私とアヤトの罵倒合戦を、カネキが目を白黒させて見ている。

 ヒナミはヒナミできょとんと、鳩が豆鉄砲くらったみたいな茫然とした感じ、というよりどういうリアクションをとったら良いか全然わかんない、みたいな。

 

 実際問題、私自身何を口走ったか全然わかんない。アヤトもアヤトで何言ったか全然わかんないみたいな顔してる。かっとなって全力で文句を言い合って、ぜいぜいと肩で息をして。

 カネキに差し出されたカップを、二人揃って手にとって飲んだ。

 

「落ち着いた?」

「「……」」

「とりあえず妥協案として、こっちで勉強するってことでどうかな」

 

 当たり前のようにそれで決着して、私とカネキは部屋に学校のバッグを取りに行く。

 教科書とかを詰めていると、カネキは何とも言えない微妙な表情を浮かべて。

 

「トーカちゃん、さっき何叫んでたか色々覚えてる?」

「……?」

 

 言われて思い返して――。

 

「……きかなかったことにしてちょうだい」

「うん」

 

 カネキが意味もなく頭を撫でてきたあたり、相当だったんだろう。

 気恥ずかしいよりも、不甲斐ないというか、何というか、とにかくヤバかった。

 

 深呼吸してからリビングに戻る。

 

「で、何やんだ?」

 

 何でアヤトがカネキにそれを聞いてんだ。

 

「色々溜まってるけど、僕のリハビリもかねて今日は英語かなーと」

「英語?」

「ヒナミちゃんは、もうちょっと漢字とか覚えてからやろうか」

「うん、ヒナミがんばる!」

 

 ぐっと拳を握ると、早速カネキの買ってきた本を開いて、メモを片手に装備。

 辞書の引き方を教えてあるので、多少は自分で読めるようになってきてるけど、それでもわからないところは私たちに聞くという状態で、勉強中は対応してた。

 

 教科書開くのも、隣にカネキが居るのもなんか久々。それだけでちょっとやる気が出る自分が、現金というか何というか……。

 

「前にも言ったけど、文法とかは一旦おいて置いて、まず感覚的なところから始めようか。

 I wish」

「アイ、ウィッシュ」

「I remember」

「アイ、リメンバー」

「意味は?」

「えっと……、願う、と覚えてる?」

「大体そんな感じかな。単体でI wishだけだと『~なら良いな』、みたいなニュアンスらしかったっけ」

 

 英文を作る練習をしているのを、アヤトが半眼で見つめる。

 数分かけてある程度作ってから、前に使っていた文章を軽く見直して、そのまま教科書とノートを開いた。復習。学校で一度習った範囲のところ。

 

「じゃあ、訳し辛かったところってどこかあった?」

「ここ」

「長文だね……。ちなみにどこが?」

「どっから手をつけて良いかわかんない」

「あはは……。一応、区切りというか目安みたいなものがあるんだけどね。

 じゃあ、英和辞典開いてみようか――」

 

 

 

 

 

 

 アヤトが自分から口を開いたのは、カネキが帰ってメシを食べて、ヒナミを寝かせた後だった。

 

「……トーカは、俺がまた出て行くって言ったら止めるか?」

「は?」

 

 聞き返すと、アヤトは頭をガリガリしながら視線を逸らす。……そんなに頭痒いなら風呂入ればいいのに、っていうか入った後か。

 でも、これに対する答えは実は決めていた。

 

「止めないよ。もうアンタも、自分で判断できるだろうし」

「……」

「っていうか、私ぼっこぼこにしといてその言い回しはケンカ売ってんの?」

「あ゛?」

 

 半眼で見ると、そっくりそのまま半眼でアヤトは睨み返して来た。

 止められないことが当たり前、みたいなニュアンスを感じて、私もちょっとイラっと来ていた。

 

 少し溜息をついてから、私は思い出す。

 

「お父さんの言ってた事、覚えてる?」

「……ああ」

 

 私には、お姉ちゃんだからアヤトに色々教えてやれって言って。

 アヤトには、お姉ちゃんが困ってる時は力になれって言って。

 

「……その感じだと、眼帯からアオギリ行った話とかもう色々言われてんのか、面倒くせぇ」

「……カネキ、何か知ってるわけ?」 

 

 私の一言に一瞬呆けて、しまった、みたいな顔をするアヤト。

 

「な、何でもない」

「何か知られたらマズいことでもあるわけ?」

 

 ちょっとニヤニヤしながら見たら、知るかって叫んでアヤトはそっぽ向く。

 

 私は後ろから頭をぽんぽんしながら言った。

 

「だからさ、教えてあげる。

 無茶してんなら、無茶しなくたって良いよ。見てる方も辛いし。

 でも、やるって決めたことがあんなら、ちゃんとしてるなら、私は待ってるから。出来る限り全うにして、後は生きててさえくれれば、それで良いから」

「……」

 

 カネキが生きて帰ってきて、その時ふと思ったことがあった。

 もしあの時、お父さんが生きて帰ってこれたならって。そしたら、私たちもカネキみたいに、例え喰種であってものほほんとして生きることが出来たのかなって。

 

 でも、そんな仮定なんてしなくったって良いんだって、カネキの白い頭を見て思うようになった。

 

 生きてればいいんだから。死んじゃったら、もう、どうしようもないんだから。

 会おうと思っていつでも会えるのが一番良い。会えなくなるのは、とても寂しいけど。ひょっとしたらその先で死んじゃうかもしれないけど。

 

 でも、生きているのなら、また会えるかもしれない。大事な相手が、生きていてくれたなら――。

 

 アヤトはそのことに何も言わず、少し眉間を押さえた。

 

 しばらくしてから、口を開いた。

 

「……色ボケ姉貴」

「誰が色ボケだ」

「姉貴、眼帯のこと好きなのか?」

「…………」

 

 今度はこっちが黙らされた。

 そういえば、アオギリに行った時もそんなこと言われたっけ、コイツから。

 

「俺は、アイツ苦手(ヽヽ)。親父思い出させやがるし、なんか色々妙に察してきやがるし」

「……それは、少しわかる」

 

 あんまり何も言ってなくても、どうしてか依子とケンカした時とか、無茶してる時とかそれとなく気付いたりして、色々言ってくる。前からそれがちょっと苦手で、でも私だけで対応できないところでは、助かっている部分もあって。

 

「でもトーカが惚れるとしたら、それくらいしか心当たりがないっていうか」

「ストレートに惚れるとか言うなって」顔が熱い。

「そーゆー所が色ボケだってんだよ」

「ボケてないから。ま理由は色々……なん、じゃない? そーゆーのは別にして、嫌いじゃないって意味だと。

 美味かったし」

「うまかった……?」

 

 お前は何を言ってるんだ? と首を傾げるアヤト。

 はぁとため息を付いてから、アヤトはやっぱり頭をかく。

 

「トーカ不器用だしな」

「アヤトも不器用だろ」

 

 条件反射で言ったら「あ゛?」と睨まれた。

 そして、意外な一言がアヤトの口から零れる。

 

「そーゆー話じゃねぇっての。……まあ、強いて言えば髪、伸ばせばいいんじゃね?」

「……髪?」

 

 首を傾げる私に、アヤトはカネキがヒナミに買って来た本を手にとる。

 

「高槻泉って居るだろ」

「カネキのお気に入り作家だけど」

「結構美人だから」

「あ゛?」

「っていうか、アオギリの中でやけにそういう話好きな奴が居て、でそいつ曰くの話だから。

 調べればネットにも乗ってるんじゃね? そーゆーの」

「……で、何で長髪?」

「そいつが長髪なんだと」

 

 意味が分からない、と続けようとしてふと、私は思い出した。

 そういえば、リゼも髪長かったっけ……。

 

 カネキからちらっと前に聞いた話を総合すると、どーもアイツ、リゼ(の表面上取り繕ってた性格)に惚れてたっぽいし……。あーいうのがタイプ?

 

 知的(に見えなくもない)、本色々読んでる、髪長い、メガネ?

 スタイルなら、まあ、負けてない……? 全体的にあっちより細いけど、胸とか、最近前よりも少しは――。

 

 

 って、何で私がそんなの考えてるんだって話だッ!!!

 

 

 割と真剣に、カネキの好みに合わせたいとかそういう考えが湧いていたことに気付いて、思わずアヤトから視線を逸らした。

 

 

「……どした?」

「……なんでもない」

 

 

 っていうか、自分のスタイルとかまで考え出してる時点で、自分でも自覚するくらい相当重症だった。

 

 これじゃアヤトとかニシキに色ボケ呼ばわりされても反論できない……。

 いや、別にカネキはそーいうんじゃないと、思うんだけど。普通に「あんていく」の仲間だし、新入りだし、なんだか見てて危なっかしくって。

 

 あ、でも頭撫でられるのは不思議と嫌な感じがしないって言うか――落ち着け、何考えてるんだ私は。

 

 そのまま小一時間思考がループし続けて、結果的に口に出した一言は。

 

 

「……ま、検討くらいはする」

 

 

 アヤトの何とも言えない「あっそ」が、妙に胸に刺さった。

 

 

 

 

 

 

 




ヒナミ(お姉ちゃん、まだ私寝てるってことにした方が良いのかな……?)モゾモゾ

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