仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

36 / 145
アオギリ編のエピローグ


#036 陽動/不屈/新洸/只今

 

 

 

 

 

「これまた手ひどくやられたな、篠原」

「いや、半分自滅みたいなもんだし笑ってくれていいよ。……いわっちょは、なんかもうリハビリ始めてるけど」

「笑わんさ、そういうのは丸出の仕事だ」

 

 病室は個室ではないのだが、気を使って篠原さんと黒磐特等専用の部屋となっていた。もっとも、黒磐特等の姿は今ここにない。

 

 「アオギリの樹」への大規模進行から、おおよそ一週間ほど。

 俺は、真戸さんと共に篠原さんの見舞に来ていた。

 

 病室の入り口で激辛スナックをナースに取り上げられ、一瞬表情を歪めた真戸さんだったが、しかしその調子は以前より大分良くなったと思った。

 

 今は、俺が車椅子を押して動いている。

 普段は義足か松葉杖らしかったが、休日くらい車椅子を使えと言う娘からの言葉に従ったそうだ。

 

 お疲れ様ですと言い、俺はリンゴの皮を向いて椅子に座った。

 

「おう、助かるぜ亜門~。

 さて、こっちは分かるんだけど真戸は何で来たんだ?」

「何でとは失敬だ。流石にこの身体だ、気楽に動くことはままならないが、それでもアカデミー近くの病院への入院というのなら、見舞の一つでもしようものだ」

「そういうもんかねぇ。だって今日、授業あったろ? それを放り出してわざわざ来るというのも……」

「だから、まあ土産話の一つでも聞ければと思ってな。

 ――梟と交戦したのだろう? 篠原」

 

 真戸さんの指摘に、篠原さんは頬を引き攣らせる。

 

「隠すまでもない、か」

「当たり前だ、どれくらいお前と組んでいたと思ってる。それに、例の”赫者”のクインケを使ってその状態だ。わざわざ制御をゆるめる必要もなかったろう。

 とするとやはりそれだけの相手と戦ったということなのだろうが……。現状、周辺の区の情報から見て、他に心当たりはなかったのでな」

「……やっぱり、今でも諦めきれないか」

「諦める、という選択肢がない」

 

 軽く笑う真戸さんだが、目は開いたまま。心なし表情の作り方は以前より柔らかになった気がするが、それでも根幹の部分は何一つ揺らいではいない。

 

「瓜江……、受け持ちの生徒の一人だが、妙に話を聞いてくるものでな。情報は常に新しいものを集めたい。

 無論、私自身の目的としても」

「そうは言ってもなぁ……」

「まあ、おおよそ規制のかけられている情報はそのうち勝手に伝達されるか閲覧できるようになるだろう。

 とすると、私が知りたいのはそこではない」

 

 これくらいは許可されたのでな、と真戸さんはボイスレコーダを取り出した。

 

「あの日、何があったのか。お前の私見も含めた話が知りたい」

 

 真戸さんの視線を受けて、篠原さんは一度俺を見る。

 俺も、俺の中にある靄の掛ったような考えを晴らすため、この場から動く事はない。

 

「……やっぱり、強かったよ」

 

 そして、篠原さんは俺達に話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アラタ」を装備した二人は、同時に己のクインケ「オニヤマダ」と「クロイワ・スーパー1」を起動し、梟に襲いかかったそうだ。

 

 だがやはり背後から放たれる赫子の弾丸はいかんともしがたい。放射状のそれによる牽制は、アラタによる防御で事なきを得られはした。だが、物理的な打撃としての威力も決して低くはなく。

 

 両者ともに、決して余裕のある戦いとはならなかったらしい。

 

『十年前の装備だったら何回死んでる?』

『さてな。しかし――』

 

 赫者とは、複数の赫子を併せ持ち、かつ「融合」して使えるもの。身体に纏うのはより扱いやすくするためか。

 遠距離攻撃は射撃で対応。近接戦闘は両肩に装備された剣。近距離から中距離は斬撃を飛ばしたり、脚部に絡み付いた筋肉のような赫子で、運動能力をそこ上げすることで対応。打たれ強く、更に何より回復力まで高いと来ている。

 

 まさに、まさに理想的な赫子の運用方法と言えた。

 

『敵ながら天晴れだ。弱点らしい弱点が見つけられない。そのくせ決定打に欠けるということもないしね』

『一撃一撃が致命になりかねない。

 むぅ……』

 

 そして、そこで平子上等が介入しても、結果は大きく動かない。

 一撃を受け、わずかに生まれた隙に篠原さんたちは顔面と胴体に一撃ずつ叩きこんだらしい。だが、斬られた箇所は難なく再生。

 

『火力不足……、しょっぱいなぁ、俺達の武器もS級なんだけど――』

『防御力、身体機能向上があれど、こちらに決定打がない、か――ッ!』

 

 二人同時に相手にしていた梟が、攻撃対象を切り替える。

 黒磐特等と二人を分断し、そちらのみに攻撃を絞る。武器を落した状態で、反撃のタイミングをうかがわせない狙撃。

 

 そのまま梟が近づく前に篠原さんが割って入るも、奇襲さえものともしない立ち回りには余裕さえあったそうだ。部隊の狙撃さえ一瞥で一蹴。

 

 この状況に二人は動いた。

 

 ベルトの両サイドを展開し、再度閉じる。

 

 

『――オーバードライブ! アラタ1号/2号!!』

 

 

 使用者自身の肉体を少し「喰らわせる」ことで、アラタシリーズは通常の倍以上の性能を引きだせるらしい。リコンストラクションと異なり、これは使用者の身体が持つまで、文字通りオーバードライブのような能力だそうだ。

 

 丸出さんが、特にアラタを嫌うという理由が理解できる。

 それは、あまりにおぞましい。

 

 そこまでして、人間の運動能力を超えてようやくといったところで、しかしクインケが二人の身体に対してセーフティーを無視して喰らい始めたらしい。

 

 

 それに対して、梟は。

 

『――ライダーシューティング』

 

 変形した肩の赫子で、二人のベルトの解除スイッチを叩いた。

 威力は文字通りで、レッドエッジドライバー自体は破損することもなく無傷のまま。ただ、変身者たる両者は、アラタに食われていた分もあって既に立ち上がる事は出来ない。

 

 篠原さん達を見下ろし、梟は言ったそうだ。

 

 

『世界は、悲劇を生み出し続けている。奪い、殺し合い。それを成すお互いがお互いを正当化して、環の中から抜けることが出来ない。

 君達のその武器は、その一つの象徴だ……』

『何を……っ』

 

 

『――命を奪う行為は平等に悪だ。だからこそ、誰かを殺して良い理由は存在し得ない。

 ……魂というものが確かにあるのなら、「アラタ」君は君達に力を貸すつもりも、継がせるつもりもないようだ』

 

 それだけ言い残し、梟は去って行ったという。

 逃げた、というのが公式の見解だが篠原さんは真逆だ。

 

 

 

「要するに、逃がしてもらったってことなんだろうよ。あの時の口ぶり、まるで足止め目的だったみたいな感じだったから。

 おまけにこっちが陽動で、本体がコクリア――喰種収容所の方の脱獄に回ったって言うんだから笑えないぜ」

 

 篠原さんの言葉に、真戸さんは唸る。

 

「……確か今回()、死傷者はゼロだったかね?」

「ああそうだ。いわっちょが不参加だったあの時みたいに」

 

 それに、と篠原さんは続ける。

 

「いわっちょ曰く、もう一回りかつて見た梟の体格は大きかった、とか何とか」

「……やはり、真戸さんの言っていた通り別人、ということでしょうか」

「断定できはしないが、少なからず同程度の能力を持つ赫者が二人いるかもしれないって事実が、もううんざりなんだよなぁ……」

 

 ギプスと包帯の巻かれた身体で笑いながら、痛みを堪えるように篠原さんは胸を軽く叩いた。

 

「……梟の目撃情報は20区、だったっけ。今後、そっちの調査もした方がいいのかな? あるいは、梟そのものについて」

「いずれにせよ、『アオギリの樹』に梟が何がしか関係していることだけは確かだろう。その点は、もっと調査を深めてみても良いかもしれないな」

 

 

 

 篠原さんの奥さんが見舞に来たので、仕事の話は置いて置こうと真戸さんと俺は病室を引き上げた。

 手押しする俺に「済まんね」と言う彼に、俺はいいえと首を左右に振った。

 

「例の鈴屋だったか。一度顔を合わせて見たかったものだが、今日はタイミングが悪かったのか……?」

「元々、什造はあまり見舞はしないですからね。初日にお菓子を大量に持ってきたくらいです。今頃、自分のしとめた得物について何かやってるんじゃないですかね」

「なかなか篠原も手を焼いているようだなぁ」

 

 くつくつ、と笑う真戸さん。仕草は相変わらずだが、しかし表情は何処かやはり角が取れていた。

 その心当たりは――やはり一つ。

 

「……アカデミーの方は、どうですか? 真戸さん」

「順風満帆とは行かんが、なかなか楽しめては居るさ。熱意があるもの、野心があるもの、知のないもの、逃げ出したいもの。どいつもこいつもしごき甲斐があるよ。まあ、まだ座学中心なんだがね」

 

 せめて握力くらいは回復せねばと、左手を何度か握り閉める真戸さん。やはりその手は、力が中途半端に入らないよう震えていた。

 

「いずれ君たちの背を任せられるような者達に、育ってもらいたいものだが……。

 ところで亜門くん。君、何か迷ってはいないか?」

 

 彼の指摘に、俺は思わず身体が震えた。

 

「……アオギリ侵攻の際、以前報告書に書いた、眼帯の喰種が居ました」

「ふむ」

「”ハイセ”を名乗ったアイツは、捜査官たちと戦っていたようです。でも――誰一人、殺してはいなかった。腕や足の関節を外し、戦闘不能にはしていたようですが」

「これもまた時間稼ぎのようだねぇ。……何やら、梟を思わせる――」

「それです」

 

 俺は、真戸さんの言葉に重ねた。

 

「あの場には、ラビットが来ていた可能性も高い。とすると……、梟の挙動と、真戸さんと戦ったという前提を踏まえると」

 

 そうすると、ある一つの可能性が、俺には見えていた。

 

「――アオギリと眼帯、ひいては梟とは、本来は敵対しているのではないか」

 

 そう考えれば、多少辻褄が合うように思えなくもない。行動原理が似ている、と思えなくもない喰種が、同じ場所で揃って似たような行動をとっているというのも、偶然で片付けるには妙な話だ。

 

「……人間みたいに生きたかった、か」

 

 俺の考えに、真戸さんはそんなことを呟く。

 

「以前、ラビットと戦っていた時に奴が言っていた台詞だ。

 奴自身を手配しても、強大な背後に控える梟を捕らえる事は難しい。ならば仮初とはいえその平和の中で放流しておくのも、巨悪を滅するためなら必要だと判断したが、君は存外直情的だったか」

「……はい?」

「何、その分は『アキラに』叩いてもらうとしよう。根底は変わらずとも、君は正義に殉じていることに変わりはないのだから」

 

 くつくつ笑いながら、真戸さんは俺の胸を軽く小突く。

 

「クラ、早速役立ててくれたようで感謝しておこう。

 コクリアから脱走した喰種も増え、戦いは激化するだろうが……今後も精進し、一人でも多くの喰種を殺しなさい」

「――は、はい!」

 

 反射的に手を離し頭を下げる俺に、真戸さんはやはり目を見開いたまま、いつものように笑った。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「……んん? ここ、あんていくか」

 

 アオギリから逃げて最初に目を覚ました朝。

 なんだか夢を見てるような感覚に襲われつつ、僕は大きく伸びをした。

 

 場所は2階。テーブルの上には僕の私服とか、スマホとか一通りあの攫われた日の準備が置いてあって。

 そして不思議なことに、まるで備え付けてあったように黒い眼帯と、真っ黒な髪のカツラが置いてあった。裏面に描かれたロゴからして、ウタさんだろうか。

 ……そして隣に置いてあるキスマークの入ったポストカードは、間違いなくイトリさんのやつだ。

 

 ちなみに今の僕の服は、あんていくのウェイターの服装になっていた。

 

 壁掛け時計によれば、九時の後半。

 

「四方さんが着せてくれたのかな……?」

『――ヘタレ! ヘタレ!』

「ヘタレも久しぶり」

 

 鳥かごの中に手を入れてちょいちょいとしてやると、やっぱりヘタレは僕の指先を少し噛んできた。……甘噛みとかじゃ絶対ないと思うんだけど、まあ、いつも通りと言えばいつも通りか。

 

 そしてがちゃり、という扉の音と共に、ヒナミちゃんがおっかなびっくり部屋に入ってきた。

 

「お――お兄ちゃん!? 大丈夫なの!!?」

「うん。おはよ――」

 

 言い終わる前に、タックルでもかますように全力疾走でぶつかってくるヒナミちゃん。そのままソファに倒れ込む僕に「ごめんなさい」と言いながらも、ヒナミちゃんはとにかく泣いた。

 

 それこそお母さんが、リョーコさんが死んだ時みたいに。

 

「……ごめんね、沢山心配かけて」

「うん、でも……、生きてたから、お兄ちゃん。

 トーカお姉ちゃん、すごかったんだよ? お兄ちゃんが攫われてから。調子すごく変で、おかしくって」

 

 そのトーカちゃんはどうしてるのかと聞くと、「アヤトくんのところ」とのこと。

 

「アヤトくん、久々にお姉ちゃんの家で寝ろって四方さんが。

 私、アヤトくんが何かお姉ちゃんにしないように、守ったんだ!」

 

 えへん、と胸を張るヒナミちゃんの頭を撫でると、くすぐったそうに笑った。

 きっと杞憂とかじゃなく、アヤトくんの毒気を抜く作戦だったんだろう。

 

 実際、ヒナミちゃんのこの様子からしてそれは成功していそうだった。

 

「でも、優しかったんじゃない? アヤトくん」

「うん! あのね、なんかトランプ持って来てね、みんなでババ抜きやったんだよ!?」

 

 妙にハイテンションなヒナミちゃん。

 なんとなくだけど、ベッドで横になりながら嫌そうな顔をしつつ、トランプを手に構えるアヤトくんのイメージが脳裏を過ぎる。

 

 あと、何かニヤニヤしてそんな様子を見ているトーカちゃんの顔。

 

 スマホを手に取りながらそんなことを考えつつ、日付と時刻を確認。

 

「……丸三日か。ヒデに連絡入れないとな」

 

 きちんと休んだ分についても、多少何か正当な理由を引き出せないといけないし……。どうしようか。

 と思った時点で、脳裏には嘉納教授の病院のことが過ぎる。もう僕の中であの人については真っ黒なんだけど、でもそれでも、今回は普通に利用できないものか検討してみるのも悪くはないかもしれない。

 

 逃げた、とタタラは言ってたけど、きっとまだどこかで繋がりが残っているはずだ。

 もしそうならば、何某か事情を察して、協力してくれるかもしれない。

 

『……随分、グレーなこと考えるようになったわね。それにしては他力本願だけど』

 

 流石にヒデ置いてダブるのは勘弁ですよ、リゼさん。

 

「みんな疲れてるから、あんていくは明後日からだって芳村さん言ってたよ?」

「来週から、か……。店長にも聞きたい事、色々あるんだけどな」

「えっとねぇ……」

 

 そして、ヒナミちゃんの口から店長も決して軽傷ではないダメージを負った事を聞かされた。数日は回復に時間をかけた方が良さそうだと僕も判断し、このことは一旦保留することにした。

 

「じゃ、ちょっと歩こうかな?」

 

 立ち上がる僕に「大丈夫?」とヒナミちゃん。とりあえずトーカちゃんの家に向かう。

 ウタさん製と思われるアイパッチとカツラをセット。

 

「……なんか、ビミョー」

「似合ってるよ? お兄ちゃん。お父さんみたい!」

 

 ヒナミちゃんが元気に僕の手をとるのが慰めなのか何なのか。

 

 下に降りると古間さんが掃除をしていた。「おう!」と軽く挨拶をされ、行ってらっしゃいとだけ声をかけられる。きっと何かしらの意図があっての軽い対応なんだろうけど、正直に言うとそっちの方が僕も気が楽だった。

 

 着替えて出た外は、少し肌寒い。息が白くなるにはまだ時間が掛かるけど、それでも充分なくらいだ。

 道順は、いつも通りと言えばいつも通りなんだけど、でもなんだか妙に懐かしいような気がしてくる。まだ数日くらいしか経ってないのに、やっぱりあそこの経験は妙に色濃く残っているのか。

 

 そして建物の一階に着いた段階で、依子ちゃんの姿を発見した。

 

「あっ!」

 

 向こうも僕に気付いたのか、若干顔を赤くしてお辞儀を返してきた。

 服は私服。って、そういえば今日は土曜日か……。

 

 そして、僕はある種のアイデアを思い付く。

 

「こ、こんにち……あ、おはようございますっ。

 そちらの子って、妹さんですか……?」

「お兄ちゃん、この人って……?」

「トーカちゃんの親戚の子かな。えっと、こっちはトーカちゃんの学校の友達。

 えっと、依子ちゃん、トーカちゃんに会いに来たんだよね。

 きっと今行ったら、面白いものが見られるよ?」

「?」

 

 頭を傾げる依子ちゃんだったけど、サムズアップを返す僕を見て何かを納得して、一緒に付いてきた。

 

「トーカちゃん、大丈夫ですか? ここのところずっと来てませんでしたし、学校……」

 

 アヤトくん達の襲撃に遭って、という話をするのはちょっと言えないで、そこはトーカちゃん本人から出任せを述べてもらおうか。

 

「依子ちゃんは、トーカちゃんのこと好き?」

「はい! もう、料理のことから『あっち』のことまで、何でも応援しちゃいますって感じですよ~」

 

 僕を見て、何故かニヤニヤしてくる彼女に、上手い返しが思いつかないのが僕がヘタレなところか。一応そういうんじゃないとは言っても、まったまたぁと返されるだけなので何とも言えない。

 そしてヒナミちゃんは、借りてきた猫のように僕の背後で人見知りしていた。

 

 そして、到着。ごくりと息を飲んで、依子ちゃんはベルを押した。

 

『――はい、こちら霧嶋……、って、依子に、――ッ!』

 

 ぶ、と何かを噴き出す声が聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだ。気のせいということにしておこう。

 がたがたがたと部屋の中でものすごい音が鳴ったと思ったら、慌てた様子でトーカちゃんが出てきた。

 

「な、なんで二人して? ヒナは――」

「――あ、あ゛!?」

 

 そして、部屋の奥で上半身裸のまま、包帯を巻かれ途中だと思わしきアヤトくんが、依子ちゃんの方を見てものすんごい形相になっていた。

 

「あ、あ――! アヤトくん帰ってきてる!? 背すごく大きくなってる!」

「な、何で来て――」

「あ、こら動くなアヤト、まだ巻き終わってねぇんだから」

「アヤトくん、お腹すごーい!」

 

 皆、それぞれ好きなように話し初めて混沌極まりない。

 でも、一番最初に正気を取り戻したのは依子ちゃんだった。

 

「せっかく姉弟水入らずみたいだし、私、今日は出なおすね」

「あ、いや……」「……」

「でも、学校はちゃんと来ようね? 話はその時にでも聞かせて?

 じゃあまたね。あ、ありがとうございました」

 

 僕に照れながら頭を下げ、彼女は皆に手を振ってその場を去った。

 

 はぁー、とトーカちゃん達二人のため息が重なる。

 

「……何やってくれてんのよ、カネキ」

「ま、色々とね。僕も包帯巻くの手伝うよ」

「わたしも手伝う!」

「や、止めろやゴラ!」

 

 嫌がるアヤトくんだけど、殴る蹴るといった手段で抵抗できないのはヒナミちゃんのせいだろうか。やっぱり彼女の顔を見るだけで、どうにも気力が萎えて行くのが目に見えてわかった。

 基本的にツンツン度合いが振りきれてはいるけど、やっぱり二人は家族なんだと思える。

 

 そして、流石にこれだけ巻いたら包帯がなくなってしまった。

 買って来るよと言ったら、トーカちゃんも付いてくると言う。

 

「アンタ病み上がりなんだし、一応付いてくから。

 ヒナミ、アヤト逃げないよう見張っといて」

「まかせて!」「……」

 

 そして、もはやここまで来るとある種の天敵みたいな気配さえ帯びて来ていた。

 

 

 連れだって薬局に向かう僕等。こうして二人きりというのも、あの日以来でやっぱり何だかんだで懐かしく感じていた。

 と、そんな僕の服のそでを、トーカちゃんはちょいっと引っ張った。

 

「何かな?」

「……あの、さ。さっき言いそびれたけど。

 大丈夫なの? カネキ」

「三日くらい寝込んでたみたいだから、ちょっとガタガタ言ってるくらかな」

「いや、そーゆーんじゃなくて」

 

 僕の頬に自然と手をやって、彼女はカツラの隙間から、ちょっとだけ零れかけている白い髪を見て、悲しそうな目になる。

 

「……大丈夫だったの?」

 

 ようやく、トーカちゃんが何を指し示してそれを言ってるのかに僕は気付いた。

 苦笑いを浮かべながら、僕は正直に答える。

 

「普通に大丈夫じゃないかな。まあ、生活する分にはそこまでダメージはないけど」

「……」

「でもお陰でやりたい事ができた。やらなきゃならない事も見えてきた」

 

 頭を傾げるトーカちゃん。今日はまだ、この話をするタイミングではないかもしれない。

 

「バンジョーさん達って、そういえばどこに居るのかな?」

「地下の方じゃない? アンタが一番大変だったって言って、場所譲って寝てたわよ」

「悪い事しちゃったかなぁ……。後で謝りに行かないと」

 

 しかしまぁ、何というかやることが一杯だ。

 でも、それでもどれか一つだけをとるという選択を僕はしない。

 

 きっと、それは両方必要なものだから。

 

 金木研(ぼく)が、人間と喰種と、両方を持って生きてくためには。

 

 

 

「カネキ」

 

 そんな風に考えてると、ふとトーカちゃんが僕の手をとり、指を絡ませて。

 

 驚いて彼女を見ると――トーカちゃんは、なんだか見たこともないくらい、とびきりの笑顔を浮かべて。

 

 

「――とりあえず、お帰り」

「……うん、ただ今」

 

 

 そんな彼女に不思議と見蕩れながらも、僕は微笑んでそう返した。

 

 何故かは分からないけど、不思議と僕は、それがしっくり来た。

 

 

 

 

 




とりあえず、無印前半戦最終回でした。

後半戦に行く前に、時系列的に半年の空白でいくつかやるネタがあるんで、それ消化してから後半戦に移りたいと思います。それでは、また見てインサイト!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。