『――11区の捜査範囲は拡大し、喰種の組織の特定に急いでおります。
実際に死傷者が多数出ておりますので、立ち入り禁止区画は決して、興味本位に立ち入らないようお願いします。えっと、先ほど入りましたニュースによりますと――』
「……」
連日報道されているワイドショー。俺はそれを見つつ、PCの画面を見る。
以前使った発信機からのデータを編集し、検証。地図情報を兼ねて確認する。
「……あぁ」
スマホの画面を見ても、やはり何も変わらない。
「こーゆー時、俺の勘よく当るんだよなぁ。
……メールくらい返せよな、カネキ」
数日間、学校で姿を見ない友人のことを思いながら、俺はある相手に連絡をとった。
「……すみません、えっと、三晃さん?」
『あら、永近君。こんばんわ』
相手は気軽に出てきた。と、声がどこか反射してるというか、篭っているというか。
『何か用かしら?』
「あの、今忙しかったり?」
『まあ、確かに今お風呂だけど』
「……」
『永近君、不思議なことに私、今あなたにすごく会いたいわ』
「逢引の誘いなら良かったですけど、合挽きされそうなんでご勘弁」
『上手い事言って誤魔化すのは止めなさい』
スミマセンと謝り倒すと、彼女はくすりと笑った。
『で、用事は何かしら?』
「少し相談っていうか、情報が欲しいというか」
『なら、永近君も何某か対価を考えなさい』
彼女から何を要求されるかということは別にして、俺は今、自分がしていたことをまず手始めに話し始めた。
※
「……つか、まえた」
「ん? ――ッ!」
腹部の激痛を押さえながら、僕は背後にドライバーを投げ装着させる。
そのままレバーを落とすと、ヤモリは叫びながら僕から離れた。
「な、な、な――ッ! ああああああああああッ!」
「何やってんのよ、ヤモリ」
痛みで意識が朦朧として、既に立ち上がる気力さえ湧かない。でも、少なくともすぐさま攻撃されはしないだろう。
隣に居た男性がドライバーを解除して、そのまま倒れたヤモリに手渡した。
「全く仕様がないわねぇ。貴方、トラウマだもんコレ」
「うぅ……ッ」
「トーカ、ちゃ……っ」
そして丁度、アヤトくんがトーカちゃんを切り刻む瞬間を目にする。
倒れるトーカちゃん。手を伸ばしながら、僕やアヤト君を見る。
僕も彼女に手を伸ばそうとするけど、力が思うように入らない。
「……やり辛ぇ」
「あんらアヤトちゃん、カックいいニヒルに決めちゃってぇ。ナ・マ・イ・キ♡」
「気安く呼ぶなクソカマ」
心底嫌そうな声を出して、アヤト君は手を払いのける。ヤモリもそれを見て、なんとも言えない表情になっていた。
「で、お姉様どうすんの?」
「置いとけ。足手まとい。ソイツはせいぜ、人間と仲良しごっこしてりゃいいんだよ。
バンジョー、そこのモヤシ詰めろ」
「!」
バンジョーさんの方を向いて、それだけ言うとアヤトくんは、僕の顎に一撃入れ。
そして、意識が刈り取られた。
次に意識を取り戻した時、眼前にはトーカちゃん――いや、アヤトくんの顔があった。
「起きろ」
「……んん、」
「遅い」
がん、と蹴り飛ばされ転がる僕。
周囲を見回して、状況把握につとめる。
「この状況で寝ぼけてるとか、大した大物……。
来い。上の脱いどけよ、喫茶店じゃねぇんだ」
「……ここは?」
僕の言葉に答えず、アヤトくんは前進。
場所は、どこからどう見ても廃墟。しかもかなりボロボロ。
だというのに、この部屋自体外部の光が入ってきていない。アヤトくんの後に続くと、道中薄ら明かりがどこからか入ってくるのみ。ということは、この建物事態の大きさを証明していることに他ならない。
どこか、と言うことについて思考をめぐらす。バンジョーさんの言ってた事、アヤトくん達の慣れた動きなどから、おそらくここはアオギリというらしい組織のアジトか。
「えっと、アヤトくん?」
「あ゛?」
こちらに軽く振り返る彼に、僕は聞く。
「トーカちゃんは、一応、無事、なのかな?」
「にゃーにゃー馴れ馴れしいんだよ、バカが」
言いながら僕の腹を蹴り飛ばす。
ヤモリに貫かれた分もあってか、身体の反応が追いついてない。
倒れて見上げる僕に、彼は言う。
「誰が喋って良いって言った。
てめぇの立場、わかってねぇのか? だったら教えてやる」
「……?」
「お前に権利はない」
僕を見下ろしながら、アヤトくんは言う。
「口を利くな。動き回るな。命令されたら黙って実行。死ネって言われたら大人しく首掻っ切れ。
あとは息だけして、置物みてぇにじっとしてろ。そうすりゃ生きてていい。
わかったか? ……わかったら『はい』って言え」
「……」
僕は、アヤトくんをじっと見つめる。
アヤトくんは、僕の頬を爪先で一撃。
「言え」
「……」
「言え」
再び蹴りが炸裂。
それでも、僕は見上げるだけ。
訝しげな顔をするアヤトくん。少し視線を上に泳がせて、そして何か合点がいったように言う。
「……死んじゃいねぇよ、クソトーカ」
「……そう」
立ち上がって、僕は少しだけ微笑んだ。
意識を失った以上、あの後何があったかわかったものじゃなかったのだ。これが第三者から言われたことなら別にして、少なくとも肉親の、アヤトくんの言葉なら少しは信じてもいいかもしれない。
「想像もつかないような悪い状況、みたいだねここ」
「だからしゃべんなって――」
「はいはい」
アヤトくんの言葉を遮って頷いた僕。反射的に拳が飛んでくるあたり、トーカちゃんが言ってた通り口より手が先に出ていた。トーカちゃんもそういう所が少しあるけど、あれはあれで「あんていく」で少し丸くなった結果なんだろうか。
いや、最初はこんな感じだったか。
「お前、トロそうだから忠告しといてやるけど。
上のヤツらは俺みてぇに甘くねぇからな。わかったか?」
「……」
「――」
「――うっ」
思考に埋没していたら、アヤトくんが蹴りを入れる。どうやら「わかった」と言えというサインらしい。
前言撤回、もうちょっとトーカちゃんの方が容赦があったような気がする。
そして向かった先。集会所のような場所で、僕は多くの人を見た。
ヤモリと呼ばれた白いスーツの男。彼と一緒に居た、ニコというらしい彼女(?)。バンジョーさん達に、独特の仮面を付けた二人、そのほか大勢のフードを被った喰種。
その奥、吸血鬼伯爵みたいなマントをまとった、包帯の小柄な誰かが手を振る。
この場の中心には、口元にマスクを付けた、冷たい目の喰種が居た。
「これ、全員――ッ」
「タタラさん、連れてきました」
「ああ、来て」
アヤトくんに背を押され、僕は一歩、一歩前進。
さっき確認したところ、マスクもドライバーも手元にない。
決して無警戒なまま近寄れはしない。僕は、充分に意識して、感覚を研ぎ澄ませていた。
向こう側には、マスクの男性の他にもう一人。長身、口元しかないようなマスクを付けた、形容するのが難しい喰種。佇むだけで威圧感を放っていて、やはり気は抜けない。
そして、タタラという指導者らしき彼に視線を向けた瞬間。
彼は僕の腹目掛けて、手刀を叩きこもうとした。
「ッ!」
「ん、悪くはないか」
押さえつけると同時に、左目の視界が赤く変化する。
「にしても左、か。やっぱりコイツもか。
ってことは、本格的にリゼは消されたってことか?」
手刀を引いて、彼は僕の腹を殴りつける。
勢いに負けて飛ばされて、僕は転がった。
「アヤト」
「……何だ?」
「コイツ、教育しろ」
「へ?」
流石にもう一撃を警戒していたところで、こんな事を言われて僕は目を見開く。
「”眼”は駄目で、これじゃ戦力に出来ないが、何かの足しになるくらいではあった。
俺は要らないが、少しはここに慣れさせておけ」
「……わかりました」
一瞬表情が、すごく面倒くさいみたいな感じに引き攣ったのを僕は見逃さなかった。
タタラはそのまましゃがみこみ、僕の目を見て言う。
「逃げた医者の方も結局当らなきゃならないし、むしろそっちを先にした方が楽だったかな」
「医者……ッ」
リゼさんの臓器からの流れからして、それは嘉納教授に他なるまい。
そして、逃げた? ということは元々、彼等と教授とは何らかの関係があったということか――。
「頭は悪くないみたいだけど、情報不足は自分で集めなきゃ。
……君のことだよ?」
君、本当に移殖されたのが「腎臓」だと思ってる?
「……ッ!」
「赫子出すには、それ用の臓器が居るんだよ。
医者がそれを間違えるか? フツー」
言われるまでもなく、もし赫子に関することが彼の言っている通りだとするなら、文字通りそれは否定のしようのないことで。
おまけに、あの教授がとんだ食わせ物だったということでもある。
だけど、続いた彼の言葉が僕には衝撃的だった。
「その様子だと、芳村から何も聞いてないな。知らないはずはないんだが」
「!」
店、長……?
「お前は、いわば盆栽だ。枝があらぬ方向に伸びれば、寸断される。だからヌルい目してられんだ。まあ、ずっと温室育ちできるなら、ある意味幸せかもな。
でも素質はあるよ、お前」
彼は立ち上がり、マント包帯姿の喰種に声をかけた。
「あっちの方も待たせてる。後はノロに任せる。
行くぞ、エト」
『うん。んー、じゃ、あでぃおす~』
僕にひらひら手をふる、エトと呼ばれた喰種。
この場にはノロと呼ばれた、名状しがたい存在だけが残り。
アヤトくんが、僕の首根っこを掴んで引っ張り上げた。
※
僕の部屋だと戻された、寂れた場所。
壁に背を預けながら、僕は思考をめぐらせる。
「嘉納教授……、リゼさん……」
教授は何をどこまで知っていたのか。それについて一つの回答が得られた。あの人は間違いなく、僕とリゼさんとの臓器については意図的にやったんだろう。
とすると、一体何を目的としていたのか。
そして、また店長。隠し事は多い人だけど、あのタタラの口ぶりからすれば、僕に何がしか、店長の意図したレールを歩ませようとしているとか、そういう風に解釈できる。
実際、店長は僕を救ってくれた。食糧を提供し、居場所を示し、言葉で導いてくれた。
だからこそ、ヌルい目……、甘い考え方が出来ると言われたなら、それはむしろ感謝することなのかもしれない。少なくとも喰種の力を得てから、僕はその毎日で救われているのだから。
ただ、それと裏に何があるのかというのはまた別な問題で。
「……『悪い虫』でも、暴れてるのかな」
ぼそりと呟く言葉に、どこからか「あ゛?」という反応が聞こえてくるような気がした。幻聴、なのだろうけど、でも少しだけ肩の力が抜ける。
「……カネキ、起きてるか?」
「……バンジョーさん?」
し、と周囲に気を配りながら、彼は僕に近づいてくる。
一緒に来ないかと言われ、僕は反射的に聞き返して。
「反、アオギリの決起集会だ。来ないか?」
「え? ――」
「お前は、ここに居るべきじゃねぇ。俺達と逃げないか?」
「逃げるって、そんな……」
外は見張りも多く、アヤトくん曰くのあれが優しい処置だとするのなら。もし仮にそんなことをして、失敗した時に何がおこるか分かったものじゃない。
それに、今は思考が回っていて、冷静な判断を下せる気がしなかった。
バンジョーさんも、色々迷っているようだ。何度も言い直して、口調も弱い。
「いきなり言われても、意味わかんねぇよな……。でも、信じてくれ。
正直俺はこれ以上、無関係な奴等が巻き込まれんのがガマンできねぇんだ」
話を聞けばマジだって、わかるかもしれないとバンジョーさん。
それを聞くだけでもいいからと言われ、僕は彼に続いた。
音を立てないよう、ゆっくり足を進めて行く。アヤトくん曰く「自由時間まで強制はしねぇよ。静かにしとけば」とのことなので、バンジョーさんもわざわざ藪を突きにはいかない。
「……なぁカネキ。一つだけ聞いていいか?」
「?」
「リゼさんが殺されたってのは、本当なのか?」
僕は、それに答えることは難しかった。
「……殺されたかはわかりませんが、死んでる可能性は高い、と思います」
仮に生きていたとしても、一体どんな状態だというのだろう。赫子を生成する臓器を取り除かれた喰種なんて、そんなの人間から消化器官を全摘するようなものじゃないか。
「黙っていて、すみません……」
「……アンタ、やっぱいい奴だな」
バンジョーさんは僕に顔を見せず、言う。
「店で話した時は、俺に気を遣ってくれたんだな。悪い」
「……バンジョーさんの方こそ、優しいですよ、僕なんかより」
それは、確信を持って断言できる。僕は、僕が嘘をつくことに対してあまり自分を信頼していない。今までの経験、積み重ねこそがそれを物語っていると思う。
だからこそ、本当はもっと問いただしたいだろうそれを押さえて、僕を案内してくれている彼の方が、何倍も、何倍も――。
ここだ、と通された場所では、十人前後の人達が集っていた。床は木が張ってあって、窓際から光が入ってきていた。建物の構成としては、隅の隅の方。
「みんな、金木研だ」
「ど、どうも……」
僕の声に、数人が手を挙げた。
「あ、お店ではドーモ。トーカさんの珈琲美味しかったです」
「いやー、掴まっちゃいましたねぇ」
「あ、あの時の――」
「ジロって言います、よろしくー」
「スミマセン、あの時は逆らえなくて……」
各々が各々に、いくらかフレンドリーに僕に話かけて来る。それがどうしてか空元気のように見えてしまうのは、決して錯覚じゃないだろう。
中には親子が居たりもして、僕は今の状況がやはり、無理やり拡張した結果なのだろうと思った。
「ここに居るのは、大体11区の時からのメンバーだ。安心してくれ」
「はい……」
「……しかし、本当に隻眼なんて居たんだな。初めて見た」
「私も。アオギリの総統もそうらしいけど」
「? えっと、それはどういう」
「ん? ああ、そうだよ。見たことはないんだけど、タタラさんがそういう風に言ったんだ」
話を聞けば、このアオギリ……、正式には「アオギリの樹」。その総統者は隻眼と呼ばれているらしい。付いた呼び名が「隻眼の王」。
「アオギリの大部分は、タタラってのが仕切ってる。喰種としては勿論、頭もキレる。
11区の臨時的仕切りはノロってのがやってんだが……、こっちは正直よくわかんねぇ。ただメシだけは滅茶苦茶食ってるな。
他の幹部はノロ以外に、ヤモリ、瓶兄弟、あとアヤト」
「……」
幹部、幹部か……。
「ヤモリは13区出身で、随一の残虐性を持つヤツだ。殺すだけじゃなく、白鳩相手にかなり無茶してるらしい。
瓶兄弟の出身は不明だが、大人数のグループを二人でまとめていたことがある。今じゃ他の11区だった奴等も大半はあいつ等の手下だ。
で、アヤト。各区をぶらぶらしてたころ、タタラがその暴れっぷりに目をつけたらしい。「人間も喰種も力で支配する」って思想にどっぷりで、一応俺達もアイツの部下ってことになってる」
聞けば聞くほど、僕は、アヤトくんが何を考えて居るのかが気になる。トーカちゃんをより尖らせたって印象ではあったけど、確かにトーカちゃんの弟らしい印象もある。
実際タタラは僕の”眼”を見る為に、腹を貫通させようとしたのだ。それに対し彼は、あくまで殴る蹴るからは逸脱させなかった。
「後エトっていう、医者みたいなことやってる喰種が居るな。変なマント付けてるちっこい奴。あの格好のまま正体明かさないから、性別もよくわかんねぇ」
「なんか、手を振ってましたね」
一通り説明が終わると、バンジョーさんはカレンダーみたいなものを取り出した。
「幹部達全員居る時は、とてもじゃないが脱出できねぇ。でも、これを見てくれ。幹部たちは決まった周期で必ずここを出てる時があんだ」
「周期?」
「ノロとアヤトは月曜基準で五日おきに会合。ヤモリはわかんねぇけど三日置きで丸一日は居ない。瓶兄弟は絶対出ないが……」
「あ、そうか12日周期で、アジトに幹部二人だけになる」
幹部二人さえ出し抜けるか、という話は一旦議論から外し、僕は今日の日付を聞く。
前回の不在被りから、7日目に突入したため、あと五日。
「出来ればカネキにも力を貸してほしいんだ。成功率を上げるために少しでも人が欲しい」
「……あの、えっと、大丈夫なんですか? わかりましたけど、こんな――」
僕は、反射的に言った。
「――初めて会ったぽっと出の相手なんて。密告されるリスクだってあると思うし……いや、そういうことはしませんし、する気もありませんけど、その……」
僕の猜疑心と警戒心から出た言葉に、その場の面々は顔を見合わせて笑った。
「何言ってんの?」「そうそう、気にしすぎよ。子供らしくなさい?」「バンジョーさんが連れてきた相手なんですから」「バカだけどリーダーっすし」「問題ないです」
「……」
「おい、お前等バカは余計だろ……!!」
「すみません」「条件反射でつい」
「つい、じゃねぇついじゃ!」
ここを逃げた後にどうするか、という話になったタイミングで、僕は一つ提案をした。
「……20区なら、芳村さんなら受け入れてもらえるかもしれません。
必要があるなら、僕、話してみます。力になれるかはわかりませんけど――」
「確かにあそこなら」「うんうん」
「そうだな、身を寄せるには最適かもしんねーな。
俺としちゃリゼさんの死に関わってる、嘉納とか言う医者のことも知りたいし……。腰落ち着けなきゃ、調べる所じゃないしな」
「はい」
「よし! じゃ、アジト抜けた後は20区目指そう!」
おー! というカチドキが全員から上がる。バンジョーさんに対する彼等の視線は、疑いのない信頼だった。
「……」
みんなから信頼されているバンジョーさん。それはきっと、こうして裏表のない人の良さがわかるからだろう。みんなから信頼されてる彼なら、僕も、迷わず信じられるんじゃないか。
今は、色々と置いて置こう。店長のことも、リゼさんのことも。
今は迷わず、ここから脱出すること。
「……帰れるといいな」
僕は窓から夜の空を見上げて、ふと呟き、思う。
トーカちゃんも、大丈夫だろうか。
エト「しにがみはかせだよー♪」
タタラ「どうした?」