「さっき発見された遺体、喰種だった訳だけど全部で200以上のパーツにブロック解体されてたけど。
お前だろ? 什造」
「……わかるです?」
「有馬と一緒のモグラ叩きの時、嫌と言うほど君のやり方は見てんのよ。
『喰種対策法』13条2項!」
「えっと、『目が赤くなったら喰種』であります!」
「違う、0点! それ12条! 13条は我々の心構えの話だ。
一つ、住人の安全を捜査官は最優先に任にあたるべし。
そして二項は、”喰種に対して必要以上の痛みを与える事は禁ずる”」
「なんでですかー? 篠原さん」
「相手が何であれ、それを破るのは人間としてどうよって話だ。まぁ、現場じゃ一番軽視されてるのも事実なんだけどね。
でも、バラバラにしてたらお前のクインケ、いつまで経っても作れないぞ?」
「ええ!? どげんかせんと!!?」
「何言ってるかわかんないが……。クインケの材料は覚えてるか?」
「喰種の赫子ですー」
「そう。だから、コイツが出せない状況まで追い込んじゃダメ」
「んー、でもアレってどっこから出てくるかさっぱりですよねー」
「普通にアカデミー出てれば常識なんだけど……、まぁ、仕方ないか。先生が特別講義してあげよう」
「寝そう」
「起きれ。
で、そも赫子ってのは何なのか。こいつの正体は、喰種の血液と混じった"Rc細胞"。液状の、滅茶苦茶硬度が強い筋肉みたいなもんだ。繊維全部が鋼鉄のワイヤーで編んだようなもんだ」
「硬そうですー」
「通常、喰種は人間を食べる事で、人体にあるRc細胞を補給する。人体そのものをバラバラにして自分の体も作るけど、一番重要なのはこれだ。
で蓄えたこれは、赫胞って
それを意識的にか、もしくは本能的にか外部に放出することで、赫子にする。
後はわかるな」
「硬くなったり、うにょうにょしながらですねー。じゃあ、お目目も?」
「ん、まぁRc細胞が左様する訳だな。
で、クインケはこの赫胞を加工して電気信号で操る装置な訳だから、赫胞を壊されればアウト。
浸透している血液を認証させないと動かないから、赫眼も必要になってくるって訳だ」
「なんでおめめ?」
「目も神経だし、脳の一部って言えなくもないからかな? 詳しくは専門的すぎてわからん。まともかく、これの種類が分かれば赫胞がどこにあるのかもわかるぞ?」
「ふぇ?」
「肩から出て、主に”ハネ”のように拡散するのが『羽赫』。
肩甲骨の下あたりから出て、金属みたいに硬いのが『甲赫』。
腰らへんから出て、ウロコをまとった触手みたいなのが『鱗赫』。
尾骶骨あたりから出て、主に”シッポ”みたいに突き出してるのが『尾赫』だ。
強弱は相性。上から下に行って、一番下からまた上に行く感じだね」
「じゃ、僕のこれサソリもおしりあたりから出てたんですね」
「そう。もっと細かい話もしたいが……覚えてられるか?」
「上から下に行って、ループするの以外は忘れました」
「……ま、実戦重ねてけば嫌でも覚えるよ。ちなみに、それぞれ相性が良い相手に対しては、Rc細胞から分泌されるそれは特別、強い毒性を持つらしい」
「んー ……、なんで、喰種同士で優劣なんてあるんですかねぇ? ヘンじゃないですかー」
「そりゃ、結構簡単。
喰種ってのは、お互いに争うためにそれを使っているからだね」
「へぇ~」
「……アイツらは、いわばお互いでさえ殺し合うように出来てんのさ。
流石にそれは、ちょっと可哀そうに思う」
※
「あらヤクモ、美味しいわねここのコーヒー」
「だな。……って、そっちで呼ぶな」
やって来た客に珈琲をそれぞれ置いて、私は上の方を気にする。
カネキに一撃でノされて、ソファで寝ながらあの大男、リゼがどうのとうわ言のように魘されていた。
『それほど会いたいんですねぇ……』
『そうッスね。でも、どうして会いたいかは私らも教えられちゃいないッス。
でもリーダー、それは別にリゼさんに惚れてたッスから』
『ああ……』
なんとなく、それを「でしょうね」みたいな顔で苦笑いを浮かべるカネキに、意味もなくイラっと来たけど、それは流石に押さえた。
『イケイケで押したらボコボコにされてましたし、全然相手されてなかったッスけど』
『あ、あはは……』『……』
何、そういう趣味?
それはともかく仲間の彼女によれば、11区でもリゼはルールなど何処吹く風に喰い荒らしていたらしい。それを粛清に来た11区リーダーとか全部殺しまくったりして、滅茶苦茶やってたのもらしいと言えばらしい。
で、そんなリゼを見てこのバンジョーとか言うのは、生きる自信を貰ったとかで憧れていたとか何とか。
リゼが11区を去る時に、テキトーな感じで鼓舞したらしいんだけど、それを真に受けて「俺が任されたんだ!」と元気に仕切ってた。
それが、ここのところの11区の事件じゃないけど、余所から来た奴等に乗っ取られて、そいつらに従ってるらしい。
『リゼさん連れてくるってのも、そいつらからの命令なんですよねー。
ただバンジョーさん、それ以外にも何か目的があるような、ないような』
『……カネキ、どうするかアンタ決めな?』
私は別にリゼと因縁がある訳でもない。でも、カネキは違う。間違いなくカネキをこっちに引きこんだのはリゼで、あの日、もし私が店長に連絡するだけじゃなく、後を付けていったりしたら、もっと別な展開になったかもしれなくて――。
そんなこと、口が裂けても私は言わない。いや、もう言えない。
なんだかんだで、カネキも居る今が、そこまで嫌いになれない私だった。
だから、私はカネキに聞いた。
カネキは一度頷き。
『僕は……、この人と話してみたい』
そう言って、看病を始めた。
『ヘタレ! ヘタリスト! ヘタレクション!』
「……ぅあ?」
ぱちりと目を開けたバンジョーさんは、突然のヘタレの鳴き声に困惑しながら身を起こした。
角砂糖を溶かした水を持って、僕は彼の方に。
「これどうぞ。
えっと、大丈夫ですか? 別な部屋で寝てもらいたかったんですけど、ベッド小さすぎて……。身体、大きいですね」
「……あー?」
まだ寝ぼけているのか、バンジョーさんは少し混乱しているみたいだ。
さっきはすみませんでしたと、僕は頭を下げた。
「ちょっと、最近色々立て込んでたものだから、つい反射的にやっちゃって……」
「……アンタ、名前なんて言うんだ?」
「へ? えっと、カネキです。金木、研」
「カネキは強ぇな、見た目と違って……。あの人が選んだのも、そーゆーところかもな」
「えっと……」
どうやら彼の中では、あの会話の直後そのままで今起きたところのようだ。状況判断した結果、盛大に誤解されているらしい。
「確か言ってたな。好みのタイプで、なよっとしてて、本とか似合いそうで、でも決して弱いだけじゃないって」
「……」
その好みのタイプって、一体どういう意味での好みだったのだろう。最後のはともかくとして、途中までな結構僕に当てはまってる気がするのは気のせいじゃないと思う。
違いますと先に言ってから、僕は否定に入った。
「リゼさんとは別に、そういう仲じゃ……。本の話したりするくらいで、全然」
「……そう、なのか?
いや、だったら、すまねぇ!!」
「ええ!?」
がば、とソファの上で土下座するバンジョーさん。
「悪かった! 俺も気がてんどうしてた!」
「いや、あの、それ動転ですから!」
「どうてんしてた! こっちも頭に血が上って……、よく考えてみれば、リゼさんともちょっと違うみたいだ。
悪かった、この通りだ!」
「あの、頭を上げてくださいって」
「いーや! こーしねーと俺の気が済まねぇ!」
とてもじゃないけど、僕だって目の前で土下座された相手に対して、どうしたらいいかなんて分からない。でも、咄嗟にこうして頭を下げて謝るこの人に、僕は悪感情を抱けそうにない。
月山さんの時みたいな一例もあるから、安易に警戒は解けないけど、それでもやっぱり、話してみたいという思いに変わりはなかった。
「で、リゼさんは何処に……?」
「……もう、ここには居ないです」
決して嘘という訳じゃないけど、でも、そうとしか言い様がない。
顎を撫でながら、僕はバンジョーさんにそう言う。
バンジョーさんは少し気落ちしたような声を出したけど、でも、気を取り直して僕の方を見た。
「そうか、あの人も気まぐれだしな……。
じゃあ、頼むカネキ。どっかでリゼさんに会ったら、伝えといてくれ」
「伝える?」
そして、バンジョーさんは言った。
「――『遠くに逃げてくれ』って」
「……に、げる?」
ああ、とバンジョーさんは俯きながら言った。
「11区は前まで俺が仕切ってたんだ。でも、今は違う。
アオギリとかいう組織が乗り込んで来たんだ。一度は立ち向かったんだが、成す術もなく屈服させられた。
奴等はその後、ハトどもを狩り始めた。最初は無茶だと思ったんだが、どんどん数を減らしていって……、このまま北上して、いずれは東京中の奴等を潰していくらしい」
「……!」
「リーダーらしいのが、血も涙もない奴らしい。そいつがリゼさんを探してるって言うんだ、酷い目に合わせられるかもしれねぇ。
いずれこっちにも来るかもしれな――」
話してる途中のバンジョーさんだったけど、僕は、どうしてか彼の腕を引き、窓の側に立ち。
「――お?」
「――ッ」
窓を割って乱入して来た「少年」の足蹴りを、腕で庇った。
みしみしという音と痛みが走る。ヒビくらいは入ったかもしれない。
でも庇うのは後だ。彼を押すようにしながら、僕は背後に距離をとった。
「……おしゃべりバンジョーイタぶってやろうと思ったけど、へぇ、てめぇ悪くねぇじゃん」
「……君は、」
黒服にそこそこ長い髪。嗜虐的なそれが見え隠れする微笑は、視線で明らかにこちらを見下すようなもの。
その口ぶりには覚えがあり、立ち姿の堂々とした所作に覚えがあり。
なにより、僕は彼の顔立ちに見覚えがあった。
「アヤト……ッ」
「! じゃ、じゃあ君、トーカちゃんの」
「あ゛?」
ぎろりと僕を睨む彼、アヤトくん。
名前、仕草、何から何までトーカちゃんとだぶるそれは、間違いなくトーカちゃんの言ってた、今どこで何してるかわからない弟君なんだろう。
「あ、アヤトさん何で――」
「スマホ出ねぇからだろ、バカか。
だからわざわざ俺様が出張ってやったんだろ? わーったかバカ三人」
隣から駆けつけた仲間三人を罵るアヤトくん。なんと罵倒の方向性までそっくりだった。
ヒビの入った腕を押さえながら、僕はアヤトくんを見る。
「で、リゼは居たのか……? あ? 何だ?」
「……」
ものすごい表情で睨んでくるアヤトくん。僕は、どうしてか身が震える。
見知った顔に近いものが、ほとんど見ないような表情を向けているのが、どうしてか必要以上に怖い。
ただ、それでも僕は彼から目を離せない。どこかその雰囲気が、貴未さんに庇われている前の西尾先輩を想起させたからだ。
何をされるか、わからないという感覚。
「……クソ、何だ」
頭をガリガリ搔きながら、アヤトくんは僕から一瞬目を逸らした。
丁度そのタイミングで。
「ちょっと、何騒いで――ッ!!」
トーカちゃんが、この場に現れた。
※
「アヤト……」
「久々じゃねーか、バカ姉貴」
アヤトは私に、嘲るような笑みを向けた。
カネキと変な男で何かあったのかと駆けつけて見れば、割れた窓ガラスに腕を押さえたカネキと、アヤト。
「……どこをほっつき歩いてたんだ、クソ」
「社会勉強だよ、”喰種”らしくな。バカ」
ガキが偉そうに何言ってんだ、という私に、現実見てないガキはテメェだろと言うアヤト。
そして、私の背後から二人分の声が聞こえた。
「あら~ンン? お姉様が居るって聞いてたけど、店員の子だったとはネ。
二人揃って美形だなんて、ちょとジェラちゃう♪」
「押さえろニコ、締まらない。
やあアヤくん、待ってたよ」
下に居た客だ。驚いて後ろをちらりと見る私。大柄な体躯の白いスーツの男と、長身だけどひょろくて、顎の割れてるオッサン。口調からしてオネェか。
「チッ、先に来てたのかよヤモリ」
「ニコの鼻が効くからね。頼んだんだよ」
「そうよ~、私、尽くす女なの。だから一回くらい抱いて――」
「その趣味はない」
どす、と軽くオッサンにチョップを入れる大男。
バンジョーとか言った奴は、困惑しながら言う。
「なんで二人まで……ッ、リゼさんは居ねぇし、あんたら来ても意味なんて――」
「ニコは、リゼの臭いを辿ってきたんだ。この意味わかるかい?」
「そうよーヒゲマッチョボーィ」
ヤモリとか言われた大男は、軽く笑った。
「――対象はリゼ本人か、『リゼの臭いがするヤツ』だ」
「「!!」」
私は咄嗟にカネキを見た。
カネキは、驚きながらもいつかの様に、何か怯えたような雰囲気で――。
咄嗟に私はカネキの後ろに回り、少しだけ背をくっつけた。
「あら、仲良しさんね♡」
「連れ帰る? 何勝手なこと言って――ッ!?」
「トーカちゃん!」
私の言葉を待たず、大男は私の肩を殴り飛ばした。思っていた以上の威力で、骨とかは折れなかったけどぶっ飛ばされる。
倒れた先で見えなかったけど、続いて聞こえたのはカネキのうめき声だ。
「
勝手に振舞えるのは、強者の特権だよ?」
「――ッ」
「ん、悪くない。さて――」
上体を起した私の視界に入って来たのは、壁にヒビが入るくらい強く叩きつけられたカネキだった。
「――カネキ!」
「大人しくしてれば、あんまり危害は加えないよ。俺は優しい上司で通ってるんだ――ぉ、彼の言う通りだ」
「!!」
「隻眼ッ?」
カネキが片方だけ赫眼を開き、ヤモリに殴りかかる。
ひらりと交わしたヤモリに、カネキはそのままソファーの方へ追突。
背後から敵の赫子が、カネキの背中を貫いた。
「この――ッ」
飛びかかる私の前に、アヤトが現れる。
どけ、と叫びながら赫子を開き、殴ろうとした。
「弱ぇ。バカ親父とダブる」
言いながら、アヤトも背中の両方から赫子を開く。
その言葉に、言わんとしているニュアンスに気付かない私じゃなかった。
「父さんは、私らのために戦ってたんだ……、なんでわかんないんだ――!」
私の一撃を流して、アヤトは私の身体を切り裂く。
「親父もお袋も死んだ。
”弱い”からだ。弱かったら何が守れる。誰が守れる」
アヤトは私に指を突きつけて。
「――お前の"羽根"じゃ、何処へも飛べない。
俺は違う。ゴミ共に、俺達が上だってわからせてやる」
地べたに這いつくばってろ、とだけ言って、私の腹を一度蹴った。
「アヤト……、カネキ……ッ」
蹲りながらも、私は、二人の方に手を伸ばす。
アヤトはそんな私を見て、なんだろう、さっきまでと何か違う表情を浮かべた。
そのまま私と、ぐらぐらしてるカネキの顔を見て。
「……やり辛ぇ」
それだけ聞いて、私の意識は遠退いた。
※
次に気を取り戻した時は、すっかり外は真っ暗になっていた。
ヘタレの鳴き声が聞こえる。まるで私を、なさけないと罵っているように。
身を起こしながら、でも、立ち上がれない。
そんなタイミングで、階段から音が聞こえる。ゆったりとした足音には、聞き覚えがあった。
「……てん、ちょう」
四方さんと店長が、二階に上がってきた。
「……カネキくんは、連れて行かれたんだね」
「……」
頷くしか出来ない自分が、情けなくて。
どうしてか、胸のあたりに感じる飢餓感みたいなものが、より一層強くなった気がした。
四方さんと店長が少し話をして、私を抱き起こす。
「……しばらく、『あんていく』は休業だね」
それだけを、芳村さんは苦い顔をして言った。