仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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本作オリジナル部分を除いた二人の過去がどうだったのか、詳細が知りたい方はノベライズ「昔日」で補完ください;


#023 飼人/異種/孤読

  

 

 

 

 

 数日後、会議室にて。

 

「……ボタンは第一まで締めろと言った。ネクタイをつけろと言った。ズボンは足首が隠れるくらいとも言った。

 だが、貴様というヤツは!!」

「あ、おはざいまーす」

 

 会議室の上座の方で、鈴屋は菓子を広げていた。

 ものすごい、ダボダボのスーツを着て。

 

 だるんと垂れた手先足先を見て、俺は思わず怒鳴った。

 

 鈴屋は何がおかしいのかまるで分かってないように頭を傾げた。重症だ、重症すぎる。だが篠原さんから下手に事情を聞いてしまったこともあり、俺も反応に困っていた。

 

「篠原さん、まだですかねー」

 

 小さい菓子袋を開封して、彼は咀嚼しながら入り口を見る。普通に振舞っているようだが、内心はどうなのかは俺には判別ができない。

 

 

 鈴屋は、SSレート”ビッグマダム”の飼い人だったらしい。飼い人とは、喰種が人間をペットのように扱って飼うこと。おおむね、まともな扱いを受ける事はない。

 そこで彼は、地獄のような毎日を送って居たらしい。ビッグマダム討伐の際に運よく救出され、その能力の高さから有馬さんのような活躍を期待されていると。

 

 だが育った環境の違いが響き、その矯正もあってアカデミーに入学。

 当たり前のように浮き、そこで篠原さんと出会ったそうだ。

 

 その後に対策局総議長の肝入りで入局。篠原さんが面倒を見ると言う事で、共にコンビを組むに至ったとのことだ。

 

「どうしました~、亜門さん」

 

 くてんと頭をかしげてこちらを見上げてくる彼に、俺は、ため息をついてから言った。

 

「会議が始まる前に着替えて来い。前の服の方がまだマシだった」

「ええ、そりゃないですよ!?」

 

 少なくとも、俺はコイツに妥協はしない。捜査官である以上は、捜査官として振舞うことを求めよう。

 それでも対応に困るところだが、そこは仕方ないと割切るべきか。

 

 と、そんなタイミングで政道が入室してきた。

 

「おはようございます! って、ジューゾーお前何だその格好。

 あと、お菓子は片付けとけよ仕事なんだし」

「政道も食べますです?」

「お? じゃそうだな、このうみゃいスティックをもらうぜ……」

「食べたから共犯です、ゴミ入れるんで捨ててきてください~」

「しまったハメられた!? お前年下だろーがおまっ」

 

 反射的なのか顔面を殴る鈴屋と、それをモロに喰らった政道。両者の力関係が一発でわかる光景だった。

 俺が手渡したティッシュを鼻に摘め、彼はとぼとぼと哀愁を背負いながらゴミを捨てに行った。

 

 少し遅れた篠原さん達が不思議そうに政道を見ていたが、ともかく。

 

「大喰いだが、この二ヶ月足取りは掴めていない。

 お引越しの可能性も考えて資料を探してもらってるところだけど、引き続き私を什造ペアで調査にあたるんでよろしく」

「ですー」

 

 篠原さんの言葉に、鈴屋は楽しそうに手を挙げた。

 法寺さんは顎をなでながら、不可思議そうに言う。

 

「美食家もここ最近活発だったのですが、ぱたりと音沙汰がありませんね。

 半月ほど休み、三日前に検査待ち捕食が一件」

「検査待ちってなんですか? まさみちー」

政道(せいどう)だっ。って、えっと……、お前知らないのか?」

「あーははは、什造はちょっと特別だからね。説明頼めるかい?」

「わかりました。

 要するに犯人かどうかの検査中ってことだ。現場に残された体液、足跡や服の繊維、赫子の分泌液とか、そーゆーのを使ってプロファイル中のものってことだな」

「ですかー。物知りですねまさみちー」

「だから、あー、それくらい知っとけっての!」

 

 鼻を押さえているため声がくぐもっている政道。篠原さんは何とも言えない表情をしていた。

 と、途端に鈴屋が首をぐりんとする。

 

「ていうか捜査もですけど篠原さんー、早く僕にもちゃんとしたクインケくださいよー、『お犬』とかでもいいですよー」

「『お犬』は許可なくやれないんだよな……。まあ、そのうちな」

「大喰いやったらくださいですよー、やくそくしましたよー!」

 

 そんな調子でミーティングが終わると、鈴屋はいの一番に駆け足で部屋を出た。政道は鼻を押さえながら法寺さんから気遣われている。

 

「いや、悪い悪い亜門。手間のかかるヤツで」

「いえ。あの、先ほど二人が話していた『お犬』とは?」

「俺のクインケだ。自走式装着型クインケ『アラタ2号』。

 遠隔操作モードの時に犬っぽくなるからって、アイツがそう呼び始めたんだ」

「アラタ……」

「そのうち目にするだろう。んー、一応3号の装着者候補に、お前も選ばれてんだぜ?」

「へ?」

 

 困惑する俺を笑いながら、篠原さんはふと中空を見上げて一言。

 

「……直感、なんだがな。真戸が言ってたか、何件も何件も見ていると、いつの間にかなんとなく来る時があるらしい」

「篠原さん……?」

「大喰いねぇ、ひょっとしたらもう死んでるんじゃないかな」

 

 彼のその一言は、なんとなくの予想であるのかもしれなかったが。

 しかし同時に、妙な説得力を持って俺の耳に届いた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 あんていく。

 今日のシフトは、僕、古間さん、西尾さんにトーカちゃん。

 

 西尾先輩はトーカちゃんから教わらなくて良いということで少しご機嫌だったりしたけど(お互い睨み合って教えるのにも時間かかったりしていた)、そんなことあんまり関係ないのが今日の状況だった。

 

「……何か、お店にくるお客少ないですね最近」

「ハト警戒してんだろ、大体喰種だしよ」

 

 椅子に座って、ちょっと上がっていたテンションを落す先輩。覚えた腕を振るう相手が居ないのは仕方ないと言うべきか。古間さんは慣れた手つきで掃除したり、椅子とかテーブルとかの配置を調整したりしていた。

 

「巣、本局の奴等は支部のとは出来が違うからなぁ。駆逐に関しちゃスペシャリストだからな」

「僕は20区より11区の動きが気になるね」

 

 古間さんがふと、真面目な顔をして僕等を見る。

 

「四方くんの話じゃ、喰種が組織的に捜査官を狩りまわってるらしいって。あっちはメインとして11区に集中させてるんじゃないかな。状況も結構物騒で、一般人もヤバいってことに気付き始めてるレベルらしい」

「それは……」

 

 今ではともかく、正直言って「喰種の世界を知らなかったら」とイフを仮定することが、僕は何度もあった。リゼさんに襲われなければというそれは、やっぱり今の状況に対するショックが大きかったからだ。自分の体の変化であって、見知った事のない物騒な世界であって、自分たちの世界がいかに脆弱だったか思い知らされるものであり。

 

 今は少し違ってきているけど、でも、やっぱり一般人が巻き込まれるのは、少し嫌に思った。

 

「芳村さんも出張続きだし、こりゃ大変な騒ぎになるかもね」

「騒ぎ?」

 

「――戦争、とか」

 

 薄く笑う古間さんの目は、全然笑っていなかった。

 

「こりゃまた僕が魔猿って呼ばれる日も近いかな?」

 

 それは、古間円児(こ”まえん”じ)だからかな?

 西尾先輩も西尾先輩で「確かに猿顔かも」みたいな表情をしている。

 

「腕が鳴るねぇ、アイツらどうしてるかな……。っと、ヘタレの餌って今日は誰だっけ」

「トーカでしょ?」

「2階行ったっきり戻ってこないね、どうしたんだろう」

「さぁ」

 

 トーカちゃん、ヘタレというか鳥と二人(?)きりで大丈夫だろうか……。

 そんなことが頭を過ぎり、幸いヒトも少なかったので僕は様子を見に行った。

 

 扉を開けると、トーカちゃんがソファに座っていた。目はどこか虚ろというか、やや半眼で下を向いている。

 ヘタレの方を見てるようでいて、視線はどこも見てはいなかった。

 

「……」

 

 この表情を、僕は知っている。

 ヒナミちゃんを守る為に戦った時。貴未さんを殺せなかった時。

 いずれも、トーカちゃんが何か葛藤しているような時の表情で。

 

 それを見ていて、たまらず僕は声をかけた。

 

「ヘタレ、食べた?」

「……んぁ? ああ、ぅん」

 

 上の空という感じのトーカちゃん。教会での一件以来、どこかトーカちゃんは上の空だ。

 

 籠の中のヘタレに視線を移して、トーカちゃんは呟く。

 

「コイツも可哀そうよね」

「?」

「籠の中で自由に飛ぶこともできないってさ。それって、不幸でしょ」

「……籠の中も窮屈なんだろうけど、外の世界もきっと大変だよ。怪我だってするし、籠の中より危険が多いかもしれない」

「なんで否定するかな」

「えぇ……?」

 

 いまいちトーカちゃんが何を求めてるかが、ぼくには判別できなかった。

 でもため息とかはつかず、彼女は地面を見て言った。

 

「――あの女、殺せなかった」

 

「……」

「鈍ってたって言い訳できないくらいに、アンタの肉でブーストかけてたのに。あまつさえ、変身までしていたのに。

 私は……」

『バカスバカスw』

「あ? んだとテメェ、油でカラっと揚げんぞオイ!」

 

 ヘタレの鳴き声を聞いて、トーカちゃんは苛立ち籠に向けて叫ぶ。というか、どうしてこうヘタレの鳴き声は……。

 

「口汚すぎんだろ、飼い主出たらぜってー殴ってやる」

 

 苛立ちながらも、トーカちゃんはやはりどこか、元気がない。

 

 少し理由を考えて、なんとなく僕はその答えに思い至った。僕だって、そう思ったのだから、きっとトーカちゃんだって思ったことだろう。

 

 

 可能性は――ありえるかもしれない、ありえたかもしれないというのは、時にものすごく残酷なことだ。

 

 

 トーカちゃんは、依子ちゃんとのつながりを脅かすものを摘んできたんだろう。その方が確かに安全で、リスクも少ない。

 失うくらいなら今までのままであって欲しいというのは、僕にだって共通する思いだ。

 

 でも、あの日、僕等は見てしまった。

 

 可能性を見てしまったんだ。人間(貴未さん)と、喰種(西尾さん)と。

 僕でさえ期待を浮かべたんだ。トーカちゃんが思わないはずなんてない。

 

 

 あんな風に、自分も受け入れてもらえたら、と。

 

 

「人間関係は化学反応、はユングだっけ」

「……あ?」

 

 半眼を返すところを、トーカちゃんは声だけで反応する。

 

 受け入れてもらいたい。でも、もし拒絶されたら。誰より手をとって欲しい相手を、自分の手で失ってしまうかもしれない。

 なんとなく高校時代の苦い思い出が浮かんできたけど、僕はそれを振り払う。

 

 一度作用しあえば、もう戻れないのが人間関係だ。

 

 気が付くと、ごくごく自然な動作でトーカちゃんの横に座り、頭を撫でていた。

 髪さらっさらだなぁ……。あと、見た感じよりふわふわしてる。

 

「……へ? あ、あ――は、はぁ!? ちょ、カネキ何やってんの!」

「……あれ? あ、ごめん」

 

 突然のことにか、トーカちゃんは顔を見たこともないくらい真っ赤にして、飛び上がる。可愛いと思ったけど、数秒後には反撃が来るだろうことは予想できたので、僕も同じように飛び退いた。

 でも、トーカちゃんは許してくれなかった。

 

 頭から離れる右手を掴み、そしてそのまま――。

 

「って、トーカちゃん?」

「……いいから、もっと」

 

 何をもっとなんでしょうか、と言うまでもなく、そのまま掴んだ手をまた自分の頭に持って行く。

 

 何だ、この状況。

 

 困惑しながらも、僕は彼女の頭をさっきより怯えながら撫でる。

 トーカちゃんは目を閉じて「ん」とか言うんだけど、いや、でも何だこの状況。何度でも繰り返し言うけれど。

 

「……なんかこう、懐かしい感じがする」

「懐かしい?」

「うん。……変なこと言うけど、お父さんみたいな」

「……」

 

 CCGに殺されたというトーカちゃんの父親。攻撃とかをせず、僕の暴挙(?)に怒らなかったのは、ひょっとしたら彼女が今求めているのが、ただ縋りたい何かだったからかもしれない。

 今までの自分を揺らされて、どうしたら良いかわからなくなっているところで。

 

 しばらくそうしてから手を話すと、トーカちゃんは立ち上がって伸びる。

 

「んん……、じゃ、私も下、戻るから」

「あ、うん。……あんまりお客来てないけどね」

「安全的にゃそーだろーケド。

 ……あ、えっと、カネキ?」

「何?」

 

 軽い感じで、トーカちゃんはさらりと言った。

 

 

「今日バイト終わったら、その、えっと……、ちょっと、付きあって」

 

 

 いつもとどこか様子の違う誘い方に、僕はらしくもなく、少しドギマギした。

 

 

 

   ※

 

 

 

 トーカちゃんの様子は、やっぱりおかしかった。

 店を出たはいいけど、どこに行くかとか全然考えてなかったらしい。だからと言って家で勉強をという感じでもなく(ヒナミちゃんに「遅れる」と連絡を入れたくらいだ)、着いた先は駅前のカラオケボックス。

 

 トーカちゃんはそのまま店内に入ろうとしていたけど、思わず僕は彼女の腕を引いた。

  

「何?」

「えっと、入るの?」

「何か文句あんの?」

「いや、えっと……、いいの?」

 

 僕が言わんとしていることを察しているのかいないのか。トーカちゃんは上の空気味に「別に」と言って、会員カードを取り出した。

 

 部屋は受付から差ほどはなれてない、扉の窓が大きめの部屋。部屋自体は小さく、荷物を置いたら結構カツカツといったところだった。

 そしてどうしてか、トーカちゃんが対面とかじゃなくて隣に座ってきた。

 

「……」

「……マイクと、機械とって」

「う、うん」

 

 何だ、この状況。

 

 僕のことなど気にせず、トーカちゃんは曲を入れる。ピアノのイントロが特徴的な、かなり耳に嫌なメロディラインの曲だ。実際歌詞も結構病んでるようで、インパクトだけは強烈だ。

 

 歌い終るとアイスコーヒーを一口。

 点数は入れてないのか、すぐ次になった。

 

「何で入れないの」

「へ? あ、うん、じゃあ……」

 

 歌はいつも通りというか、ヒデはともかくトーカちゃんにさえ「腹から声出せ」といわれる始末。そんなにかすれてないと思うんだけど、なんだろう……。

 

 その後何曲か歌ってちょっと休憩となって、ようやく僕は聞くことが出来た。

 

「で、えっと……、何でカラオケなの? 何か用事があったと思ったんだけど」

「ここでなら、声もあんま外に漏れないから、聞かれないし」

「?」

「……変なこと言うけど、笑うなよ」

 

 そう前置きすると、トーカちゃんは制服の裾をぎゅっと握った。

 

「なんかもっと、話、したかった」

「話?」

「……前にアンタ言ったじゃん。話すと気持ちが楽になるかもしれないって」

「あー、言ったね。……って、やっぱり悩みとかかな?」

「悩みって感じじゃないんだけど……。

 んー、整理が付かないから、気晴らし?」

 

 どうやらトーカちゃんも、いまいち自分が何をやりたいのか自分で判別できていないらしい。

 

 それでも、トーカちゃんは、必死に胸の奥にある何かをひねり出そうとしていた。

 

「……あの白い捜査官、覚えてる? ヒナの時の」

「真戸さんだったっけ、確か」

「名前なんて覚えてないけど。でも……、最終的に店長が助けてくれたって話、聞いてた?」

「一応は」

 

 それを聞いてから、トーカちゃんは俯く。

 どうしたの? と聞けば、ものすごく言い辛そうに言った。

 

「……正直言えば、店長が出てこなくても対処できた」

 

 満身創痍に近くはあったけど、それでもギリギリで遅れをとるほどじゃなかった、とトーカちゃん。

 

 真実なのか強がりなのかは別にして、トーカちゃんははっきり言った。

 

「あそこで捜査官を店長は殺さなかったけど――あの時点で殺しても、私はたぶん、そのことには後悔とかはなかったと思う。実際そっちの方がリスクが低いんじゃないかって、今でも思ってる。

 だけど……」

 

 逡巡。僕は何も言わず、トーカちゃんが言葉を続けるのを待った。

 

「……アイツ、家族がいた。奥さんと娘と。で、奥さんを私等に殺されてた」

「……」

 

 妙に執着というか、執念というか。一度対面していた時に感じた威圧感は、そこに端を発したものだったか。

 

「ヒナミは優しいから、あのクソヤローが自分みたいだって言って、結局殺さなくて。でも一歩間違えれば、アイツがヒナを殺してた。だから私がアイツを殺すことに躊躇はなかったんだけど……。

 なんか、自覚はしてたんだけど改めて、思っちゃった」

 

 力の抜けた笑みは、きっと、自虐が多く含まれていた。

 

「――結局、私たちは同じ穴の狢なんだなって」

 

 復讐を理由に相手を殺し、新しい復讐の連鎖を生む。そのことに自覚的であったかもしれないけど、改めて見せ付けられて自覚させられるというのは、果たしてどんな心境だったのだろう。

 

「だから、クソニシキの、あの女のこと殺せなかったのがさ、そう思うと笑えてくる」

「笑えて?」

「今更すぎるじゃん、私も、ニシキも。沢山人間も、喰種も殺してきてさ。

 でも――なんかさ、羨ましいって訳じゃないけど、抜けてんのよ、ここの辺りが」

 

 自分の胸元を握るトーカちゃんの表情は、見たこともない程に幼く、震えているようだった。

 そして、こう言うとものすごく語弊があるのかもしれないけど。僕はその表情を、知っている気がした。

 

 ひとえにそれは、寂しい、だ。

 

「……アヤトくんだっけ、弟さん」

「……うん」

「どうしてるのかとか、知らないの?」

「知らないけど……、ロクなことはやってないと思う。

 アヤトは、お父さん死でから私より荒れてたし……、人間のことなんて、全然考えてないから」

 

 続ける言葉がないトーカちゃん。僕は、あえてそのことをより聞いて見た。

 

「アヤトくんって、どんな子?」

「……? ま、まぁ、別に話すのはいいけど」

 

 いい奴だと思う、とトーカちゃんは少し笑った。

 

「でも、なんかガサツなところもあるし、全然素直じゃねーし、口より先に手足が出るし」

「……」

「あ゛? どうしたカネキ」

「イエナンデモアリマセン」

 

 じっとトーカちゃんを見たら半眼で睨まれたけど、気を取り直して。

 

「仲違いって訳じゃないけど、人間に対する考え方に違いがあんのよ。私等。元々三人でマンション住んでたんだけど、捜査官来て隣の部屋の住人が怖がって、私達を通報したりして。

 私よりも、アヤトはもっと怒りとか、そういうのを感じたんだと思う」

 

 まあお父さん生きてたら、二人揃って笑われそうだけど、とトーカちゃん。

 家族のことだからか、いっそ彼女の口は饒舌になる。

 

「周りに散々当り散らしてたのよ、昔。お父さん死んでから、二人で生きてかなきゃならなかったって話したよね」

「うん」

「だからそれこそ、二人でずっとずっと、殺して殺して、むしゃくしゃしたら殺して。後で店長が匿ってくれたり、部屋提供してくれたりしなきゃ、かなり大変だったと思う」

 

 今思えば、という口ぶりのトーカちゃん。僕は、聞きに徹する。

 

「で、ある時さ。子供とお父さんの二人の家族を、ちょっと巻き込みかけて。その子、母親も亡くしてたらしいんだけど、父親まで死にかけて。

 色々あって助かったんだけど、でも、巻き込まれた父親とか私たちのこと、CCGに一言も言わなかったのよ」

 

 だから、知りたいと思った。

 

「クソ山とかともそん時に殺りあった後なんだけど、店長から学校行かないかって勧められてさ。で、生きる上で経験にもなるし、何より興味もあったから行くようにしたの。結果は、ある意味散々だったけどね」

「散々って……」

「アヤトは人間から距離置きたがってたってのもあるけど、私はこう……。やっぱり、もう、離れられないのよ。今の生活から」

「……」

「だからやっぱり怖いのかな、私」

 

 ストローに口を付け、トーカちゃんは力なくため息をついた。

 

「……まあ、アヤトと一緒にあのマンションから逃げる時、拾って看病してた鳥、右目突いてきたっけ」

「……あれ、ひょっとしてその髪型ってそのせいなのかな」

 

 もしかしないでも、嫌な記憶と絡み合ってトラウマみたいになっているのかもしれない。

 トーカちゃんは、んー、と伸びをして僕の顔を見た。

 

「で、私なんでこんな話してんだっけ。

 っていうか、私ばっか話させて、なんかアレ」

「アレ?」

「アンタも話せ」

 

 少しだけ調子を取り戻しながら、トーカちゃんは悪戯っぽく僕に笑いかける。

 

「話せと言われても、何話したら……」

「んじゃあ、彼女居たって話」

「へ? あー、うん。そんなに大した話じゃないんだけど……」

 

 これは本当に、全然大した話じゃない。ヒデとか高校に入った面子で合コンもどきみたいなことをして、そこでたまたま知り合った女の子と、半年くらい付き合ったみたいな感じになったってだけだ。

 ちなみに最後の最後で振られている。

 

「振られたって言っても、何かないわけ?」

「んー、その子……、死んじゃったからね」

「え……」

「連絡来たのは結構後だったんだけど、丁度別れた後くらいに。元々病弱だったし、ひょっとしたら死期でも悟ってたんじゃ、と思ったりもするんだけどね。……本当に、川上さん」

 

 僕と一緒で本が好きで、タイプで言うと変貌? する前のリゼさんをもっと気弱にした感じと言うべきか。

 結構馬が合っていたことは、記憶に残っている。

 

 何かしてあげられなかった、ということも同時に、強く記憶に残っている。

 

 そして、ふと思い出したことがあった。

 

「丁度振られた前後かな。高校二年生くらいの時なんだけど。

 父さんの形見の本とか、僕の持ってたもの全部伯母さんに捨てられかけた時があってさ」

「……は?」

「結構本気で。言ってなかったっけ。僕、父さんが元々読書好きだったみたいでさ。物心ついたころは本に囲まれてて、気が付けば本が好きって感じだったからさ。

 だから、まあ、伯母さんが母さんへのあてつけみたいに僕に当るのはいつものことだったんだけど、そのことだけは、すごくショックが大きくてさ」

「だ、大丈夫だったの? それ、アンタ」

 

 トーカちゃんがすごく心配した表情になり、僕に上目遣いをする。

 大丈夫と僕は笑い返した。

 

「ヒデが機転を利かせたりして、色々手をつくしてなんとか、かな。

 今は一人暮らし中なんだけど、六割くらい厳選してこっちの家に持って来てる感じなんだよね」

「それ、また捨てられるんじゃ……」

「五、六年くらいはストックできるように、ヒデが色々やったんだよね。

 まあ、実際それくらい出来るかは怪しいと思うけど」

「……その頃、社会人ってことか」

「うん」

 

 そうすればもう、実家に縛られることもなくなるだろう。あの一件以来、ますます浅岡家の人は僕に関わってこなくなった。必要な書類とか、学費は親の資産から出してくれているだけ、まだ温情があると言うべきなのかもしれない。

 

 でも、少なからずヒデはいつまでもヒデらしくて。

 やっぱり、ああいう時は本当に友達ってすごいと思った。

 

 トーカちゃんはじっと僕の目を見て、はぁとため息。

 

「……何かな?」

「いや、何ていうか……。アンタのそれ、ちょっと、自信とかなさすぎじゃない? 自分に」

「自信?」

 

 うんうん、と頷くトーカちゃん。

 

「オドオドしてると思ったら、そうでもなかったし。優柔不断かと思ったら、思いきるところは思い切りが良いし。何なんだろとちょっと考えたけど、やっぱりそうじゃないの?」

「何が……?」

「アンタ、自分を軽く見すぎ」

 

 トーカちゃんは、僕の額に人差し指を付きつける。指先がちょっとひんやりしていた。

 

「アンタが居て、少しは気持ちが救われた奴だって、結構いるのよ。

 ヒナミとか、店長とか、あと……、私とか」

「……」

 

 西尾先輩にも、そんなこと言われたっけ。

 でも、僕は別に自信がないとか、そういう訳じゃ――。

 

 結局この後、貴未さんから貰ったトーカちゃんへのプレゼントの髪留めを手渡したりもしたけど。

 

 トーカちゃんが元気になる以上に、僕は何か、自分が避けているようなことを突きつけられたような気がした。

 

 

 

 

 


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