仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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タイトルからしてもうライダーキックですね、ハイ


#018 下拵/晩餐/解体/強蹴

 

 

「いやはや珍しいね。同胞の中でも、運動力が低いというのは」

「運動はちょっと苦手で……。それにしても月山さん、上手ですよね」

「オフコース! と言っても、以前友人を誘って一緒にやった時、見事にボロ負けして、その後リベンジに燃えて特訓したんだがね」

「友人?」

「ああ。人間のね。僕はペットのように可愛がっていると思うのだが、いまいちつれないのだよ。

 機会があれば今度会わせようか」

 

 ふふ、と微笑む月山さん。彼のおすすめの喫茶店で、僕らは今珈琲を飲んで談笑していた。

 待ち合わせ場所に行くと「一緒に遊ぼうじゃないか!」と楽しげに誘われ、付いて行った先が室内競技場。スカッシュなんて初体験だったけど、根本的に文学人な僕だ。やっぱり慣れないことはするものじゃない。

 

 それにしても、人間の友人か……。

 

「適度な運動は筋肉もほぐれて、良いエクササイズになる。何事も楽しんではどうだい?」

「あ、はい……。良いお店ですね」

 

 珈琲豆と、本と、並ぶそれらと調和した綺麗なお店。カジュアルさとレトロさ、ハイカラさが入り交じったそれはつまるところ「おしゃれ」だ。

 良い店ですねと言えば、彼は得意げになって鼻を鳴らした。

 

「しかし悪かったね。今日は高槻氏はお見えになっていないようだ」

「あー、大丈夫です。確かに、ちょっと残念ですけど」

「ふぅん。しかしカネキ君? 君が高槻氏に会うつもりだというのなら、もっと上等な服装を選ぶべきだったのでは?」

「へ? あ、服のバリエーションがなくって……。ダメでしたかね」

 

 僕の言葉に「時には必要にもなるさ」と月山さん。

 

「僕はコーディネートが好きでね。君は小柄だから、視線を上に集めるスタイルが似合うんじゃないかな」

「はぁ」

「僕の、というより家の人生哲学だけどね。喰種(ぼくら)は選ばれた存在なのだ。だからこそ一流を身に付けていかなければならない。そうすれば堂々としていられるし、周りからも一目置かれ信用してもらえる」

「……確かに、大学に入ってきた時とか、全然畏縮とかしてませんでしたね、月山さん」

grand apparat(威風堂々)さ。ま、これもまたリトルフレンドによれば、同胞に敬遠される所以らしいが」

 

 話しながら、月山さんは本を取り出す。書かれたタイトルはフランス語のそれだったけど、日本語で著者が書かれていてすぐ分かった。

 

「ブリア・サヴァランの美味礼賛ですか?」

「おや、既に読了していたかい?」

「てっきり興味がない類のものかと思ってました」

「それは、味わいが感じられないからかな? とんでもない! 僕等だからこそ、こういうものは深く読み込むべきだと思うのだよ」

 

 楽しそうに身振り手振りを交えながら、彼は話し続ける。

 

「僕は美食家(グルメ)だからね。だからこそ食通にとって、こうした著書は非常に興味深い。感じられないからこそ、全てが新鮮で想像し得ない。『チーズのない食事は片目のない美女である』とあるが、これもまたそうだ。

 僕等にとって酒はあるが、ではチーズは何に該当するのか。味わいか、香りか、それとも食感か。

 どれをとっても興味が尽きない。食欲を一層盛り立てるエッセンスは?

 色々と試してはみているが、果たしてどれが一番なのか……。美食の道とは奥深いものだよ」

 

 本当にこの人は、この本が好きなんだろうと思う。語られる言葉や感想は、酷く熱の篭ったもので、聞いているだけでこちらも楽しくなってくるようなものだった。

 ただ「試してはみているが」というフレーズが、怖いところではある。忘れてはいけない。(ぼく)人間(ぼく)だ。喰種であっても、それを忘れてはいけない。

 

「僕なんかは、ほんと食事は苦手で……。少量でも充分なくらいです」

「ふぅん、変わってるね君は。

 ……? ということは、君は『角砂糖』派か」

 

 月山さんは少し顔を背けて、何か呟いたけど、僕には聞き取れなかった。

 本の感想を聞かれて、僕も僕で意見を述べる。時代背景や食への行き過ぎた探究心。また彼の食事に対する欲求が、本当は別なところにあるんじゃないか、という話もした。

 

「ふぅん、面白いね。ちなみに僕はここの一節が好きでね。ちょっと貸して――あ、すまない!」

 

 月山さんの指がかすめて、僕の指先がわずかに切れた。大丈夫だと言う僕に、慌てたように月山さんはハンカチを押し当てた。血が止まるまでそうしていて良いと言う彼に従い、僕はそのまま。

 

 そういえば、どうやってレストランについて探りを入れようか……。

 

 話題の転換で、試しにリゼさんについて聞いて見た。

 

「……神代さんね。彼女も読書家だったから、もちろん本の話もしたし、二十区以前の話や、食事の話も――」

 

 ぴしり。

 突如、月山さんの持っていたコップにヒビが入った。

 

「あ、あの、月山さん?」

「……済まない。少々、音楽性の違いのようなものを思い出してしまってね。食性の違いのようなものだが、仲違いとまでは言わないがそのね」

「あ、はぁ……」

 

 そういえば、リゼさんは「大喰い」で、この人は「美食家」だったか。そりゃ嗜好は合わないだろう。

 僕の手からハンカチを取り、彼は洗ってくると言って席を離れた。

 

「……んー、どうしたものか」

 

 リゼさんの話を聞こうにも、あれじゃ続きは無理だろう。だとすればレストランか。

 そういえば時間は……。そろそろ夕方か。そこまで難しくはないだろうか。

 

 何故か妙にツヤツヤした月山さんが帰ってきて、僕等は店を出た。さっとカップの弁償をする月山さんは、どこか手馴れた感じがあって、少し不思議な気がした。

 

「ありがとう。今日は楽しかったよ。

 しかし充実した一日を過ごすとお腹が空くねカネキくん」

「え? あ、そうですね」

「せっかくだし、僕の行きつけのお店に行かないかい? 会員制の秘密の場所。僕の紹介があれば入れる……。食事嫌いという君にも、ぜひ一度味わってもらいたい、一流の味さ」

 

 直感的にこれだ! と思いはしたけど、しかし同時に何か嫌な予感もする。

 

「せっかくだから、君の為に食事が苦手でも食べられるものを作ってもらおう」

 

 楽しげに言う彼に、僕は頷く。嫌な予感がしても、結局は虎穴に入らずば虎子を得ずだ。

 頷いた僕に、彼は一瞬だけどこか獰猛な笑みを浮かべた、ような気がした。

 

 

 

   ※

  

 

 

 お店自体は大きな屋敷と言ったところか。隠れた名店と紹介されただけあって、看板も何もない。

 スーツのような格好をした月山さんは、三日月を模した仮面を被る。格式高い店ということなのかは知らないが、どうやらあれから電話をして僕の分の服も用意してくれたらしい。入り口で分かれた月山さんは「シェフと相談さ♪」と言って僕に中に入るよう言ってくれた。

 

 店に入る前に、シャワーを浴びてくれと言われた。身奇麗にしてくれというのに、どこか宮沢賢治的な薄ら寒さを覚えはしたけど、あくまで僕は今、喰種としてここに来ているはずだ。だったら大丈夫だと思いたい。スーツは大小様々なサイズが取り揃えられていて、僕ぴったりのものもあった。

 

 喰種のレストラン。紹介が必要で、ドレスコードあり。

 これくらいなら、まだ普通のレストランのそれと同じくらいだろうか。

 

「あー、どうも」

「……フン」

 

 入ってきた僕を見て、壮年にさしかかるかかからないかという男性が、にこやかに笑った。反対に、若いけどちょっと恰幅が良いと言うか、そういう女性の人は視線を振った。

 

「えっと、どうも」

「いやー、長らく二人で待たされてしまってねー。心細くて。

 僕は翔瑛社の「Tokyo-GourmetS」の編集をやってます、小鉢です。君は……、高校生?」

「よく間違えられますが、一つ上です」

「大学かぁ。学生なのにすごいところ知ってるねー。あちらの方も若いのに」

「知り合いの紹介で」

「ほうほう。僕なんかも知り合いの情報通の紹介で連れてきてもらって、初めて知ったんだよ」

 

 彼の言いぶりに、少し違和感を覚えて、僕は聞いた。

 

「あの、連れてきてもらった方って……?」

「ああ、御手洗さんって言うんだけどね? 入り口でスーツが居るから、別室で準備してくれって言われてね。それにしても、食事所でシャワーというのもまた乙なものだね。初めてだったよ」

 

 ははは、と笑うその仕草に、僕は違和感を確信に変える。十中八九、連れてきてもらった相手は喰種だろう。

 そしてこの人は、どこからどう見ても、どう聞いても普通の人間だ。

 

 それの指し示す意味を考察していると、珈琲とクッキーが運ばれてきた。小鉢さんの食べるのに合わせて、僕と女性も食べる。食感はもそもそしていて、不思議と僕でも食べられた。

 そして珈琲だけど――逆に何か違和感を感じ、僕はそっちは食べなかった。

 

「皆様、準備が出来ました。こちらへ――」

 

 ヴィクトリアンメイド、だったっけ。そういう格好をした、仮面を付けた女性に連れられて、行った先は酷く質素な部屋。壁等周囲に調度品もなく、簡素なコンクリートの部屋というべきか。上部には証明が複数。

 部屋の中央には椅子三つにテーブル一つ。そして巨大な鉄板。

 

「ほぉ、いいねいいね。さっきまでと違って、一気に質素だけど、これもこれで趣がある」

 

 メモ帳に記入しながら、彼は周囲を観察して椅子に座った。

 

「他にお客さんって居ないんですかね、えっと……」

「いい加減腹減ったなぁ。いや、空腹は最高のスパイスか。それにしても鉄板か、ステーキか海鮮か……、くぅー、楽しみだ!」

 

 この人、話聞いちゃいない。

 でもそうやって楽しげにしてるところは、どうしてか僕はヒデを幻視する。きっとアイツが大人になったら、こういう感じの人間になるんだろうな、と。

 

 と、がちゃがちゃ背後で聞こえたので、僕は振り返る。

 

「……どうしました?」

「……鍵、閉まってるのよ。これじゃ出られないじゃない」

「鍵ですか?」

 

 そういえば。道中の一本道には窓はなかった。更に言えば入り口の施錠。

 この密室において、上を見上げれば――中央に切れ込みの入ったような天井。

 

 そして、この瞬間に僕は一つの可能性を思い付いた。

 

 丁度その時、天井が開き、アナウンスが流れた。

 

『御待たせ致しました、今晩のディナーの準備が整いました』

「お、キタキタ!」

 

 そして、その上の証明の向こう。上から見下ろすドレスコードの人々は、一様に仮面を付けていて。

 

『――本日のディナーは、三人です!』

 

 奇しくもそれは、僕の予想を裏付けるものだった。

 ここは――”注文の多い料理店”だ。

 

 

 

   ※

 

 

 

 

『左の男性はグルメ編集者! 忙しい合間にもジム通いを欠かさず、健康的に引き締まった肉体は噛み応えがありそうです。よもや自らが晩餐品目に並ぶとは思わなかったことでしょう。

 仲介はTR様です! 皆様、拍手を』

 

 ぱちぱちと聞こえるそれに、席を立ち、仮面を付けた壮年の男性が頭を下げていた。

 

『向かいまして右側は、先ほどと対象的にたっぷりと肥えたメス肉です。シャワーを拒否したため表面に余計な油が付着しておりますが、こちらは後ほど丸洗いさせていただこうかと思います。

 仲介はPG様』

「うっすうっす」

「ちょ、どういうことよ宗太!」

 

 彼女の言葉に、上に居たピエロ面の男性が頭を下げる。まるで道化師じみた仕草で、彼女に言う。

 

「えー、この日の為にバンバン太らせておきました。元々は体育会系だったこともあり、油の乗りと見た目以上の赤身が味わえることでしょう。皆さん是非、ご賞味あれ――」

「あなた、ずっと騙してたのね! 結婚の約束は――」

「あー、初めて会った時のこと覚えてない? 俺、ブスとヒトの話聞かないヤツは恋愛対象見れないわ」

 

 彼の言葉に、叫びながらも彼女は膝から崩れる。

 イカれてる。これじゃ本当に道化だ。そしてこの状況を見ながら「喰種として食べる側に回ったら、確かにこういうこともするか」と思考出来てしまう自分が、段々とこちらに馴染み始めているようで嫌になった。

 

『そして、本日のメインはこれまた珍品! なんと”喰種”です! 仲介者はMM様。ではお一言どうぞ!』

 

 ざわめく会場に、MM氏――月山さんがマイクを手に取り、高らかに言う。

 

『紳士淑女の皆々様。戸惑われるのも無理はない。我等が肉は塵芥、粗雑がゆえに、喰うに能わず。

 舌肥えた、皆々様はご承知と、既に了知と存じ上げます』

 

 僕の回りに居た二人の視線が、僕を見る視線が変わる。わずかに怯えと困惑とを滲ませた表情。

 それを無視して、僕は考える。この状況から逃げる為に必要なもの。単なる赫子の馬力だけで、どうにかできるような空間じゃない。とすれば、必然、ドライバーを使った「変身」が必要になってくる。

 

 だが、変身する為には、激痛に耐えるだけの何か別な衝動が必要になってくるはずだ。

 食欲に頼れば、変身後は暴走。ただ、それ以外で出来た試しがないのも事実――。

 

『だがしかし、我が着目はそこにない。鼻腔をくすぐる香しさゆえ』

 

 月山さんは、僕の血を止めたハンカチをかざして、周囲に示す。ざわざわとざわめく喰種たちの反応が、徐々に驚愕を帯び始めていた。

 

『そうつまり! 彼の身体は喰種だが、漂うそれは正に人間!

 我等の五感に新たな刺激を! それゆえに、下拵えも万全に!』

 

 いざゆかん、究極絶世の美食の奥へ――!

 

 彼の演説じみたそれを聞き終わり、周囲はあらん限りに拍手を送った。

 僕は念のため、左手の指の先端を前歯に引っ掻ける。未だに自力で赫子が出せないので、こうして無理やり引っ張り出すためだ。

 

 やがて奥の扉が開かれ、彼が――解体屋(スクラッパー)がやって来る。

 巨体。筋肉が膨張した、アンバランスな巨人。頭部はフードを被せられて、そして何より――。

 

「クインケドライバー ……?」

 

 いや、違う。レバーや中央のレンズが簡略化されている。というかレバーに至ってはない。

 まるで量産型というか、そういうものにしか見えない。

 

 それを装着された彼は、ゆらゆら揺れながら鋸片手に、僕等に近づいてきた。

 

「よよしくおねがいします。

 せいいっぱいややせていたらきます」

 

 呂律が回ってない。声は低いのに、これじゃまるで小さい子供だ。

 

 小鉢さんが震えながら、何かを口走ろうとするのを、僕は押さえて後ろに追いやった。

 

「な、君は――」

「動かないで下さい。というか、場合によっては逃げてください」

 

 指の先を噛みちぎり、血をすする。

 それだけで凄まじく不味いというのに、嗚呼、やっぱり体の中で蠢く何かは、正直に外に出る。

 

 悲鳴が上がるのを無視して、僕はスクラッパーに向かって特攻をかけた。

 

「めいん? は、さいご――」

「はああッ!」

 

 赫子を使って顔面に一撃。抉るつもりで入れたはずだけど、しかし相手の腕によって防がれる。

 そこで気付いた。強度が違う。人間レベルのそれとは言わないけど、どこかその鈍い感触は、僕が自分の腕を切ろうと包丁で実践した時のそれと同じものだった。

 

 そのまま彼は僕の腹を薙ぎ、ぶっ飛ばす。

 

「な、なんだ、これは――」

「――早く、逃げて!」

 

 僕の叫びを聞き、ようやく状況を正しく理解したのか。小鉢さんは慌てて走り出そうとして、そして、転んだ。

 いや、正確には転ばさせられた。

 

「あ、貴女――」

「アンタ、囮になってよ」

 

 薄ら笑いを浮かべて走る彼女。そして、目の前に倒れた小鉢さんに、スクラッパーは――。

 

「ぎこぎこぎこぎこ~、おいしくきれれ~~」

「う、うあああああああ――――――――――――ッ」

 

 腕を捥がれ、絶叫。下手をしないでも、ショックで気絶。いや、ひょっとしたらそれだけで死んでしまったかもしれない。

 そしてどうしてか、その姿を見た瞬間、脳裏でヒデが同じような状況になった映像を幻視した。

 

「止めろ……」

 

 痛む足を押さえて立ち上がる僕。

 だが距離的には、もう、気絶しながらも絶叫する彼を助けることは、出来ない。

 

 振り下ろされた鋸と、素手とで、彼の身体はスクラッパーの名前の通り――。

 

「――止めろおおおおおおおおおッ!」

 

 バラバラになった彼を放置して、スクラッパーは次の獲物へ。

 ふっくらした彼女同様、スクラッパーもまた、見た目以上には俊敏な足で走り出す。

 

「はやい~」

「タロちゃん、ほら走って走って~」

『マダムAからスクラッパーにエールが送られています。』

 

 小鉢さん「だった」ものが転がっている箇所に檻が下りてきて、僕はそちらに近づけない。

 

『只今解体終わりましたそれは、回収スタッフが戻り次第、オードブルを取り分け致しま――』

 

 言葉は聞こえない。ただ、それでも僕はスクラッパーへと向かう。

 だが、それも遅い。

 

『どうやら毒が効いてきたようですね。胃の方は後ほど洗浄いたしますので、ご安心を――』

「まるまる、やっきー」

「――んんああああああああああああッ」

 

 焼け焦げる人肉の臭い。それを嗅ぎ、僕は間に合わなかったことを理解した。

 そして同時に、それでもなお「食欲が搔き立てられる」自分に、嫌悪感を抱く。

 

 上の方では色々と、スクラッパーの動きに不評のようだが、そんなもの関係ない。

 

 ここまで来れば、僕一人。例え僕一人でスクラッパーを倒したところで、残りが全員襲って来たら――。

 

 不意に、トーカちゃんが齧った耳が痛む。

 

 何にしても、まずはスクラッパーをどうにかしないと。

 赫子に力を入れると、今度はさっきよりはっきりと、僕の意志通りに動いた。

 

「タロちゃんファイトよ~~~! お家に帰ったらご褒美たくさんだから!

 はい、あんよがじょうず、あんよがじょうず!」

 

 打撃はダメだ。根本的に肉が分厚すぎて、ダメージが通らない。だとすれば、赫子を確実に貫通させるしか――。

 

「ま、ま、……ま――ッ!」

「ッ」

 

 不意にスクラッパーが飛び付いてきて、僕を抱きしめるように拘束した。

 そのまま彼は、僕の胴体にノコギリの刃を這わせる。

 

 しかし、「その程度」で死なないことは既に実証済みだ。

 

 僕はそのまま赫子を振り回し、彼の首のあたりに一撃。

 

「あで、きれない?」

「――ッ、ここもダメか」

 

 そこもまた肉で覆われてると見るべきか。そうするなら、後は関節くらいしか――。

 

 と、僕が距離を取った瞬間、地面から檻がせり上がって僕等の間に立ちはだかる。

 そしてその向こうで、執事服の仮面の男性がスクラッパーにアタッシュケースを手渡し、何かを手ほどき。

 

「……果てしなく嫌な予感がする」

 

 というか、いつか見た覚えがあるそれは。

 

『――ヤジロ・1/2(ハーフ)!』

 

 巨大な糸ノコのようなものに変形したそれは、間違いなく「クインケ」だ。大方、喰種らしい身体を持つ僕を切る為に必要だと判断したんだろう。上をチラ見すれば、月山がにっと笑うのが見える。

 

 シャッターが下りて、再びこの場は戦場へ。

 でも武器が大振りに変わったからこそ、より明確に僕は理解した。

 

「ほー、やるー」

「腕力だけ――」

 

 質実剛健、と形容できた、あの捜査官ほどの腕前はない。対応力で見れば四方さんに劣り、速度はトーカちゃんに遥かに劣る。総合力で言えば、店長など欠片も及ばないだろう。

 

「殺せ! 腹へって仕方ないんだよ!」「ノロマ!」

 

 しかし、有効打は関節攻撃だけか……。

 

 慣れないことはするものじゃないけど、僕は本の知識を動員する。

 スクラッパーの一撃を「内側に」避けて、入り込み、僕は腕を取る。掌をひっくり返して、腕を上に捻りつつ、肘関節へ、垂直に――。

 

「ごめんっ」

 

「う? う――あぐうううう!? いたあああああああぃ」

「タロちゃああああああん!!」

 

 スクラッパーの左肘目掛けて、僕は足を下から叩き込む。付け焼刃でやったにしては上手く行ったけど、これでもまだまだ余裕はない。

 やっぱり力が要る。でも、ドライバーなしでどこまで行けるか――。

 

「――あれ?」

 

 そう思っていた矢先、足に力が入らなくなった。スクラッパーの攻撃が、僕の脇腹をかする。かするだけでも、その威力はクインケなので大きい。

 

『――今回は万全を期するべきとのMM様からのご指示で、特別措置も講じさせていただきました。

 効果こそ遅れますが、珈琲を飲まない者達用のガスも用いました。次第に無駄な抵抗もできなくなることでしょう。さあ、ショーのフィナーレをご覧ください』

 

「通路が密閉されていたのは、そういうことか――がああああッ!」

 

 スクラッパーの攻撃が、僕の足を切る。切断されるほどではないけど、血が迸り、僕ではどうしようもなくなる。

 

 周囲の視線が、段々と僕を「食材」でも見るように変わって行くのが、体感でわかる。

 

 

 

 そしてこの状況で――僕は、思わず我を忘れかかった。

 

 ――ガスごときで「私」を止められると思ってるのかしら? ねぇ、カネキ君。

「ぅぅ――ッ、フゥァ、はぁ――ッ!」

 

 視界の片方が赤黒く染まり、僕はあらん限りの腕力でスクラッパーをぶっ飛ばした。

 

 その時点で、痛みのせいか我を取り戻す。立てない。足の自由が効かない。

 でも、今だからこそできる事もある。衝動的なそれが、きっと全身の激痛に耐え得るだろう。

 

 クインケドライバーを腰に当てると、横たわっていた赫子が両サイドに接続され、ベルトのようになる。

 そのまま左手を持ち上げ顔の右側に。右手は左肘にそっと当てるように構えて。

 

 眼前を睨みながら、僕はベルトのレバーを落し、回転させた。

 

「変、身――」

『――(リン)(カク)ゥ!』

 

 想像通りと言うべきか、以前同様、変身直後は痛みを忘れることが出来た。ここまで追い詰められないと使えないという時点で切り札でも何でもないが、でも、確かにこの状況では、この力に頼るしかない。

 

 全身が黒いスーツに覆われ、所々に肋骨のようなパーツが見える。

 ぼとりと落ちた眼帯のマスクを拾い、僕は顔面に取り付けた。

 

「……立てる?」

 

 足に痛みはある。切られたせいで、筋肉が上手く動かない箇所もある。でも変身した影響か、それとも体表面を被うコレが実際はスーツじゃなく赫子であるせいか。痛みに断続的に襲われながらも、僕は立ち上がることが出来た。

 

 ふらふらになりながらも立ち上がり、ノコギリ状のクインケを振り被ろうとするスクラッパー。

 僕は半ば本能的に、ドライバーのレバーを一度戻し、二度落す動作を繰り返した。

 

『――鱗・赫ゥ! 崩壊撃破(ブレイクバースト)!』

「いたああああああッ!」

 

 スクラッパーのそれが振り下ろされるよりも早く、背中から脈動する光が、僕の右足に集中する。

 そのまま僕は跳び上がり、その場で空中回し蹴りをして、クインケの側面に一撃。

 

 赤く発光する右足は、まるで形が崩れるように靡き、クインケの刃を「えぐる」ように、叩き折った。

 

「こわれたああ!」

 

 だが、僕はそこが限界だった。地面に倒れ、すぐさまドライバーのレバーを戻す。

 今の一撃で、どうやら完全に足をやったらしい。食欲と激痛とが全身を廻り、既に変身状態を維持できなかった。

 

「た、タロ行け!」「早くやらないと――」

「バラバラにしてやるのよタロちゃあああん! ママを興奮させて!」

 

 上から叫びかけられる声を聞いても、身体が動かない。

 折れたとは言っても、相手の武器はまだ二割くらいは刃が残っている状態だ。

 

 その箇所を使って、スクラッパーは僕目掛けて刃を――。

 

 

 

 

 

「皆々様、大変お騒がせ申し上げました」

「あぅ?」

 

 

 

 でも、その一撃が僕に落されることはなかった。

 月山さんが、左手をスクラッパーの体にぶつけて、いや、貫通させていたからだ。

 

「まさかとは思いはすれど、凶星と世に言うそれが、彼だったとは。

 しかしです、このまま終わるも花がない。晩餐はより、華やかなものだ」

 

 だからこそ、と彼はスクラッパーから手を引き抜き、両手を上げて、笑った。

 

「今夜はこの――マダムAの飼い人、歴戦のスクラッパーを味わうのは如何でしょうか?」

 

 彼の言葉に、会場は湧いた。「確かに興味はあるな」「流石MM氏!」などと叫ばれる。

 何より可哀そうだったのは、マダムAに対して月山が別な飼い人を用意すると言って、彼の出した条件に、

 

「なら良いけどッ! タロちゃんを食べちゃうのも乙なものよね♪」

「ま、ま……、ま……」

 

 涙を流すスクラッパー。言動はともかく、その内面が酷く幼子のようだったこともあり、僕は、不思議と同情があった。

 

 力が抜けながらも起き上がる僕に、月山は笑いながら近づいて来た。

 

「カネキくん、ひとまず今日は退散だ。

 ちょっとした、刺激的なジョークのつもりだったんだ。……少しハードだったかもしれないが、忘れてくれ」

 

 申し訳なさそうな声音で言う彼。

 その目は仮面に隠れて、見えなかった。

 

 

 

 

 




という訳で、二度目の変身となりました。カネキ君のキックは、ゴースト1話+ガタックのキックを合わせた感じです。ギアスで言うとスザクキックですね。

クインケドライバーは、変身用レバーを二度連続で操作することで、必殺技モードになります。通常のクインケで言う崩壊モードのような状態にして、赫子とRC細胞の活動率を一時的に上昇させる効果があるので、今回のように折ったりすることが出来ます。

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