仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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#015 弁当/夜歌

 

 

 

 

 

「不審者? って、あの、店長?」

「誰とははっきりと言えないが、妙な視線を最近感じることが多くてね。ひとまず頭に入れておいてくれ」

 

「うーん……、だったらヒデにはしばらく来ないよう言わないとアレかな? いやでも、詳しく話すと逆に興味もって張りこみとかし始めたら、それも危ないだろうし――」

 

 ヒナミちゃんのことがあった後、しばらく。シフト入りの僕に、店長がそんな警告をした。相手の実態を掴めて入るのかいないのかは定かじゃないけど、他ならぬ仮面ライダーの言葉なのだ。外れる事はないだろう。

 

 そして、僕の独り言にトーカちゃんが「知るか」と突っ込みを入れた。

 

「一応独り言だったんだけど」

「あ? だったら少し声小さくしろっての」

 

 更衣室から出てきたトーカちゃんの顔を見て、僕は一瞬固まった。

 数秒、両者沈黙。しばらくして顔を少し赤くしたトーカちゃんが、髪留めを外していつもの様に前髪を垂らした。

 

「……何だよ」

「あ、えっと……。何でも」

「どうせ似合わないとか思ったんだろ」

「か、可愛かったよ? 結構」

「あぁ?」

 

 蹴りを飛ばそうとして、服装を確認してから舌打ちするトーカちゃん。ウサギの髪留めを胸のポケットにしまい、僕の肩を軽く小突いた。

 

「……しばらく遠ざけとけば?」

「へ?」

「アンタの、友達」

 

 トーカちゃんは半眼で続ける。

 

「時々あんのよ。こーゆーの。不穏な空気というか、そーゆーの店長が感じて、注意してくること。大体そういう時って面倒だし、店長とか四方さんとかが何とかしてること多いんだけど」

「……うん、ありがとう。考えてみるよ」

 

 鼻で笑って、トーカちゃんはカウンターへ向かう。

 僕は僕で、眼帯の位置を調整して、その後ろに続いた。

 

 

 

   ※

  

 

 

 最近、トーカちゃんの様子がいつもと少し違うような気がする。

 例えば今、注文を受けて準備しているのだけれど。

 

「トーカちゃん、零れてる零れてる」

「……」

「トーカちゃん?」

「きゃッ! な、何、カネ――って、うわ、早く言えよ!」

「理不尽!?」

 

 僕に言われるまで、真剣な顔をしたまま珈琲をカップから零し続けたトーカちゃん。びくりと飛び跳ねるように動いて、トーカちゃんは僕に「アンタが入れなおせ!」と言って台拭きを揉み出す。

 

 前にも素で零していたことはあったけど、あれとは違ってこっちはどこか上の空というか、そんな感じがした。

 悩みだろうか、考え事だろうか。

 どちらにしても、トーカちゃんって割とスパスパ決断したりするイメージがあるから、こういうのは珍しいような気がした。

 

 とは言っても、僕はそこまでトーカちゃんのことを知ってる訳じゃないんだけど。

 

 ともあれ、多少上手に淹れられるようになった珈琲を持って、客席へ向かう。

 社会人だろうか、少しおかっぱっぽい髪型をした男性が微笑んで珈琲を飲んだ。

 

「君、初めてみるな。新人君かい?」

「あ、はい。金木と言います」

「カネキ君、ねぇ。……名前普通なイメージだけど、君、少し独特な臭いがするよ。なんにしてもヨロシク」

 

 彼の反応を見て、おおよそ見当がついた。彼もまた喰種だ。

 カウンターでせかせか台を拭いているトーカちゃんに、それとなく確認してみるとため息をついた。

 

「ん。……20区じゃないけど、弱すぎて自分のところじゃ喰場もてなくて、たまにこっちに来るの」

「へぇ」

「詮索好きだから、あんましゃべんない方がいい」

「……色んな喰種がいるんだね」

「当たり前。……ってか、詮索好きで言ったらアンタの、友達どうしたの?」

「あ、うん。一応、アドバイス? 通りにしばらく来ない方が良いみたいに言っといた。後はまぁ、本人次第ってところかなぁ」

「アドバイスなんてしたっけ、私」

 

 胡乱な目線を向けてくるけど、本気で忘れてるのか誤魔化してるのか判断が難しい感じだった。

 

「ま、別にいっか。……どーせなら、一生来ない方が良いと思うけど」

「へ?」

「例えば、さっきのアイツみたいなの。ここって情報集種目的で集ってくる喰種居るけど、それと同じくらい吟味(ヽヽ)にココ使う奴もいるから。リゼみたいに」

 

 その言葉に、僕は固まる。

 

「みんなが皆じゃないけど、そーゆーのも居るって話。アイツなんかは最近、ネットを中心に探してるみたいだけど、友達が大事ならこっちから遠ざけておくのは当たり前。それくらい考えとけ」

「……難しいところだよね」

「あ?」

 

 胡乱な声をあげるトーカちゃんだったけど、でもその表情はどこか優れない。

 僕自身、今の話を受けて何を考えたかと言えば、もしヒデと関わりのなかった僕の人生だ。きっと思い出も何もかも叔母さんに捨てられて、既にどこにも居なかったんじゃないかって思う。曲がりなりにも今、僕がこの場で断ってられるのは、ヒデが居てくれたからだ。

 

 ――自分たちの世界を守るためには、我慢することも大事さ。

 ――でも、守るために努力はしないといけないんだろうなぁ。

 

 そして、お母さんが死んだ後に逃げるように駆け回って、迷子になって、助けてくれたどこかのお父さん。小さなきょうだいを連れてたことと、疲れたような、優しいような目をしていたのを覚えている。

 

 あの人の言葉があったから、そしてヒデがずっと一緒に居てくれたから、僕は今日まで生きてきている。

 あの言葉を根底に、僕は立ち上がってられる。

 

 でも、きっとそれでもヒデが居なかったら、そんなこと忘れて崩れ去っていただろう。

 

 今だって、バランスとしてはギリギリなんじゃないか。自分のことは自分が一番わかっていないと言うから、そこのところはあくまで予想なんだけど。

 

 そして、トーカちゃんの様子の妙な感じ。

 不意に浮かんでいた僕の思考と重なって、少しだけ、ある予想が閃いた。

 

「依子ちゃんと、何かあった? トーカちゃん」

「……別に」

 

 視線をそらした彼女に、僕は予想が当っていた事を確信した。

 

「ケンカでもした?」

「うっさい。さっさと仕事戻れ」

 

 台拭きをもう一度揉み出して、再度拭きなおすトーカちゃん。僕から視線をそらして拭い続けるけど、僕はこの場を離れるつもりはない。最低限、言わないと。

 やがて根負けしたのか、彼女はため息と一緒に僕を見た。

 

「……何?」

「早めに仲直りした方がいいよ。時間がたつと、誤解で拗れるし。放置しておいて良い事はないから」

「……ケンカとかじゃないし」

「そうなの?」

「誰もケンカとか言ってないし。……もう、止めろクソカネキッ」

 

 唇を僅かに尖らせて、トーカちゃんは僕に台拭きを投げつける。

 それを、最近鍛えてるからかきちんとキャッチした上で、僕は言った。

 

 

「何か力になれること、あるなら手を貸すよ。あんまり、バイオレンスなのは苦手だけど」

「……ん」

 

 

 大きくリアクションはしなかったけど、それだけ言ってトーカちゃんは会計カウンターに走った。

 

 

 

   ※

  

 

 

「あ、トーカちゃんお疲れさ――、何かあった?」

「……うるせー」

 

 数日後の夕方シフトで、トーカちゃんに声をかける。と、彼女の雰囲気がいつにも増して剣呑で、思わず聞いてしまった。反応からして、まず間違いないだろう。

 

「依子ちゃんのこと、だよね」

「……だったら、何だってんだよ!」

 

 叫ぶトーカちゃんに、店内が静まり返る。店長がやって来て、彼女に「どうしたんだい?」と微笑みながら聞いた。

 

「あ……、すみません……」

「んん」

 

 店の奥をちらりと見た後、僕の顔を見て一同頷く店長。

 アイコンタクトが完全にとれてるとは言いがたかったけど、なんとなく察することは出来た。

 

 有無を言わせずトーカちゃんを二階の休憩室へ向かわせて、店長は僕の肩を叩く。

 

「カネキ君も、少し休憩していいよ。それから、出来れば頼もう」

「わかりました。あー、でもその前に、良いですか?」

「ん? ああ、構わないよ。入見さん、注文の方を頼むよ」

「わかりました」

 

 それだけ言って、店長は手慣れた手つきで珈琲を入れ始める。僕みたいなたどたどしさもなく、当たり前だけどてきぱきと手早く。でも同時に、流れるようなそれは落ち着いていて無駄がなかった。

 

 受け取って上に向かう。いつかヒナミちゃんが食事をとっていたあそこで、トーカちゃんは少し蹲っていた。

 こちらに気付いて顔を上げて「仕事戻れって」と言う。

 

「店長から、ちょっと休憩しといでって。一人で大丈夫そう?」

「……」

 

 店長の珈琲を置いて、僕も彼女と対面に座る。

 少しだけ頭を整理してから、僕は言葉にした。

 

「リゼさんの臓器を移殖されて、喰種の世界に迷い込んでさ。こっちでは勿論ものすごく君にも、君達にも世話になってるんだけどさ。正直言うと、少し嬉しかったんだよね」

「……ファーストキス」

「い、いや、そういう話じゃなくって。

 えっと、だって、僕って前にも言ったけど、ヒデを除いてほとんど一人なんだよね。家族らしい家族でもないし、元彼女とかの繋がりも完全になくなってるし。というか蒸発したんじゃないかってくらい連絡もないし。

 だから、こう、一人じゃないって思った時、言い方は悪いけど救われたところもあるんだよ」

 

 だからさ、と僕は続ける。

 

「こっちの方では僕が後輩で、教わることも守られることも多いんだけどさ。でも、人間の世界に関しては、僕の方が先輩なんじゃないかなって。

 そりゃ、トーカちゃん達ほど頼りになるわけじゃないけどさ。でも、少しくらい力になれたらなって」

 

 しばらく黙ると、トーカちゃんはため息一つ。

 

「……まず、アンタに前、彼女が居たって方が初耳」

「……あ、あれ?」

 

 率直に話した結果、どうやら要らない情報までぽろっと口走ってたらしい。

 

「アンタが頼りになる訳ない、って言ったら引っ込む?」

「……どうかな。でも、話すだけでも楽になるんじゃないかなーって」

「結局引く気ないじゃん。はぁ……。

 ……笑ったら殺すからな」

 

 そして、トーカちゃんは、ちょっと言い辛そうに事の顛末を話し始めた。

 

「ああ、それは難しい問題だね」

 

 切っ掛けは、やっぱり人間関係。根底には感情があるから、本質は根が深い。

 相手が悪意を持っている場合の対処は、直接対決して決着を着けるか、相手が飽きるまでボーダーを維持しつつ、一人で受け流すかだ。学校でならその両方が可能だけど、どうやらトーカちゃんは前者を選んだらしい。

 そういうところが、やっぱり強いな、この子は。

 

「依子と、人気のある男子のグループと話してたのがたぶん原因。で、そいつらにわーきゃー騒いでる奴等が絡んできて。で、追っ払ったんだけど今日、色々吹き込まれたらしい」

「吹きこむ?」

「……私に絡むのが、迷惑だって」

 

 一緒に行こうと約束していた動物園も、なんだかんだで流れかけているらしい。

 

 絡まれた依子ちゃんを守る為に頑張っても、内側から崩されたら難しい。

 特に第三者相手なら、いや、だからこそ。

 

 トーカちゃんはトーカちゃんなりの葛藤があって、それは人間と喰種との狭間だからこそのそれで。

 それを知らずとも、依子ちゃんも依子ちゃんなりの葛藤がある。

 

 僕の反応に、トーカちゃんは睨む。

 

「ホントにそう思ってるのかよ」

「うん。……依子ちゃんも依子ちゃんで、言われた事からすごく不安に思ってるんじゃないかな。気持ちがすれ違うと、ネガティブなことしか思い浮かばなくなるし」

 

 でも、トーカちゃん達は恵まれてる方だと思う。一人相撲にならないで、お互いがお互いを思ってるからこそなのだから。

 

 だったら、僕がやることは気持ちの整理だ。

 

「トーカちゃんは、どうなの?」

「何が?」

「お弁当分けてもらってることとか、動物園のこととか」

「……わかんないよ」

 

 考えこんで、考え込んで、それでもどういったら良いかわからないって感じの濁し方。

 僕の感じたことだから見当違いかもしれないけど、と前置きして僕は言う。

 

「トーカちゃんは、いつも即断即決で行動できるよね。それが、これだけ迷って悩むんだから、きっとそれだけ、トーカちゃんにとって依子ちゃんの存在が大きいってことなんじゃないかって思う」

「……そう、なのかな」

 

 遠い目をして、僕の目を見るトーカちゃん。いつもと違う雰囲気に一瞬ドキっとしかけたのを押さえて、僕は続けた。

 

「うん。だから、やっぱり仲直りした方がいいと思う。動物園だってさ。じゃないと、後悔したままになるから」

「……アンタの母親みたいに?」

 

 ちょっと痛い所を突かれた。

 

「わ、悪い」

「あー、うん。えっとだから……。

 そういうトーカちゃんの気持ちが、何かしら伝わるようなことを出来れば良いんだと思う」

「私の気持ち……。

 具体的に何すればいいんだよ」

「それは、トーカちゃんが一番わかるんじゃないかな」

「逃げた」

 

 まあ、手紙とか言ってもナンセンスって返されそうなイメージがあったしね。

 

 少し笑ったトーカちゃんにそう続けようとして、丁度そのタイミングで、外で唐突に花火が上がった。

 ロケット花火の音に、僕もトーカちゃんもばっと振り向く。顔を見合わせ、僕等は急いで外に出た。

 

「何の騒ぎ――ッ」

「大丈夫ですか!?」

 

 店の入り口で、OLさんが手を差し伸べていた、壊れたギターを背負った青年。

 彼の目が赤く、黒く染まり、彼女の手を拒否しているように身体は震えていた。

 

 僕は咄嗟に彼の目を覆って、背負って店の中にかつぎ込んだ。

 

 背後では、トーカちゃんがOLさんに言い訳しているような話が聞こえた。

 

 

 

 

「あの自殺の場所で、ですか。四方さん」

「そうだ。……お前と話が合うと思った」

 

 そんな話を四方さんから聞きながら、僕は珈琲を持ってまた二階に。「アンタ出るより私出た方が回転率良いから」とトーカちゃんに言われて、その後は僕が眠る彼の介抱をしていた。店長はどうしてか少し前から姿を見かけないので、僕はもうしばらく残ることになった。

 

 夜遅くのシフトなので、僕も定期的に復帰して、古間さんと入れ替わり立ち代わり。

 

 そんなこんなしていると、彼が目を覚ました。

 

「あ、気が付きましたか?」

「あれ、俺……」

 

 自分の口元を撫ぜて、そこについた血を見て少し心配そうな顔をする彼。不思議に思いながらも、僕は珈琲を置いて話かけた。

 

「まだ寝てた方が良いと思いますよ。

 えっと、ここは喫茶『あんていく』です。僕は金木研」

「”ケン”……?」

「身体の方はどうですか?」

 

 しばらく自分の手を見て、ぐーぱーを繰り返して、独り言のように彼は呟いた。

 

「……喰種の飢えが、あんなに強いなんて思わんかった」

「……食べられてなかったんですね」

 

 その言い回しに引っかかりを覚えながらも、僕は話しかけた。喰種との関わりを極力避けて、人間社会で生きたいと言う彼のことを。

 

 桃地育馬、イクマさんは「大した話でもないし、かまへん」と笑った。

 

「俺、オカンが人間なんだ」

「へ? それって僕みたいに、元々人間とか……」

「ちゃうちゃう、育ててくれた人が、人間だったんや」

 

 訛りのある口調で、彼は話し続ける。

 

 生まれたばかりの子供を亡くした人間の母親が、死にかけていた喰種の母親から子供を託された。

 母は子のため身を呈して囮とし、その子供、イクマさんを逃がした。

 幸か不幸か、母親が医師だったこともあり、上手く手を回して彼は食事だけをフォローしてもらい。感情の抑制が効くようになってきた小学校のあたりからは、もう僕等と差はない生活をしていたらしい。

 

「オカン、自分の親に赤ん坊だった俺のこと話したら、仰天されたらしくて。でも、それでも育てる言うて、反論させんかったみたいや」

「食事とかは、その……」

「学校の方は、アレルギーや言うて弁当持たせてくれたんや。中学あたりで食べる訓練して、高校ではもう自由だったさかい」

 

 自嘲するように笑ってるイクマさん。その話を聞いていて、僕は不思議な感覚に包まれた。

 

「オカンは医者になって欲しかったらしいけど、オツムの作り、そんな良くなかったからなー。それに、俺も夢あってん。

 歌、国境超えるゆうやろ? だから喰種とか、人間とかも関係なく届く思うねん。聞いてくれる人みんなに、そう届くもの作れたらええかなって、思ってるんや。慣れない標準語、それで頑張って覚えたりしてさ。

 田舎もんが馬鹿みたいに夢語ってって思うかもしれへんけど――」

「そんなこと、ないですよ!」

 

 思わず大きな声をあげてしまうくらい、僕は嬉しかった。

 喰種でも、人間として育てられたって素地はあるのかもしれない。でもそうであっても、喰種として生きることだって出来たはずなのだ。

 

 それでも喰種としての生き方をほとんど捨てられていたのは、きっと、彼だって僕等のことが好きだったからだろう。

 

「喰種の貴方が、人間に寄りそってくれるのが、僕は嬉しいです」

「……なんだか、人間の代表みたいなこと言うね」

「いえいえ。でも、僕は応援します」

 

 頑張ってくださいと言うと、彼は照れたように笑った。

 

 

 

   ※

 

 

 

 そして翌日。

 

「おい!」

「わ!」

 

 僕の腕を強く引き、バイト終わったら付き合えと彼女は叫ぶ。

 店長には反対に丁寧に早上がりの許可を貰ったトーカちゃん。この扱いの差は仕方ないとしても、僕のバイト上がりの時間に合わせたってことか……。

 

 いつもより倍も早い時間で上がらせてもらった後、トーカちゃんは僕を連れてスーパーへ。

 手首を掴んでカツカツ歩く彼女に歩調を合わせながら、若干筋肉痛の腹を撫ぜつつ僕は彼女に聞いた。

 

「黙って付いてくれば良いって言っても、そろそろ教えて欲しいんだけど……」

「……何買えば良いの」

「買うって?」

 

 トーカちゃんは、睨みを聞かせながら僕に言った。

 ただ、どうしても声が震えてるのは仕方ないことか。

 

「――弁当に入れる具材だよ!」

 

 一瞬きょとん、としてしまったけど、その目が若干涙目で、羞恥に震えているがわかって、不覚にも笑ってしまった。やっぱり、トーカちゃんもトーカちゃんなりに結論を導き出したということなんだろう。

 

「笑ってるんじゃない!」

「ごめん、うん。わかったわかった。

 トーカちゃんが食べやすくて、豪勢っぽいのが良いよね。書籍の棚にお弁当の雑誌乗ってることが多いから、行って見ようか」

 

 少し顔を赤くしながらも、トーカちゃんは僕の言った通りに足をまず進めた。

 

 なんとなく、母さんが生きてた頃のことを思い出す。運動会だったかな、これは。ハンバーグの小さいのを作ってってせがんで、冷凍じゃないやつを作ってもらったりして。

 

 トーカちゃんの家に帰ると、ヒナミちゃんがぱぁっと顔を明るくして走ってきた。 

 

「お姉ちゃんお帰り――お兄ちゃん! わぁ、どうしたのそれ?」

 

 胸にこの間三人で買いに行った絵本を抱えつつ、目を丸くするヒナミちゃん。僕等の両手にあるスーパーの袋が物珍しいんだろう(喰種は珈琲とかくらいしか利用しないだろうから)。

 

「トーカちゃんが明日出かけるから、お弁当作るんだよ」

「お弁当?」

「うん、すごいやつ!

 えっと、じゃあ今のうちに作れそうなのは作っておいた方が良いね。時間かかりそうなのからやろうか」

「え? あ、うん……」

「お姉ちゃん、私もお手伝いする!」

 

 どうしてか借りてきた猫みたいに大人しくなってるトーカちゃんと、腕まくりして息巻くヒナミちゃん。

 とりあえず手を表せた後、ヒナミちゃんには野菜を洗ってくれるように言った。

 

「味見が出来ないから、計り計り……」

「ちゃんと計んの?」

「うん。これ結構重要だからね。僕は、少しだけ砂糖大目に作るけど……。トーカちゃん、片栗粉大匙で書いてある分量、とって入れておいて」

「か、カタクリコ……?」

「えっと、右の袋に入ってると思うから。……そうそれ、それ上だけ開けて、平皿に入れておいて」

 

 恐々とした手つきと、これで良いのかよく分かってない感じの仕草がどこか懐かしく、僕はふと顔がほころぶ。昔の自分のそれを見てるみたいで、なんか懐かしい。 

 

 受け取ったそれで、簡単に作ったタレに漬け込んだ鶏肉をまぶす。

 

 次は、えっとサンドウィッチだから、ベーコンを――。

 

「~♪」

 

 なんか懐かしい。感じる臭いは全然なんだけど、きっと良い感じの臭いが漂ってるに違いない。

 トーカちゃんやヒナミちゃんが、そろって不思議なものを見るような目で僕の手先を見ているのが、何となく微笑ましかった。

 

 フライパンで揚げたカラアゲを一つ手に取って、一口。

 

「おい!」「お兄ちゃん!?」

「……、うん、多分大丈夫」

 

 無理やり飲み込んだのは、一応予想していたからか。

 依子ちゃんの料理でわかったことだけど、ちょっと手のかかった料理は僕等喰種の味覚で、並大抵じゃないマズさになるようで。

 結果として今すさまじくマズければ、逆説的に出来は悪くないはずだ。

 

 いや、しかしこの鶏肉……。描写は控えよう。

 

「……アンタも無茶してんじゃねーよ」

「いや、なんか懐かしくてさ」

「……フン。で、次はどうしたらいいの」

「うーん、あらかた終わったし、どうしようかな」

 

 次は朝にやるべきなんだけど……、って、これってひょっとして僕、また早朝とかに来ないといけない感じ?

 

「……泊まってけ」

「へ?」

「ソファ寝てたら大丈夫でしょ」

 

 どういう反応をしたら良いのか、果てしなく困る。

 と、そんな僕等にヒナミちゃんが顔を少し赤くしながら聞いた。

 

「お姉ちゃん」

「なに、ヒナ」

「……お風呂、入るんだよねお姉ちゃん」

 

「「「……」」」

 

「覗くんじゃねーぞ」

「む、無論」

 

 そんな訳で、僕はトーカちゃんの家に二度泊まることとなった。

 ヒナミちゃんに料理の本で質問責めされてたトーカちゃんの目が「アンタのせいだぞ何とかしろ」って怖かったことが印象的だった。

 

 

 

  

   ※

 

 

 

 数日後。

 東洋史の授業が終わり、生徒たちが立ち上がる中。ぼうっとしたヒデが突然「生きてれば色々、あるもんだなー」と妙なことを口走った。

 

「どうしたの、ヒデ」

「何でもねーよ。……えっと、アレだ。ビッグガールビッグガール。今日もうカネキも上がりだろ?」

「まあ、そうだけど」

「アレアレ、か、か……」

 

 前に教えたカナンかな、と思って言おうとすると、ヒデが口にした言葉はまた別なものだった。

 

「……カイン」

「聖書でも読んだの?」

「は、何で?」

 

 知らないのだろうか、てっきりカナンとの派生で言ったなら、知ってそうだと思ったけど。

 

 僕はヒデに説明する。カナンなら約束の地だけど、カインは聖書に出てくる登場人物だと。

 漫画か何かのキャラクターだと思ってたらしいヒデに訂正。

 

「アダムとイブの息子、カイン。皆に愛されていた弟アベルに嫉妬して殺した。二人をまとめて、人類最初の加害者と被害者って表現もあるかな」

「へぇ」

「……昔はさ」

 

 唐突に、脳裏を過ぎったトーカちゃんと依子ちゃんの顔。

 

「昔は、カインを悪だと捉えてたんだけど、それは今でも変わらないけどさ。でも何か、カインからすればそうすることでしか生きることができなかったのかなぁって、最近思うんだ」

「カネキ?」

「でも、そんなことも神様の前じゃ無意味というか、大した話じゃないんだよね」

 

 あの後、トーカちゃんは仲直り出来たらしい。僕の変なアドバイス? は鼻で笑ってたけど。

 面倒面倒言いながら準備をした彼女は、

 

『……でも依子、こんな面倒なことを毎日やってくれんだよね。私のために』

 

 と、少し複雑そうな声をしていた。

 ハリネズミのジレンマじゃないけど、なんとなくその立場が、今の僕にもダブる感覚があった。

 

 ヒデは少し難しそうな顔をしていたけど、頭を左右に振って笑った。

 

「なんだよ、暗くなってるのもアレだな! よっし、俺の菓子を分けてやろう」

「へ? 今からビッグガール行くんじゃ……」

「まあまあ、良いから良いから。カバン入れとけって! 好きな時食べれば」

「いやいやいやいや、いくら何でも入れすぎだから! 僕、これノートとかさえ入らないから!」

 

 それでも無理やり詰め仕込んで、ヒデが僕の背中を押す。

 と、入り口のあたりで扉の取っ手に引っかかり、転んで中身をぶちまけた。チャックが閉まりきってなかったのが原因だし……。

 

「あーもう、だから言わんこっちゃない……」

「いや、悪ぃ悪ぃ……。(三晃さん、この時間に回ってるって言ってたよな確か)」

「? どうしたんだいヒデ」

「いや、何でも。ほら、手伝うから早く行こうぜ!」

 

 そう言いながら適当に放り込んで行くヒデ。僕は僕でどうテトリスして詰め鋳込むか考えていたからか、ヒデが誰かに向かってサムズアップをしていたのに、気づくことはなかった。

 

 片付け終わった後、ビッグガールに向かう途中。なんとなくこのまま遊ぼうみたいなノリになりそうな感じがしたので、僕は「あんていく」に電話を入れた。

 

『はい……、って、カネキ?』

「トーカちゃん? あれ、今日って学校は?」

『振り替え休日。で、何?』

 

 店長は現在取り込み中らしく、伝言なら受けるとの事。

 僕は、今日のシフトをずらせるかどうか店長に確認してもらえないかと伝えてくれと言った。

 

『……友達と遊ぶの?』

「あー、いや、その……」

『……わかった。アンタのシフト夕方からだっけ。私、代わるから』

「へ?」

 

 僕の反応に、トーカちゃんは少し時間を置いてから言った。

 

『……感謝、してるから。だから代わるって言ってるの。

 今日は遊んでくれば?』

 

 それを聞いて、僕は思わず頬が緩んだ。なんとなく、この間僕が言ったのを実践してくれたらしい。

 

『わ、笑うなッ』

「いや、ごめん。ありがとう。行って来るよ。あ、でも無理そうだったらまた電話入れてね」

『当たり前。……たぶん大丈夫だと思うケド』

 

 きっと向こうのトーカちゃんは、少し唇を尖らせてたに違いない。

 

 そうしてこうして、久々というほどではないけど僕とヒデは遊んだ。昼食をとった後、本屋に行ったりゲーセンに行ったり、カラオケに行ったり。

 

 腹から声出せよとヒデに言われつつ、僕は歌を終えて席に座ると。

 

「あー、そういえばカネキ」

「何だい?」

「お前、ひょっとしてトーカちゃんと付きあってる?」

 

 珈琲吹いた。

 

「きったね!? いや俺悪いんだけど、でもきったね!」

「自覚あんなら止めろって! 心臓に悪い」

「でも、その割にはお前、結構一緒に帰ったりしてる感じがしたんだけど」

「何故そんなの見てる……」

「学祭の実行委員帰りに『あんていく』寄ろうとダッシュして、間に合わなかったりした時とかよ」

 

 そんなことしてたのか、ヒデよ。

 結局これには、夜遅いと危ないから一応送ったり、たまに勉強見たりしてると半分本当のことを言った(流石に訓練とかまではフォローしきれないので)。それにはヒデも納得したのか、追究はあんまりなかった。

 

「てっきり勉強会? に参加させてくれくらい言うかと思ったけど……」

「いやー、カネキほど教えるの上手くないからなぁ」

「そんなに僕、教えるの上手?」

「結構上手いと思うぜ。教師とか向いてるんじゃね?」

「教師、かぁ……」

 

 そんな会話をしつつ帰り道。そろそろ暗くなってくる街並で、ヒデが「あ!」と何かを思い出したように僕の手を引いた。

 

「ストリートでやってる結構良いアーティスト居たから、今度聞きに行くって言ったんだ。近いし行こうぜ!」

「へ? あ、うん、別に良いけど……」

 

 そして連れられた先。公園で缶珈琲を飲んでいる彼と僕は、目を合わせてちょっと驚いた。

 

「覚えてますか! この間、歌聞いた永近英良って言います。ヒデって呼ばれてます!」

「あ、うん。ヒデか、もち覚えてる。今度からはそう呼ぶよ。珈琲ありがとね、この間は。

 で……」

 

 固まる僕と、彼、イクマさん。そういえば、あの時も壊れたギター片手にしていたっけ。

 いつの間にか直っていたギターは、使い古されたところと修復されたところの境目がわからなかった。

 

「……俺は、桃池育馬って言うんだ。君は?」

「……金木です、金木研」

 

 僕等はそうして、初対面のような言葉を交わす。

 彼の目には僕の事情みたいなものを、薄々察したような色が宿っていた。

 

「じゃあ、せっかく来たんだし、一曲聞いてってよ! 実は新曲できたんだ」

「マジですか! ぜひぜひ」

「ヒデ、張り切りすぎだろ……」

 

 僕等のやりとりに笑いながら、ギターをかき鳴らし彼は歌う。

 

 思ったよりも恐ろしかった東京と、想像以上に優しかった街と。

 ここで今生きる自分という、どうしても生きたいというそんな歌を。

  

 

 

 




(菓子を拾うカネキたちを見て)

「なんだカネキ君、食事の代わりに間食をしていたのか……。
 まあ、はじめから僕はこの学校に喰種なんて居ないと思っていたがね! 三晃君、チェックだ!」
「はぁ」

 ため息を付きながら金木研の名前に斜線を引く彼女。
 オカ研部長の木山が背を向けて立ち去るのを見つつ、こちらをチラ見したヒデに向かって、彼女はぐっとサムズアップ。

「(とりあえず誤魔化せたわよ)」
「(あざーッス!)」

 お互いサムズアップを交わして、彼等はすぐさま視線を外した。
 
 
 

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