仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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すまない、先週思い切り二日でEXTELLAのメインシナリオ四つ全て終了させてしまって、時間がなくって本当にすまない・・・

ネタバレ注意


chap.10 転機と決断 ―― u eden to kniT task ――

 

 

 

 

 

 限りなく黒に近いグレイ――。

 彼女の言った言葉の意味を、僕は正確に捉えることができなかった。

 

「えっと……?」

「霧嶋……、霧嶋アラタくん。

 名前を聞いた時に少しだけぴんと来て、調べなおしたのよ。そしたら、過去の都内の喰種関係の事件で数件引っかかった。そのうち――私のかつてのパートナー。私が今追っている喰種に殺された(ヽヽヽヽ)捜査官が、個人的に調べていた事件の一つに」

 

 4区のとある一家の事件をね。

 

 その言い回しをされた途端、僕は寒気を覚えた。

 直接言及された訳じゃないけれど、その言葉に該当する「霧嶋」と名のついた喰種の事件と言えば、もはや一軒しかない。それが文字通り、クリティカルに僕のことを指しているのは、想像だに難くない。

 

 無表情にこちらを見る彼女の様子は、まるでこちらの反応を観察するようなそれだった。

 だからこそ表情を変えてはいけない。いけないのだが――。

 

 

――――アラタ。お前は生きなさい。

――――例え何を犠牲にしても。

 

 

 不意に脳裏を過ぎる、父親の最後の瞬間。

 

「といっても、彼も私も多くは知らないわ。公式発表によれば『喰種に襲われた一家』となっていたってことと。そのうち、子供が行方知れずになっていたということ」

「……」

「こう言っては変かもしれないけど。いえ、きっと貴方はそうであっても認めることはないんでしょうけど。

 一体何があったのかしら?」

 

 その質問に、答える事はできない。

 

 押し黙る僕を見て、彼女は肩をすくめた。

 

「びっちゃん……、(かすか)っていう私の同期がね。さっき言っていた、結婚した友達。

 よく言うじゃない? ほら。守るものが出来ると人間、強くなるって。だけれどそれって、決して『守らなきゃならない』っていう一方的な感覚だけで強くなってるわけじゃ、ないと思うのよ」

「?」

「何かしらそれを守る事が、本人にとってプラスになるんじゃないかしら。守る事が、本人にとってプラスになるってこと。事実、微は『寄り添って』もらいたかったみたいだから――」

 

 私と違って、と。安浦というらしい彼女は、寂しげに微笑んだ。

 

 運ばれてきた珈琲に、僕と彼女は口を付ける。

 

「こうして美味しいって思ったって。やっぱり一人は堪えるものがあるのよ。感想を共有する相手がいなければ。話を聞いてもらえる相手がいないっていうのは」

「……?」

「アラサーの変な話を聞かせて、ごめんなさいね?

 でも、言いたかったのはそういうことじゃないの。つまりね――生きる上でほとんど『どうでも良い』と切り捨てたところで。自分自身にしか心を許さなかったとしても。それでも辛いときっていうのは、あるものよ?

 そんな顔してるわよ? 君」

 

 彼女は気付いていないはずだ。僕が喰種であるという事実に。

 ただ、そうであるにも関わらず――いやそうであるからだろうか。その言葉は、的確に僕の心臓を抉りに来ていた。

 

 一人は、……やっぱり、一人で立つことは難しいんだろう。

 

 こんなにも僕自身が、しょっちゅう心がプラスとマイナスの方向に触れ動き続けているということは。それだけ自分が自分として立つ為の、確固とした安心感がないということなのだから。

 

「詳しい事情は、聞かない。正直そこまで『興味は無い』からね。人が隠したがっている事柄って。仕事なら別だけど」

「……」

「だけど、どうしても辛かったら話してくれていいのよって、まぁ、そんなことを思ってた感じからしら」

 

 彼女はそれこそ人間に。人間相手に向けるような笑顔で、僕にそう語りかけてくれた。

 それが、その懐かしいような表情がたまらなく嬉しく、そしてたまらなく辛い。

 

 表情に、そんな僕の内心が出ていたわけではないだろう。でも彼女は、それ以上この話を続けはしなかった。

 

「で、この間スーファミの――」

「す、すーふぁ?」

 

 ただし、気が付けば夜になるくらいの時間、一方的に家庭用ゲームの話をされたことは、少し恨んだ。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 雨に濡れながら、都内を走る彼女。ビル街を抜け、何処とも知れず足取りは忙しない。首都高の下を抜け、港を超え。彼女の後を誰かが着けていたとしても、その足取りは何処へ向くかは知らない。分からない。理解できない。そういった、複雑な足取りだ。

  

 太陽は既に傾き、昼間はまもなく終わりを向かえる。

 

 時にもつれながらも、背負った弟を気遣いながら、彼女は何処かを目指す。急ぎながらも息は上がらず。そこまでの速度は出すことは出来ない。背負った弟の顔色は白。力無くだらりと垂れた腕から彼の現在の状態が理解できるだろう。だから、姉は焦っていた。

 

 昨日はそうではなかった。そして、今日突然そうなった。

 彼を助けた誰かは、自分が怒りに任せて追い返してしまった。言いすぎた自覚はあった。あの時の、唖然としていた彼の顔を覚えていた。だから、彼女は彼から事情を聞けない。彼が来る事に期待は出来ないし、そもそも合わせる顔が無い。彼女自身、自覚が薄いことであったが、今の生活において、彼女は意外と俗世に染まって居た。つまり、世間一般の人間的な情緒という概念が、本人が自覚する程度には生まれていた。

 

 悪い事をしたら、悪い事をした自覚があり。

 謝るべきという感覚はあっても、それでも謝ることが難しい。

 

 そういった子供っぽい意地は、文字通り現在の彼女の状況に直結しているところであったが。

 

 でも、そんな意地を通さなければ今日まで彼女達は生きられはせず。それもまた事実だった。

 

「嗚呼……、死ぬなよ、レン……ッ」

 

 そしてやがて、彼女は辿り付く。電車を使えず、張りし続けた先。「20区」。その一角にある、中華風の町並みの一軒。周囲に比べれば背の高めな建築物の中に、彼女は足を踏み入れる。

 

「――!」「――――、――――!」

「悪い、何を言ってっかわかんね」

 

 中ではスーツ姿の男達が、唖然としながらも彼女目掛けて襲いかかる。警棒だったり、刀だったり。拳銃がないのは、何か理由があるかは定かでは無い。

 それらに対して凡庸な口ぶりで言いながら、「ばちばち」と指先から「電気のような何か」を放つ彼女。直撃を受けた真正面の男は壁まで弾き飛ばされ、周囲の椅子だの何だのを巻き込みながら壁に激突した。

 

 血を噴き出す男。周囲が見れば、彼女の目は「緑色に」輝いていた。が、それも数秒。わずかな時間をおいて、その色は赤黒く――喰種らしく変色した。

 

 それを見るやいなや、全員が全員、背部から触手のようなそれを出し、目を彼女と同様に光らせる。それを見てにやりと彼女は笑う。

 

 瞬間、その目が緑に輝き――、彼らの視界から消えた。

 

 何が起こったか理解できない数人は周囲を見回そうとしたが、その暇もなく体の体幹が「左側に」傾いた。何事かと足元を見れば。自分の前方、空中に舞う「左の膝から下」。それを認識した瞬間、痛みが走った。 

 悲鳴が全員から上がる。そしてそれをした張本人は、ばちばちと音を立てながら「ブレーキでもかけるように」踵を立て、いつの間にか階段の踊り場に立っていた。足元の赤い絨毯には黒い焦げ跡。

 

「遅い。私とやりあうってんなら、あと『五秒は』早く動かないと」

 

 鼻で笑いながら、彼女は階段を更に上る。その先には、六つの尾を持つキツネの紋章の描かれた扉。

 それを蹴り飛ばし、彼女は睨むように前方を見た。

 

 そこには数人の男達が折り――その中でも奥に居た、赤いスーツの青年が彼女を見て、にやりとした。

 

「どうした? そんな顔をして」

話が違う(ヽヽヽヽ)

 

 睨みながら言う彼女に、青年はにやりと笑う。「まぁ座れ。おい、そこ退け」

「ー―――?」

「何者ですか、じゃねぇんだよ。郷に入っては郷に従えだ。日本語でしゃべれ」

「し、しかし……」

「気をつけろよ。そこの姉ちゃん、お前ら全員が束になってかかっても『五秒前には』やられたことにされちまう」

「は」「は?」

「それくらい強いってことだ。わかったら誰か椅子持ってくるかどくかしろ」

 

 青年の言葉に従い、男達はおずおずを席を譲る。彼女は背負った弟を、ソファの上に寝かせた。

 サングラスを少し下ろし、青年は赫眼を向ける。

 

「私がアンタらに従ってるのは、安定して食料をもらうためと、何かあった時にアンタらが手を貸してくれるから」

「何が違う? お前が前に、そこの弟が白鳩に目をつけられたと言った時点で、俺達は捜査官を殺せるだけ手を貸したはずだが」

「ならなんでレンがまた襲われてんだ!」

「そこまで面倒見切れねぇよ。……見せてみろ」

 

 席を立ち、弟の方に近寄る男。一瞬それに姉たる彼女は睨みをかけるが、止める事はしなかった。

 男の顔色を見て、彼はため息をついた。

 

「……栄養不足だな」

「んな訳ねぇだろ、きっちり食ってるぞ」

「だったら抑制剤でも打ち込まれたんだろう。心当たりはあるだろ? その可能性を」

「……否定は、できないけど」

 

 彼女は知る良しも無い。弟本人も気付いてはいない。しかし確実に戦闘中、少年と対した捜査官の弾丸は、彼の赫子をかすめ――うち一発は、赫子の中に弾丸の「半分が」めり込んでいた。

 それが彼の体内で、時間をかけて炸裂したのだろうということを彼女は理解できていない。青年もそれを理解はしていないが、しかしにやりと笑った。

 

「強いて言えばお前は今、せいぜいアルバイトだ。俺相手に直接乗り込んで来て、生活の頼みを言ってきた相手は前にも後にもお前だけだ。気質さえ合えば『お嬢』相手にもやりあうだろう相手だ。

 そこが使えると判断して、俺はお前を雇ってる」

「……」

「だから、それ以上の待遇を望むなら、それ相応に面倒は負ってもらう。

 コイツの治療を、我々の組織で受け持てというのなら、な?」

「…………」

 

 彼女は何も言わず、男を睨み続ける。一触即発という状態。 

 

 そして、瞬間彼女が消え――。

 

 

「――!?」

 

 室内一帯に、これまた一瞬で「有刺鉄線」のような何かが張り巡らされ。

 それにからめとられたように、彼女は地面に転がった。腕を、足を押さえる。からみついた、己の肉を抉らんとするその赫子を相手に。

 

「他の奴はともかく、俺はお前に対して『致命的に相性が悪い』。そのことは理解しておけ」

「……ッ」

「どれだけ早く動けようが、そもそも『お前の認識以上』に動かれればそれで終わりだ。

 こういうようにな」

 

 背中から羽根のような赫子が。羽根のようでいて、しかしトゲのある、鉄のような重量を感じさせるそれが展開される。青年は見下すように彼女を見て、そしてその眼前に赫子を振り下ろす。

 

「気が長い方じゃない。短い訳では無いが、何度も聞きはしない。

 取引だ――ナルカミ(ヽヽヽヽ)よ」

「……ッ」

 

 現在の選択肢において。彼女が――四方ヒカリがとれる選択は、そう多くは存在しなかった。

 

 

 

 

 

 


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